ゼフィルス(シジミチョウ科ミドリシジミ族)は、去年は一種も撮影出来ませんでした。平地産の普通種、ミズイロオナガシジミ、アカシジミ、ウラナミアカシジミ、オオミドリシジミ(以上、クヌギ・コナラ食)、ミドリシジミ(食樹ハンノキ)、ウラゴマダラシジミ(食樹イボタ)あたりは、いてもおかしくはないのですが、どの種も一頭も見ることが出来ませんでした。
東京のアパートの近所でも、2021年の夏、霞丘陵の駐車場脇のコナラの樹でミズイロオナガシジミを、青梅駅の駅裏のコナラの樹でオオミドリシジミを撮影しただけで、ほかの種はどれも出会えなかった。ところが2022年の夏に(ギリシャから戻って福岡に来る直前に)再訪してみたところ、アカシジミもウラナミアカシジミもミズイロオナガシジミも、嘘みたいにドッサリ発生していたのです。著しい年次変動があるのかも知れません。
去年の福岡。近所の公園の入り口にクヌギの疎林があって、いかにもゼフィルスが居そうな環境なのです。せめてアカシジミかミズイロオナガシジミと出会えればと、ずっと注意を払っていたのだけれど、影も姿もなかった。
全国的な普通種ではあっても、九州には少ないのかも知れません。ということで、今年は端から遭遇を期待していなかったのですが、先日(5月23日)、部屋から徒歩2分の道端のクヌギとコナラの樹の下の落ち葉の上に、小さな白い蝶がとまっているのを見つけた。もしやと思って近づいて確認したら、ミズイロオナガシジミでした。
羽化直後の、出てきたばかりの個体なのでしょうか?それとも下に降りて休んでいたのでしょうか?繁みの枝や葉が邪魔になって、まともな写真が写せません。やがて飛んで行ってしまった。翌日(昨日)も、今日も、同じ所で見かけたのだけれど、すぐに飛び去ってしまって写真は写せませんでした。
今日(5月25日)、部屋から徒歩5分の公園入口で、クヌギの樹の下の枯葉の上に止まっているのを見つけました。やはりすぐに飛んで行ってしまって戻って来ません。相当に敏感なようです。
ペットボトルの麦茶を飲みながら、ふと前を見たら、湖畔のクヌギ葉上に、また一頭止まっています。でも手前の枝葉が邪魔になって、上手く写真を撮ることが出来ません。結構苦労して、左手で枝を引っ張りながら、右手の掌と指でスマホを操作して、アクロバット体制で撮影に臨みました。
スマホを使い出してから、目の前にじっとして止まっているチョウを、“どう考えても絶対に失敗するはずはない”という状況下で撮影するのですが、念のためにと100枚以上写しても、1枚もまともに写っていない(ピントが合っていない)、ということの繰り返しです。
今回は、最悪の条件下です。どうせまともには写っていないだろう、という前提で、20分余かけて200枚近く写したのですが、何故かほとんど全てがきちんと写っていた(スマホ、気まぐれですね)。
それに、枝を揺らしながら至近距離(5センチ前後)で撮影を続けたので、当然すぐに飛び去ってしまうだろうと思っていたのですが、意に介せずずっと同じ葉上にとまっていました。
その後、池を一周して、シルビアポイントのチェックをしたりして(ミズイロオナガシジミは、ほかにも数頭の個体に出会いました、去年全く姿を見なかったのが、嘘の様です)、撮影開始時点から1時間10分後に戻ってきたら、まだ同じ葉上に止まっていた。
敏感なのか、鈍感なのか、よく分からんです。
23日、最初に出会った個体も、枯葉の上をヨロヨロと歩いていたので、撮影は楽勝と思っていたのですが、飛び去ったあと戻ってこない。入れ替わるように別の蝶(サトキマダラヒカゲ)がやって来て、僕の腕にとまって汗を吸い始めました。
ミズイロオナガシジミが戻ってくるのを待つ間、それを撮影することにしました。ただ手に止まっている蝶を写すだけだと能が無いので、周りの環境を入れようと思ったのですが、スマホの角度の問題で僕の顔のほうに向いてしまいます。それもまあ良いかと、僕の顔も写し込んで撮影することにしました。
勿論主役は僕の顔ではなくて蝶のほうです。ところが、幾ら蝶にピントを合わせても、シャッターを押す瞬間に顔のほうにピントが移ってしまいます。意地になって、14分間に176枚、なんとか数枚が蝶のほうにピントが合っていました。何でもかんでも人間中心にセットされてしまう、という現代文明の宿命が如実に表れているわけです。
ミズイロオナガシジミに話を戻します。
静止時に翅を開くことはまずありません。たまにはあるのかも知れませんが僕は見たことが無い。ゼフィルスのうち、いわゆる「高等ゼフィルス」と呼ばれている、雄の翅表が金属光沢に煌めく各種(“ミドリシジミ”と名の付いた種とウラクロシジミ)は静止時に良く翅を開くのですが、「下等ゼフィルス」(雌雄の外観が類似し、雄は顕著な占有飛翔を行わない)の多くは翅を閉じたままのことが多いようです(ウラゴマダラシジミは開く)。
ミズイロオナガシジミの翅表は、雌雄とも鈍い灰黒褐色です。裏面は白地に黒帯。なのに「水色」と名が付いている。なぜに水色?と訝るのですが、実はピッタリの名前。飛んでいる時は、まさしく水色に見える(ルリシジミと区別が困難なほどです)。(灰褐色+白+黒)×飛翔で「水色」、不思議だけれど、事実なのです。
属名はAntigius(アンティギウス)。柴谷篤弘博士の命名です。僕のコードネームでもあるIratsumeイラツメ(郎女)を初め、Wagimoワギモ(吾妹)、Araragiアララギ(茂吉/赤彦/健吉)、Favonius(Zephyrusのラテン語読み)などと共に命名されました。Antigiusは、博士の恩師・杉谷岩彦教授(スギタニルリシジミに献名されている)のSUGITANIを組み替えてANTIGIUS。
典型的な東アジア分布パターンを示す、東アジアを代表する属の一つです。
日本海周辺地域(北海道₋九州と、対岸のロシア沿海州・朝鮮半島・中国東北地方)+長江流域(華東地方・華中地方を経て中国西南部)および台湾に分布するミズイロオナガシジミAntigius attiliaと、ほぼ同じ地域(ただし日本では山地性で、北海道に分布を欠き、九州では霧島山系のみ)に分布するウスイロオナガシジミA.butleriから成ります。共に食草はブナ科Quercus属(前者は主にコナラ、クヌギ、後者は主にカシワ、ナラガシワ)。
近年台湾固有種として新種記載されたA.jinpingiは、♂交尾器の基本形状に於いてウスイロオナガシジミとの間に確たる種差がなく、僕は同一種に含めても良いと考えています(裏面の斑紋も極めて発達が悪いことを除けば同一パターン)。
また、中国とミャンマーから、小岩屋敏氏による2新種(A.cheniとA.sizuyai)が記載されていますが、僕は詳細を把握していないので、言及は保留しておきます。
クルミを食草とするオナガシジミAraragi entheaとは外観がよく似ています(ことにウスイロオナガシジミ)が、類縁的には特に近くはなく、むしろダイセンシジミ(ウラミスジシジミ)Wagimo signatusやタイワンウラミスジシジミW.sulgeriと類縁が近いように思われます。
僕が中国四川省(青城山)で記録し、新属新種である可能性を示唆したシロモンオナガシジミは、後にオナガシジミ属の一種Araragi sugiyamaeとして新種記載が成されましたが、雄交尾器の形状からは、明らかに別属に置かれるものと考えます(AraragiとAitigiusの中間的形状、食草はクルミ属)。
なお、ミズイロオナガシジミは、僕は四川省北部山岳地帯(九賽溝)で撮影。日本産に於いても裏面の斑紋パターンが多様なことから、特に区別をする必要はないと思われますが、その前提で考えても、なんとなく独自の特徴を示しているように感じます。
ミズイロオナガシジミ 福岡県飯塚市 May 25,2024
ミズイロオナガシジミ(別個体) 福岡県飯塚市 May 25,2024
ミズイロオナガシジミ 東京都青梅市 Jun.1,2021
ミズイロオナガシジミ 山梨県日野春 Jul.3,1975
ミズイロオナガシジミ 岡山県新見市久保井野 Jun.26,1986
ミズイロオナガシジミ (撮影場所確認中) Jul.2,1991
ミズイロオナガシジミ 中国四川省九賽溝 Jul.31,1991
ウスイロオナガシジミ 岡山県新見市久保井野 Jun.26,1986
ウスイロオナガシジミ 岡山県新見市久保井野 Jun.26,1986
シロモンオナガシジミ 中国四川省青城山 Jul.29,1991
ダイセンシジミ 広島県冠高原 Jul.12,1993
タイワンウラミスジシジミ 中国浙江省清涼峰 Jul.12,2018
ミズイロオナガシジミ 福岡県飯塚市 May 23,2024
サトキマダラヒカゲ 福岡県飯塚市 May 23,2024