青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【その5】

2022-04-06 07:44:29 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ




モエギチョウ(旧名・シリアアゲハ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。

萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その5】

The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,





サモス島滞在の最終日。クモマツマキチョウも沢山出現しだした。2022.4.4‐10:36





2022.4.4‐10:38





2022.4.4‐10:38





なぜかこの日のモエギチョウは、タンポポ連の花で吸蜜中の個体に多く出会った。2022.4.4‐11:25





2022.4.4‐11:23





2022.4.4‐11:26





2022.4.4‐11:42





2022.4.4‐11:36





2022.4.4‐11:32





突然シロタイスアゲハが出現。一見、ある種の我を大きくしたようなイメージ。2022.4.4‐12:14





シロタイスアゲハAllancastria cerisyi。ギフチョウやモエギチョウ同様にウスバシロチョウ亜科の一種。ただし

別グループのタイスアゲハ族Zerynthiiniに所属する。2022.4.4‐12:14





飛翔時はモエギチョウと紛らわしいが、その飛翔スタイルは、モエギチョウやギフチョウに比べて、明らかにダイナミックだ。2022.4.4‐12:15





2022.4.4‐12:33





2022.4.4‐12:33





2022.4.4‐12:32





2022.4.4‐13:17





2022.4.4‐12:33





なんと、これまで一度も訪花を確認できなかった白いキク族の花でも吸蜜。2022.4.4‐13:18





これは雌。最終日になって、なんとなく雌雄の区別がつくようになった気がする。2022.4.4‐13:52





オリーブ畑の林床のあちこちにも、ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属Aristolochia spp.が生えていることが分かった。

それにしても、この特異な花姿。まさに“馬の鈴草”。2022.4.4‐13:46





手掴みで採った雄。ゲニタリアをチェックした後、逃がしてやった。2022.4.2‐15:33





雌。“原始アゲハ”としては例外的に、スフラギス(sphragis交尾嚢)らしきものが形成されない。腹部をかなり

強く押さえつけてチェックしたのだが、手を離すと何事もなかったように飛んでいった。2022.4.4‐13:54








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第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【外伝】

2022-04-03 07:45:14 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ




昨日のブログに、「萌葱Books新刊:明日発売予定!」と紹介しましたが、印刷期間の関係もあるため、1週間前後遅れての刊行となります。正確な日にちが決まり次第、追ってお知らせいたします。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



年に一度、早春にだけ姿を現すギフチョウは、日本の自然愛好家にダントツの人気のある蝶だ。



本来は、日本を含む東アジア独自の植生である「中間温帯林(クリ・コナラ林)」に結びついた、遺存的な生物。その環境が、人間の手によって「里山」として置き換えられて、そこで繁栄していった。



昔は東京の近郊にも数多くいたが、「里山」の衰退に伴って、今はほとんどの産地で絶滅した。



日本の本州固有種。



永らくの間、同属種は日本の北部と日本海の対岸地域に分布するヒメギフチョウ、中国の長江流域に分布するチュウゴクギフチョウの3種とされてきたが、1980年代になって、中国の陝西省から湖北省にかけての山地帯で、第4の種オナガギフチョウが発見された。



*2人の中国人老教授による“新種記載の先陣争い”は、滑稽でもあり、それ自体が一つの物語(悲喜劇)にもなる。



*数年後、僕はその探索に向かった(スパイ容疑で監禁されたりもした)。



第5のギフチョウ(あるいはギフチョウの祖先種)は、存在するのだろうか?



実は、一時期、存在が確実視されていたことがあった。



ギフチョウ属の分布圏の西(中国西南部からヒマラヤ東部にかけて)に4種が分布するシボリアゲハ属の1種で、外観がギフチョウにそっくりな、「ユンナンシボリアゲハ」が、それにあたる(いわばギフチョウの祖先)と考えられていた。



しかし、超希少種で、標本は大英博物館に所蔵される雌一頭だけしかなかった(従って系統分類に不可欠な雄交尾器のチェックは叶わなかった)。



ギフチョウ研究の第一人者である大阪自然史博物館の日浦勇氏は、その唯一の標本から得られた諸形質を詳しく分析して、この蝶が、シボリアゲハ属よりも、むしろギフチョウ属に類縁が近い、非常に原始的な種であると喝破した。そして、1種で独立属を形成する「ユンナノパピリオ属」を設立した。



前述した「第4のギフチョウ(オナガギフチョウ)」が発見されたのは、そのすぐあとのことである。オナガギフチョウと(唯一標本が存在する)ユンナンシボリアゲハはとてもよく似ていて、この蝶が「ギフチョウの祖先」である可能性は、いやがおうにも高まった。



しかし皮肉なことに、オナガギフチョウ発見から間もなくして、それまで一頭の雌標本しか存在しなかったユンナンシボリアゲハが、四川省最高峰ミニャコンガの氷河の袂で、12人のクライマーの命と引き換えに、大量に採集されたのである。



日浦氏の愛弟子でもある九州大学の三枝豊平教授が、その全貌(特に雄交尾器の構造)を調べることになった。その結果は、予想に反して、、、、見かけがギフチョウそっくりであるにも関わらず、雄交尾器をはじめとした体各部の形質は、(見かけが大きく異なる)ほかのシボリアゲハ属の種と、ほぼ全く変わらないことが判明した。ギフチョウとの著しい類似は「他人の空似」に過ぎなかったのである。



三枝教授は、苦悩した。ある意味、日浦氏の研究を補佐するつもりで任に当たったのに、期せずして恩師日浦勇氏の一世一代の業績を抹殺してしまうことになったのである。しかし研究者としては、個人の情に囚われることは出来ない。心を鬼にして、論文を書き上げた。脱稿を成したその夜、九州から遠く離れた奈良県の研究室で、稀代の天才蝶研究者・日浦勇は、急性心筋梗塞に襲われ、蝶の標本を手に持ったまま、50歳の生涯を閉じたのである(その前後の僕との交流は別の機会に記す)。



天才、ということで言えば、三枝教授も天才である。この時の「ユンナンシボリアゲハ」の研究論文は、単にギフチョウ属とシボリアゲハ属の比較に留まらず、両属を含む近縁各属、すなわち、「タイスアゲハ族」を構成する、東アジアのギフチョウ属、シボリアゲハ属、ホソオチョウ属、ヨーロッパのタイスアゲハ属、シロタイスアゲハ属(いずれも狭い地域に分布する1~数種から成る)の比較を、徹底して行った。また、同じ“原始アゲハ”の一員である、西アジアのイランアゲハ(一族一種)と、北半球の寒冷地に多数の種が繁栄するウスバシロチョウ属との比較も、詳しく行った。いやもう、この上もなく詳細な、完璧ともいえる、素晴らしい論文である。



結論はこうである。ギフチョウ属は、(以前からの知見通り)シボリアゲハ属やホソオチョウ属やタイスアゲハ属ともども、タイスアゲハ族の一員で、なおかつそれらの属とは直接的な血縁上の繋がりを持たない、孤立したグループ(従って、ギフチョウ属の4種だけで独立のギフチョウ属を設置する海外の研究者もいた)。



ところが、110年前に、それに異を唱えた研究者がドイツにいた。イタリアの古第三期の地層から見つかっている化石種が、実はギフチョウ属だというのである。この化石種の外観は、ウスバシロチョウ族の一員で、地中海島南部から中東にかけて1(~数)種が現存するArchonシリアアゲハ(改称モエギチョウ)

属とそっくりである。化石種がギフチョウ属ならば、ギフチョウ属とは似ても似つかないシリアアゲハもギフチョウ属に含まれてしまうことになりかねないではないか、そんなことがあるわけがない、と一笑に付され、その説は無視されてしまった。



でも、僕はどこか引っかかっていたんですね。そういえば、日浦勇氏も、三枝豊平教授も、その詳細極まりない論文の中で、(僕が勝手にそう感じているだけなのかも知れないけれど)どこかこのシリアアゲハの存在を気にしていた節がある。その形質の一部に於いてのギフチョウ属との類似性に一瞬触れかかりながら、そこから先には入り込まない。シリアアゲハ属は紛いなきウスバシロチョウ族の一員なので、タイスアゲハ属の一員のギフチョウ属との比較は無意味、と(当然のことのように)思い込んでいたのではないだろうか。



それは僕にしても同じである、英国のヒギンズのヨーロッパの蝶の雄交尾器の手引書に、ごくごくラフなシリアアゲハ雄交尾器のスケッチがあって、それを見る限り、ウスバシロチョウ属との相同性は皆無であり、(きわめて消極的ではあるけれど)特徴の方向性がギフチョウ属と軌を一にするように思われて仕方がなかった。しかし僕もまた、「シリアアゲハは当然ウスバシロチョウ族の一員」と信じ込んでいたので、そこから先に思いを巡らせることはなかった。



ごく最近になって、ミトコンドリアDNA解析による、アゲハチョウ科の系統関係に対する複数の論文が発表された。(それらの複数の論文で)原始アゲハは、ウスバシロチョウ族、タイスアゲハ族、ギフチョウ族に3分割され、なんと、シリアアゲハは、ウスバシロチョウ族でもタイスアゲハ族でもなく、ギフチョウ属の4種とともに、ギフチョウ属の分枝に置かれているのである。



110年前“一笑に付されていた”見解はここに復活し、僕が言い出せないでいた、ギフチョウ属との雄交尾器の類似性の指摘も、改めて成すことが可能になったという次第である。



しかし、研究者・アマチュアマニアこぞっての、異常なほどのギフチョウ熱の高まりが続く日本に於いて、そのことは、全く無視されたままである。



日浦勇氏にも、もう一人のギフチョウ研究の第一人者であった、僕の恩人でもある原聖樹氏にも、「幻」の原型「萌葱蝶」が確かに現生に存在していることを、見てもらいたかった、と思っている。



「青山君、本当にギフチョウだね」という声が聞こえてくる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



















突然現れる。目で追うのだが、前後左右に不規則に飛ぶので、進行方向が読めない。





いったん止まると、どこに止まったか全くわからなくなってしまう。目の前にいても、一度目を外らせてしまうと、どこにいるのか見つけられなくなる。













この時期この一帯で最も多い花はキク科キク属の白い花と、キンポウゲ科アネモネ属の濃ピンクの花。しかしモエギチョウがそれらの花を訪れることは滅多にない。









そこで、花での吸蜜時ではなく、花の近くの草上にとまった時、周りの花ともども蝶を写し込もうと、花の近くでカメラを構えて待っていた。来た!と思ってシャッターを押したら、止まっていたのはクモマツマキチョウだった。日本では高山蝶の一つに数えられるが、中国やヨーロッパでは里山の蝶。モエギチョウとともに、早春最も早くに出現する蝶。























・・・・・・・・・・・・・



(協力基金の振り込み先)

三井住友銀行 大船支店 普通口座 7012686 アオヤマジュンゾウ





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第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【その4】

2022-04-02 07:53:16 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ




モエギチョウ(旧名・シリアアゲハ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。



「萌葱Books」新刊書。

(明日刊行予定)




萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その4】

The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,





【永劫の時を経て、遥かなる地に】



大昔、ギフチョウ属とArchon属の共通祖先種は、ユーラシア大陸の東西に渡って、広く分布していました。しかし、ヒマラヤの造山運動などで、その中央(チベット高原などの所謂“地球の屋根”)が標高6000mを越す氷雪の世界となり、棲めなくなってしまった(代わりにウスバシロチョウ類が繁栄)。共通の祖先集団は、遥か離れたユーラシア大陸の東と西の温暖な里山樹林で、(それぞれ姿や生活様式を大きく変えながら)細々と生き続けました。そして現在も、大昔に生き別れた姉妹が、東と西に、(姿を変えて)絶滅寸前の状態で生き残っている!



或る意味「第5のギフチョウ」ともいえる、“もうひとつの春の女神”が、思ってもみなかった、実に意外なところにいたのです。



けれど、親蝶の外観(翅形や色彩斑紋)が全く異なることと、何よりも分布圏が東と西に遠く離れていることから、せっかくDNAの解析結果や基本的形質の共通性が指摘されているにも関わらず、今現在も(少なくとも日本に於いては)Archon属が “ギフチョウの仲間”であることに誰も気が付いていず(というよりもそのことに対して注目しようとせず)、“ウスバシロチョウの仲間”と認識されたままでいるのです。



Archon属に対する日本名は、これまで「シリアアゲハ」「ニセアポロ」「ムカシウスバシロチョウ(ムカシウスバアゲハ)」と言った名前で呼ばれてきました。学名と違って(それが一般に認知されるかどうかは別問題として)自由に付けることが出来る和名(ローカル・ネーム)ですが、今まで普及している名前を変えるのは好ましいことではない、と思っています。しかし、本種の場合は(一部の蝶愛好家は別として)特定の日本名が一般に普及しているとは思えません。「シリアアゲハ*」「ニセアポロ」「ムカシウスバシロチョウ」といった無個性の名を当てることは、勿体ない気がします。*シリアはごく一部の地域にしか分布していない。



ということでArchon属の日本語名を、「シリアアゲハ」や「ニセアポロ」から「モエギチョウ(萌葱蝶)」に変える提唱をします。春一番、樹々の芽が吹き出す頃だけに出現する蝶。「萌葱」は、落葉樹林が芽生えだす瞬間の、ボヤッとした夢のような、曖昧な色です。



“モエギチョウ”の棲む植生環境は、ギフチョウの棲む東アジアの「夏緑落葉樹林」とは違って、石灰岩を基盤とした岩だらけの乾燥地に形成される「地中海性硬葉樹林」(主体は東アジア同様にブナ科植物)ですが、春早く芽吹き始める新芽の色は、同じ“萌葱色”ですね。



ギフチョウの棲息地は、人里近くであることが多いのですが、モエギチョウも同じみたいですね。ギフチョウが、分布空白地を隔てて飛び離れて棲んでいるのと同様、モエギチョウも(ことに分布西限となるギリシャでは)限られた幾つかの(トルコ寄りの)島にしか分布していません(バルカン半島側にも何か所か分布しているようですが、その実態は良く分かっていません)。



どの産地も、人里近くの、何の変哲もない環境のようですから、人知れぬまま絶滅してしまう恐れも有り得ます。



ネットで検索(日本語)をしても、ギフチョウとモエギチョウ(Archon)の関連を指摘する情報は皆無です(意外なことに中国では上記した“Luehdorfia bosniackii”の紹介がある)。



日本人の蝶マニアや自然愛好家は、ギフチョウに関しては、異様とも言えるほどの愛着を持っているようなのに、そのルーツに繋がるはずの、遥かな国の姉妹たちには、何の関心も持っていないようなのです。なんだかな~、、、という想いがあります。





【記憶を辿る旅】



そんなわけで「第5のギフチョウ」ともいえる、萌葱色の春の女神の姉妹に逢いに、エーゲ海の島を訪れたのです。自分の眼で“記憶”を確かめるために。



ギフチョウに限らず、どの生物たちも(蝶で言えば翅の形や模様や色などの)外観と血縁的な繋がりは必ずしも一致しません。全く同じに見えても、血縁上は遠く離れていたり、外観が全く異なっていても、実は極めて近縁だったりと、一見意外に思われることがむしろ普通だったりします。



写真で示すよりも、文章で説明するよりも、科学的な解析を行うよりも、、、記憶の中にあるギフチョウとの比較を再確認する。



日本のクリ畑、エーゲ海のオリーブ畑、、、萌葱色の林床に早春の柔らかな陽の光が差し込んだ時、突然どこからか転がるように彼女たちは現れます。一瞬の間、目を逸らすと、地面に溶け込んで姿が消えてしまいます。



光と風の中のたたずまい、、、、それは、まさにギフチョウそのもの。「(ある面から見れば)これだけ違う」のに 「(別の視点から見れば)実は全く同じ」でもあるのです。



信じない人は信じなくて良いですよ。でも、いつかぜひ自分の眼で確かめてください。この蝶が、ギフチョウの姉妹、もう一つの“春の女神”であることが、きっと分かるはずです。



























産卵行動Ⅰ 2022.3.25 14:10-14:20


写真⑬‐㉔
























産卵行動Ⅱ 2022.3.30 11:00-11:10










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第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【その3】

2022-04-01 08:11:40 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ






モエギチョウ(旧名・シリアアゲハ/ニセアポロ/ムカシウスバ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。ギリシャ・サモス島にて 2022.3.30 13:30





「萌葱Books」新刊書の内容の一部を先行紹介していきます。

*近日中に刊行予定。



萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その3】

The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,





【“第5のギフチョウ”はどこに?】



時折思うのですが、ギフチョウ属は、この4種だけで構成されているのだろうか?と。日本はともかく、広い中国のことです。これまでに知られていない別のギフチョウ属の種が、どこかに人知れず棲息しているかも知れません。ということで、その後、研究者や蝶マニアを中心に「第5」のギフチョウ探しが始まりました。しかし、現時点における結論を言えば、第5のギフチョウ属の種は、まだ発見されていません。断言するわけにはいかないのですが、おそらく今知られている4種が、現存するギフチョウ属の全ての種である可能性が強いと思います。



実は、一時はギフチョウ属の祖先種ではないか、と目された蝶があったのです。それ以前からも、ギフチョウ属によく似た色彩・斑紋を持つシボリアゲハ属が、ギフチョウ属の姉妹群とされていました。なかでも四川省西南部や雲南省西北部に稀産するユンナンシボリアゲハは、ギフチョウに生き写しで、この蝶こそ、ギフチョウの祖先なのではないか、と考えられてきたのです。しかし、原記載の図があるだけで、標本が無かった。



それが、上記のオナガギフチョウの発見と相前後して、多くの標本が採集されました。それを解析したところ、見かけはギフチョウにそっくりでも、基本的な形質は他のシボリアゲハ属の種と変わらず、ギフチョウとの直接的な血縁上の繋がりはないことが判明したのです。



結局、ギフチョウ属は、東アジアに孤立して分布する4種が全てで、他に姉妹群として位置づけされる集団は、何処にもいない、という結論になりました。それと共に、ギフチョウと外観のよく似た、シボリアゲハ属(東アジアに数種)、ホソオチョウ属(東アジアに一種)、タイスアゲハ属(ヨーロッパ~中東に数種)の各属は、ギフチョウ属と直接の関連性は薄いとしても、互いに比較的近縁な原始的アゲハチョウ科の一群である、ということで、ギフチョウ属ともどもタイスアゲハ族として纏められることになりました。



“原始アゲハ”には、もうひとつのグループがあります。ウスバシロチョウ族です。その中心を成すウスバシロチョウ属(蝶愛好家は“パル”と呼びます)は、ヨーロッパから東アジアを経て北米大陸に至る寒冷地や高山に50種近くが分布しています(日本にも3種)。やや横長の丸味を帯びた翅は、名の通り透明な白色で、種によっては赤や青の斑紋を配しています(一般的に最も有名なのはギリシャなどに分布するアポロチョウ)。コレクターに非常に人気があり、チベットやヒマラヤ周辺に棲む希少種は、とんでもない高額で標本の売買が行われていたりします。



ウスバシロチョウ族には、ウスバシロチョウ属のほかに、それぞれ1属1 (~数)種が中東から地中海東南岸にかけて分布する、イランアゲハとシリアアゲハ(ニセアポロチョウ、ムカシウスバシロチョウ)が含まれるとされています。



タイスアゲハ族とウスバシロチョウ族を併せてウスバシロチョウ亜科(いわゆる“原始アゲハ”には、ほかに中南米産の1属1種で成るメキシコアゲハ亜科がある)としますが、ギフチョウ属はタイスアゲハ族の他の3属とは、幼虫の形態や雄交尾器の形態に大きな差があるため、独立のギフチョウ族とする見解もあります。



いずれにせよギフチョウ属は、日本を含む東アジアの一角だけに大昔から細々と生き続けている典型的な遺存生物群、唯一無二の存在なのです。





【意外な答えがあった】



ところが、、、、余りにも予想外なので、、、、誰もが見落としていることがあります。ギフチョウの仲間(ギフチョウ族Luehdorfiini)は、東アジアに遺存分布する4種だけではなかった!



近年、海外の複数の研究者グループによって相次いで為されたアゲハチョウ科のDNAの解析*では、上記した「ウスバシロチョウ族Parnassiiniの一員とされる2属」のうちのひとつが「ギフチョウの系統分枝」の中に示されている。

*Nazari, V., Zakharov, E. V., and Sperling, F. A.H. (2007) Phylogeny, historical biogeography, and taxonomic ranking of Parnassiinae (Lepidoptera, Papilionidae) based on morphology and seven genes. Mol. Phylogenet. Evol. 42, 131-156. ほか。



その蝶はArchon属。通常「シリアアゲハ」とか「ニセアポロ」とか「ムカシウスバシロチョウ」とか呼ばれています。中東の一部からギリシャにかけて分布し、1種のみから成る(3種前後に分割されることもある)マイナーな属です。



ギフチョウ属の系統的な位置づけに関しては、1959年に日浦勇氏(大阪自然史博物館)、1973年に三枝豊平教授(九大)の詳しい考察があります。共に素晴らしい内容なのですが、Archon属に関しては、僅かな情報しか述べられていません。ギフチョウ属とは余りにも外観が異なり、当然のことながらウスバシロチョウ属に近縁と思われていたでしょうから、仕方ないことだと思います(それぞれそれとなく示唆はしているのですが結局は見逃していた)。



実は筆者もそれ(雄交尾器などの相似に基づくArchon属とギフチョウ属の近縁性)を気付いていたのだけれど、あまりに突拍子もないと思って、結論を出すに至りませんでした。



しかし、DNAの解析結果に基づけば、ギフチョウ属がシボリアゲハ属やタイスアゲハ属との直接的な繋がりが全くないことが判明したことと軌を一にするように、Archon属もまたウスバシロチョウ属との直接的な繋がりは全くなく、そして、なんと、外観が全く異なるギフチョウ属とArchon属が単系統上に示されたのです。



改めて整理をすると、このようになります。



>ウスバシロチョウ属Parnassius≪全≫とイランアゲハ属Hypermnestra≪西≫が、ウスバシロチョウ族Parnassiini。



>シボリアゲハ属Bhutanitis≪東≫、ホソオチョウ属Sericinus≪東≫、タイスアゲハ属Zerynthia≪西≫、シロタイスアゲハ属Allancastria≪西≫が、タイスアゲハ族Zerynthiini。



>そして、ギフチョウ属Luehdorfia≪東≫とモエギチョウ(シリアアゲハから改称)属Archon≪西≫が、ギフチョウ族Luehdorfiini。



*≪東≫ は東アジア、≪西≫は中東~ヨーロッパ、≪全≫は全北区。



改めて(重要な分類指標形質である)雄交尾器の形態に注目すると、ギフチョウ属とArchon属のそれは、基本的な部分でよく共通するのですね。



*Dorusam(第8腹節に接続するringの背方、tegumen+uncus)の部分が強靭でよく発達していること。それに反し、雌の腹部を挟みつける一対のvalvaeの把握力が弱い(Archonでは退化または未発達)こと。Tegumen腹縁とvalva基背縁の間にepicostaが生じることなど。



そして、成蝶の外観に於いても、細部ではなく全体を俯瞰的に見つめると、実はギフチョウと瓜二つであることが分かります。



また、幼生期(卵・幼虫・蛹)の形状も、両者はとてもよく似ています。生活のサイクルや、棲息環境も、共通します。両者とも、蛹で越冬し、成虫は春一番(3~4月)に一度だけ現れます。





【“荒唐無稽”と無視され続けてきた、ある解釈】



ここに、もうひとつ、非情に興味深いことが加わります。

 

イタリアの新第三紀中新世(500万年~2300万年前)の地層から、Archon属に似た蝶の化石が見つかっています。Doritites bosniackii (Rrebel, H. 1898)と名付けられた、絶滅種です。通常は、Archon属にごく近縁な、その祖型種と考えられています。



少し前の行に、“ギフチョウ属とArchon属の類縁性の近さが、21世紀になってDNA解析で証明されるまで見逃されていて、長い間Archon属はウスバシロチョウの仲間と認識され続けてきた”、ということを記しました。



しかし、DNA解析によるギフチョウ属とArchon属の近縁性の検証が為されるよりも100年以上前の1912年に、そのこと(ギフチョウ属とArchon属の近縁性)を示唆した研究者(ドイツのFelix Bryk)がいたのです。



彼は、(通常はArchon属に近縁の絶滅属Dorititesを設置される)化石種bosniaskiiを、ギフチョウ属の種(Luehdorfia bosniackii=一字異なる)として組み入れました。後に、NazaraiらのDNA解析や、雄交尾器の基本形態に基づく検証(青山:未発表)で確認された、ギフチョウ属とArchon属の関係性を考えると、当たらずとも遠からずと言ってよい処置だと思います。しかし、ほとんどの研究者は、「荒唐無稽」と無視してきたのです。 





【タイスアゲハ族Zerynthiini】 チュウゴクシボリアゲハBhutanitis thaidina

四川省峨眉山1990.6.1



【ギフチョウ族Luehdorfiini】 オナガギフチョウ Luehdorfia taibai

陝西省秦嶺 2010.4.26



【ギフチョウ族Luehdorfiini】 化石種 Doritites bosniackii 

Rebel, H. (1898) の原記載図より



【ギフチョウ族Luehdorfiini】 モエギチョウ(シリアアゲハから改称) Archon apollinus

ギリシャ・サモス島2022.3.27



【ウスバシロチョウ族Parnassiini】 ウスバシロチョウ Parnassius glacialis

東京都青梅市2021.5.1



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



以下は、2022.3.30撮影のモエギチョウの写真です。午前10時から午後2時15分の間に同じ場所で撮影した写真15枚を取り上げました。実は撮影の最中には、同じ(せいぜい3~4頭の)個体が何度も繰り返し姿を現し、それを撮影したものと思い込んでいました(同時に姿を見せたのは2頭まで)。改めてチェックしなおすと、大半は別個体(9頭)なんですね(13:23-13:29の3枚、14:04の2枚、14:15の2枚はそれぞれ同一個体、10:03/11:52/13:36の3枚もその可能性が強いが不確実)。



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 10:03



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 10:53



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 11:09



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 11:52



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:13



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:17



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:23



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:29



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:29



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 13:36



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 14:04



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 14:04



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 14:09



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 14:15



モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.30 14:15








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第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【その2】

2022-03-31 13:48:14 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ









モエギチョウ萌葱蝶(旧名・シリアアゲハ/ニセアポロ/ムカシウスバ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。ギリシャ・サモス島にて 2022.3.30






「萌葱Books」新刊書の内容の一部を先行紹介していきます。

*近日中に刊行予定。



萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その2】

The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,





【大都市に生き残った“絶滅危惧種”】



まず最初に訪れた(1988年)のが、上海の南の杭州です。文献によると、チュウゴクギフチョウは、長江河口の上海の南北に位置する杭州と南京、やや内陸の武漢などにも分布するとされています。いずれも中国有数の大都会です。そこにギフチョウの姉妹が棲んでいる、、、俄かに信じることは出来ません。



でも、ギフチョウだって、少し前までは、東京の近郊にも棲息していたのです(多摩丘陵の一角など、ほとんどの産地で絶滅し、現在では首都圏では唯一神奈川県の石砂山だけに残存分布している)。



そもそも、ギフチョウのメインの棲息地は、四季の移り変わりによって常に遷移が繰り返され続けている、「中間温帯林」(クリ・コナラ林)です。



その空間はまた、人間の活動拠点とも重なります。そのために「原型」はほとんど消滅し、人為的に整えられた、いわゆる「里山」の雑木林に置き換わりました。人間の手によって常に管理され、萌芽更新を繰り返していくことで成り立つ環境です。そこに、ギフチョウもセットになって残存し、改めて人類と共に繁栄し続けた、というわけです。



里山の新萌林の主な役割は、燃料としての薪炭の確保です。しかし、人間社会の更なる近代化から、そのような素材は不要とされていき、里山的環境も急速に消滅して行きます。ギフチョウもそれに伴って姿を消していったのです(ただし、人の手の及ばない深い山の渓谷の崩壊地や、人里近くでも冬に積雪が多く開発が困難な急斜面の樹林などには、今も棲み続けています)。



筆者は、中国大陸には、大都市の周辺にも、そのような“原型”が残っているのではないだろうか?と考えました。



いましたね。町のど真ん中、西湖を取り囲む住宅街やお茶畑に隣接した、食草ウマノスズクサ科カンアオイ類の生える、木漏れ日の雑木林の中を、多数のチュウゴクギフチョウが舞い飛んでいました。



ただ気になったのは、(幼虫の食草は沢山有っても)成蝶の吸蜜源たる在来種の草本の花が極めて少なかったこと。それと幾らなんでも余りに町の中過ぎます。都市化の波は半端ではない。大丈夫なんだろうか?



その懸念は的中しました。数年後、チュウゴクギフチョウは、杭州の町中から、一斉に姿を消してしまったのです。





【「里山」のモデルとしての“動き続ける極相”】



もう一つの種、オナガギフチョウの分布の中心は、陝西省西安市の近郊です。西安は、やはり中国有数の大都会です。しかし、杭州や南京や武漢のチュウゴクギフチョウと違って、こちらの発生地は市の中心部からだいぶ南へ離れた、標高2000~3000mの山並みが続く太白山(秦嶺山地)の中腹です(ちなみにここにはチュウゴクギフチョウも混棲しています、、、、もうひとつちなみに、日本の佐渡で絶滅したトキの唯一の在来分布地でもあり、ジャイアントパンダの分布東北限でもあります)。



険しい山腹の急斜面を温帯落葉(夏緑広葉)樹林が、へばりつくようにして覆い、その林床にオナガギフチョウの食草であるタカアシサイシンが生えています。花弁のない地味な色のカンアオイ属と違って、鮮やかな黄色い花弁を持つ、全体の印象がウマノスズクサ属にも似た、背の高い草本です。



そこは、立っているのも困難なほど、急峻な斜面です。常に土壌が崩壊し、場所を移るたびに石や岩が崩れ落ちていきます。生える樹木は、ブナ科やカエデ科を中心とした、日本の里山の雑木林を構成するメンバーです。しかし、人間の手で整えられ、維持されて来た里山雑木林と違って、人間とは無関係に、遥かな昔から存在している天然の森林です。



自然の現象で崩壊が繰り返されていくことによって、いわゆる中間温帯林の植生が成り立っているわけですね。そこは里山・雑木林の原型であり、人間の手で「常時遷移」が調節される代わりに、何の手を加えずしても、常に遷移の途上が保たれ、“動き続ける極相”が出現するという、一見アナクロティックな関係性が成り立っているわけです。



この秦嶺山中の「天然の雑木林」には、筆者は30年以上通っています。そして、「春の女神」たちは今も健在です



オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.25


オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26


オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地(野生のハナズオウ) 陝西省秦嶺1995.5.3


写真⓻オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26


オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26


写真⓽オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26


オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地(食草タカアシサイシン) 陝西省秦嶺2005.4.26


オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26


ギフチョウLuehdorfia japonicaの棲息地 新潟県浦佐市2020.4.15


ギフチョウLuehdorfia japonicaの棲息地 新潟県浦佐市2020.4.17


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.27


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.27


モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25





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第5のギフチョウは、ここにいた! エーゲ海の「春の女神」モエギチョウ 【その1】

2022-03-30 08:02:33 | 里山の自然、蝶、ギフチョウ







モエギチョウ(旧名・シリアアゲハ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。2022.3.24. 13:32






「萌葱Books」新刊書の内容の一部を先行紹介していきます。

*近日中に刊行予定。



萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その1】

The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,



【はじめに】



筆者は、今ギリシャに来ています。昔々(ソクラテスとかプラトンとかの時代より何百万年も前の頃に)、ギリシャと日本は繋がっていました。いや、繋がっているといえば、今でもほぼ繋がってます。でも、今は間に、チベット高原とか、ヒマラヤ山脈とか、タクラマカン砂漠とか、インドとかシベリアとか、、、いろいろ過酷な環境が挟まっていて(その他にも、中国とかイランとか、ミャンマーとかアフガニスタンとか、厄介な国々も挟まってるし、笑)、その結果、生物たちの中には、長い間東西で交流が閉ざされたままになっている集団も存在します。



祖先種が形成されたのち、離散集合を何度も繰り返し、各地で少しづつ姿や生活様式を変えながら今に至っている集団(人類もそのひとつ?)もあるでしょうし、ちりじりに別れてそのうちにどれもが消滅しまった集団もあるでしょう。今回お話しする「日本とギリシャの春の女神(ギフチョウLuehdoefia japonicaとモエギチョウArchon apollinus)」のように、遠く離れた東と西に分離したのち、再交流がないまま、(姿形を変えて)それぞれの地で細々と生き続けている集団もあるわけです。





【“春の女神”ギフチョウ】



ギフチョウは、日本の自然愛好家の間で、飛び抜けて人気が高い存在です。“春の女神”と呼ばれています。一年で一度だけ、早春に姿を現す“スプリング・エフェメラル”(「エフェメラル=カゲロウ=ひいては“一瞬だけ姿を現す儚い命”の象徴」)の代表種です。春一番に蝶が姿を現したあと、夏秋冬を枯葉や土塊の中に潜んで蛹の姿で過ごし、翌春再び現れます。



“スプリング・エフェメラル”の蝶は、ほかにもコツバメやミヤマセセリやツマキチョウなどがいて、それぞれに魅了的で、個人的には大好きな蝶たちなのですが、小さくて地味なこと、よく似た姿の同じ仲間がヨーロッパや北米大陸にも分布している点が、ギフチョウと異なります。ギフチョウは、鮮やかな色調の斑紋を持ち、すっしりとした重みを感じる、一種独特の風格があります。そして日本(本州)の固有種です(属単位でも東アジア固有)。



早い地域では3月の下旬から出現、標高の高いところや雪国ではゴールデン・ウイークの頃が最盛期です。概ね、それぞれの地域のサクラの開花時期と重なります。



人里近くの芽吹き始めた薄墨色の雑木林、あるいは山奥の渓流沿いの新緑の落葉温帯樹林の林床に、正午前、陽の光が差した瞬間、どこからもなく彼女たちは現れます。敷き詰められた枯葉の中から顔を出したカタクリやスミレなどの春の花を目指して、転がるように、ぶきっちょに飛んでいきます。



早春の「空気」「光」「風」「薫り」、、、ギフチョウの飛ぶ姿には、それらの“感覚”が凝縮されて籠っているように思います。



筆者のギフチョウとの最初の出会いは、ほんの一瞬でした。1961年の春、中学の生物研究部の先輩たちと、当時ギフチョウの産地として有名だった宝塚(兵庫県)の少し先にある武田尾に行ったとき、山道を横切って飛ぶ姿を、チラリと見ただけです。



やがて、武田尾からは、ほとんど姿を消してしまいましたが、10数年後に昆虫カメラマンとなった筆者は、まだ数多く姿を見ることが出来た、同じ兵庫県の西脇市や神奈川県の津久井町、それに長野県や新潟県の山間部などのあちこちで、ギフチョウを撮影しました。



ギフチョウの語源の「ギフ」は地名の「岐阜」ですが、別に岐阜県の蝶という訳ではありません。もともとは「だんだら蝶」という名前があったのです。近代になって、岐阜出身の研究者がこの蝶のことを詳しく調べました。それを記念して、「ギフチョウ」と新たに名づけられたのです。



学名は、「Luehdorfia japonicaルードルフィア・ジャポニカ」と言います。ルードルフィアというのは、日本海を挟んだ対岸、ロシアの沿海州の中心都市、ウラジオストックの州知事のリュードルフを記念した名です。属の模式種はLuehdorfia puziloi(ヒメギフチョウ)で、ロシア沿海州のほか、朝鮮半島、中国大陸東北部、および日本海を挟んだ本州中~北部と北海道に分布しています。



中国大陸ではほかに、主に長江の下流域から中流域にかけて分布するLuehdorfia chinensis(日本名としてはシナギフチョウやアカオビギフチョウの名がありますが、ここではチュウゴクギフチョウと呼びます)が古くから知られていましたが、日本ではその実態はよく分かっていませんでした。また、比較的最近(1980年代)になって、陝西省から湖北省にかけての山地帯で、第4の種、Luehdorfia longicaudata (Luehdorfia taibaiという学名を採用する見解もあります、日本名はオナガギフチョウ)が、中国人の研究者たちによって発見されました。



筆者は、1980年代の末から、この2つの姉妹種の実態を探るため、中国に渡っています。日本固有種ギフチョウと、大陸産の姉妹種の生態を比較することは、日本の生物相の成り立ちを探ることにも繋がります。



≪2に続く≫



 ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.15 11:25


 ギフチョウ Luehdorfia japonica 長野県白馬村2005.5.4


ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.15 11:33


オナガギフチョウ Luehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2010.4.26 12:28


モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 10:31


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.23 14:28


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.26 11:48


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 11:24


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.27 9:40


オナガギフチョウLuehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2010.4.26 15:34


チュウゴクギフチョウLuehdorfia chinensis 中国杭州市1989.3.28


 ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.17 12:25


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.26 15:40


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.26 13:48


オナガギフチョウLuehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2005.4.28 15:34


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 11:35


ギフチョウLuehdorfia japonica 長野県白馬村2005.5.4


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.27 15:48


モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 14:09






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