一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

5年目

2006-09-11 | よしなしごと
9.11から5年目になります。

私の高校の同級生も、当時富士銀行NY支店に勤務していてWTCで犠牲になりました。

所用で降りた千葉駅の駅頭の大画面テレビで彼の氏名が「新たに死亡が確認された方の氏名」として大写しになった時の驚きは今でも覚えています。

一度1階まで降りたものの、重要書類の保管等のために幹部社員がオフィスに戻る途中でビルが崩落して犠牲になったうちのひとりだったそうです。


NYに行ったら花の一つも手向けようと思いつつ機会がなく5年が経ってしまいました。



一方昨年末の同窓会で、高校時代の数学の教師(現在某大学に勤務)が近況報告として、アフガニスタンでの数学教育の指導(カリキュラム作りなど?)に1ヶ月間滞在してきたという話をされてました。

現地は未だに復興途上で、しかも爆破テロで帰国が遅れるなどまだ不安要素はあるものの、現地の教師の意欲は日本とは比べ物にならないほど高かった、とおっしゃってました。



守るべき物が多い国は失われたものの記憶を語り、荒廃の中にある国は将来への夢を語る、という対照的な構図がそこにあります。



9.11以降、世の中でのいろいろな面での「禁じ手」がなくなってしまった(テロ側だけでなく「予防的先制攻撃」とか)5年間であったようにように思えます。


私は亡くなった「彼の分まで生きる」というような立派な人間ではないですし、上の先生のような高い志(と他国でも通用するようなスキル)を持っているわけではありません。

ただ今日を、世の中全体にとって昨日より今日が少しだけでもいい日であるように、と心掛けるための1日にしたいと思っています。

コメント
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