きまぐれ発言

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文化遺産としての「富士山」

2013-07-02 12:26:53 | Weblog
文化遺産としての「富士山」       (2013-07.02)

日本の富士山が文化遺産として世界から認められ、やっと登録が成された。
確かに富士山は、世界中を眺めて見ても私の知る限り、右の出る姿をした山は無い、山の「角度が急傾斜だ」とか、高さに於いても3000メートルを超える、富士山程の姿をした山を見た事はない、似たような山は幾らもあり「○○富士」とか言われても日本の富士山ほど、きれいな均整のとれた姿はしていない。まさに日本を象徴する山として、その美しさは自慢できるやまである。

国からも「特別名勝」及び「史跡」として指定され国宝級の山である。
富士山は、玄武岩で出来た成層火山で、先小御岳(せんこみたけ)火山及び小御岳(こみたけ)火山の麓に約10万年前に誕生した、古富士(こふじ)火山、新富士火山の2世代にわたる噴火活動によって現在の美しい円錐形を形づくってきたと言う事です。

高さを誇る富士山には「高山帯」から「低地帯」まで、高さによって異なる植物分布を形成し、激しい自然環境にもかかわらず、多数の動物が生息しています。野鳥に至っては中部地方に分布する、ほぼすべての鳥類が富士山麓に生息しています。

また、富士山が生み出す豊富で良質な地下水は、古くから山麓の人々の生活用水、農業用水として利用され、近年では、製紙、化学、電気機器などの工業の発展にも大きな役割を果たしています。
富士山には、年間約25億トンの雨や雪が降り、蒸発散を考慮すると日量約533万トンの地下水として蓄えられていると言う事です。中でも「柿田川湧水」「忍野八海」などは、有名である。

また、富士山には長く遥拝の対称として神聖視され、平安時代の初期(9世紀)には、山麓に富士山の噴火を鎮めるための「浅間神社」が建てられている。

そのた、平安時代の後期(11世紀)には修験道の道場となり、室町時代には村山口(大宮口)、吉田口などの登山道も開かれ、富士山は参拝する山として一般庶民に広く知らされる様になった。其れに伴い、各登山道には登山者を宿泊させ、登拝前の神事を行い、登拝に必要な準備の世話をする「御師(おし)」や「坊(ぼう)」が整えられました。
近世に成ると南麓の村山口(大宮口)や須山口には修験道の先達に伴われた登拝者が多くやってきました。

一方、室町時代末期に現れた長谷川角行を開祖とする「富士講」が、江戸時代中期、江戸を中心に大いに盛んになり、北麓の吉田口などでは以前にもまして、多くの人が登拝するようになりました。

この様に日本を象徴とする富士山が世界的のも「遺産」といして登録された事は、日本国民の永年の悲願であっただけに、今後は、此の遺産を大事に守って行かねばなりません。ゴミダラケの山では、恥を世界にさらけ出す様なものです。

毎日新聞の報道では、今後は登山者に入山料を取る事を報道しています。私もこれには大賛成です。これからの富士山は。世界の宝です。富士山こそ世界の平和を象徴する山として訪れる登山客の心に染みる美しい山として残るように、保存して行きましょう。
其のためには、入山料も必要です。
(えびなたろう)