青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然(and 狭山丘陵“緑の森”)2021.6.14-16

2021-06-16 20:59:13 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


 
とりあえず、ここ数日溜まっている写真をアップしておきます(「緑の森“ハンノキの木”」ポイントの事と、各種産卵行動については次回ブログで紹介予定)。
 


ミドリシジミ(今年45種目の撮影種、去年アパートの近くで撮影した3種を含めれば通算48種目)雌。15:34(2021.6.14)。
 


ミドリシジミ雌。16:33(2021.6.14)*上写真のちょうど一時間後。
 


アカシジミ(46種目、通算49種目)。14:12(2021.6.14)。
 


アカシジミ。15:20(2021.6.14)。
 


アカシジミ。13:31(2021.6.15)。
 


アカシジミ。15:04(2021.6.15)。
 


アカシジミ。15:06(2021.6.15)。
 


ベニシジミ。15:47(2021.6.15)。第二化(少しだけ黒い鱗粉が出現)雄。
 


ベニシジミ。15:48(2021.6.15)。雄のすぐ横にいた雌。第二化だけれど黒鱗は未発達。
 


ベニシジミ。15:47(2021.6.15)。たぶん産卵に来た個体(産卵行動は確認できなかった)。
 


ベニシジミ。15:51(2021.6.15)。ユーラシア大陸温帯域広域分布種ですが、その実態は思いのほか複雑です。
 


ベニシジミ。15:51(2021.6.15)。
 


イチモンジチョウ。15:04(2021.6.14)。ユーラシア大陸温帯域広域分布種です(中国では北部に分布し、長江以南ではナガサキイチモンジに置き換わる)。
 


ミスジチョウ。12:41(2021.6.15)。首都圏で増えているようです。僕が若い頃は、非常な希少種でした。もっとも、最普通種のコミスジ(ユーラシア大陸広域分布)には「コ」が付き、ミスジチョウ(日本海周縁分布)には何にもつかない。ということは、更に以前には、コミスジ以上に「普通種」だったのかも知れません。分布の増減には、食樹のカエデ類の植栽の推移が関係しているように思われます。
 


クロコノマチョウ(47種目、通算50種目)。16:20(2021.6.14)。以前に紹介した(たぶん)越冬個体はウスイロコノマチョウと同定しましたが、今回はクロコノマチョウ(新世代)と同定しておきます。やはり近年分布を拡散しています。どちらかと言えば「暖地性の種」ですが、「南方系の種」ではありません。ナガサキアゲハやクマゼミの場合同様に、「温暖化」で分布を広げているわけではありません。
 


キタテハ。15:37(2021.6.14)。他に近縁な(姉妹)種が存在しない「東アジア固有種」(よく似たシータテハとは、類縁的にかなり隔たります)。同様に「東アジア固有種」のアゲハチョウ(周極分布のキアゲハ類とは類縁が隔たる)ともども、日本における分布の成り立ちに興味が持たれます。
 


キチョウ(キタキチョウ)。13:17(2021.6.15)。「夏型」(新世代)には違いないのですが、「第一化」なのか「第二化」なのかは、、、、よく分からない。
 
以上、狭山丘陵西端の“緑の森”。以下は、青梅霞丘陵。
 


キチョウ。14:18(2021.6.16)。キチョウの分類は(アカシジミの分類などとも同じく)「キタキチョウ」と「ミナミキチョウ」に分けることで“答えが出た”わけではありません。実態は非常に複雑です。それらの話については、また改めての機会に行うことにしましょう。
 


ヒメウラナミジャノメ。12:03(2021.6.16)。4月はじめから、途切れることなく姿が見られます。世代の区切りが無く、だらだらと発生しているのかも知れません。なお、和名の頭に何も付かない「ウラナミジャノメ」のほうは、現在の日本の大多数の地では、絶滅寸前の希少種です。なぜに、日本における「最普通種」の一つと言ってよい「ヒメウラナミジャノメ」に「ヒメ」が付き(別に小さいわけではない)、希少種の「ウラナミジャノメ」に何も付かないのか?中国大陸では、ヒメウラナミジャノメ(広義)よりもウラナミジャノメ(広義)のほうが、より普遍的に分布していることに、そのヒントがありそうです。
 


ツバメシジミ。10:01(2021.6.16)。北半球温帯広域分布種。この分布パターンの種の日本産の成り立ちについては、改めて考察する必要がありそうです。
 


ツバメシジミ。10:04(2021.6.16)。雨中での撮影。
 


ツバメシジミ。10:06(2021.6.16)。
 


ツバメシジミ。10:09(2021.6.16)。
 


キマダラセセリ(48種目、通算51種目)。12:08(2021.6.16)。以前ヒメキマダラセセリを数多く見た「ウグイスの谷」で。暖地性の種とされています(属としては熱帯アジアに繁栄)、一応日本固有種です。
 


キマダラセセリ。12:09(2021.6.16)。
 


キマダラセセリ。12:09(2021.6.16)。
 


ヒメキマダラセセリ。12:13(2021.6.16)。“本物の”キマダラセセリが飛び去ったあと、同じ場所にヒメキマダラセセリがやってきました。もしかしたらまた誤認したのかな?と思ったのだけれど、写真をチェックしたら、やっぱり「キマダラセセリ」と「ヒメキマダラセセリ」でした。偶然同じところに2種いたのです。ちなみに「ネッタイアカセセリ」はアカセセリの仲間ではなくキマダラセセリの仲間。一方、ヒメキマダラセセリは、主に北半球の冷温帯域に繁栄するアカセセリの仲間です。ただしヒメキマダラセセリは東アジア固有種(“アサヒナキマダラセセリ”の名で呼ばれる八重山のウスバキマダラセセリも同様)。







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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.13

2021-06-14 21:08:40 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


 
朝、オオミドリシジミ・ポイント。
昼前に、教会。
午後は、東隣りの狭山丘陵へ。
いやもう、ずいぶん歩きました。
 
詳しくは改めて。
 
・・・・・・・・・・・
 
今日(6月14日)は、午前4時45分出発、午後8時帰着、、、、。
昨日以上に歩きました。疲れた~~~~。
 
こちらも明日改めて、、、、。





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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.12

2021-06-13 09:00:00 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


★6月11日、12日の記事に、いいね!その他ありがとうございました。



昨日の「ロス・タイム9時20分~9時55分」を埋めるべく、青梅駅プラットホーム上のオオミドリシジミポイントに今日もまた向かいました。

一応、8時前(7時45分)からチェックを始めたのだけれど、曇天のため、全く姿を見せません。9時過ぎになって薄日が差し始めたのですが、やはり現れる気配は無い。薄日じゃダメで、木漏れ日の強い光が必要なんでしょうか?

10時10分まで待って、全く現れなかったので、引き上げることにしました(たまには休まないといけません)。昨日と同じ道を帰る途中、オオムラサキ・ポイントに昨日と同じ人(F氏)がいました。F氏は地元の方で、僕より5歳下。もう40年間以上、地元の蝶の撮影をしているそうです(採集はしない、海外には行ったことがない、沖縄とか北海道とかにも滅多に行かない、作品の発表とかもしていない、、、非常に謙虚な方です)。青梅の蝶について、いろいろと教えて貰いました。オオムラサキの出現は、例年だと7月に入ってからですが、今年は異常に季節が早く進んでいるので、来週あたり出てくるかも知れませんね、と言ってました。

10分ばかり話をし、アパートに戻るつもりでいたのだけれど、いつの間にか晴天になっています。まだ出発して3時間ちょっとしか経っていないし、あと2時間ほどは大丈夫かな、ということで、霞丘陵のほうにも行ってみることにしました。結局、13時15分帰宅まで6時間、うち後半の3時間は、ほとんど一歩も休まず(立ち止まったのは、霞川で道間違えてオバサンに道を尋ねたときと、コリアス草原で立ちションした時だけ)、はや足で歩きっぱなしです。

なんでまた歩きっぱなしかというと、その間(カンカン照りになっていたのにも関わらず)蝶の姿を一匹も見なかったから。コリアス草原にさえ、モンキチョウ一頭も飛んでいません。

今は、一年でもベストのシーズンです。好天の日中。なのに全く蝶がいない。いや、不思議なことも有るものです。まあ、そのおかげで、ぴったり6時間以内に切り上げることが出来たのですが、、、。毎度のことながら、疲れたです。

それにしても、今日は何で蝶がいなかったんでしょうね。



河辺駅。手前の森が青梅駅上のオオミドリシジミ撮影ポイント。昨日の晩、19:20





(頭上)

ここで寝転んで、オオミドリシジミ出現を待っていたのですが、、、。9:30



何も写すものがないので、、、Ⅰ カノコガ 9:48



何も写すものがないので、、、Ⅱ ベンチの横 8:42
そういえば、以前(「コロナ発生直後」)モニカが送ってきた、アメリカの新聞記者の方の手記、、、日本語に翻訳して紹介したいのですが、もうちょっと待ってください。それと、「裏山探索」の最初に書こうとしていた「マルバアオダモに関する“里山”解釈への疑問」もまだでしたね。こちらももうちょっと待ってください。



何も写すものがないので、、、Ⅲ 茸 10:22



何故か、「コリアス草原」にも、モンキチョウ全然飛んでません。12:22






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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.11

2021-06-12 09:00:00 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然




5時20分出発。5時50分、昨日のオオミドリシジミ撮影ポイントに到着しました。

オオミドリシジミはまだ現れません。飛んでいるのはコジャノメだけ。現れるまで待機するしかありません。

8時少し前になって姿を現しました。しかし、止まる位置が遠くて良い写真が撮れない。近くの木にも止まりますが、角度が下からになります。昨日、9時50分に撮影した梢なら正面から撮れるのだけれど、まだそこには光が当たっていません。辛抱強く待つしかないです。

ここで痛恨の失敗。あと暫くすれば陽が当たるという時に、近くのベンチに座ってたおじいちゃん(同じ1948年4月生まれ)から、何してるんですか?と話しかけられました。近所の絵描きさんで、その世界では名の知られた人みたい。僕同様、ここと霞丘陵に日替わりで散歩に行ってるとのこと。ウイルス(結構詳しい)やワクチンの話などをしていたら30分近く経ってしまった(話を中断するのが申し訳ないような雰囲気だったので)。

くだんの梢を見たら陽が当たってました。でも時間は9時55分。昨日ちょうど蝶がいなくなってしまった時間です。話している間に、ここに止まっていた可能性があります。昨日同様、10時には、全く姿を消していました。

歩いてアパートに戻る途中、一本の木の脇に佇んでいる人がいました。直感で、オオムラサキが訪れる樹液をチェックしているのかな?と思いました。尋ねたらやっぱりそうだった。やはり近所に住む蝶の愛好家の人(会ったことない方だけれど僕の名前を知っていた)で、去年の7月の始めに、この木でオオムラサキ2頭を見たとのこと。今年は季節が早く進んでいるから、そろそろ出現するかも知れないと思って見に来たのだそうです。

この一帯にはオオムラサキはいない、と聞いていたので、これは朗報です。来週あたり、来てみることにしましょう。逆に彼のほうはオオミドリシジミはいないと思ってたようなので、居た場所を教えてあげました。

今日も撮影は6時間以内で切り上げることにしました。5時起きは辛いです。

猛烈に眠たく、頭がキ~~~ンと鳴り続けています。睡眠不足が一番の敵なので、今日は早めに寝ることにします。



オオミドリシジミ撮影ポイントからJR青梅駅プラットホームを見下ろす。6時33分。



ヤマガラ。7時10分。



幼鳥?7時14分。



ぼろコジャノメ。7時26分。



オオミドリシジミ出現。でも角度が良くないです。7時52分。



7時56分。



7時56分。



8時14分。



8時17分。



8時31分。



8時32分。



8時32分。



8時33分。



8時34分。



8時35分。



8時35分。



8時35分。



8時36分。



8時54分。



9時16分。



9時16分。

・・・・・・・・・・



(昨日の9時51分)



(昨日の9時52分)
昨日アップした写真が明るすぎたので、少し明度調節して再掲載しておきます。




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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.10

2021-06-11 13:00:00 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


★6月10日の記事に、いいね!その他ありがとうございました。

 
オオミドリシジミ。実は出現期にはまだ余裕があると思っていました(山間部では7月に入って出現)。でもネットなどでいろいろ調べたら、東京近郊の低地帯では6月上旬が発生盛期とのことです。これはちょっとヤバい。写せないまま終えてしまう恐れがあります。いざとなれば、誰かに写真を借りるか(当てにしてるM氏は「神奈川で写したミドリシジミの写真は有るけれどオオミドリシジミはない」とのこと)、7月に入ってから長野県などの標高の高い山に探しに行くか、、、、。
 
でも、絶対にこの辺りにもいるはずです。コナラの生えている、小さな丘の頂上とか。先週ヒカゲチョウとミズイロオナガシジミを撮影した(毎日行ってる)霞丘陵の駐車場の脇の雑木林(「愛宕山」と言うらしいです)以外に、どっかなかったっけ? ずっと昔、JR青梅駅のプラットホームの上あたりにそんな場所があったはず、と漠然と想い浮かべました。地図でチェックすると「青梅丘陵」の東の端っこで、「霞丘陵」の西側の続きに当たります。
 
それで、始発の電車で青梅駅に行くことにしました。ところが、寝坊してしまった。起きたら9時過ぎていました。オオミドリシジミが翅を開いて葉上に止まるのは、午前7時頃から2時間ほどです。今からだともう遅いと思います。でも、翅を開いてなくても、居るかどうかだけは確かめておこうと、一応目的地に向かいました。電車だと歩いて行く霞丘陵入口(塩船観音)よりもむしろ早く、20分ほどで現場に着くことが出来ます。
 
駅から少し登った、「第一休憩所」の付近で、雄が一頭飛んでいました。いることが分かったので、明日の早朝に再訪しよう、、、と思っていたら、目の前の低木の梢に、もう一頭の雄が、翅を半開きにして止まっていた!
 
撮影を始めて数分も絶たないうちに、翅を狭めてしまいました。今日最後のチャンスに、ギリギリ間に合ったのです(その後一頭も出会わなかった)。
 
天気は良いし、時間は未だたっぷりあるので、丘陵に続く尾根道を西側に進んで探索してみよう、とも思ったのですが、今日はラッキーだったと言う事で、欲をかかずに、アパートに戻ることにしました。よく考えたら、歩いても大したことはないわけです(距離はほぼ同じ)。
 
そのおかげで、帰路、予測してなかった蝶に出会いました。この付近にはいないと思っていた「ミスジチョウ」です(名前はシンプルですが結構珍しい蝶です)。オオミドリシジミが43番目、ミスジチョウが44番目ですね。
 
明日からは、「成木街道」を挟んで東側の「霞丘陵」と西側の「青梅丘陵(東端部分)」を、交互に探索していこうと思っています。
 


9時51分
 


9時52分
 


9時53分
 


9時53分
 


9時54分
 


9時54分
 


9時55分
 


9時55分
 


9時56分
 


9時57分
 


9時57分
 


9時59分
 


撮影ポイントからいつも行ってる塩船観音(霞丘陵入口)を望む。9時41分
 


ミスジチョウ。11時22分。
 


ミスジチョウ。いつの間にか別の個体に入れ替わっていたのだけれど、リアルタイムで撮影中には気が付かなかった。11時23分。





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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.9

2021-06-10 20:22:52 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然



 
部屋が東向きなので、強烈な朝日が直接差し込みます。したがって、夜明けとともに目が覚めます。今朝の夢にも美人の女性が出てきたような気がしますが、どんな夢だったのか確かめたりする余裕はありません。起きるとすぐ、カメラを掴んで部屋を飛び出しました。5時半です。
 
丘陵に着いた6時台には、既に多くの蝶が活動していました。今日は余りあちこち歩かず、オオミドリシジミの居そうな雑木林に焦点を絞ることにしました。
 
でも、結局今日も、オオミドリシジミには出会えなかった。天気は雲一つない快晴だし、なんでなんだろう?もしかすると、この丘陵には居ないのかも知れません。
 
小林先生には「5時間以上歩かないこと」「今日は山に行ってはなりません」と言い渡されているので、せめて半分は従おうと(昨日みたいな状態になったら大変だし)、どんなことがあっても12時までには切り上げる、という決意をしました。
 
今日は(現時点では)胸もそれほど痛くはない。もうちょっと頑張れそうだし、午後も天気は良さそうなので、あと2~3時間ほど頑張れば、かなりの収穫が見込まれそうに思います。それで大分悩んだのですけれど、最初の決意に沿って、12時で切り上げることにしました(僕としては滅多にない英断です、笑)。
 
三世から「今日はTV電話の日なので準備しておくように」と言われているので、午後はスタバで眠りこけているのですが、ずっと快晴のままだし、やっぱりあと2~3時間は粘っておくべきだったと、うじうじ後悔しています。
 
でも、昨日の苦しみを考えたら、(苦しくなる前に切り上げる、という)今日とった行動は「正解だった」と考えておくことにしましょう。
 


6時52分。
 


7時51分。オオミドリシジミが出てきても良さそうなんですけれどね。
 


クロヒカゲ。6時45分。朝早くから飛び回っていました。
 


ヒカゲチョウとサトキマダラヒカゲ。7時52分。クロヒカゲもやってくるけれど、写真は撮り損ねてしまいました。
 


ヒカゲチョウ。8時18分。
 


ヒカゲチョウとサトキマダラヒカゲ。7時52分。
 


ヒカゲチョウとサトキマダラヒカゲ(withオオスズメバチ)。7時58分。
 


ダイミョウセセリ。10時15分。
 


ダイミョウセセリ。8時20分。
 


ヒメウラナミジャノメ。本来ならば上2枚とこの写真のようなスタイルで、オオミドリシジミが止まっていてくれれば良いのですが、、、。9時4分。
 


ヒョウモンエダシャク(昼蛾)。9時48分。
 


キチョウ。どうやら完全に第一化世代(夏型)に置き換わったようですね。9時31分。
 


キチョウ。9時31分。
 


キチョウ。それにしても、セリバオウレンは3月からずっと咲き続けていますね。中国原産。北米原産のアメリカフウロ共々、この一帯に我が物顔に蔓延っています。9時30分。
 


モンキチョウ雄。どのような目に逢えば、このような破損状態になるのでしょうか?10時21分(コリアス草原にて)
 


モンキチョウ雄。新鮮な個体もいます。10時22分(コリアス草原にて)。
 


ツバメシジミ。4月22日に産卵写真を紹介した地点と全く同じ個所。第二化の個体です。10時16分(コリアス草原にて)
 


ダイミョウセセリの産卵。10時46分。
 


ヤマノイモの一種に散付されたダイミョウセセリの卵。10時59分。
 


ダイミョウセセリ卵。11時5分。僕のカメラではこの程度が精一杯。
 


ムラサキシジミ。路上の草の中に、羽化して間もないと思われる個体がいました。42番目の撮影種です。11時8分。
 


ムラサキシジミ。複数個体が飛び交っているようです。どの個体も翅を閉じたままですが、時間が経てばそのうち開くのだと思います。でも今日は「12時までには帰着」と決めたので、諦めねばなりません。11時9分。
 


イチモンジチョウ。雌が食草のスイカズラを探して、“葉に触れては飛んで”を繰り返していました。観察を続けていれば、やがてスイカズラを見つける場面に遭遇出来るはずですが、今回は諦




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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.8

2021-06-10 12:42:32 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


★6月8日の記事に、応援ありがとうございます。


 
「フィールドガイドブック東京近郊の蝶(附:青梅市霞丘陵探索日記)」を作って、出版社に持ち込んで、印税貰える仕事に結びつけるべく目論んでいます。今年中に全種撮影して、来春には形にしたいと思います。
 
商業作品にするには、内容よりも見栄えですね。綺麗な蝶の写真が必要です。例えば、オオムラサキとかオオミドリシジミとか。両方共たぶん霞丘陵にいると思う。少なくともオオミドリシジミは間違いなくいるはずです。オオムラサキの出現期はまだ少し先ですが、オオミドリシジミは今が発生シーズン。これを撮り損ねては成りません。
 
雄が翅を開いて葉上に止まるのは、おそらく午前7時頃から9時頃にかけて。今日の天気は良いはずなので、早朝出発することにしました。
 
目が覚めたらまだ暗い。5時前です。うっかり二度寝しちゃいました。最初に起きた前、確か夢の中に可愛い女のコが出てきた。どんな夢だったか全く忘れましたが。2度目の夢の中にも、素適な女性が出てきました。たぶん最初のとは別の人。両方共知らない人です(もちろんモニカでも三世でもない)。
 
夢の中のどこかの街で、のんびりと買い物とかしていたら、店員さん(ただし明治時代ぐらいの雰囲気の店)らしい美人のねえちゃんが、「蝶の写真を写しに行くんじゃなかったですか?早くいかないと日が暮れちゃいますよ!」というんで、目が覚めました。慌てて時間も見ずに出発。あとでチェックしたら、6時少し前でした。
 
でも、早朝6時台から、沢山蝶が飛んでいた。オオミドリシジミにも期待がかかります。居そうなところを何か所か、丘を下りたり登ったりして、探し回ったけれど、結局見つからなかった。
 
今まで行ったことのなかった(コリアス草原より先の)七国峠に行ってみることにしました。でもどこが七国峠か分からない。いつの間にか通り過ぎて、岩倉温泉まで行ってしまいました。長い間銭湯に行ってないので、ついでに温泉に入ろう、と思っていたら、温泉は潰れて廃墟みたいになっていました。
 
再び雑木林に戻ることにしました。途中、クリの花などが咲いていたら、そこにオオミドリシジミが来ているのではないか?とあちこち寄り道しながら。でも、オオミドリシジミどころか、ほかの蝶もほとんど見かけません。
 
コリアス草原を経て雑木林の尾根に戻ってきたときは、出発から9時間ほどが経っていました。ずっと歩き通しだったので、背中と胸が猛烈に痛い。ことに胸の痛さは半端じゃないです。急性肺炎みたいな感じです。
 
午後4時前にアパートに戻り、小林医院に行きました。小林先生は呆れて、そりゃ当たり前だ、と。今後は無理をしてはいけない、とドクターストップです(「霞丘陵は素敵な所だ」という同意は貰えましたが)。
 


コナラ林。オオミドリシジミがいても良さそうなのですが、、、、。午前7時40分。
 




イチモンジチョウも朝6時台から活発に活動しています。6時52分。
 


イチモンジチョウ。9時17分。
 


出来損ないの写真ですが、、、。クロヒカゲ(右上)とヒカゲチョウ(左下)。7時47分。
 


ヒカゲチョウ。7時48分。
 


ヒカゲチョウ。先週予想した通り、邪魔になるほど、ドサッと出てきました。先週の(撮影失敗)慌て具合は、一体何だったのでしょう?8時43分。
 


ヒメキマダラセセリ。これも同様です。7時27分。
 


ヒメウラナミジャノメ。一応「ウグイスの谷」まで下りて、クリの花をチェックしたけれど、居たのはこいつだけです(この蝶も最初に出会った得には一生懸命撮影したものです、、、ところで初見から二か月以上たっているけれど、まだ第一化なのでしょうか?それともいつの間にか第二化が出現している?)7時24分。
 


ウグイスはなかなか姿を現さない。代わりにこいつ(ガビチョウ)が出てきます。8時3分。
 


茸。七国峠に向かったのだけれど、いつの間にか通り過ぎてしまいました。11時1分。
 


岩倉温泉。ご覧のとおりです。11時18分。
 


川に降りてみました。11時29分。
 


ミヤマカワトンボがいました。雄。11時37分。
 


ミヤマカワトンボ雄。このように一瞬翅を広げたときが綺麗なのですが、なかなか撮影タイミングが合いません。といって、トンボを写しに来たわけじゃないので、それに時間をかけているわけにもいかない。11時38分。
 


ミヤマカワトンボ雄。網目模様の翅脈が素敵です。11時39分。
 


ミヤマカワトンボ雌。腹部の青緑光沢は無いですが、翅色はむしろ雄より鮮やかです。11時36分。
 


ミヤマカワトンボ雌。こんど時間のあった時に、雄との(両方にピントの合った)2ショットを撮ることにします。11時36分。
 


サナエトンボの一種。僕はトンボの事は全く知識がないので、いちいちネットで調べなくちゃなりません。しかしパソコンの調子が悪いのか、インターネットがなかなか繋がらない。でもって同定は後程。12時29分。
 


ベニカミキリ。
クリの花が咲いているたびに、ゼフィルスが訪花に来ていないだろうか?とチェックしたのですが、来ていません。12時16分。
 


ホタルブクロ(ヤマホタルブクロ)。見かける花の大半が外来種や逸出栽培種の中にあって、珍しく在来野生の種。12時36分。
 


ノビル。これもたぶん在来野生だと思う。12時55分。
 


モンキチョウ雌。実に魅力的な蝶だと思います(殊に雌は)。13時46分(コリアス草原にて)。
 




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「香港デモ」と「新型コロナウイルス」 “現代ビジネス”との軋轢の経緯

2021-06-08 12:46:12 | コロナ、差別問題と民主化運動、講談社


★6月4日の記事に、いいね!その他ありがとうございます。



読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。

【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?

【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。

*ブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けます。

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この記事は、ひと月余り前に、ほぼ概要を書き終えていたものです。もう少し整えてから、「明日にでもアップしよう」と毎日のように思っているうちに、他の記事が次々と割り込んで行ったものですから、気が付けばひと月が経ってしまいました。明日(2021年6月8日)が昨年の「現代ビジネス」最終掲載“記念日(笑)”に当たるので、この機会に(ひと月前に記述した内容をほぼ原形のまま)アップしておきます。

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一昨年の夏から始まった「香港デモ」と、その半年後に発生した「新型コロナウイルス」について、リアルタイムで見聞きし、考えたことを、「現代ビジネス」掲載記事を絡めつつ辿って行きます。

ミャンマーの話題には、(言いたいことは多々あるのだけれど)当面、敢えて触れないことにします。

前半(今回アップ分)は、2017年から2018年にかけての、僕の「現代ビジネス」連載記事に関する成り行きについて。
後半(次回アップ予定)は、(それとは直接関係なく)2019年から今年にかけての「香港デモ」→「コロナ問題」の本質考察。

「現代ビジネス」への寄稿は、2017年の夏から1年半、24回に亘って行われた後、2018年の暮れに打ち切りとなりました。その後、2019年6月8日付けで、「天安門事件30周年」の記事を執筆、3日後の6月11日から始まった香港デモの取材を行い、夏に記事を寄稿、昨年になって、いわゆる「コロナ問題」が発生、2020年6月8日に、コロナ関連の2つ目の記事「マスクが同調圧力になっていないか?」を掲載した当日から、編集部との連絡が一切途絶えています。

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僕の肩書きは一応「昆虫写真家」ですが、実質上は野生植物を対象とすることも多いので「ネイチャー・フォトグラファー」ということにしています。

写真集というのは好きではない(そもそも収入に繋がらない)ので出しません。大抵は文章が主体で、ほぼ文章のみ、という作品も幾つかあります。1980年代から2000年代にかけて日本で(ちゃんとした出版社から)刊行した作品 は20作ほどです。「屋久島の自然」「日本の蝶」「日本の高山植物」が主体で、それぞれ5~6冊、他に「小笠原の自然」などがあります。この期間の大半は、中国で活動してきましたが、中国関係の単行本は一冊(「中国のチョウ」)刊行しただけです。

2005年からインターネットとデジタルカメラを使用し始めました。ブログのスタートもその頃からです。そしてそれと歩を併せるように、以降はぴったり仕事が無くなっています(日本では2005以降に刊行した単行本は1冊のみ、新聞連載記事も2本だけ)。

もちろん、活字(殊に紙の)業界全体の沈滞が主要因ではあるのですが、僕の側にも大きな原因が幾つかあります。
一言で言えば、(収入に繋がる)仕事への取り組みを、疎かにしてしまった、ということでしょう。

インターネットという媒体は、上手く活用できる人にとっては多大なメリットがあるのでしょうが、フィット出来ない人にとっては、デメリットの部分のほうがより多く齎されるのではないかと思われます。

また、日本に比べれば圧倒的に物価(殊に、交通費、宿泊費、食費)の安い中国での活動に比重が移るにつれ、予算捻出を日本を拠点としていた時ほど考えずに済んだことから、経済的な面での危機感が薄れてしまった、という部分もあります。

ということで、10年ほど前から完全に行き詰まってしまったのです。それまでは、対象は野生生物、地域は日本、表現手段は写真(唯一完全な例外が、25年ほど前に神戸新聞で短期間連載した「随筆」)、と限られていたわけですが、今後は何にでも取り組んでいこう、と決意していたのにも関わらず、、、。

昔から一緒に仕事をしてきた僕と同年輩の編集者の大半は引退してしまっているので、新たに若い編集者の人たち(週刊文春K氏/週刊現代U氏)との交流を始めました。彼らは僕が帰国するたびに食事会を開いてくれたりするのですが、仕事には繋がりません。

或る時は、「尖閣諸島」についての情報(中国で集めた資料*)を提供したり、僕なりに頑張って仕事に繋げようと努力はしたのですが、結局無視をされたまま、何故か「豪華なご馳走」だけは戴ける、という状況が続きました。
*もう10年近く前から、中国の書店では尖閣諸島の詳細な地図や単行本が山積みになって売られていました。事の良し悪しは別として、関心の高さ(まあ、一種のパフォーマンスなのでしょうけれど)は日本とは比べ物になりません。

具体的な仕事がらみの話がU氏から初めてきたのは、2016年のゴールデンウイークの直前です。
>新たに「現代ビジネス」とういうネットマガジンが始まった。雑誌(「週刊現代」)への掲載は無理でも、そこにならば何か載っけることが出来るかも知れない。尖閣絡みで、とりあえず「琉球(南西諸島)」の話題を、何回か書いてみませんか?
>ついては、とりあえず何篇か書いて送ってみてください。出来ればゴールデンウイーク明けまでに。6月からスタートする予定です。

尖閣諸島そのものについての、具体的な知識は何もありません(飛行機の空路によっては台湾手前で真上を通るので何度か見下ろしたことがあるだけ)。岩礁を大きくした程度の小島ですから、生物相は貧弱です。棲んでいる生物たちの出自を周辺地域との関連で考えると、日本(沖縄、ことに行政上所属する八重山地方)ではなく、中国大陸南部や台湾との結びつきが深そうです。

生物地理的な視点から尖閣諸島の性格を真面目に考えたなら「尖閣は日本ではない」と言わざるを得なくなってしまいます。それは僕の本意ではありません(そもそも八重山諸島の位置づけを再確認しなくてはならない)。

ということで、琉球(南西諸島)全体をトータルに俯瞰し、そのうえで尖閣の位置づけを浮き彫りにしていくことで、了解を得ました。

一気に数編を書き上げて、ゴールデンウイーク前に原稿を送りました。「こんなので良いでしょうか?ダメなら、何とでも書き直すので言ってください」と伝えました。U氏からは「これで良いです、リライトして6月から掲載する予定です」と返事がありました。

しかし、いつまで経ってもリライトは届きません。 「どうなっているのですか?」と尋ねると、「来週から取り組みます」の返事。それが(大袈裟ではなく)何10回も繰り返されました(時には「今夜送信予定」というので待っていたこともある)。結局、結果として無視されたまま、一年が経ってしまいました。

翌2017年の6月、U氏から、“「週刊現代」から「現代ビジネス」に正式に移動になった、ついては、青山さんの記事にも改めて取り組むことが出来る”という連絡が来ました。

“「尖閣諸島(琉球)」のテーマは一度白紙にして、生物全般を対象にしよう”と。ちょうど季節が夏だったこともあって、セミの話題から始めました(2017年7月29日)。次いで「帰化生物問題」「対馬のカワウソ」、、、、。

良くも悪くも、まあまあの反応です。僕の記事は「現代ビジネス」全体から見れば比較的アクセスが多い方、しかし非常に多いというわけではない、と言ったところで、そのことは全28回を通して、(多い少ないの振れ幅はあるとしても)共通していたようです。

ちなみに(対馬の回もそうですが)韓国に関係する記事の時は、アクセスがどっと増えます(むろんヘイトの材料として)。中国テーマも、(同様の意味で)概ね反応が良い。

逆に、28編中、最も反応が悪かったのが「小笠原の蝶」と「北米大陸の生物」の回です。多くの人は、アメリカには興味あっても、そこに住む野生生物の事などには、(派手でセンセーショナルなもの以外には)全く関心が無いのだと思います。

それで、必ずしも生物を対象とするのではなく、中国の日常生活(の日本との比較のようなもの)を書いてみよう、と方向転換することになりました。これが、結構人気を得たのですね。

28回中の約半数が中国関係の記事になりました。僕の立場は、中国の方向性を(日本の方向性も)半分否定、半分肯定。

「立ち位置が鮮明でない人はジャーナリストとして失格」
といったコメントもありました。
ジャーナリストには「立ち位置」が必要なんですね、、、知らなかった。それに僕はジャーナリストじゃないもん。

「共産党の回し者、たっぷりお金を貰っているね」
「こいつは正規の教育を受けていない、幼稚である」
「中国には(自分たち日本人記者の)コミュニュティがあるのだが、この人の情報については一切知らない、我々の仲間ではないこのような人の記事を載せてはならない」
といったコメントも何度も貰いました。

一方
「最近は自分の脚と目で取材している記事が少なくなった、この人はそれが出来ている」
「頭でっかちの、既存の知識を垂れ流ししているだけの御用学者の記事はうんざり、こんな記事を待っていた」
「分かり易い語り口、もっと読みたい」
「公平な立場の記事が何故少ないのか疑問、このような客観的な記事を積極的に載せて欲しい」
といったコメントも、けっこう沢山あるのです。

しかし、トータルで見れば、後者は多数派ではありません。「企業」としては、少数の意見は無視をしなくてはならない。

それと、現在の価値観においては、僕の書く記事の趣旨や表現のスタイルは、逸脱したものになっている。「未熟」「勉強不足」「理論武装がない」、、、U氏の言葉を借りれば、「“現代ビジネス・クオリティ”に達していない」というわけです。

もとより、U氏(および編集部の諸氏)とは、価値観や(文章などに対する)感性が、ことごとく違います。40歳の年齢差、東大卒のエリートと、中学1年までしか行っていない落ちこぼれ、、、、。

U氏曰く、全執筆者の中でも、青山さんの文章は余りに異質で、酷く幼稚すぎる(理論武装がない)。答えが示されていない(大多数の読者は答えを知りたい)。「現代ビジネス」記事としてのクオリティ*に達していない。

*その「現代ビジネス」のクオリティに失望している人たちが僕の読者なわけですが、いかんせん少数、U氏は「少数は意味がない」と明言します。

従って「クオリティ」に達するべく直さねばならない。U氏曰く、
>そのために余分な時間がかかる、こうやって対面して議論を交わすことも、非常に無駄な労力である、青山さんの記事の掲載は(全体としてのアクセス数が多かろうが)コスト的に「仕事」に成らない、、、
ということなのです。

U氏は、真面目な人です。彼の苦労も分かるし、申し訳ないという思いもあります。

「青山さんの記事は、クオリティに到達していないのでどうしようもない、他の執筆者の記事は受け取った草稿をそのまま掲載すれば良いだけなのだけれど、青山さんの記事をそのまま掲載することは不可能だし、といって直すのには、非常な苦労な苦労と時間が伴う。とてもそんな余裕はない」。

28編全てについて、そのように言われてきたのです。ロジカルとエビデンスに欠ける。答えが示されていない。文章や内容が幼稚である(「ですます調」にしたのはU氏の指示)。

じゃあ、具体的に何処がおかしいのか、と言えば、結局、語尾や順序を少し入れ替えるだけで、最後にちょこっと当たり障りのない結論を持ってくる。「正規」とされる現在の画一的表現スタイルに整えるわけです。

僕の記事に関わらず、大手メディアのエリート記者の手が入った(あるいは同じ価値観や方法論に基づいて執筆する作者たち)の文章には、決まった語彙や調子、起承転結で構築されていて、他の作者のどの記事を読んでも、全部同じ記者が担当したようなイメージを受けます。

そのことは、どの記事でも、タイトルが「~の理由」「なぜ~なのか」といった、「答えの提出」に統一されてしまっていることでも伺い知れます。

記事の梗概を提出すると、「なんで完成原稿を書いてこないんだ」と言われるのですが、僕の理念や様式で完成原稿を書けば、100%拒否されるに決まっています。よって、「書き直し」想定内で提出する。必ずダメ出しが出ます。僕なりに(編集部側の)意向をくんで、全面書き直して再送。

リライトが来ます。その際、僕のほうは(来たリライト原稿を)一切直さずに、最終稿にします。リライトと言っても上記したように(あれだけ全然ダメとボロクソに言ってるのにも関わらず)概ねごく些細なテニオハを(“今風の表現”に)直されるぐらいです(むろんそれで良くなった部分もあるので素直に感謝もしています)。

全体で見渡せば、最初のオリジナル原稿のほうがずっとましなように思うんですけれどね。中途半端に直したのは、結局ちぐはぐになってしまって、僕自身失望してしまう事が多々あります。でもまあそれで載っけてくれて原稿料貰えるなら文句は言えません。

そもそも、価値観とか、理念とか、それから表現(伝達)手法とかが、エリート編集者たちや論客執筆陣とは、根本的に異なるんですね。

例えば中国の現状の悲惨さを伝え、「中国はどうしようもない滅茶苦茶出鱈目国家であり、共産主義独裁国家で自由の欠片もない、、、、それに比べて、日本はなんて素晴らしい国であることか」。まずはそれを強調します。

しかし、僕が読者に伝えたいことは、そこから先に有るのです。敢えて言えば、中国(主に非近代部分への)支持、日本(近代的民度)批判。その反語的な表現姿勢は、「首尾一貫していない」「理論武装がない(エビデンス云々、笑)」とかで、許されない。材料は誰よりも持っているので、具体的な考察を行っていこうと思えば、いくらでも出来ます。でも、答えを出さない、という姿勢が僕にとっての答えなので、それを安易に推し進めるつもりはない。

いわゆる“知識人”から発信される「(僕に言わせれば見かけ上の安易な)ロジカル」で成り立つ世論を否定し、本質的な部分でロジカルであろうと模索しているわけですが、僕の場合いかんせん伝達能力に(そのチャンスの獲得を含めて)欠けるので、「幼稚な邪推」「陰謀論の追従」として無視されてしまいます。

とにかく、支持してくれる読者が少々居ようとも、メディア側のコスバと、多数派読者に与えるマイナスの影響を考えれば、(より多くの読者が欲している)空気の流れと異なる少数派の意見は、受け入れてくれません。読者が具体的に欲しているのは、皆(ここで言う「皆」とは全員ということではなく多数)が一様に賛同できる、分かり易い「答」です。

或る意味、「作者」は常に上から目線の「エリート」である必要があるのです。問題提起と、理路整然とした答えの提示は、常にセットになっているのですね。それが「教育」(見方を変えれば「洗脳」と同義語)なのでしょう。

理論武装が為されていない、そもそも「答えを出すこと」自体を否定するという大前提で為されている、僕が問いかけるテーマは、頭から拒否されてしまいます。

具体例を2つ、U氏が激賞する他の人気記事と対照しながら挙げておきましょう。

【人気記事】⓵(以下僕の解読要旨)
中国の著しい繁栄を直視するべきである。年配者は躊躇して具体的な行動に踏み出せないでいるが、我々若者 は流れに乗り遅れては成らない。今こそ既成概念に囚われず、日本の持つ技術や人材を送り出し、中国の民主化に力を貸さねばならない。それが日中双方にとって、大きな利益を生み出す。
【僕の意見】⓵
上記の(若い人たちの持つ)熱意は分かる。それ自体は否定しない。しかし、「中国」と「日本」では、元々、価値観の方向性や素材が異なる。日本人の視点からの「指導」は、拒絶反応を起こすだけになりかねない。我々が出来ること、やらねばならぬことは、「手を貸す」のではなく、「寄り添い見守ること」だと思う。(←完全に無視されてます、笑)

【人気記事】⓶(以下僕の解読要旨)
地方(北海道釧路)から東京に出て東大に入学。地方は、情報の収集や伝達に、非常なハンディがある。中央(東京)に出なければ全てのことが始まらない。地方に於ける学問(教育)・文化の遅れは、日本社会の歪であり、大きな欠点である。遅れを取り戻すため、地方の底上げ、あるいは中央進出に向けてのインフラの是正を、一刻も早く必要とする。U氏の先輩に当たる東大O.B.の気鋭の社会学者の記事です。U氏は「素晴らしい意見だ」と手放しで褒めています。僕は、それも一つの見解だと思うし、否定はしないけれど、それだけが問題視されることは、違うと思う。
【僕の意見】⓶
地方に存在する、人間にとって「何の役に立たない」と思われている「無駄」な空間は、人類の文化を育んできたバックボーンである。人類の将来を見据えたとき、その(一見無意味と思える)空間こそ、必要になってくる時があるのではないか(その根拠については生物学の分野になるので割愛)。例えば「一票の格差の是正」。僕は逆の意味での懸念を持っている。人間の数に応じた(目前の利益の追求のために配置される)議員数ではなく、空間の広がりに対応した(将来を見据えた)為政者の数を、念頭に置いて考えるべきではないだろうか?(←U氏によると、幼稚極まりない意見なんだそうな)

コロナ問題(マスク、ワクチンの絶対正義)への疑問についても同じです。僕は、目前のリスク云々とか、経済云々とかの視野で言っているのではないのです。もっと大きな、人類としての根本的な問題(自然との共存の提議、科学・文明への過信に対する警告)。

そして、U氏(あるいは「現代ビジネス」編集部)との軋轢の極めつけは、「熱中症」絡みの問題です。エアコン否定論者(「熱中症」の事を本気で考えるならば、今すぐにでもエアコン依存を止めなければならない)の僕の考えは、「間違った姿勢」として断罪されるわけですね。

その話は一先ず置きます。そのような状況下で、「現代ビジネス」には、中国の日常に対しての話題に、僕の守備範囲であるセミや野生植物の話題を交えながら、一年余に亘って、20数回の記事の掲載を続けてきたわけです。

当初は「尖閣問題」を、“沖縄”(ひいては南西諸島)全体を通しての視点から紐解いていく、という企画でした。しかし、その話題は、結局却下されてしまった。

僕の想いは、こういうことです。

沖縄(琉球)について、多くの人たちは、表に現れた部分(主に政治的な視点)からのみ考えるだけで、本質部分(日本本土との関係性、中国大陸との関係性「琉球」内の各地域間の関係性)での深い考察に取り組まないでいる。

そのことは、こと人文分野だけでなく、自然科学(生物学)についても同様です。僕の言う「楼閣に築きあげられた体系に沿ってのステレオタイプ」の「教科書的」見解だけが、「正論」として流布しているのが現状です。沖縄(琉球)の本質を知るには、様々な野生生物を対象にした、根本のそのまた根本からの、色眼鏡なしでの解析・考証を改めて行う必要がある。それがあってこそ、政治的な対象にしろ、自然科学の分野にしろ、しっかりした基盤の上での具体的な議論に取組むことが出来る。僕には、誰よりも資格がある(材料を持っている)と思っているのです。

そのような想いで以て、最初の掲載から一年余経った2018年の夏、満を持して「琉球は何処にある?(総タイトル仮題)」をスタートしたのです。それまでの、主に中国を対象とした記事とは違って、読者の反応はいまひとつだったのですが、U氏も編集部も最終的に12回の掲載と言う事で承認してくれました。読者の方々にも、今後の掲載予定の大筋を伝えておいたのです。

ところが、4回目を掲載した2018年12月に、突然打ち切りになってしまった。のみならず、今後僕の記事は、一切掲載しないとの宣告。編集部との間の力関係からして、それは受け入れるしかないのですが、(ごく一部だとはしても続編掲載を楽しみにしてくれている)読者には「突然の断絶」の経過を説明する責任があります。作者としての、読者に対する義務であり権利です。

ということで、2019年4月、予告していた「琉球は何処にある?」の今後の全項目を掲載せずに終了するという、お詫びの回を設けて貰いました。

ここまでで「現代ビジネス」への掲載24回。「琉球」関連はともかく、僕の記事全体で見れば、実質上ほぼ連載です。しかし公的(?)には「連載」とはされていません。他の作者の、僕よりもずっと掲載回数が少なく、アクセス数も少ない人が、「連載メンバー」として顔写真入りで紹介されているのに対し、僕は顔写真無しで連載陣には加えてくれていません。

むろん、個人的には顔写真入りじゃない方が圧倒的に嬉しいし、「連載」で縛られてしまうよりも、名目上「不定期掲載」としておいてもらった方がやり易いわけですから、そこら辺の僕の気持ちも分かってくれての処置だと思っています。

でも、敢えて穿った見方をすれば、実際はたぶんそうじゃないような気がします(僕としては結果オーライだとはしても)。「肩書き」「経歴(“実績”とは別)」「所属」等々、、、、見方によっては、明らかに「見下された差別」と受けとることも出来そうです。或る意味「パワハラ」を受けている、と見做しても良いのかも知れません。

といったような推移で、2017年夏からの一年余、ひと月に一回半ぐらいのペースで、中国に於ける日常の報告や、生物地理的なテーマを柱として、日中の様々な比較を、出来る限り中立的な立場から俯瞰した記事を発表し続け、しかし、2018年暮を以て、掲載の道を絶たれてしまったわけです。 

ところが、2019年6月はじめ、天安門事件30周年に当たって、以前から打診されていた、リアルタイム天安門事件遭遇経験の記事の執筆(全くイレギュラーな形で掲載すること)を、受けてくれたのです。

「民主化運動」のイデオロギーから離れて、現場で見た通りのことだけを、再現記述しました。かなりの反響がありました。

その記事(2018.6.8付け)がアップされた3日後に、香港経由で中国に向かいました。夜の便で香港空港に着き、すぐに中国側の深圳に渡って一泊した後、雲南の奥地に向かう予定でいました。

空港でパソコンを開いてインターネットのチェックをしたら、U氏からのメールが来ていました。
>今どこにいるのですか?香港で大規模デモが始まって、大変な事態になりそうな気配です。もし青山さんが香港の近くにいるなら、取材に行ってくれませんか?

「現代ビジネス」には、これまで25回の記事を書いているわけですけれど、実は「取材」という依頼は、初めてのことです。

U氏言うに、
>今回のデモは自分にとっても非常に重要な意味を持つムーブメントである。青山さんの写真を使って、リアルタイムでの情報を発信したい。

予定している雲南奥地(ミャンマー北部カチン州と国境を接する独龍江)探索は、僕にとっては長年の課題だった最大のイベントです。ホンコンなどでうろうろしている場合じゃありません。

と同時に、この企画の遂行するための、予算の確保も(それに伴う日程的調節も)難しい、という現実があります。おそらく、予算と日程の兼ね合いで、途中で引き返す羽目になる可能性が大です。客観的に考えれば、無理に決行することは諦めるべきなのかも知れません。

それならば、腹をくくって、全く異なる対象の、U氏からの取材依頼に応えることもアリかも知れない。

ということで、6月12日の深夜の、最初に起こった大規模香港デモの当日から、取材に当たることにしたのです。

我ながら相当に頑張って取材・撮影したのです。大規模デモも、自賛出来る写真を多数ものにしました。最初の記事
はU氏の名で発表しました。ほぼ写真のみの紹介ですが、インパクトは有ったと思います。

しかし、一斉にどのメディアでもデモ隊に関するニュースが取り上げられたこと、U氏が敢えて(大袈裟に煽るような表現は控えて)事実のみを淡々と伝えたことから、他の記事に埋もれて、突出した成功には結び付きませんでした。

U氏は、その時点で、「香港デモ」への関わりを断念しました(あとは「専門家」に任せる、と)。

僕は、中に入り込みました。それから丸4か月間(途中一か月のギリシャ滞在を挟んで)、香港デモに張り付くことになったのです。

張り付いた、と言っても、僕の場合(編集部でデモ発生現場近くのホテルを取っていてくれた最初の一週間以降は)主に中国側の深圳のホテル(あるいは広州のアパート)からの往復、という形を取りました。宿泊費の予算を鑑みての処置ですが、それはそれで、かえって周辺部のいろいろなことが見えてきて、プラスに作用したと思っています。

衝突現場には、やがて日本のメディアの取材陣も押しかけて、彼らは皆、(空気に乗って)「デモ隊側の正義のアピール」を現場から“熱く”報道していたわけですが、僕は、あくまで周辺部の状況を見渡したうえで、冷静に客観的にチェックすることを心がけました。

蝶や蝉や野生アジサイの調査・撮影と、同じ姿勢で、、、、、。

その結果、(おそらくU氏が当初想い描いたであろう図式(それは日本のメディアの共通認識でもある)とは、全く逆の形での認識が、僕の中に齎されることになったのです。

「これは天安門の続きだ」と確信しました。
多くの日本人たちの受け取りかたとは、全く逆の意味で。

日本のメディア全体が、特定の立脚点に立って「民主主義の正義」をアピールし、「中国共産党」を「絶対悪」と見做す。そのこと自体は、全面否定するつもりは有りません。同時に、全面肯定するつもりもない。

その表れが、メディアによる「香港警察」を“仮想敵(悪)”と見做した報道です。

完璧ともいえる、「民主主義」学生たちを中心としたパフォーマンスとしての、アピールの垂れ流し。
善意の(かつ虚偽の)「正義」報道。

これは(たとえそれが僕一人であっても)正確に、客観的に、伝えなければならない。

そのような想いで、(ひと月間ギリシャに渡った直後に)書いたのが、この記事です。

香港デモで「正義の香港市民」に暴行されかけて抱いた悲しみと違和感(青山 潤三) | 現代ビジネス | 講談社(1/6) (ismedia.jp)

非常に反響がありました。
「正義の香港デモの否定」ということから、多くの人たちからの反感(「正義の香港の若者たちを批判する」この記者は「人間としての心を持っていない」)も買ったのですが、一部の(といってもかなり多数の)読者からは、「こういった客観的な記事を求めていた、よく言った」という共感も得ました。

しかし、そのような意見は、編集部からは完全無視されてしまった。せっかくの「問題提起」も、(少なくても日本では)世論の「正義の空気」の中に、握りつぶされてしまう形になりました。

その後、ギリシャ滞在中に、三世が新たに作ったインスタグラムで、この記事を紹介したところ、香港のメディアから改めて多大な反響を得たのです。複数の翻訳(簡体字/繁体字とも)が為され、多くの現地メディアに転載が為されました。後に、香港の出版社から、(僕のブログに掲載した新たな記事を加え)欧米記者らと共著という形で、単行本化もされました。

「香港デモ」の主題は、「マスク」です。

そして、(中国滞在中の)2020年1月、「コロナ問題」が発生。2月に帰国を余儀なくされ、その後、発生当初から一貫して、「コロナ問題」は、いわゆる「コロナ」自体に問題があるのではなく、「コロナ問題」が問題なのである、という姿勢をとり続けています。

そもそもなぜ中国・武漢は「新型コロナの発生地」になったのか?(青山 潤三) | 現代ビジネス | 講談社(1/6) (ismedia.jp)

3月に一回目の寄稿をし、ちょうど今日から一年前に当たる2020年6月8日(奇しくも2019年の天安門についての記事の一年後)に、二回目の記事を掲載しました。

「とりあえずマスク」ですっかり安心している日本人への違和感(青山 潤三) | 現代ビジネス | 講談社(1/7) (ismedia.jp)

敢えて「陰謀論」と評されることを甘受しますが、「コロナ問題」は(ある意味「マスク」を介しての)「香港デモ」の流れの一環だと思っています。

冒頭に記したように、一年前の6月8日に、二度目の「コロナ問題」の記事を書いた当日から、U氏や編集部とは一切連絡が取れなくなっています。おそらく、僕の記事は、今後一切載「現代ビジネス」には掲載出来ないものと思います。

その直接原因は「熱中症」関連の記事の寄稿に関連するのですけれど、それについては、次回のブログで書いて行く予定です。

私憤を表すのではないのです。「コロナ問題」は、マスメディア主導の、「無意識強要正義同調空気」形成の象徴だと思っています。人類の未来のためには、その構造の基盤を変える必要がある、と思っているのです。

[この項つづく]






コメント

アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.1 (下)

2021-06-04 20:46:41 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然



モンキチョウ(とりあえず今回の分)

 
読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。

【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?

【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。

*ブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けます。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
毎回モンキチョウに関しては(キチョウもそうですけれど)ずっと保留ばかりし続けて来ました。どんどん溜まっていきます。今回(2021.6.1撮影分)は、単独アップで行きます。原則説明なし、写真だけで進行予定。説明となれば、これまで10数回のチェックで知り得たことから始めなきゃなんないし(んなこと言って今回も結構説明してますが、笑)。
 
モンキチョウがモンキチョウである所以(他の全ての蝶と異なる性質)は、特有の追飛翔(交尾拒否行動の一環?)を行うことです。空中で雌が雄を追い続ける(雌が拒否しているはずなのにも関わらず)。
 
しかし、この霞丘陵に於いては(殊に第一化では)、ここまで不思議なことに、そのモンキチョウ特有の、非常によく目立つはずの行動はチェック出来ないでいました。
 
*中国産のモンキチョウ(中国では山岳地帯に分布、それについては別の機会に)も同じ行動を示します。しかし(中国ではより普遍的な)フィールドベニモンキチョウは行いません。また僕が終日観察したことのある北米産2種も行わなかった。ヨーロッパ産の近縁種についても、(僕の知る限り)そのような特異な行動様式を持つことに触れた報文には出会っていない。
 
第二化出現後、暫く経ってから(今回のチェックは第二化出現後約10日目)、確かに雌→雄の追飛翔は確認できました。でもよく見かける長時間追飛ではなく、ごく短く終えます。典型的な長時間雌→雄追飛翔が為されるのは、次の世代ぐらいからなのでしょうか? この先チェックしてからでないと正確なことは分かりません。
 
それ以前に、僕の場合、未だ雌雄の区別が出来ていないんですね。もちろん白いタイプの雌は分かるけれど、黄色いタイプ(この辺りにはそれが少ない事は確かでしょうが)の雌は、雄との違いがいまいち把握できていません。
 
それはとりあえず置いておくことにして、白雌/黄雄に限って話を進めると、追飛翔時、雄が雌の行く手を防ぎながら飛んでいる、というよりは、やっぱり雌のほうが雄を意図的に追っかけているように感じます。
 
ただし、追飛翔が始まる直前は、雄が仕掛けて雌は拒否している場合が多いように思えます。また追飛翔の流れで地上に降りて(多くは上空で離れる)絡み合っている時も、雄→雌を多く見ています。
 
もひとつ“ただし”を付け加えると、雌→雄上空追飛後、地上に降りてそのまま交尾に至った例も(以前中国産で)観察しています。
 
さらに“ただし”を追加すると、(上空追飛翔の前後はともかく)普段の地上でのニアミス時には、最初は雌のほうがチョッカイを出している例のほうが多いような気がする(出会い頭ですぐに別れますが)。
 
そこら辺のシステムが、どのように相互関連しているのか? 求愛や交尾だけでなく、そのほかの飛翔(“産卵飛翔”や“ただ飛んでるだけ”等々を含む)、静止(休息)、吸蜜、産卵、、、の行動間に、一貫性が感じ取れない。その瞬間瞬間で目的が移り変わっているように思えるのです(実際、吸蜜しながら交尾とか、吸蜜から産卵に移り変わるとかも、普通に見られる)。
 
それらの行動を、人間(含・研究者)の考えの基準で理解しようとしても無理があるんじゃないでしょうか。蝶たちは、人間の解釈とは別の意識?の許で行っているのだと思うし。
 
ちなみに、気温とか日照とか、それに個体の日齢とかが、「上空雌→雄追飛翔」に関与している可能性は有るのでしょうが、春の東京よりも気温の低い標高2000mを超える雲南省西北部でもしばしば観察していることを考えれば、その辺りの事も説明に成らないような気もします。
 
モンキチョウの周年発生サイクルは、きちっとしているようですね。春一番(3月中旬過ぎ)に一斉に出現、晩春には姿を消してしまい、5月中旬に再び一斉に第二化(外観は第一化とほぼ変わらない)が出現します。そして、(おそらく)最初の出現時に、交尾を済ませてしまうようです。
 
じゃあ、何のために、一か月近く経った今も(産卵の使命がある雌はともかく、雄は)飛び回っているのでしょうか?(考察は機会を改めて行う予定)
 
・・・・・・・・・・・・・・・
 
規則正しく各世代が出現(ただし世代間の外観は類似)するモンキチョウに対し、キチョウは、越冬後の個体(いわゆる秋型)がだらだらと出現し続けているようです。いつ第一化の新成蝶に切り替わるのか。そこんところが良く把握できていません。
 
実は、今日第一化(いわゆる夏型=非越冬個体)に出会ったのです。それもやや飛び古した(複数の)個体。いつの間に出現していたのでしょうか? というのも、ここまでずっと越冬個体も(少数とは言え)チェックし続けてきたわけで。早い話、今日だって第一化個体に混じって、越冬個体も飛んでいました。
 
前にも言ったけれど、早春に出会う全ての個体が本当に成虫越冬なのか? 外観上は越冬型であっても、幼虫や蛹で冬を越し、早春になって羽化したものも含まれてはいないのか? 早春に見るキチョウは汚損個体(ボロ)もいれば新鮮なのもいるし、遡って秋にも、ボロの夏型雄と新鮮な越冬型雌が交尾していたりします。実態がどのようになっているのかは分からないけれど、複雑に入り組んでいるらしいのは、確かなのではないかと思われます。
 
ただし、もうひとつ別の捉え方も出来そうです。
 
キチョウ属に近縁のヤマキチョウ属の不思議な例について、以前書いたことがあります。ヤマキチョウ属は、成虫で越冬することは同じでも、多化性のキチョウ属と違って年1化で、越冬後に、スジボソヤマキチョウは ボロボロになり、ヤマキチョウのほうは新鮮なまま現れます。
 
何故だか理由はよく分からないのですが、そのような事実があることは確かなのです。そこで思ったのですが、キチョウの越冬個体の場合、スジボソヤマキチョウとヤマキチョウの両方の性質(すなわち越冬後も新鮮&極めて汚損)を併せ持ってるという、さらによく分からん理屈も思い浮かんできます。
 
参考として、中国雲南省梅里雪山(ミャンマー北部国境近く)の標高2400m付近の草原でのキチョウ族各種の2010.9.11サンプリング写真を添附しておきます。
 
*スジボソヤマキチョウは日本産と同一種、ヤマキチョウは日本産とは別種とされていますが、それぞれ日本産と同じ系統に所属します(詳しくは機会を改めて)。
*フィールドベニモンキチョウは日本には分布していません(中国では低山地を含む広い範囲に分布)。
*モンキチョウは中国では狭い範囲の山岳地帯のみに分布。形態的には日本産と相同です。
*キチョウは現在の分類に従えばキタキチョウに相当します。見てのとおり、同一場所・同一日時に、典型的夏型(非越冬個体)、典型的越冬型、その中間タイプが、バラバラに出現します(日本での秋や春の状況と相応します)。
 
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今回、霞丘陵のコリアス草原では、モンシロチョウ属2種を含むシロチョウ科の4種に出会いました。
 
個体数は、概ね、≪モンキチョウ7:キチョウ1:モンシロチョウ1:スジグロチョウ1≫ぐらいの割合です。実際にはモンキチョウの割合がもっと多いと思うのですが、少ない方が目立つので、感覚的にはざっとこんなところかな、と。
 
2ショット写真を(時間別に)何枚か選んでみました。追飛は同種間であるか否かに関わらず、原則としてごく短時間しか行われません(ほぼ出会い頭のニアミス)。
 
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モンシロチョウ、スジグロチョウについての説明は省略します。
 
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モンキチョウ雄→雌。10時41分。
 

モンキチョウ雌→雄。11時02分。
 


モンキチョウ雄→雌。12時42分。
 


モンキチョウ雌→雄(典型的「雌→雄」上空追飛翔、ただし短時間)。10時25分。
 


雌(右)がいるのに気が付かず、雄同士でニアミス(右上)。11時02分。
 


モンキチョウ。雄は相当にボロです(雌もかなり汚損)。10時24分。
 




モンキチョウ。吸蜜中の雌に雄がチョッカイ。10時23分。
 
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モンキチョウ雄→スジグロチョウ雌。10時16分。
 


モンキチョウ雄&スジグロチョウ雌。10時17分。
 


モンキチョウ雄→スジグロチョウ雌。10時47分。
 


キチョウ(越冬型)雄→モンキチョウ雄? 13時08分。
 


スジグロチョウ雌→?モンシロチョウ雄。10時15分。
 


モンシロチョウ雄→スジグロチョウ雌。10時55分。
 


モンシロチョウ雄→スジグロチョウ雌。12時28分。
*両種とも雌雄がいたけれど、撮影したのがたまたまこの組み合わせ。
 
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スジグロチョウ雌。10時16分。
 


スジグロチョウ雌。10時20分。
 


スジグロチョウ雌。10時59分。
 


スジグロチョウ雌。10時38分。静止時にもよく翅を開きます。
 


モンシロチョウ雄。11時08分。静止時にもよく翅を開きます。
 
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モンキチョウ雌。11時04分。静止時には原則必ず翅を閉じています。
 


モンキチョウ雌。11時04分。例外。
 


モンキチョウ雌。11時04分。“例外”はこのような場面の前後に限ります。
 


モンキチョウ雌。10時29分。透視光で表の模様が分かります。
 


モンキチョウ雌。12時43分。実に綺麗な蝶だと思いませんか?
 


モンキチョウ雌。10時32分。花はアカバナ科の在来種アカバナだと思うけれど、別の帰化植物かも知れない。
 




モンキチョウ雄。13時05‐06分。
 
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キチョウも静止時には翅を開かないので、透視光でのみ翅表の斑紋が確認できます。今年になって羽化した第一化個体と思われます。12時33分。
 


キチョウ第一化。順光では翅表の斑紋は分かり辛い。12時33分。
 


キチョ第一化。翅表の黒斑の出現パターンには個体差があります。12時54分。
 


キチョウ第一化。上と反対側からの翅裏面。やや汚損しています。12時54分。
 


キチョウ。越冬型もまだいました。かなりボロです。13時09分。
 


キチョウ越冬型。順光で。13時09分。
 


キチョウ第一化。13時12分。
 
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【参考】

2010.9.11 梅里雪山明永氷河下方(標高2400m付近)の草地に於けるキチョウ族5種のsample。
上段右:フィールドベニモンキチョウ Colias fieldii
上段中:モンキチョウ Colias erate
上段左:スジボソヤマキチョウGonepteryx aspasia(Gonepteryx mahguru)
中段:ヤマキチョウGonepteryx rhamni(ウスアオヤマキチョウGonepteryx amintha)
下段:キチョウ属の一種(おそらくキチョウEurema hecabe=キタキチョウ)とその季節型(越冬型と非越冬型および中間型)。






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優雅な生活、、、なのかな?

2021-06-03 15:34:53 | コロナ 差別問題と民主化運動 日記



 
今朝は、迷った。裏山に行こうかどうか、、、。
 
天気予報は、もちろん曇/雨。でももちろん晴れます。毎日そうです。翌日からはずっと曇/雨マーク。当日は晴れマーク、、、が1週間ほど(もしかすると今年に入って大半?)続いているのです。
 
今朝も晴れていたのですけれど。でも雲も多いですね。小さな入道雲みたいなのが沢山ある。突然のスコールもあり得ます(結局ほぼ快晴になってしまった)。というよりも行くのがしんどい。正確に言えば行きの25分は全然しんどくないし、いつも5時間以上に及ぶ丘陵での探索・撮影時も頑張っているので平気、帰路の25分が堪らなく辛い。それを想うと、まあ行きたくなくなります。でも毎回、エイヤ!と気合で出かけるのです。
 
今日は行くのを辞めて、10時半までやってるマクドのハッシュド・ポテト(130円)を食べて、インターネットでの作業のほうに力を入れよう(でもマクドはWi-Fi繋がらない可能性大)とも思ったのだけれど、どちらでもない「第3の選択」、部屋の片付けに取り組みました(ほんのちょっとだけです)。せめてジョージが片付けてくれたぐらいのレベルに戻しておかないと、洗濯物も干せない(余りに部屋の空気が汚れてて?黴臭い匂いがくっつく)。
 
ちょっとだけ片付けて、ベランダでクロワッサンとインスタントコーヒーで朝食。ベルト・ケンプフェルトを聴きながら、昼寝。贅沢な生活です。
 
Sentimental Journey 1963[写真画像1]
Midnight Snack(夜食)* 1960[写真画像2]
Ho Ho Ha Ha(The Last Blast最後の突風)* 1974
Echo In The Night(夜の木精)* 1961
Vat 96* 1967
Take Me* 1962
Sermonette 1967
Wiedersehen* 1966
Lonesome(心淋しきブルース)* 1967
Spanish Eyes* 1965
That Happy Feeling(素敵なフィーリング) 1962
Midsummer Night In Gotland(夏の夜のゴットランド) 1961
Danke Schon* 1962
Talk* 1967
Let A Smile Be Your Umbrella 1965
Plaisir D’mour 1961
Happy Safari* 1977
Island In The Sun 1977
The Moon Is Making Eyes(月は微笑む/月下の蘭)* 1965
Jumping Blue* 1974
Somebody Laves You(誰かが君を愛してる) 1963
Tipsy Gipsy* 1963
Tu T’en Vas 1976
Toy Parade* 1962
 
*はケンプフェルト自身の作曲
 
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写真1

僕の部屋
 
写真2

写真3

写真4

ベランダ側から





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僕が最近気に入っている言葉です/「陰謀論」「適応障害」

2021-06-03 15:20:50 | コロナ 差別問題と民主化運動 日記


★6月2日の記事に、いいね!その他ありがとうございました。


昨日(6.1)の「裏山紀行」の(上)をアップして、ホッとしてるところなのですが、、、ホッとしているわけにはいきません。ここんところ(上)だけアップして、(下)はほったらかし、という状態が続いています。

「下」は、概ねモンキチョウ(およびキチョウ)の話と写真です。言いたいことがいっぱいあって、かつ複雑極まりなくて、どんどんドツボに嵌っていってしまいます。

ザックリと一言で言えば、「雄は何のために生きているのか?」(モンキチョウに限らず生物全般)、、、その辺りに集約できる話なわけですが、、、。

それから、ビジュアル面。モンキチョウの雌は、なんて綺麗なのだろう!と、(どの写真を選べば良いのか)こちらもドツボに嵌ってしまっています。

それで収拾がつかなくて、どんどん後回しになっていく、という次第です。

放っておくと、モンキチョウ(とキチョウ)ばかり溜まっていくだけなので、昨日の分は、とりあえず紹介・処分
してしまいます(この記事とは別項目で、明日までには必ずアップしたいと思っている)。

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以下は、三世からのメール(僕のブログ記事「“逆”陰謀論の正体」についての感想)。

>バカとバカの戦いですね。
>最近ニュースで、コロナは中国が撒き散らしたといい始めましたね。
>まさに相撲問題(注:貴乃花問題のこと)を感じます。
>悪を中国にして、他のこと、陰謀論にしても隠したい感じがします。
>ジョージが同じような話をしてきました。陰謀論もむかつくと。
>2段階目の篩がこれじゃないんですかね。
>1段階目はコロナやワクチン問題がアホだと気づくこと。
>2段階目が陰謀論信じすぎるのもあほ、否定までしなくてもいいですが。
>いつも青山さんが言ってるように、白黒つける必要がない。
>トランプや宇宙人の助けを待つのはあほだと気づくこと。
>情報に左右されず、自分で感じ取れる、自分で行動できる人だけが生き残るんじゃないですかね。
>ワクチンと5Gですが、死ぬ人と5Gで操作されるロボット(ゾンビ?)になる人と出てくるんじゃないかと。
>まあ、人間が犬とかにしてきたことです。
>登録番号、狂犬病ワクチン、首にマイクロチップ、紐つけて散歩、終わったら小屋に入れる、ドッグフードを与える、お手にお座り。

「人間が犬にしてきたこと」
まさにその通りでしょう。

手塚治虫の作品を思い出します。
人間とロボットの間の友愛、、、、。
彼の作品は、いわば究極の「陰謀論」の集約です
(そして、今までのところ全て当たっている)。

人類は、ペットになり、ロボットになり、、、。
誰の? 「大衆」のです。

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日本の子供と中国の子供の相違点。
将来、日本の子供たちに絵を描かせたら、みんなマスク姿になるのでしょうね。
「正しい人はマスクしている人」
そう思って育っていくわけです。
日本の、素晴らしい教育・礼節の許で、、、。

中国の子供たちが描いた人間は、マスクはしてないでしょうね。
まあ、日本人から見れば、それは「悪い人々」なわけで。

でも、日中戦争すれば、日本負けますね。

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僕は別に、ワクチンにマイクロチップが埋め込まれているとかは無論思っていません。副作用がどうのこうのとかも全然心配していない。問題なのは、「空気の形成」です。特定の誰かに因る陰謀ではなく、自分たちが無意識に為そうとしている、人類の陰謀。それでもって、結局のところは「陰謀論」通りの方向に進んで行く。

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こんなのありました。

リトグリ、休養中・芹奈の病名「双極性障害」「ADHD」と公表 「隠すことなく恥じることなく」(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

「発達障害」「適応障害」「ADHD」、、、なんか、素晴らしい(!)言葉ですね。「陰謀論」と双璧(!!)。最近発見して、“なんとかを覚えたサル”のごとく使いまくっています。

上記の記事に対して、「自称発達障害です」というコメントが結構あって、それに対しての“注意を促す”リコメントも多数あります。
>“自称”は良くない、本当の「発達障害」患者にとって迷惑だ、ちゃんと病院に行って、診療が下されてから言うべきだ。

それに対し、
>(医者の)権威を信用すれば、それで良いの?
という再反論(僕と同意見です)もチラホラ。

ちなみに、少し前のブログに「発達障害は治療を受ければ簡単に治る」と僕の知人が言っていた、というのは、誤解を与えるといけないので補足しておくと、友人の発言ではなくメディアの記事です。僕の友人には、ロボットはいません。

“医学絶対”信仰は、怖いんですよね。仮に“自称発達障害”の人が病院に行って、医者に“違う”と言われたら、どうすりゃいいんでしょうか? もっと分かり易い例を挙げると「痛い」のに「痛くない」と言われても困る(その逆の例も含めて何度も遭遇)。

「発達障害」「適応障害」という言葉は、差別用語になりつつあるのかな? 今は「ADHD」と呼ぶらしいです。

僕は、“ADHD”の語を、寛平ちゃんの“AHEAHE”と混同していました(本当に“アへー”だと思っていた)。寛平といえばアホの坂田。発達障害の前身言語は「アホ(バカ)」ですね。そのうち“ADHD”もダメということで、(日本語起源の)“AHO”に統一されるんじゃないでしょうか?

ちなみに、「アフォリズム(斎藤緑雨の武器)」の語源は「アホRhythm」だということを知っていましたか? 嘘です(笑)。

躁鬱「躁うつ病」も(たぶん差別的ということで)今は“双極性障害”なんだそうな。前身語は「キ〇〇〇」(北杜夫さんがそう言っておられます)。

北さんちの玄関には長い間「この家にキ○○○あり、注意されたし」みたいな貼り紙が張っていました。

別に「ADHD」であっても「双極性障害」であっても、どうってことはないでしょう?それに「引きこもり」だって“治す”必要あるのかな? 何にもない人よりも(他の人とは違う特徴を持っていて)「得をした」と思えば良いわけで、、、、間違っても「治療」とか「投薬」で“治す”必要はないと思います。

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改めて別に書く予定の話(「オコエ桃仁果選手の話」)に少しだけ触れておきます(大坂選手の発言が話題になっていることもあって)。

「差別問題」は、僕自身にとっても、大きな、深刻な問題です。

差別/いじめ、、、みんな(差別されている当人を含む)が考えている以上に、複雑で難しい問題だと思います。

基本的には、差別されている側が「差別(嫌われている/いじめである)」と認識すれば、それがそのまま「差別(いじめ)」と認められるべきだと思います。

ただし、立脚点を変えるごとに、その重さや対象との相関性が移り変わってゆく。

当人間の差別する/される(嫌う/嫌われる・排除する/排除される)という感情そのものでなく、それが属性としてどのように表れるかの問題。発言力や伝達力、その媒体は、マスメディアだったり、警察や役所だったり、学校だったり、家族や友人だったり、ネット空間だったりするわけですが、、、、その力具合のようなもの(ごめん、うまく説明できない)。

「エブリバディ・ラブズ・サムバデイ」
と同じくらい、
「エブリバディ・ヘイツ・サムバデイ」
という部分が(みんな気が付かないけれど)存在しているのかも知れない。

「サムバデイ・ラブズ・ミー(ユー)」
「サムバデイ・ヘイツ・ミー(ユー)」

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昔、猿岩石というお笑いコンビがあって、それに関するネット・ニュースが出ていたので、僕もコメントに参戦しておきました。

rtj****さんのコメント
>暴露したい裏話を口止めされていて、関わった人たちは偉くなっていく。素人の自分が思いつくだけでも、目隠しのまま海外に行けないし、当時は入国カードとか書く必要があって、どこに行くかを分からないわけがない。

milk****
>その通りと思います。ミャンマーとアッサムの間を徒歩や車で越えられるわけないし(後でバレた)、全部演技。それと、片一方の(今有名になっている)人のほうが、(良くも悪くも)大衆に好かれる術を知っている、ということ。

日本人の得意とする「責任逃れ」「自己保身」が良い?形で(すなわち「美徳」に姿を変えて)表れて、大衆の共感を得ているのが、この(今は有名人となった)人の本質(むろん“本質の一部”ではありますが)のような気がします。いつも「猿岩石」のことが取り上げられるたびに“大衆から反感を買う”もう一人 の方の心情を想い、なんとなく嫌な気持ちになります。間違ってたらごめんなさい。

コメントの中に、「メディアを侮ってはならない」というのがありました。僕も同感です。しかし、本当のヒエラルキーは、
【大衆>マスコミ>企業(金持ち)>学者・芸術家>政治家・公務員>大衆(空気)から外れた一般人】
ではないかと、僕は思っています。







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アパートの裏山- Nature of Misty Hill青梅市霞丘陵の自然2021.6.1 (上)

2021-06-02 15:57:34 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


39番目、40番目、41番目の種


読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。

【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?

【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。

*ブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けます。

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ヒカゲチョウ(39番目)の失敗、引きずっています。

でもって、昨日は朝8時半にアパートを出て、午後4時近くまで、ヒカゲチョウ撮影に再チャレンジしていました。

写真1

この辺りの山道を数時間うろうろしていた。

王貞治さんが言ってましたね。
2~3試合、ヒットやホームランが出ないと、もう永久に出ないのではないか、と不安になってしまう、と。

ヒカゲチョウ(ナミヒカゲ)は、超のつくほどの普通種です。東京の都心にもいます。ゴミ捨て場などに、サトキマダラヒカゲとともにやってきます(クロヒカゲは都心にはいない)。ちなみに、あや子さんの住む佐世保にはいません(その話については別項で詳しく説明する予定)。千葉の田舎では、サトキマダラヒカゲ共々「便所蝶」と呼んでるところもあります。

出現期はクロヒカゲやサトキマダラヒカゲよりも遅く、6月に入ってからです(ちなみに第2化は秋口にほぼ足並み揃えて出現)。

従って、そのうち、いくらでも出会えるわけですから、撮影失敗をくよくよと引きずっている必要はないのです。

でも、霞丘陵に於いては、最初に出会った個体ですし、それに5月に出現したのは僕が観察した中では最も早い記録です。やっぱり気になって仕方がないのです。

チェックしたら、40枚でなく60枚撮ってた。全く同じアングルで、レンズを変えたり、絞り露出を変えたりしながら、絶対失敗しないように、と。でも、途中で、どうやらピンボケらしいことに気付いた。そんなバカな、と思いつつシャッターを切り続けたのが間違い、そこですぐ「初期設定に」戻せばよかったのです。

カメラやレンズの調子が悪いので、しょっちゅう初期設定に戻しながら撮影しています。でも、初期設定にするときは、どこかが動かなくなった時です。今回は、一応ちゃんと作動している。まさか、カメラが勝手に「ピンボケになるよう(切手ぐらいのサイズに)」設定を変更していたなんて、思いもよりません。

改めてオジサンたちにカメラを渡したときの画像をチェックしたら、その瞬間から設定が変わってしまっているのですね。本当に一瞬の間。どっかに触れちゃったのでしょうけれど、そんな簡単に「ピンボケ設定」を選んでしまうなんて、(そんなアクシデントは、これまで50年間一度もなかった)信じられない。それ以前の問題として、そんなオプションなど、必要あるのでしょうか。

とまあ、ぐちぐち言ってるだけではなく、昨日ほぼ丸一日、昨日と同じところでへばりついていたわけです。客観的に考えれば、実に身も蓋もない無駄な努力です(何日かすればたぶん邪魔になるほど出現する)。

でも、出会うのは、サトキマダラヒカゲとクロヒカゲばかり。少し前までは、この二種に出会うと喜んでいたのですけれどね。それにコジャノメが、文字通り邪魔になるほど飛び交っています。

途中、モンキチョウ草原でのシロチョウ科各種の観察・撮影を行なったり、ウグイスの谷まで上り下りした分を除いて、都合3時間以上、同じポイント(駐車場の角の雑木林)でヒカゲチョウが出てくるのを待っていました。

けれど、空も曇ってきたし、飛んでいるのは、サトキマダラヒカゲ、クロヒカゲ、コジャノメばかりです。ヒカゲチョウは、たぶん一昨日の個体だけが“フライング”で出現、「本隊」はあと一週間ほど待たねばならないでしょう。諦めて今日は切り上げることにしました。

それでも帰り際に未練がましく、一昨日最初に止まっていた木の梢をゆすってみたら、(一般的な見方では)ヒカゲチョウよりも遥かに格上の、ミズイロオナガシジミ(ゼフィルスの一種)が飛び出して来た。40番目。ヒカゲチョウのおかげで、今日は収穫有りです。

写真2

写真3

写真4

写真5

写真6

ミズイロオナガシジミ
前足が可愛い。ゼフィルス関係については別の機会に考察します。下のひとつは上と別個体。ヒカゲチョウを撮影してたらすぐ横の笹叢の中にいた。

そんなわけで、まあ良かった、今日は最後で得点です。一応満足して、去り際にもう一度梢をゆすってみたら、ありゃりゃ、ヒカゲチョウ、やっぱりそこにいた。

ただ角度が悪くて、写真が撮れません。無理やり叩き出したら、一昨日とほぼ同じ草叢(アズマネザサ群落)の上に止まりました。手前の草が邪魔になって横位置の良い写真は撮れなかったのだけれど、翅を
開いたところを撮影出来ました。キマダラヒカゲ属は絶対に翅開かないけれど、それ以外のジャノメチョウ科の種は翅を開きます。よって、ヒカゲチョウ属とキマダラヒカゲ属(ヒカゲチョウ族)は、もしかすると思ったよりも系統的に離れているのではないか?という疑問も頭にチラリと掠めます(ただし、そのほかの形態・形質で見ても、DNA解析の解析に於いても近縁という結果が出ているので、近縁には違いないと思っています)。

まあ、心配しなくても今後もどんどん出会うでしょうから、次回からは、失敗があっても必要以上に引きずらないことにしましょう。

ヒカゲチョウが、どれだけ(生物地理的に)魅力に溢れた生物江あるのか、ということについては、またの機会に。

写真7

写真8

写真9

ヒカゲチョウ

写真10

写真11

サトキマダラヒカゲ

写真12

クロヒカゲ

写真13

ヒメキマダラセセリ
最初出会った時から暫くの間、今回のヒカゲチョウ同様に、必死に撮影に取り組んだのですが、今は一番目につく蝶の一つになってしまいました。ちなみに、イチモンジチョウも最初に出会って以来何度も見かけているのに(なかなか止まってくれないので)良い写真が撮れないでいます。今日も珍しく目の前に止まったので、シメタと思ってカメラを向けたら、レンズが作動せず初期化、その間に飛び去って戻ってきませんでした。まあチャンスは幾らでもあると思うので。

写真14

写真15

キタテハ
(上写真)キチョウの場合同様に、どうやら6月に入っても、第2化夏型(下写真)とともに、越冬個体も並行して生き続けているようです。普通に考えれば去年の秋の発生なので、8か月ほどを成蝶で生きていることに違和感を覚えますが、同じ仲間のヒオドシチョウやキベリタテハが、“成虫越冬かつ年一化”であること(キチョウに対するヤマキチョウやスジボソヤマキチョウも同じ←後述)を考えると、いろいろと複雑な理由が絡まり合っているものと思います。

写真16

ヒメウラナミジャノメ
現時点で、4月5月トータル、ここでの普通種No.1でしょう。3月末に最初の個体(一生懸命写した!)が出て来てから、丸2か月、途切れることなく姿を見かけます。どこで第二化に切り替わるのでしょうか?(たぶん暫時切り替わっている?)

今日(ここ数日)もっとも個体数が多かったのは、コジャノメです。

一位 コジャノメ
二位 モンキチョウ
三位 ヒメウラナミジャノメ

もう、ウジャウジャというくらい、林内コジャノメだらけです。
(「日本の蝶3:ミャンマーにおける“上種コジャノメ Mycalesis francisca species group” について」まだアップしてせん、忘れてた)
余りに多いので今日は一枚も撮影せず。後々のチェックのために、面倒ではあっても常に一枚ぐらいは撮影しとかなきゃならんです。

写真17

写真18

コジャノメ(この2枚のみ2021.5.28撮影)

本来は、どちらかと言えばそんなにポピュラーな蝶ではないように思います。この仲間でダントツに普遍的な種はコジャノメに近縁のヒメジャノメ。

ずっと気になっていたわけで。なんで一度も出会わないのか、と。もうとっくに第一化の出現時期になっているはずだし。

普通種ほど(山の中よりも)町の中で見かける傾向がある、と前に記しましたが、ヒメジャノメはその究極ですね。撮影を完全に切り上げて、市街地に戻ってアパートに向かっている途中で、道路の横に転がっていました(車に撥ねられた?)。上手く飛べないようだけれど、一応まだ元気見たいです。道路脇の草叢に移してあげました。41番目の種です。

写真19

写真20

写真21

写真22

写真23

写真24

写真25

ヒメジャノメ

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モンキチョウを含むシロチョウ科4種については(下)で





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“逆”陰謀論の正体

2021-06-01 20:52:21 | コロナ 差別問題と民主化運動 日記




「陰謀論の正体!」とか言う本が紹介されていました。なるほど、「頭の良い人」というのは、「正論」をきちんと把握されていますね。でも、そこから先には進めません。

>コロナワクチンには5Gチップとかが埋め込まれていて、5年後に打った人たちは全滅。
>バイデンさんも菅さんも麻生さんも既にこの世にいない(偽物である)。
とか、某県の某県会議員が公に発言してて、
さすがに僕も、“そりゃ陰謀論だね”と笑っちゃいます。
(ちなみに前者に関しては三世やジョージも言っているような)

さすがに僕も、、、?ではあるのですが、
しかし、どのような「陰謀論」であっても、
“ロジカル(←嫌いな言葉のひとつ)ではなくエビデンス(←更に嫌いな言葉)に欠けるので、それは「陰謀論」”
、、、、として終わらせては成らぬように思うのです。

もしかすると、その中のどこかの部分に、“真実の欠片”みたいなものが、隠されているかも知れない。たぶん、ごくちっぽけなカケラに過ぎないのでしょうが、もとより“真実”なんてもの自体が、ちっぽけな欠片の寄せ集めです。

バカにしちゃいかん、と僕は思うのですけれど、それは僕がバカだからそう思うのであって、頭の良い人はそうは思わないんでしょうね。

世の中、バカとエリートの戦いですね。悪と正義の戦い。

アハハ。



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薬とクスリ

2021-06-01 20:46:34 | コロナ、差別化運動、病気・医療



清原関係のネット記事から

dot****さん
発信するのは自由だと思いますし、人生において、失敗や過ちは大なり小なり誰しもか経験する事です。
でも、人生や世の中や社会は、その人次第で再生するチャンスはいくらでもあります。
でも、だからといって、世間に影響力を行使してはならない人間っていると思います。
ようは、清原さんに対しては、事件から今までの経緯でも、不愉快に思う人はたくさんいるって事です。
そもそも、そんな事件を起こさない人が大半の中で、有名人の発信力でもって、世間に与える影響というのは、良いものもあるでしょうが、悪いものの方が遥かに大きい気がします。
私は特に真面目な方ではありませんが、今のところ逮捕されるような人間でもありません。その私から言わせてもらえれば、清原さんの今の活躍や行動、たまに弱音を吐く言動、、とても情けなくてズルくて不快です。
KKに興奮した40代ですが、もっと地道に黙って社会活動しろ!って思います。

shiさん****
あなたの言う社会活動って何ですか?
一見、正論述べている様で、とどのつまり清原が嫌いだ。なんで過ち犯した人間が再び脚光浴びるのか。
40代でKKに興奮した?本当ですか?今の生活上手くいってないのでは?コロナで苦しいですか?
かなりストレスたまってるか、只の男の嫉妬に感じます。
大体、何で清原さんのあれこれチェックしているのですか?見なければよいのに。
無様でも、みっともなくても立ち直る姿を
見せるのは簡単じゃないはずです。
同じ40代、KKに熱狂した世代です。
ただ、ただ残念で悲しいです。
ごめんなさい。批判するつもりはなかったです。
自分は今の弱音を吐く、女々しい清原さんが大好きです。

・・・・・・・・・・・・

う~ん、これは難しいですね。
僕は、清原嫌いなのですが(笑)、それとこれとは別問題、ということで。

そもそも、“クスリ”は、本当に「絶対悪」なのでしょうか?
それで言えば、“薬”と“クスリ(ヤク)”の違いは、何処にあるのか?
僕は、大多数の医師の方々や、薬剤師の方々は、尊敬に値する、思っていますよ。
でも、“薬”は、本当に正義の味方なんだろうか?

ちょっと話が逸れてしまいますが、、、、

医療の本質は“治療”にあるのだろうか?
(「科学の本質は“進歩”にあるのか?」「文明の本質は“発展”にあるのか?」)
もし僕が「発育障害」とか「適応障害」であったなら(その可能性極めて大ですけれど、笑)、治療、投薬によって、それが治れば、なにか良い事があるのでしょうか?(携帯電話を持てるようになるかも知れませんね)

まあ、いろんなことを考えてしまいます。

[この話題つづく]



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B.J.Thomas追悼

2021-06-01 20:41:52 | コロナ、差別問題と民主化運動、アメリカンポップス


★5月31日の記事に、いいね!、応援、その他ありがとうございます。


“追悼”記事を入れようかどうか、迷ったのです。
迷った理由はただ一つ。
彼の大ヒット曲の一つである、バート・バカラック・ソングの「雨に濡れてもRaindrops Keep Falling On My Head」の、(少なくても日本に於ける)余りに突出した知名度の高さ。どの追悼記事も「雨に濡れても」で知られる、、、、です。なら僕はやめておこうと。

でも、昨夜寝る前に、B.J.トーマスの曲を幾つか聞いて、やっぱり追悼しておかなきゃ、と思った次第です。

ビルボード・ホット100に26曲、トップ10に5曲、ナンバー・ワン2曲。70年代以降も活躍し、カントリーで3曲、アダルトで4曲のナンバー1ヒットも持ちます。なぜに「雨に濡れても」だけが特別視されるのか、どうにも解せないのです。

ちなみに1977年には、ビーチ・ボーイズのあの不朽の名曲「ドント・ウオーリー・ベイビー」をホット100の17位(アダルト2位)に送り込んでいます。1964年、本家ビーチ・ボーイズ盤が24位。1996年にカントリーで73位(Lerrie Morganのボーカルをフィチャー)。ちなみにBeach Boys with Everly Brothers盤もシングル発売されているけれど、チャートインしてません。

B.J.Thomasは、1942年生まれ。年齢的には、ポップス黄金期の多くの歌手と被ります(ビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンやアル・ジャーディンも同年)。しかし、活躍年代は、見事に入れ替わります。

ジョニー・ティロットソンで言えば、ホット100チャート曲数は同じ26曲ですが、ジョニーが1958年から1965年12月にかけてなのに対し、B.J.の最初のランクインは1966年2月。

ジョニーを含む、50年代末から60年代前半(ビートルズ出現以前)に活躍した“ポップス黄金期”のアイドル歌手たちと、60年代後半(ビートルズ出現以降)に活躍した、B.J.トーマスやニール・ダイアモンドやグレン・キャンベルやトム・ジョーンズやエンゲルベルト・フンパーディング、、、らは、年齢的に同世代(1930年代後半~40年代前半)と言うだけでなく、デビュー自体の時期は、さして変わりません(1960年前後)。しかし、後発の人たちは、“黄金期”に表に現れなかったことが、かえって幸いして(“アイドル”の色がつかなかった)、より長く活躍することが出来たのです(むろん実力もあった)。

下済み時代を経ての初ヒットが、ビルボード・ホット100第8位の、ハンク・ウイリアムス・ナンバー「泣きたいほどの淋しさだI’m So Lonesome I Could Cry」。

B.J.とジョニーは、(格から言えば比べ物にならないほどB.J.のほうが上ですが)被る部分が多くあります。「泣きたいほどの淋しさだ」の最初のチャート・ヒットはジョニー盤で、1962年、ホット100に一週間だけ89位(ハンク本人盤は1966年にシングル・カットされて、C&W43位)。そのA面が、やはりハンク・ウイリアムス・ソングの「どうにも出来ないI Can’t Help It If I’m Still In Love With You」(ホット100の24位、アダルト8位)。

その「どうにも出来ない」の、B.J.盤は、彼が「泣きたい~」でブレイクする前の1965年のリリースで、1967に再リリースされ、ホット100にやはり一週間だけ94位にランクされています(カントリー・チャートでは、 ハンク自身が1951年、リンダ・ロンシュタッドが1975年に、共に2位を記録)。

B.J.トーマスは、ジョニー・ティロットソンより遥かに大物ですが、縁はあるのです。

ちなみに、“B.J.”の名の由来は、最初は本名のBilly Joe Thomasにしようと思っていたのだけれど、「泣きたい~」でブレイクする直前に、よく似た名前のBilly Joe Royalがブレイクしたので、紛らわしいと思って“B.J.”としたとのこと。




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