豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三つれづれ日記

2017年06月30日 10時25分41秒 | 日記
 ( Vol 2014 ) 国会議員を理解するには 性悪説で 対応する必要がある


いままでも 国会議員の不祥事が 取りざたされてきた

そこには 国民一般からみた 性善説に基づいて 判断されてきた

しかし 国会議員という世界は 違っているようだ

欲望が 蔓延している

そのために 性善説では 生き抜けない 性悪説である必要が生じる

だからこそ 国会議員の不祥事は起きる


国会議員の世界は 性悪説が常識として存在する世界である と理解するならば それなりの対策はあるはずである


議員は 過ちを犯すものだ として捉えることによって 議員に対する評価も変わってくるのではないか

議員の発する言葉を まともに受けとることなく 疑心暗鬼になりながら受け取る ことによって警戒心を持つことによって 自己防衛することができるのではないか


国会議員は 性悪説の上で成り立っている


だからこそ すべてを受け入れることは 賢明ではない


疑う心を 持つことこそ 国会議員を 冷静に みることができるのではないか


いま 自民党議員の不祥事が 報道されている


その報道によって いらだちをを覚える 有権者 国民


それは 国会議員を信じたからではないか

はじめから 信じなければ いらだたず  やはり とうなずくはずである


国会議員の世界は 有権者 国民の世界とは違うようだ


力のある者の し放題の世界のようだ

白を黒 黒を白

なんでも 自分の思うように してしまう 世界のようだ


自分に不利なものは すべて無視 ないものとしてしまう

通常では 考えられない世界である


これが 日本の国会議員の世界なのではないか


性善説の上に立って 理解しようとすること自体が 問題なのではないか



特に 安倍政権においては このことが顕著である


なにが悪い と開き直っているようにも映る


だからこそ 不祥事を起こした議委員に対して 処分をしない 辞職をさせない


よほど 政権にとってのダメージではない限り 処分はしない


国民には 理解できない行動である



国民は 議員は性悪説の上に成り立っている と考えることが 必要なのではないか


国民は この議員たちの性悪説の慣習を どう選挙で 是正させる ということができるか

すべてが 国民次第 ということである


他人事とせず 自分のこととして 真剣に 議員との対応を考えてもらいたい ものである




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