青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

「現代ビジネス」アジサイ(繍球)記事と、オリジナル記事について の続き

2018-06-16 21:40:03 | 「現代ビジネス」オリジナル記事


≪ⅠB≫(初期原稿のひとつ・後半)

アジサイの歴史が変わるかも知れない

筆者は中学を中退して以来(少年時代は、元祖不登校児で、部屋に引き籠ってアメリカンポップスを聞いているか、でなければ日本アルプスの稜線でテント暮らし)、野生生物の撮影のため日本の山々を駆け巡ってきました。ですが、この30年余は、主に海外、中でも中国を主要活動拠点としています。

誤解なきよう言っておくと、筆者は中国が大嫌いです。中国滞在中は、一日に100回はブチ切れています。なのになぜ中国で活動を続けているのかと言えば、それは日本の自然の成り立ちの根源を探りたいからです。対象は世界中に及びますが、中でも中国の自然の探求は絶対不可欠です。

たかだか数万年の歴史しかない現代人類と違って、多くの野生生物たちは、数百万年以上の時間単位で今に至るまで存在し続けているのです。その実態を知るためには、「日本」とか「韓国」とか「中国」とかの小さな枠に捉われていてはなりません。

主な材料は、チョウとセミと一部の植物。チョウは雄の生殖器(ペニスとその周辺部)、セミは鳴き声様式、植物は雌蕊(主体は子房で花後に種子が入った果物などになる部分)の構造が、それぞれ最も重要な比較形質となります。

野生生物たちにとって、外観は洋服みたいなものです。色とか形とか大きさとかは、周囲の環境に適応して、すぐに変わってしまいます。系統的な繫がりを知るためには、外からの影響ではなかなか変わらない部分を比較のための指標形質としなくてはなりません。言い換えれば、違いの程度が時間を測る物差しになりうる安定した形質です。外観による先入観を一切排除した基本構造の解析は、DNAの解析と、概ね共通の結果を示します。

自然界においては、往々にして、そっくりなもの同士が別の仲間で、全然似ていないものが同じ仲間だったりします(一例として、アジサイらしからぬアジサイと、まるでアジサイのようなアジサイでない植物を紹介しておきます)。

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3

4

5

6



どれがアジサイでしょう?
【答】
上段(1,2):ハエドクソウ科ガマズミ属
中段(3,4):アジサイ科アジサイ属(左:バイカアマチャ、右:イワガラミ)
下段(5,6):シソ科クサギ属

しかし、世間(人間社会)にとっては、「似ているものは同じ」「外観が異なれば違う」という、安易な判断が主体を成しるように思えます。どうやら「物事を深く追及する」ことは、日本人の美学に反するようなのです。




野生アジサイのいろいろ

アジサイの分類も例外ではなく、極めて安易な(非科学的と言っても良い)分類体系が、未だにまかり通っているのです。

アジサイ科は、以前はユキノシタ科に所属していました。しかしDNAの解析結果から、ユキノシタ科とは縁もゆかりもなく、ミヅキ科に近い仲間であることが判明しました。

大きく2つの亜科に分かれます。ウツギ亜科とアジサイ亜科です。アジサイ亜科には、大多数を占めるアジサイ属のほかに、少数の種からなる15の属があります。それらの属の種は、外観が(旧来の)アジサイ属 とは大きく異なるため、それぞれ独自の属に分けられているのです。

しかし、基本的な形態比較によっても、DNAの解析によっても、いずれの属の種もアジサイ属の種と変わらないことが証明されました。従って、アジサイ亜科に所属する全ての種がアジサイ属一属に含まれることになります(まだ正式な手続きは行われれていません)。 

筆者は、そのうえで、元からアジサイ属に含まれていた種も、別の属に分けられていた種も、一度「ガラガラポン」と最初から組み直して、2つのグループに振り分けることにしました。筆者の独断で(便宜的に)それぞれを「コアジサイ亜属」「オオアジサイ亜属」とします。

簡単に言えば、前回紹介した、園芸植物としてのアジサイの基になったヤマアジサイや、それに近縁なガクウツギ、コアジサイなどをコアジサイ亜科、それ以外の多数の種(日本産は、ノリウツギ、イワガラミ、ゴトウヅル、バイカアマチャ、ヤハズアジサイ、タマアジサイ、ギンバイソウ、クサアジサイなど10種前後)をオオアジサイ亜属としました。

アジサイ属全体種の種数は、研究者によって異なります。多く見積もって100種ぐらい、少なく見積れば20種ほど(筆者の見解は後者に近い)。9割以上が、日本列島(南西諸島を含む)、台湾、中国大陸南半部、ヒマラヤ地方東部に集中しています。一言で言えば、東アジアの生物です。他に、3種が北米、1~数種が南米、数種が熱帯アジアに分布しています。

ただし、ここで言う「種」とは、生物学的な分類基準における種です。ほとんど筆者のオリジナルと言ってもよさそうな処置で、おそらく大多数の人の概念にある「アジサイの種類」とは全く異なると思います。一般にいう(無数ともいえるアジサイの種類=品種)は、生物学的な分類基準では、全てヤマアジサイという一つの種に含まれます(オオアジサイ亜属に所属するアメリカ産2種が園芸植物として普及しているので、それを加えることもあります)。

ヤマアジサイは、ほぼ日本の固有種です。北海道~九州と周辺の島嶼、および朝鮮半島南端部と済州島のほか、中国大陸(東南部)にも分布するとされています。しかし古い時代に日本から渡来した栽培個体が、逸出して野生化している可能性もあります。事実関係は未解明です。

ただし、中国での分布地(中国の文献では複数の独立種に分けられています)の一か所は、上海の南西の天目山系で、ここには、日本固有種とされているスギが野生(ヤマアジサイ同様、本当に在来野生かどうかは未解明)し、ウツギ亜科の一員で日本の紀伊半島~九州および朝鮮半島の一部に分布するキレンゲショウマが隔離分布していることや、日本では高山蝶の一員として扱われるクモマツマキチョウの仲間が亜熱帯(屋久島と同緯度)の菜の花畑を飛んでいることなど、不思議な地域です。


ということで、中国には日本のヤマアジサイの野性は(ほとんど)見られないのですが、それに代わって、ヤマアジサイ同様にカラフルな外観の“アスペラ”(筆者はオオアジサイと呼んでいます)の仲間が、中国大陸の南半部に、ごく普通に見られます(台湾にも分布しますが、日本には分布していません)。日本の山地帯では7月に咲くヤマアジサイより、さらに遅れて8月に開花します。外観はヤマアジサイに非常に良く似ているのですが、血縁は遠く離れていて、ヤマアジサイが所属するコアジサイ亜属ではなく、オオアジサイ亜属に所属します。



オオアジサイの一種               


オオアジサイの一種


中国各地でポピュラーなオオアジサイ亜属の野性種には、もう一種、ノリウツギがあります。日本の各地でも、ごく普通に見られます。白花で、通常花序が円錐状になることから、他のアジサイとは区別が容易ですが、高地性(中国西南部の標高3000m前後に分布)の近縁種ミヤマアジサイ[仮称]では花序が平開し、一見しただけでは、次に紹介するコアジサイ亜属のカラコンテリギやヤマアジサイの白花個体と、区別がつきません(正常花の構造はもちろん異なる)。


ノリウツギ                    


ミヤマアジサイ


中国大陸のヤマアジサイの仲間

それでは、中国大陸では、園芸アジサイやヤマアジサイなどと同じコアジサイ亜属の種は、普通に見ることは出来ないのでしょうか?

オオアジサイやノリウツギと共に中国大陸の南半部に広く分布しているジョウザンが、中国のコアジサイ亜属の代表です(日本には分布しない)。血縁の離れたオオアジサイがヤマアジサイに類似しているのとは逆に、ヤマアジサイに近縁なジョウザンは、見かけが随分異なります。装飾花を欠き、(他のアジサイ類では乾いた実となる)果実が鮮やかな青や紫色に熟すなどの、外観の著しい差異から、通常はアジサイ属に含まれず、ジョウザン属とされています。しかし実際の血縁はヤマアジサイやガクウツギの仲間に非常に近く、雑種も形成されます。アジサイ属のなかでは数少ない、熱帯アジアに進出した種です。


ジョウザン                  


ジョウザン


中国に於いて「中国繍球(繍球はアジサイの中国名、すなわち“中国アジサイ”)」と呼ばれるのは、ガクウツギやトカラアジサイにごく近縁なカラコンテリギです。名前からすれば中国を代表するアジサイのように感じますが、実際は、広西壮族自治区北部から上記天目山系にかけての中国東南部の山々にのみ、断片的に分布しています。ことに桂林北郊の標高1000m前後の山中では、4月下旬から6月上旬にかけて、緑の山肌を純白の炎を放つように覆い尽くします。日本西部の西部から南西諸島に分布する、ガクウツギ、ヤクシマコンテリギ、トカラアジサイなどに非常に近縁な種で、それら全てを一つの種に収斂してカラコンテリギとする場合もあります。雲南省とその周辺山地に分布するユンナンアジサイは、正常花弁や雄蕊の葯が紫色帯びることが多いのですが、この特徴はカラコンテリギにも連続して現れ、やはり同一種として扱うことも可能だと思います。ちなみに中国の図鑑など大半の文献で紹介されているユンナンアジサイの写真は、オオアジサイの仲間などとの誤認です。


カラコンテリギ                


ユンナンアジサイ


ジョウザン同様に装飾花を欠くもう一つの群に、コバナアジサイ[仮称]類があります。カラコンテリギの分布域とほぼ平行してやや海側寄りの山地に断片的に分布しています。装飾花を欠くことを別にすれば、ヤマアジサイとガクウツギ類の中間的な形質を示します。これによく似て、さらに地味で小さな種が、沖縄本島の与那覇岳山頂付近に希少分布しています(リュウキュウコンテリギ)。

ヤマアジサイ自体は中国での分布の真否は不確かで、筆者がチェックした昆明の植物園の標本館に所蔵されている数千枚の野生アジサイ標本の中にも見だすことが出来ませんでした。しかし、葉のイメージが全く異なる(ヤナギやキョウチクトウのように細長い)ヤナギバハナアジサイ[仮称]の正常花の構造が、ヤマアジサイと一致することを突き止めました。そして、古い標本のラベルに示された広西西北部の九万大山を訪れ、野生の花を探し当てることが出来ました(広東省北部や江西省西部にも分布しているようです)。

興味深いのは、ヤナギバハナアジサイの生育地には、すぐ隣の山には数多く見ることが出来るカラコンテリギも、その南東側に分布するコバナアジサイも、見られなかったことです(ジョウザンとは混在している)。


ヤナギバハナアジサイ              


正常花(両性花)が散ったあと子房の柱頭が目立つ


もう一つのアジサイのルーツ

実は、中国には、野生のヤマアジサイの分布地がもう一か所あるとされています。日本から遠く離れた雲南最西北部の独龍江流域(ミヤンマー北部、インドアッサム地方に至る〉。通常ヤマアジサイの一変種として扱われ、“スティロサ”と呼ばれています。日本のヤマアジサイと同じ(または非常に近縁な)種が、日本から遥かに離れた地域に分布していることになります。

しかし実態は不明で、図鑑やインターネットで調べることの出来る“スティロサ”の写真は、やはりオオアジサイやユンナンアジサイとの誤認がほとんどです。

確かにこの辺りにヤマアジサイまたは非常に近縁な種が存在するらしいことは、確かなようなのです。インドのアッサム地方やミャンマーの奥地は、今では大変な秘境であるのですが、かつては大英帝国の植民地の一つであり、日本のヤマアジサイ同様に、かなりの古い時代から文献上の記録が示されています。もし、この一帯に「もうひとつのヤマアジサイ」が在来分布していたなら、数多くの園芸アジサイのなかには、こちらが親となっている品種もあるかも知れません。

そのような思いもあって、比較的最近アメリカやヨーロッパの研究者たちの手でなされた、アジサイ亜科全体のDNA解析を改めてチェックしてみました(材料の多くは野生株でなく愛好家が育てた栽培株のようです)。いやもう、びっくりしました。ほとんどの種の系統的な位置づけは、基本形態の比較を基にした分類と軌を一にするのですが、“スティロサ”はヤマアジサイと同じ種どころか、(同じコアジサイ亜属の範疇には含まれるとしても)最も遠い位置、すなわちコアジサイ亜属の最も基幹的な部分に置かれているのです。
何かの手違いとしか思えません。実際、筆者だけでなく、幾らかでもアジサイの分類に興味のある誰も(おそらく等の報告者たちも)が、そう思ったでしょう。でも、実は間違いではなかった。

この解析表の同じ位置には、“スティロサ”と共に、筆者の知らない種、“インドシネンシス”がゼットになって示されています。中国雲南省南部とベトナム北部から記録され、通常“スティロサ”と共に種としてはヤマアジサイに含められているらしく、中国科学院の纏めた「フロラ・オブ・チャイナ」のアジサイの巻にも紹介されていません。

記載はされたものの、おそらく誰もが独立種とは認知しなかったのかも知れません。園芸アジサイの品種の紹介には、ヤマアジサイの一品種として、イギリスやニュージーランドの植物園で育てられた個体を基にカタログなどに登場しているようですが、生物学的な立場の文献には(おそらく“スティロサ”ともどもヤマアジサイのシノニム=異名同物と見做されて)名前が登場することはなかった。その栽培個体のDNAを解析したところ、意外なことにヤマアジサイどころか、カラコンテリギやコアジサイやジョウザンなどを含むヤマアジサイのグループ(コアジサイ亜属)の中で、最も祖先的な位置に示されてしまったのです。

昨年、筆者は偶然この植物に出会いました。雲南省との境付近に聳えるベトナム最高峰ファンシーファン山。
あとでわかったのですが、100年ほど前に最初の記載されたのも、同じ山中の個体なのです。

原生林の中の急斜面を流れ落ちる渓流の最上流部に生える野生株に最初に出会ったとき、カラコンテリギ(あるいはそれに近縁なユンナンアジサイ)だろうと思いました。全体の印象はカラコンテリギと共通しますが、しかしそれにしては正常花が鮮やかな青色をしています。花序の付き方もヤマアジサイ的な傾向がある。子房の形を調べればどちらにより近いか分かるだろうと、ルーペを取り出して小さな花の中を覗きました。

なんと!子房(そこから伸びる花柱も)がない! そんなバカな! でも、ひとつのことを思い出しました。“スティロサ”や“インドシネンシス”と共に、上記のDNA解析でコアジサイ亜属の最も基幹的位置に置かれている種がもう一つあって、ハワイ諸島固有種のハワイアジサイ(装飾花を欠き外観はジョウザンに似ています)です。この種は、雌蕊と雄蕊が同じ一つの正常花(両性花)の中に存在するアジサイ亜科の中にあって、唯一雌雄同株(雄蕊と雌蕊は別の株に咲く別の花に存在)の種であることが確かめれれています。 
唯一、雌雄異株なのです。

ということは、DNA解析で最も祖先的に位置付けられる“スティロサ”や“インドネンシス(アオメコンテリギ[仮称])”も、ハワイアジサイ同様に雌雄異株であっても不思議ではありません。少なくても、中国雲南とインドシナ半島の境界山地の周辺に、ヤマアジサイにそっくりの、かつ極めて原始的な種が存在しているのです。もしかすると、日本起源中国経由の園芸アジサイとは別に、全く別経路で成り立つ園芸アジサイが存在している可能性もあります。今後、アジサイの歴史が塗り替えられる時が来るかも知れません。

 
アオメコンテリギ


正常花が散ったあと(左端と右端)残るのはガク片だけ


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≪Ⅱ≫(後期原稿のひとつ)

アジサイのことを、どれだけ知っていますか?

6月の花といえばアジサイ。4月の花サクラ(ソメイヨシノ)が、私たちに身近な園芸植物のほとんどが外国からの導入種という中にあって、珍しく日本が原産であることを、以前に紹介しました。アジサイも、その稀有な例の一つです。

アジサイには、3つの「種類」(「世界」と置き換えても良い)があります。

1「園芸植物」としてのアジサイ。
庭やお寺や街角で見かける、私たちが普段アジサイとして認識しているものです。人間が作った、自然界には存在しない植物で、花屋さんで売っています。無数と言って良い品種があります。

2「栽培植物」としてのアジサイ。
愛好家やマニアが、変わった色や形の野性株を山から採ってきて、自分の家の庭で手塩にかけて育てています。品評会があったり、販売組織があったりします。やはり無数の品種があります。

3「野生植物」としてのアジサイ。
人間の都合とはかかわりなく、地球上に人類が登場する遥かに以前から存在しています。世界に20~100種ほど(研究者ごとに種の数え方が異なる)が分布しています。

愛好家でなくとも、ほとんどの日本人が、何らかの形でアジサイに関心(好感)を持っていると思います。アジサイに関する本も、山のようにあります。しかし、それほど身近な存在であるにも関わらず、生物学的な立場から見た「アジサイとはなにか」に応え得る資料は、ほとんどありません。見掛けの変異に対する品種の命名が膨大な量で行われているのに相反して、系統的な分類は全くといって良いほど手が付けられていないのです。


アジサイの日本における普及はごく最近のこと

園芸植物としてのアジサイは、日本本土に広く分布するヤマアジサイの伊豆諸島周辺地域産集団を起源とします。園芸のサクラ(ソメイヨシノ)が伊豆諸島周辺地域産の(広義にはヤマザクラに含まれる)オオシマザクラであることと軌を一にしますが、野生-改良-普及が国内で完結しているサクラと違い、アジサイは少々事情が異なります。

まず、古い時代に中国に渡り、18世紀の末頃、中国からヨーロッパに紹介され、そこで積極的な改良がなされ多様な品種が誕生しました。欧米では園芸植物は大きくてカラフルで派手であればあるほど人々に好まれます。昭和も半ば頃になって、日本起源のアジサイは、豪華絢爛に変身して里帰りしたのです。そして、日本文化の代表の一つとして社寺などに植えられています(それ以前は、どちらかと言えば負の存在で、日本の文化に積極的に受けいられることはなかったようです)。

人々の間に普及するということは、花の見栄えを良くするということです。ですので、アジサイの「花」について簡単に説明しておきましょう。手毬のような形の一般にアジサイの花とみなされている部分は、花の集まりで「花序」と言います。それを構成する一つ一つが花である、と言いたいところですが、それも花ではありません。いわゆる一般のアジサイには、花がないのです。

花に見える3~5枚の花弁のようなものは花の外側のガク片に相当する、いわば偽の花で、「装飾花」と呼びます。その部分を強調し、やがて偽物の花だけで成り立つ園芸植物のアジサイが出現したわけです(装飾花と本物の花の組み合わせの園芸種もあります)。

中央部に集まる小さな本物の花は、正常花(生殖機能がある)、中性花(一つの花の中に雄蕊と雌蕊が共存)などと呼ばれます。生物学的な分類にはこの部分の構造比較が最重要なのですが、アジサイ愛好家や業者は無視しています。そして謂わば着飾った服に過ぎない(生物学的分類には全く無意味と言って良い)偽の花である装飾花の色や形にひたすら注目し、より魅力的なものにしようと努力を重ねているのです。


サクラやアジサイを愛でる日本の文化を、何の疑いもなく称賛するだけで良いのでしょうか?

日本の南西諸島には、純白の野生アジサイが分布しています。屋久島のヤクシマコンテリギ、三島列島・口永良部島・トカラ列島・徳之島・沖永良部島・伊平屋島に分布するトカラアジサイ(島ごとに葉や花に特徴があります)、石垣島・西表島のヤエヤマコンテリギです。

ヤクシマコンテリギは、屋久島を代表する素晴らしい花の一つですが、権威のある研究者がトカラアジサイと同一種と見做したため、公式には固有種とされていません。それに麓の至る所に生えているので、有難みに欠けます。ちょうど世界遺産に登録された頃のことです。山の入り口に当たる道路沿いに環境省や県の自然館などの大きな建物が立てられ、道路の両側を覆っていた野生のヤクシマコンテリギが全て引っこ抜かれてしまいました。そして、観光の目玉にと島外から導入した色鮮やかな園芸アジサイに置き換えられてしまったのです。

サクラのところでも違和感を覚えたのですが、次のようなコメントが多く見られました。「日本人は、植えた桜を手塩にかけて大事に育て、花の時期には侘び寂びを楽しむ、それは隣国(K/C)の人々には、とても真似のできない素晴らしい美点であり、桜の話をするならば、その歴史を強調すれば良いのであって、野生とか由来とかの話はどうでも良い」。人間の作り出した(疑似)自然にだけ愛情を育み、元からあった自然に対しては、(それが固有種とか絶滅危惧種とかならともかく)なんだか、ものすごく冷淡。

見る角度を変えれば「日本人の美徳」は、いかにも自分勝手で、決して自慢できるような物ではないような気がします。


幻のヤナギバハナアジサイを探しに行く

純白のトカラアジサイやヤクシマコンテリギの仲間は、南西諸島のほか、日本本土(ガクウツギとコガクウツギ)や台湾や中国大陸(カラコンテリギ“中国繍球”とユンナンアジサイ)にも分布していますが、色彩豊かな装飾花を持つ園芸アジサイの基となったヤマアジサイは、ほぼ日本の固有種です。北海道~九州と周辺の島嶼、および朝鮮半島南端部と済州島。中国大陸にも分布するとされていますが、古い時代に日本から渡来した栽培個体が、逸出して野生化している可能性もあり、事実関係は未解明です。

筆者は数年前、雲南昆明の植物園の標本館に3日間かけて泊まり込んで、数千枚のアジサイ標本を全て調べました。しかし、日本の「ヤマアジサイ」と同じ中国産野生種は一枚も見つけることが出来なかった。ラベルに「ヤマアジサイ(またはそれに近縁な中国固有種)」として記されているのは、全く別グループの種との誤認です。

野生生物では「外見」と「血縁」が相反する場合がしばしばあります。アジサイも例外ではありません。中国には日本のヤマアジサイに似た“アスペラ”(筆者はオオアジサイと呼称しています)と呼ばれる野生アジサイが各地で普通に見ることが出来ますが、これは「他人の空似」でヤマアジサイとは血縁が遠く離れたグループに属しています。

古い標本が多いので、花の色は落ちています。分類の決め手になるのは、花序の付き方と雌蕊の構造です。ルーペを使って一枚一枚チェック行ったところ、ある一つの標本が目に留まりました。葉のイメージが他のアジサイと全く異なる(ヤナギやキョウチクトウのように細長い)“グアンシーエンシス”という種の正常花の構造が、ヤマアジサイと一致することを突き止めたのです。

ラベルに示された広西壮族自治区西北部の山岳地帯を訪れることにしました。そこは、筆者の主要フィールドの一つ、桂林北方の「花坪原始森林」のすぐ近くです。その一帯には、白い花が美しいカラコンテリギ(中国繍球)が咲き誇っているはずです。ラベルに記された日付けは、カラコンテリギの開花盛期(4~5月)のずっと後の7月で、筆者が訪れたのは7月上旬。日本のヤマアジサイの開花期も同じ頃ですから、ラベルの情報が正確なら、咲き古したカラコンテリギの花に混じって咲く(色は不明としても)新鮮な花を見つけ出せば良いのです。

深圳から、夜行列車と長距離バスとローカルバスに乗り継ぎ、最奥の町からさらに峠を越えて隣町に向かう一日一本の村営バスに乗って、3日目のお昼に峠の頂上に着きました。ここでバスを乗り捨て、ラベルに記されていた峠下の村落まで歩くことにします。

意外なことに、すぐ東隣の山々には沢山生えているカラコンテリギが全く見当たりません。少々不安になってきた頃、原生林の渓流脇に、日本のヤマアジサイと同じ色調の鮮やかな青い花を見つけました。ルーペを取り出して、雌しべの構造を調べます。ヤマアジサイと全く同じです。

でも、葉の様子は、どこからどう見てもアジサイとは思えません。もし花がなければ、絶対に分かりはしなかったでしょう。「ヤナギバハナアジサイ」と名づけました。ヤマアジサイに最も近い血縁の中国産の種が、この「ヤナギバハナアジサイ」というわけです。


もう一つのアジサイのルーツ~アジサイの歴史が変わるかも知れない

実は、中国には野生のヤマアジサイの分布地がもう一か所あるとされています。雲南省最西北部独龍江流域。そこから、ミャンマーの奥地を経てインドのアッサム地方やブータンなどにかけてに分布する「独龍繍球」という種です。この種は、日本のヤマアジサイとほぼ見分けがつかず、研究者によっては、ヤマアジサイと同じものとされてきました。ヤマアジサイと同じ(または非常に近縁な)種が、遥か離れた地に分布していることになります。

改めてアジサイ属全体のDNA解析をチェックしてみました。ほとんどの種の系統的な位置づけは、基本形態の比較を基にした分類と軌を一にするのですが、“独龍繍球”は、ヤマアジサイと同じ種どころか、最も遠い位置、すなわちこの仲間(広義のヤマアジサイの一群)の最も基幹的な部分に置かれているのです。

“独龍繍球”と共に“インドシネンシス”という種がセットになって示されています。中国科学院の纏めた「フロラ・オブ・チャイナ」のアジサイの巻にも紹介されていない謎の種です。数十年前に中国雲南省南部とベトナム北部から記録されたものの、やはりヤマアジサイのシノニム(異名同物)と見做されて、誰もが独立種とは認知しなかったのかも知れません。しかし、遠く離れたニュージーランドの植物園で育てられていた個体のDNAを解析したところ、上記のような意外な答が示されたわけです。

筆者は雲南省との境付近に聳えるベトナム最高峰のファンシーパン山で、偶然この植物に出会いました。この山は、かつてベトナムを植民地化していたフランス人たちの避暑地として発展した少数民族の町・サパの背後に聳えています。白い花のカラコンテリギ(中国繍球)は、中国南部や台湾のほかに、このベトナムのサパからも記録があるのです。筆者は10数年前から何度もこの地を訪れています。カラコンテリギならば、標高700m付近から1500m付近に生育しています。筆者の行動範囲と、ちょうど一致しますが、これまで出会うことはありませんでした。

記録の間違いかも知れませんし、(標高3143mの)この山では、もっと高いところに生えているのかも知れません。昨年、頂上付近を探索することにしました。山腹に発達する熱帯雨林を、野宿をしつつ3日間探し続け、やっとカラコンテリギらしき植物に出会いました。

原生林の中の急斜面を流れ落ちる渓流の最上流部に生える野生株は、全体の印象がカラコンテリギと共通しますが、それにしては正常花が鮮やかな青色をしています。花序の付き方もヤマアジサイ的な傾向がある。雌しべの形を調べればどちらにより近いか分かるだろうと、ルーペを取り出して小さな花の中を覗きました。

なんと!雌しべがない! そんなバカな! でも、ひとつのことを思い出しました。独龍繍球や“インドシネンシス”と共に、上記のDNA解析ではヤマアジサイの一群の最も基幹的位置に示されている種がもう一つあって、ハワイ諸島固有種のハワイアジサイです。この種は、雌蕊と雄蕊が同じ一つの正常花(両性花)の中に存在するアジサイ亜科の中で、唯一雌雄異株(雄蕊と雌蕊は別の株に咲く別の花に存在)の種であることが確かめられています。ということは“インドシネンシス”も、ハワイアジサイ同様に雌雄異株であっても不思議ではありません。あるいは、雌しべはあるけれども、他の種のように花柱などが全く発達せず、機能的にも特殊なのかも知れません。

この花は、カラコンテリギでもヤマアジサイでもなく、それらの祖先的な位置づけにある、幻の“インドシネンシス”なのでした(ニュージーランドの植物園での栽培個体とも一致)。全体の様子がカラコンテリギやヤクシマコンテリギに似ていること、装飾花の中央の「眼」と呼ばれる部分と正常花の花弁が鮮やかな青色をしていることから「アオメコンテリギ(碧眼繍球)」と名付けておきます。

雲南省に近いインドのアッサム地方やミャンマーの奥地は、今では大変な秘境なのですが、かつては大英帝国の植民地でした。ベトナムは現在アジサイ改良の中心地となっているフランスの植民地でした。

もしかすると、日本起源中国経由の園芸アジサイとは別に、独龍繍球やアオメコンテリギ起源の、(雲南西部、インドシナ半島北部、インド東北部などの素材による)全く別経路で成り立つ園芸アジサイが存在している可能性もあります。今後、アジサイの歴史が塗り替えられる時が来るかも知れないのです。


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「現代ビジネス」アジサイ(繍球)記事と、オリジナル記事について

2018-06-16 20:55:40 | 「現代ビジネス」オリジナル記事


梅雨の風物詩「アジサイ」は、実は生物学的に謎だらけだった

5月は、結局、掲載ゼロです。編集U氏からは、ほぼ毎日のように「来週掲載するから待って」「明日リライトを送るから」の繰り返し。いつものことだけれど、今回は余りに永すぎます。

一回の稿料3万円は、僕にとっては大金です(月の生活費・経費の1/3ほど)。命綱と言って良いのです。
それを貰うためには、T大卒エリートの、大出版社の若き編集氏に、いくら理不尽な思いがあろうが、逆らうわけにはいきません。

当初は、これまでのように、30年間の日中往復の間で感じた「中国人と日本人の文化の違い」を、敢えて「子供の日記風」に、ゆる~く書き記していこうと考えていたのです。

読者には、非常に人気を得てるようです。でも、いろいろ「大人の事情」があるらしく、「現代ビジネス」という「お金儲け」の為のメディアの中で、「貧乏でも平気」という話題を続けることは、抵抗感(「読者」というよりも「対中国日本人論客」や「クライアント」の間で?)を生み出しているのではないかと想像しています。

ことに「深圳」持ち上げ?(深圳のまるで未来都市のような超近代化に対しての多くの日本人の新鮮な驚き)記事が一気に氾濫しつつある中で、30年間深圳に携わる人間として、「それは表面的な印象に過ぎないよ!実態はいろいろと複雑」と冷めた目で水を差すことに、論客たちから反感を覚えられている可能性があります。

前回アップのすぐ後の4月26日は、筆者の70歳の誕生日でした。それで、(「逮捕」の記事の次は)その時の出来事を書こうと思ったのです。モニカと一緒に、僕のバースデイケーキを買いに、町のスーパーに出かけた時のことです。

中国人が、いかにドジで間抜けで、デリカシーに全く欠けた出鱈目限りない民度の低い人種であるかを、モニカの行動を観察しつつ証明していこうと(笑)。

と同時に、(日本文化が大嫌いなモニカが)深い部分では日本人を尊敬し、年長者を敬い、僕に対して最大限の敬意を払ってくれていることも、よくわかるのです。

モニカの想いを借りて、中国人たちの日本に対する想いの深層を、日本の人々に伝えようと、、、。中々の自信作に仕上がったと思っています。

しかし、「現代ビジネスの読者に対しては幼稚すぎる記事」ということで、掲載直前にボツになってしまいました。

それで、テーマを変えて、以前から用意してあった(100編近くの原稿を編集部に送信済み)「中国の食べ物」についての記事(オリジナルは今年正月に執筆)にすることにしました。

大まかな内容は以下の通りです。

中国料理を美味しいとは思わない。
油まみれで、どれも(どの地方でも)同じ味だ。

でも、一生懸命作ってくれる。

どんな高級店でも、衛生面には問題がある。

僕は、必ずといって良いほど下痢をする。

でも中国人は平気。

日本人は免疫がないのでは?

清潔すぎるのも問題があると思う。

全ての生物は、他に対する防御のために、いわゆる毒物(薬物にも置き換わる)を内包している。もし、食物から全リスクを取り除こうとしたならば、やがて日本人はサプリメントだけに頼る民族となってしまうであろう。

これに、モニカによるレポートを付随(中国に対する懐疑)。
故郷の村の実態。汚染水で育てた野菜を市場に卸し、清冽な泉の水で作った野菜は自分たちの家庭で食べる。

それと、僕自身の体験(日本に対する懐疑)。
ある山の中で出会った老婆が、奇麗な水の飲めるところに山道を歩いて僕を案内してくれた。そこはオタマジャクシがいっぱい泳ぐ水溜り。老婆は「心配しなくて良い、この水は清冽よ!」と美味しそうに飲み干したが、僕は飲めなかった。日本人であることを恥ずかしく思った。

これも、掲載直前になってボツにされてしまいました。

それで、編集部の指示で、連載を始めた最初のテーマに戻って生物の話に再々転換。6月には「アジサイ」と「小笠原復帰50周年」をテーマに書くことになっていたので、早目に切り替えることにして、5月の中旬には両方を書き終え、送信しました。

6月に入ってすぐ(編集氏曰く、アジサイの話題は6月初めでなくてはならない)アップすることにしました。しかし、待っても待ってもリライトが届かない。

やっと連絡がきたと思えば「字数を減らせないか?(最初は字数には拘らずに書いてくれと言われていたのだけれど)」「話の脈絡が分からない(殊に分類に関わる面で)ところがある」「高名な執筆者の記事を先に載せねばならぬので、後回しにする、もう1日待ってくれ」。

一か月間、ずっとその繰り返しです。「今日は送るから」「明日こそ送る」という言葉を信じて、毎晩Wi-Fiが使えるスタバとマクドで、深夜までリライトが届くのを待機。

その間、オーバーではなく、数10回書き直した原稿を送信、そして「今晩リライトを送る、明後日アップ」が延々と続いたのち、やっと今日アップされたわけです。

一昨日には、虎の子の生活費を切り崩して、とんぼ返りで伊豆半島まで行ってきました(行きは新幹線、帰りは在来線)。野生のガクアジサイの撮影です(30年ぶりに北限自生地に行ってきた)。ガクアジサイの紹介は乗り気ではなかったのですけれど、「カラフルで一般によく知られたアジサイの写真も欲しい」と望んでいるらしい編集氏への忖度です。
 
届いたリライト原稿の最終チェックは、毎回基本的に(編集氏によるリライトにいくら不満があっても)ほぼ全面的に従い、大きな変更はしません。ただし、具体的な間違い箇所は指摘しておかねばならない。

今回は、以下の2か所(他にも多数訂正希望箇所はあったのだけれど、それらについては目を瞑ることにしました)。

●ユンナンアジサイの写真が何故か5枚のうち2枚も使われています。それは良いとしても本文にこの種の記述が一つもないのは、違和感を覚えます。それで、青網の部分を付け加えてください。
>純白のトカラアジサイやヤクシマコンテリギと同じ種は、中国大陸にも分布しています(カラコンテリギ)。
⇒純白のトカラアジサイやヤクシマコンテリギと同じ(または非常に近縁な)種は、中国大陸にも分布しています(カラコンテリギとユンナンアジサイ)。

●ここも、将来整合性が付かなくなってしまう可能性が、、、、(黄網をとり青網を加える)。
>筆者はこれを「ヤナギバハナアジサイ」と名づけました。これこそが、今まで見つかっていなかった、日本のヤマアジサイに最も近縁な中国産アジサイではないかとにらんでいます。
⇒筆者はこれを「ヤナギバハナアジサイ」と名づけました。これこそが、今まで見つかっていなかった、日本のヤマアジサイに最も近縁な中国産に自生するアジサイの一つではないかとにらんでいます。

直っていなかったですね(笑)。読者から何か指摘があっても僕の責任じゃないです(今回はまあまあですが、いつもタイトルについて「タイトルと記事の内容が違う」と読者からのクレームが来ます、タイトルは編集者が決めるので僕は関与していません)。

ということで、「あや子版」には、(削ったり再編したりして)100回近く書き直した草稿の幾つかを紹介しておきます。

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≪ⅠA≫(初期原稿のひとつ・前半)

アジサイのことをどれほど知っていますか?

6月の花といえばアジサイ。4月の花サクラ(ソメイヨシノ)が、私たちに身近な園芸植物のほとんどが外国からの導入種という中にあって、珍しく日本が原産であることを、以前に紹介しました。アジサイも、その稀有な例の一つです。

アジサイには、3つの「種類」があります。

1「園芸植物」としてのアジサイ。
庭やお寺や街角で見かける、私たちが普段アジサイとして認識しているものです。人間が作った、自然界には存在しない植物で、花屋さんで売っています。経済的な価値があり「ビジネス」とも大いに繋がります。無数と言って良い品種があります。

園芸植物アジサイ


園芸植物アジサイ(セイヨウアジサイ)


園芸植物アジサイ(ガク花と手毬花)


2「栽培植物」としてのアジサイ。
愛好家やマニアが、変わった色や形の野性株を山から採ってきて、自分の家の庭で手塩にかけて育てています。品評会があったり、販売組織があったりします。個人間の取引で、1のような大規模な流通機関はありませんが「ビジネス」としては成り立つと思います。やはり無数の品種があります。

  

ヤマアジサイの一品種「ベニガク」


ヤマアジサイの一品種


ヤマアジサイとヤクシマコンテリギの雑種

3「野生植物」としてのアジサイ。
人間の都合とはかかわりなく、地球上に人類が登場する遥かに以前から存在しています。通常、山の中に慎ましく生えていて、2のような愛好家の対象にされる以外は、ほとんど知られることがありません。世界に20~100種ほど(研究者ごとに種の数え方が異なる)が分布しています。

   

ヤマアジサイ(エゾアジサイ)岩手
          

コアジサイ 山梨


トカラアジサイ 三島列島黒島

1と2は、それぞれ人間にとって需要があります。言い変えれば、人間の都合で存在しているわけです。従って「ビジネス」と成り得ます。3は一切人間の都合とは関係なく存在しているので、ビジネスとは無関係ですし、1の美麗さ絢爛さや2の侘び寂びも微塵もなく、一言で言えば役に立たない存在です。

「役に立たないものには無関心」。知人の大学教授が嘆いていました。最近の学生は応用科学ばかりを専攻して基礎学問に興味を示さない。

全国のアジサイの愛好家は、ものすごい数です。愛好家でなくとも、ほとんどの日本人が、何らかの形でアジサイに関心(好感)を持っていると思います。アジサイに関する本も、山のようにあります。

しかし、驚くべきことに、というか、これほど身近な存在であるにも関わらず、生物学的な立場から見た「アジサイとはなにか」に応え得る資料は、ほとんどありません。見掛けの変異に対する品種の命名が膨大な量で行われているのに相反して、系統的な分類は全くといって良いほど手が付けられていないのです。

どの生物の分野でも似たり寄ったりですが、アカデミックな研究者は、メジャーで愛好家の多い対象には、手を付けたがらない傾向があります。取り組むとしても、基礎的な系統分類ではなく、需要がたっぷり見込まれる世界(アジサイの場合は1や2)に限られます。

アジサイの日本における普及はごく最近のこと

ということで、あえて金儲けには「役に立たない」基礎的な情報を紹介していきます。ほとんど全ての日本人にとって極めて身近な存在ながら、誰一人知ることのない、アジサイの素性です。

一切の先入観を排し、筆者による基本形質分析と、最近のDNA解析結果を基に組み立てました。筆者のオリジナルであり、ほとんど全てのアジサイ解説書とは、大半の部分で重ならないと思います。アジサイ愛好家の人達が望むこと(いわば1や2の関連事項)は、何にも書いていません。でも、こうも考えて下さい。将来、人間生活の中でアジサイとより深く関わりあうために、基盤となる知識を改めて知っておいても損はない、と。

私たちに身近なアジサイは、園芸植物としてのアジサイ(1)です。その由来については、結構多くの方々がご存知でしょう。園芸アジサイ(園芸植物としてのいわゆるガクアジサイを含む)の基になったのは、日本本土に広く分布するヤマアジサイの伊豆諸島周辺地域産集団(通常、本土産とは別の種ガクアジサイとされますが、和名についての詳細は複雑な話になってくるので、ここではスルーします)です。

興味深いことに、園芸のサクラ(ソメイヨシノ)が伊豆諸島周辺地域産の(広義にはヤマザクラに含まれる)オオシマザクラであることと軌を一にします。しかし、野生-改良-普及が国内で完結しているサクラと違い、アジサイは少々事情が異なります。

まず、古い時代に一度中国に渡ります。それなりに中国の文化に溶け込み、園芸植物としての地位が確立したのちに、日本への里帰りもあったと思われます。しかし、どちらかと言えば負の存在で、日本の文化に積極的に受けいられることはなかったようです。

そして18世紀の末、中国からヨーロッパに紹介され、(良く知られている、シーボルトが愛人の名前を付けてヨーロッパに再度紹介したのは、その数10年後)そこで積極的な改良がなされ、多様な品種が誕生しました。欧米では園芸植物は大きくてカラフルで派手であればあるほど人々に好まれます。昭和も半ば頃になって、日本起源のアジサイは、豪華絢爛に変身して、里帰りしてきたのです。そして澄ました顔で、古くからの住民でございと、日本文化の代表の一つとして、社寺などに植えられているのです。

ここで、アジサイの「花」について簡単に説明しておきます。手毬のような形の一般にアジサイの花とみなされている部分は、花の集まりで「花序」と言います。それを構成する一つ一つが花である、と言いたいところですが、実はそれも花ではありません。いわゆる一般のアジサイには、花がないのです。

花に見える3~5枚の花弁のようなものは花の外側のガク片に相当する、いわば偽の花で、「装飾花」と呼びます。小さくて目立たない本物の花の周りに、虫を引き付けて花粉の媒体する目的で大きくて目立つ偽の花が形成されました。そこに人間が目をつけ、そこだけを強調し、やがて本物の花のない偽物の花だけで成り立つ園芸植物のアジサイが出現したわけです。

園芸アジサイのなかには、野生種と同様に花序の周りに装飾花、中央部に本物の花の集まり、という組み合わせのものもあって、ガクアジサイとよだれています。ヤマアジサイの一地域集団の伊豆諸島周辺に分布する野生ガクアジサイと一応同じものですが、存在の次元が異なり、園芸種はアジサイもガクアジサイも、基は野生のガクアジサイに由来しています。

中央部に集まる小さな本物の花は、正常花(生殖機能がある)、中性花(一つの花の中に雄蕊と雌蕊が共存する)、普通花などと呼ばれます。分類にはこの部分の構造比較(ルーペや顕微鏡を使わねばならない)が最重要なのですが、一般のアジサイ愛好家や業者は無視しています。そして単に着飾った服に過ぎない(生物学的にほとんど全く無意味と言って良い)偽の花である装飾花の色や形にひたすら注目し、(人間にとって)より魅力的なものにしようと、努力を重ねているのです。まあ、ビジネスに繋がるのだから仕方がないのですが。

侘び寂びの世界に繋がる日本のアジサイ文化

日本の各地に最も普遍的にみられる野生アジサイが、ヤマアジサイです。北海道から九州に至る日本本土のほぼ全域と周辺の島嶼、および朝鮮半島南端部と済州島に在来分布します(中国大陸の一部にも分布するという見解がありますが実態は良く解っていません)。



ヤマアジサイ 広島県恐羅漢山(関東地方のヤマアジサイより血縁的にはガクアジサイやエゾアジサイに近い?)

上記した、近年になってお寺や公園に里帰りし、日本の風景に溶け込んでいる園芸アジサイの基になったのは(種としては同じヤマアジサイに包括される)伊豆諸島周辺産ガクアジサイ(他に比べ葉や花が大きく剛健)ですが、愛好家たちが愛でるのは、ガクアジサイ以外の日本各地に野生するヤマアジサイのほうです。その花(装飾花)や葉の微妙な変異に注目し、侘び寂びの世界に没頭するのです。この風習は、園芸アジサイの普及の流れとは別個に、奈良時代頃から今に至るまで続いているようです。

そのような歴史があるにかかわらず、ヤマアジサイの生物学的な視点からによる分類は、ほとんど行われていません。慣例では、伊豆諸島周辺産を別種ガクアジサイ、北日本産を変種エゾアジサイ、そのほかをヤマアジサイ、それに茶飲料に利用するアマチャとか、九州産のヒュウガアジサイとか、数多くの変種を加えることもあります。

しかし、それらの分類は外観の印象に基づくものであり、一から分類体系を構築し直す必要があります。基礎形態の比較およびDNA解析に基づくと、従来ヤマアジサイとされていた集団は、遺伝的には多様な集団の混在であることが分かりました。一部のヤマアジサイ(おおむね本州西部や九州にみられる花色の鮮やかな集団)は、野生ガクアジサイや北日本のエゾアジサイと同じ一群、一方主に関東地方などにみられる白花の集団は、それらとは異なる血縁集団。ただし総合的な整理はまだ行われていず、よくわかっていないというのが現状です。

例えば四国。ここは特にヤマアジサイ愛好家が多い地域で、夫々の農家には山という山から採取されてきたヤマアジサイが育てられています。それぞれに自慢の品種名が付けられ、毎年各地で盛大な品評会が行われています。にもかかわらず、「四国のヤマアジサイとは何者か?」という基本的な事実の探求は、全く行われないでいるのです。実は四国のヤマアジサイのかなりの個体は、別の種であるガクウツギやコガクウツギとの交配起源である可能性を有しています(外観はヤマアジサイ、基本形質はガクウツギ類)。しかし、実態は全く不明です。

ヤマアジサイの仲間は、ヤマアジサイのほかに、コアジサイ、ガクウツギ、コガクウツギの3種が、日本の西半部(関東地方~九州)に分布します。ヤマアジサイの開花期は、低地では6下旬、山地では7月。同じ頃に咲くコアジサイは、装飾花を欠き、正常花だけで成っていますが、その分、鮮やかな青色の小さな正常花が目立ちます。


コアジサイ 山梨県櫛形山


ガクウツギ 大分県祖母山


サクラやアジサイを愛でる日本の文化を、何の疑いもなく称賛するだけで良いのでしょうか?

ガクウツギ(分布東限は高尾山)とコガクウツギ(同・伊豆半島)は純白の装飾花を持ち、疎らで片の大きさが歪です(両種の関係には不明な点が多い)。開花期は5月。

南西諸島にも、純白のガクウツギの仲間が分布します。屋久島の低地帯にはヤクシマコンテリギ(高地帯に
は分布南限のコガクウツギも観られ、場所によっては混在しますが、交配は行われていません)。屋久島を代表する素晴らしい花の一つです。

権威のある研究者が、ヤクシマコンテリギをトカラアジサイと同一種と見做したため、公式には固有種とされていません。それに固有種らしからぬ麓の至る所に普通に生えているので、有難みに欠けます。ちょうど世界遺産に登録された頃のことです。山の入り口に当たる道路脇に、環境省や県の自然館などに属する数件の大きな建物が立てられました。それから間もなくして、道路の両側を覆っていた野生のヤクシマコンテリギが全て引っこ抜かれてしまったのです。邪魔者の在来種を排除して、観光(これも自然保護?)の目玉にすべく、島外から導入した色鮮やかな園芸アジサイに全て置き換えられてしまったのです。

サクラのところでも違和感を感じたのですが、このようなコメントが多くを占めていました。日本人は、植えたサクラを手塩にかけて大事に育て、花の時期には侘び寂びを楽しみます、それは隣国(K/C)の人々には、とても真似のできない素晴らしい美点であり、その歴史を強調すれば良いのであって、野生とか由来とかの話はどうでも良い。

それ自体は確かにそうかも知れません。しかし、人間の作り出した(疑似)自然にだけ愛情を育み、元からあった自然に対しては、(それが固有種とか絶滅危惧種とかならそうでもないようだけれど)なんだか、ものすごく冷淡。見る角度を変えれば「日本人の美徳」は、いかにも自分勝手で、決して自慢できるような物ではないような気がします。

ヤクシマコンテリギとトカラアジサイを同一種とする案には、筆者も必ずしも反対ではありません。しかし それを慣行するならば、中国大陸産のカラコンテリギや日本本土のガクウツギなども包合する必要が出てきますます。そこまでの研究が成されていない現状では、とりあえずは別種としておくべきだと思います。同種か別種かはともかく、ヤクシマコンテリギは、トカラアジサイにない顕著な特徴を持っています。葉が紙質で、縁の切れ込みが著しく深く、先端が極めて細長く伸び、しばしば葉裏に濃い紫色の幻光を伴います。


ヤクシマコンテリギ 屋久島              


トカラアジサイ 口永良部島

屋久島の真西最短距離僅か12㎞には、火山島の口永良部島が浮かびます。距離的近くても、その生物相は屋久島とは大きく異なり、むしろ北の三島列島や南のトカラ列島と共通します。この島のトカラアジサイは、ヤクシマコンテリギと対照的に、葉が分厚い革質で光沢を持ち、葉裏に紫色の幻光はなく、代わりに葉表がしばしば紫色になります。これらの特徴は、トカラ列島口之島産など他のトカラアジサイとも共通します。

屋久島の西北62㎞の三島列島黒島は、以前「バラン」の項で紹介したような、独自の生物相を持っています。トカラアジサイは主に山上の原生林に生え、葉が革質であることなどは他の各地産と共通しますが、装飾花が極めて大きく、葉が極小さいのが特徴です。


トカラアジサイ 三島列島黒島             


トカラアジサイ トカラ列島口之島

屋久島の南西56㎞のトカラ列島口之島産トカラアジサイは、逆に巨大で丸味を帯びた葉をつけます(園芸アジサイと良く似ている)。黒島産同様、装飾花が極めて大きく、海岸沿い一周道路の周辺に、まるで人間が植えたかのような見事なアジサイ並木が見られます(島に放牧されている牛が食べ残したため)。

トカラアジサイは、その他のトカラ列島の島々や、奄美諸島の徳之島、沖永良部島、および沖縄本島北部のすぐ西にある伊平屋島に分布します。それぞれの島ごとに、顕著な特徴を持っています。ちなみに伊平屋島も不思議な島で、沖縄本島目と鼻の先に位置しながら、生物相は顕著に異なります。そして、ずっと離れた屋久島産と共通する植物が生えていたりします。


トカラアジサイ 伊平屋島               


ヤエヤマコンテリギ 西表島


南琉球の石垣島と西表島には、別種とされるヤエヤマコンテリギが分布しています。

トカラアジサイやその近縁種は、小さな島々を含む南西諸島の多くの島に分布しますが、屋久島を除く南西諸島ベスト3の面積をもつ、沖縄本島、奄美大島、種子島には、何故かこの仲間が分布していません。それぞれすぐ隣の、伊平屋島、徳之島、屋久島に普通に見られることを考えれば、不思議と言わざるを得ません。

台湾や中国大陸産のカラコンテリギ(中国繍球=繍球はアジサイの中国名)については、およびヤマアジサイの仲間以外のアジサイについては次回。





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