The Butterfly of Japan日本の蝶 1
A story as a memorandum about that identity(fragmental consideration or essay)
そのアイデンティティについての覚え書き(断片的な考察)
第1回
ウスバシロチョウ Parnassius glacialis citrinarius
ヒメウスバシロチョウ Parnassius stubbendorfii hoenei
ウスバキチョウ Parnassius everemanni daisetsuzanus
日本産の3種とも、これまで(1970年代~2000年代初頭)に多数の写真を撮影してきたが、全てポジフィルムによる撮影であるため、ここで紹介することは出来ない。従って、写真の紹介は、今春、東京都下で撮影した(「霞丘陵の自然」で紹介済みの写真と一部重複する)ウスバシロチョウ、及び数枚の中国産だけに留める。
僕は、コレクションを含めたマニアックな世界には、全く興味がない(といって、アカディミックな世界にも背を向けているのだけれど)。蝶の世界(ただし人間界に於ける)というのは、マニアックな世界の極である(それはもう凄い人たちから成っていると素直に感服する)。その中でも筆頭を成すのが、パルナッシウス(「パル」という)の世界である。
必然的に僕は、パルに関しては、ほとんど全くと言って良い程、知識がない。と言うわけで、「日本の蝶」を始めるに当たって、余計な知識がない分、肩の力を抜いて、無責任に進められるように思うので、ここから始めることにする(一応、基礎的な知識は持っているし、自分でのチェックも最低限行っている)。
地球上の標高7000m以上の山々の全て、および6000m以上の山々の大半は、ユーラシア大陸の中央部の、いわゆる「世界の(地球の)屋根」に集中して存在する。チベット高原と、その周縁地域である。南縁がヒマラヤ山脈、西から北に時計まわりに、カラコルム山脈、ヒンドゥクシュ山脈、パミール高原、天山山脈、崑崙山脈、東に戻って中国西南部の、いわゆる横断山脈。
そこにパルナッシウス=ウスバシロチョウ属の多数の種が棲んでいる。実は、それらの種は、幾つもの(属単位で)異なる分類群に振り分けられる可能性もあるのだが、著しい特殊環境下での収斂に因る外観的類似*を以て、一つの属に収められている。
他の高山性の蝶たち(例えば小型ヒョウモンチョウ類とかタカネヒカゲ類とか)の分類に準じれば、ウスバシロチョウ類も複数の属に分割しても良いような気がするが、実態はおそらく非常に複雑であろうから、具体的なことは僕にはよく分からない、というほかない。
むろん、一つの属(Parnassius)に包括しておくことに異を唱えるわけでもない。仮に属を細分するとしても、「世界の屋根」地域に於いては、多様性に富んだ幾つものグループから構成されているため、分類群の明確な分割は困難なのではないかと思われる。
ただし、周辺部の地域、すなわちそれぞれ数種ずつが分布する「日本」「ヨーロッパ」「北米」産の各種については、明確に2つの系統(AおよびBとしておく)に分割することが可能である。
ヨーロッパ:2系統=Aアポロチョウ+ミヤマアカボシウスバシロチョウ/Bクロホシウスバシロチョウ
北米:2系統=Aミヤマアカボシウスバシロチョウ/Bオオアメリカウスバシロチョウ+ウスバキチョウ
日本:1系統=Bウスバシロチョウ+ヒメウスバシロチョウ+ウスバキチョウ
通常、Aを亜属Parnassius、Bを亜属Driopaとするのではないかと思われるが、ここでは(存在が予想されるAB以外の分類群との兼ね合いで)最終的な判断は保留しておく。
参考:Aに所属するよく知られた種(いずれも日本には分布しない)
アポロチョウParnassius apollo 阿波罗绢蝶/太陽蝶
ミヤマアカボシウスバシロチョウParnassius phoebus 福布绢蝶/深山赤星絹蝶
オオアカボシウスバシロチョウParnassius nomion 小红珠绢蝶/大赤星絹蝶
アカボシウスバシロチョウParnassius bremeri 红珠绢蝶/赤星絹蝶
ここでは、系統Bの主な種について述べる。
【ヒメウスバシロチョウParnassius stubbendorfii 白绢蝶/姫雲絹蝶】
ウスバシロチョウ同様に、翅のほぼ全面が半透明の白色、赤や青の紋は持たない。Parnassius全体から見れば、この両種は異質の存在である。腹部および頭部の襟の部分の毛の色が、ウスバシロチョウのように黄色ではなく、灰色を呈す。
従来は、ユーラシア大陸東北部(日本海の対岸地域から東シベリア)に分布する地域集団と同一種とされてきた。しかし、近年は、北海道産を亜種から格上げし、大陸産Parnassius stubbendorfiiとは別の種Parnassius hoeneiとするのが、主流となっているようである、、、、と思っていたのだが、今、より新しい見解を改めて確かめたら、従来の大陸産Parnassius stubbendorfiiに併合し、その一亜種hoeneiとするという扱いが、現時点での(日本に於ける学術上の)統一見解のようである(*ウイキペディアには亜種名が“honnei”と誤植?されているようなので注意!)。
僕としては、どちらの扱いに対しても、特に反対はしない。北海道産と大陸産の間には、♂交尾器の形状に、一定の有意差が認められる。それを種差と見做すかどうか、研究者ごとに見解が違っていても、何らおかしくはない。
いずれにせよ、大陸産各地域集団のチェックをまず行い、そのうえで(北海道産を含む)トータルな比較が成されないことには、所属は決められないと思う。
と言って、それが成されれば答えを示すことが出来るのか、と言えば、それもまた違うと思う。より俯瞰的な視野からの検討が必要になってくる。ユーラシア大陸の西半部に、ヒメウスバシロチョウに対応する形で分布しているクロホシウスバシロチョウParnassius mnemosyneとの関係である。
むろん、両者の(典型集団)間に、種として分割し得るある程度の安定的有意形質差はあるとしても、どこかの地域で整然と線引きが出来るような単純なものではないだろう。
従って、ヨーロッパのmnemosyneから北海道のhoeneiまでの全ての地域集団を「クロホシウスバシロチョウ群」と大きく捉え、そのうえで、全体像の俯瞰と、個々の地域集団の体系的な比較・解析・考証を並行して行うことで、実態により近づくことが出来るのではないかと思っている。
ただし、その場合、クロホシウスバシロチョウと(北海道産を含めた)ヒメウスバシロチョウの関係だけではなく、この後に示す、ウスバキチョウParnassius eversmanniやウスバシロチョウParnassius glacialisなどとの関係も考察する必要が出てくる。これら各種は、(♂交尾器の形状から判断するに)思いのほか血縁が近いのである。移行地域に分布する、Parnassius ariadneやParnassius nordmanniなどを含め、種群または上種としての“メガ・スペーシーズ”「クロホシウスバシロチョウ」の概念を、頭の隅っこに置くことも、あながち間違ってはいないと思う。
【クロホシウスバシロチョウ Parnassius mnemosyne 觅梦绢蝶/黒紋雲絹蝶】
ヨーロッパに唯一分布する、日本産3種と同じBのグループ(亜属Driopa)所属種。ユーラシア大陸西半部産がこの種に相当するのであろうが、大陸産ヒメウスバシロチョウとの間に、外観上も、♂交尾器の形状からも、どこで線引きが成されるのか、確たる証明は為されていないと思う。中国では新疆ウイグル自治区産が、この種に含まれることになっている。
【ウスバキチョウParnassius eversmannni 艾雯絹蝶/黄翅雲絹蝶】
よく知られているように、日本では北海道大雪山系にのみ分布する、高山蝶中の高山蝶。
数度の撮影行で写した多数の写真(おそらくポジフイルム使用時代の写真枚数は日本産3種中最も多く所持)は、全てポジフィルムのため、ここでの紹介は叶わない。
出現期の夏至(6月下旬)前後の大雪山では、朝4時前後に夜が明ける。朝日の射す(場所によっては未だ大量の雪に覆われている)山肌を転がるように飛び、♀はコマクサ(ちなみにBの種の食草は全てケシ科エンゴサク亜科)が生えている付近の石礫などに卵を産み付ける。
大陸産のヒメウスバシロチョウとは、(大局的に見て)概ね分布圏が重なるが、通常より高標高地に棲息する。しかし 地域によっては、ごく低い標高にも分布していて、それらの地域集団は、大型で色調が淡く、むしろウスバシロチョウやヒメウスバシロチョウに似たイメージを持つ。また生育地も、高山礫地ではなく、ウスバシロチョウの生息環境に似た、疎林や林縁である。
北米大陸では、アラスカなどにウスバキチョウが分布し、合衆国の比較的低標高地帯には、大型で外観の印象はだいぶ異なるが、♂交尾器の形状などはほぼ共通するオオアメリカウスバシロチョウが分布している。
この両種に限らず、Bに所属する各種間の基本的形質は概ね共通するため、「ウスバキチョウ」の枠内で捉えるよりも、「メガ・スペーシス“クロホシウスバシロチョウ”」として、再検討を行うべきではないか、と考える。
【オオアメリカウスバシロチョウParnassius clodius 美国雲絹蝶】
北米には、2種の“アカボシウスバシロチョウ”がいる。うち一種は、属を細分すれば(アポロチョウなどと共に)Parnassius亜属に包括されるミヤマアカボシウスバシロチョウParnassius phoebis(ヨーロッパではアルプスの高山帯だけに分布、東は東北アジアに至り、北米産を別種とする見解もある)。もう一種が、クロホシウスバシロチョウ群(亜属Driopa)の北米固有種、オオアメリカウスバシロチョウParnassius clodiusである(共に後翅に赤紋が発達するが、後者は前翅に赤紋がない)。
同じクロホシウスバシロチョウ群に属し合衆国北部のアラスカに分布するウスバキチョウより一回り大型で、翅の地色は黄色を帯びず白色。しかし、オス交尾器の形状など基本形質は変わらず、同一種と見做すことも可能ではないだろうかと思われる。低標高地に分布する地域集団の中には、後翅の赤紋もごく僅かしか現れず、まるでウスバシロチョウを思わせるような個体も出現する。ウスバキチョウの中にも、東北アジア産の一部地域集団が同様の傾向を示すことを考えれば、興味深い。
【オオルリボシウスバシロチョウParnassius orleans 珍珠絹蝶/青紋雲絹蝶】
中国大陸西南部の高標高地帯には、様々な斑紋を持つウスバシロチョウ属の多くの種が、集中的に分布している。その一つがBの一群に属する本種。外観上、(Aの一群を含む)全く別のグループの複数種と酷似し、進化の過程で並行的な形質移行を伴いつつ、現在に至ったものと考えられる。
*おそらく、今後も繰り返し同じ表現を多用することになると思うが、動物植物に関わらず、どの生物の場合でも、中国西南部の山岳地帯に於いては、外観の酷似した別の種と、外観の著しく異なった同じ種が、複雑に絡み合って存在しているものと考えている。
【ウスバシロチョウ Parnassius glacialis 冰清绢蝶/雲絹蝶】
北海道(南西部)~本州(房総半島、島嶼部および平野地帯を除くほぼ全域)~四国に分布しながら、九州には分布を欠くという、極めて変則的な分布様式を示す。朝鮮半島など日本海対岸部での分布は未確認。朝鮮半島や中国大陸東北部に産する地域集団も本種とされるが、これまで僕が確認した限りでは、それらの地域の個体はヒメウスバシロチョウ(広義)だった。しかし、中国大陸には、奥地を除くかなり広い地域に分布している(山東半島、華東地方、秦嶺山脈、四川盆地南西縁*)。それらの地域個体群の♂交尾器の形状(socius基部背方に突起が生じる)を含む基本形質は共通する。
現在の分布様式に至った経緯について、どのような解釈をすればよいか、難しいところである。おそらくB群中、最も古くに出現した種集団で、東京近郊などの個体群は、食草ムラサキケマンともども、残存時代を経て、再繁栄に至った集団ではないかと(直観的に)想定する。
*「四川省南西部の西昌市の東方に真正のウスバシロチョウが多産しているのは非常に興味深い分布様式だと思う」旨を、北脇和幸氏が度々話していた。いつか、探索に行きたいと思っている。
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ウスバシロチョウ属以外では、唯一西アジアから地中海東南岸にかけて分布するイランアゲハHypermnestra heliosのみがウスバシロチョウ亜科に所属し、ギフチョウ属を含むタイスアゲハ亜科と対置するとされている(中国などでは、ウスバシロチョウ亜科のみをアゲハチョウ科から分けて独立の科に置く見解もある)。
しかし、通常タイスアゲハ亜科に一括されている各属中、ギフチョウの一群(東のギフチョウ属と西のモエギチョウ属)は♂交尾器の形状からもDNAの解析からも、タイスアゲハの一群(西のタイスアゲハ属+シロタイスアゲハ属、 東のシボリアゲハ属+ホソオチョウ属)とは明確に異なっていて、タイスアゲハやシボリアゲハの一群は、ギフチョウ属よりも、むしろウスバシロチョウ属に近いという結果が示されている。従って、ウスバシロチョウ亜科、タイスアゲハ亜科、ギフチョウ亜科(ギフチョウ属のほか従来はウスバシロチョウ属に近縁と考えられていたモエギチョウ属が含まれる)の3者を並列に置くか、全てを抱合してウスバシロチョウ亜科とするか、どちらかの処置が採られるべきであろう(アゲハチョウ亜科のうちジャコウアゲハ属には、幾つかの祖先的形質の共有が見られる)。
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以下、1枚を除き、全てウスバシロチョウParnassius glacialis
東京都青梅市
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陝西省西安市
Parnassius orleans 四川省雪宝頂
東京都青梅市
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陝西省西安市
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