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日常よく使われる英語表現を毎日紹介します。毎日日本時間の午前9時までに更新します。英文執筆・翻訳・構成・管理:上杉隼人

ベン・ルイス・インタビュー(日本語)

2020-10-01 22:46:30 | The Last Leonardo

ベン・ルイス・インタビュー

https://youtu.be/twcSPSvkXWA

上杉隼人です。

今日は『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』の著者、ベン・ルイスさんにお話をうかがいます。

この本は、2017年に510億円で落札されたレオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』の真実を明かしてくれます。

『ガーディアン』『サンデー・タイムズ』など多くの有力メディアで高く評価され、ついに日本で刊行されます。

こんにちは、ベン。

 

――『サルバトール・ムンディ』のどこに一番惹かれましたか?

 

それほど惹かれませんでした。

「ダ・ヴィンチの絵だ! 信じられない!」と興奮する人もいましたが、わたしはそうではありませんでした。

ダ・ヴィンチがそのように描いたからか、ずっとひどい環境に置かれていたからか、絵はとてもひどい状態でした。

キリストの顔は表面が剥げ落ちてまるで幽霊のようでした。

大がかりな修復も施されているようでした。

 

魔法にかけられようにこの絵に惹かれた人もいました。

でもわたしはこの絵を2011年と2017年に見ていますが、そう思いませんでした。

わたしが関心を持たずにいられなかったのは、美術界の謎です。

何かよからぬことが行われているように思わずにいられないのです。

『サルバトール・ムンディ』の謎を解いてみたいと思いました。

謎が解けるか? ダ・ヴィンチ・コードを解読できるか?

「この絵はダ・ヴィンチの絵だろうか?」

最大の謎を問いかけています。

誰よりも先に『サルバトール・ムンディ』について本を書くことが決まってとてもうれしかったです。

この絵のことは、2016年に『ニューヨーカー』でスイスの画商イヴ・ブーヴィエとロシアの富豪ドミトリー・リボロフレフの話を読んで初めて知りました。

 

ブーヴィエは10年間で有名画家たちの絵数枚を1000億円で買い上げて、リボロフレフに2000億円で売り渡しましたから、1000億円儲けたことになります。

これほどの額を稼いだ美術商はほかにいません。

 

『サルバトール・ムンディ』はブーヴィエを通じてリボロフレフに売り渡された。

これが気になりました。

その後リボロフレフは絵を手放し、2017年11月にクリスティーズ510億円で競り落とされ、世界一高価な絵になります。

世界一の絵の背後に何があるのか? 

クリスティーズの図録には、この絵の歴史が記されています。

イギリスのチャールズ1世に渡り、1765年に2ポンドで、1958年には45ポンドで売り渡された。

16世紀にはフランス王家の所有物だった。

こんな激しく浮き沈みを重ねた絵はほかにありません。

なんてすごい物語を持った絵なんだろうと思いました。

この絵を通して美術市場の歴史全体がわかります。

だからこの本を書きました。

 

――この本の最後に「絵の周辺を飛び交う詐欺や欺瞞を告発しようとした」とありますが、どういうことかお聞かせください。

 

この絵の売買の背後には闇があります。

ロバート・サイモンたちはチャールズ1世が持っていた絵画リストに『サルバトール・ムンディ』を発見し、それが自分たちの『サルバトール』だと主張しています。

『キリストの肖像』と呼ばれるものですが、2つの問題があります。

チャールズ1世が所有した絵画のリストにはレオナルド作のキリストの絵の記述が2つ見られます。

そしてチャールズ1世が所有した絵には、裏に「CR」という焼き印があるはずです。

 

モスクワのプーシキン美術館には別の『サルバトール・ムンディ』があって、これはダ・ヴィンチの弟子が残したものです。

200年前はダ・ヴィンチ作と思われていました。

今言ったチャールズ1世の焼き印が確認できるからです。

でも自分たちの絵が『サルバトール』であると主張するロバート・サイモンたちの資料に、このことは触れられていませんでした。

プーシキン美術館の絵にチャールズ1世の焼き印があることは、2018年の秋にわたしが初めて公表しましたが、彼らはそれを見て修正をはかったようです。

クリスティーズは競売の時にもこれに言及しなかったので不作為の罪で告発される可能性がありますし、ほかにも不可解な点があります。

 

ロバート・サイモンが購入する前、2005年にクリスティーズはこの絵を見ています。

絵の売主ヘンドリー家はニューオーリンズで代々この絵画を保持していました。

家族に絵に詳しい女性がいて、祖父が亡くなったとき絵の写真をクリスティーズに送ったところ、クリスティーズは興味を示して専門家を派遣しています。

すべての絵を見た上で数枚買い取りましたが、『サルバトール・ムンディ』は買い取らずに置いていきました。

 

そこでヘンドリー家は地元のオークション会社に『サルバトール』を託したところ、ロバート・サイモンたちが約13万円で競り落としました。

ヘンドリー家が手にしたのはたった8万円ほどでした。

その後クリスティーズに2度目のチャンスが巡ってきます。

2017年、ロシアの大富豪ドミトリー・リボロフレフがクリスティーズを通じてこの絵を競売にかけるのです。

 

多くの高名な美術史家がダ・ヴィンチ作ではないとしているのに、クリスティーズは競売で50億円の手数料を手にします。

クリスティーズのミスとして持ち主への補償が訴えられるかもしれませんが、立証は難しいでしょう。

『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』では、この絵にまつわる不透明な部分も追究しています。

 

――この本を書く上で一番楽しかったこと、いちばんむずかしかったことは?

 

今までドキュメンタリー番組を数多く作ってきたのですが、本を書くことが大好きです。

美術史と芸術分野の研究で世界有数の研究所であるロンドン大学ウォーバーク研究所に所属することになり、毎日、自転車で通っていたときがいちばん楽しかったかもしれません。

個人研究室も与えられましたし、すばらしい図書館もあって、よく本を読んでいました。

この本の執筆中はずっと楽しかったです。

 

2005年にわかっていたのはアメリカの一族がこの絵を持っているということだけでしたから、それが誰なのか突き止められて興奮しました。

ヘンドリー氏に電話して、「お持ちだった絵がダ・ヴィンチの作品かもしれないとご存じでしたか? 510億円で落札されました」と言ったのですが、ご存じなかったようで、びっくりしていました。

 

わたしはこの絵にまつわる物語に惚れ込みました。

持ち主の王が斬首されると、18世紀半ばには高貴な人物の薄汚い地下室に置かれる。

17世紀半ばにはオランダに渡り競売されたかもしれない。どの来歴も数世紀に渡るものですし、世界が舞台になります。

いくつもの可能性が考えられてワクワクします。

 

――この本は美術の世界で富と権力を渇望する人たちを描きながら、『サルバトール・ムンディ』がほんとうにダ・ヴィンチの作品なのかをどうか見極めようとしています。

謎に満ちていて、『シャーロック・ホームズ』やジョン・ル・カレの作品のようです。

この創作スタイルをどこで学びましたか?

 

この絵をめぐる話そのものがスリラーですから、スリラーとして書き上げました。

本を読んでもらえるようにするには多くのことが求められます。まず10万円ほどで売れた絵が12年後に510億円になった経緯を語ることにしました。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの伝記としても楽しめるようにしました。レオナルドは崇拝されるあまり偶像化されているので、これを見直すものにしたいと思いました。

 

3つ目は『サルバトール・ムンディ』の来歴です。この絵がさまざまな人物の手に渡り、さまざまな環境に置かれてきたことを調べ上げました。

 

最後に、『サルバトール・ムンディ』は「ダ・ヴィンチの作品か?」どうか問いかけました。これはむずかしい問題で、執筆中も度々考えを変えることになりました。

『サルバトール』は実に奇妙な絵ですから、度々考えが変わりましたが、磁力に引き寄せられるように筆が進みました。

 

13万円をどうやって510億円に変えるか? 

そのためにどうすればいいか? 

スリラーの根本に、この問題があります。

本書では、この真実に人々がどう関わったか、かなり詳細に描き出しています。

不都合な事実にどう対処するのか? 

公表か? 隠蔽か?

向こうの論理では、わたしの言っていることは事実と違うから取るに足らないということになるかもしれない。

でも、わたしはほかにも多くの事実をつかみましたから、それを突きつければいいだけです。

 

――201910月から翌年2月までルーヴル美術館で開催されたダ・ヴィンチ大回顧展に、『サルバトール・ムンディ』は出展されませんでした。なぜでしょう? 

 

公開する予定があったことは確かです。

2017年にクリスティーズで落札されてから、丁重に貸出しを申し出たとルーヴルの館長は言っています。

「ダ・ヴィンチ作と必ず明記します」と言ったのか、ただ展示したいと言ったのか、定かではありません。

ルーヴルはダ・ヴィンチの作品とするかどうか明らかにしませんでしたが、展示の予定はあったはずです。

 

2019年7月以降、ルーヴルは『サルバトール・ムンディ』に非常に関心を高めていたようです。

『サルバトール』を掲載したカタログの原稿も用意していましたし、2018年には関係者が実際に絵を見ています。

ルーヴルのキュレーターが美術史家と絵の調査に行ったのです。彼らは大回顧展に向けて本の執筆も進めていましたし、『サルバトール』をレオナルドの作品と考えていたようです。フランス下院も『サルバトール』を保証する特別法を通過させました。

ルーヴルが510億円の絵を保証することはできないからです。

 

展示されると思われて実際はされなかった。

ルーヴルは絵の貸し出しを願い出ましたが、「ダ・ヴィンチ作と明記する」と持ち主に完全に保証しなかったからでしょう。

私的な会話やメールでそれに近いことを伝えたかもしれません。

「明記したい」と言ったかもしれませんが、「明記する」とは決して言わなかったのです。

 

持ち主は「レオナルド・ダ・ヴィンチの作品と明記する」と確実に保証されない限り貸し出すつもりはありませんでした。

510億円も出して買ったのに、レオナルドの絵か定かではない」「レオナルドと工房の作品」「工房の作品」などと標記されて展示されたら、気分を害するに違いありません。

屈辱以外の何ものでもありません。

ルーヴル内部でも論戦があったようで、レオナルドによるものと考えて展示を望む幹部もいたようですが、「真否不明なのにレオナルドの作品として展示したら、世界有数の美術館の評判が失墜します」と強く反対する者たちがいたのでしょう。

 

――201911月、マーティン・ケンプらの著書『スチュアート宮廷の「サルバトール・ムンディ」とレオナルド作品』が刊行されました。この本についてどう思いますか?

 

自分たちの主張を擁護しているだけです。

『サルバトール』をレオナルドの作品とする理由を挙げていますが、学術的根拠はありません。

ロバート・サイモンはこの絵を見つけて売った人物ですが、自らを学者か美術史家だと思っているようです。

ですが、サイモンは販売人の視点で書いますし、絵が商品としてどれだけの価値があるか、都合のいい証拠を挙げているだけです。 

 

『スチュアート宮廷の「サルバトール・ムンディ」とレオナルド作品』の著者3人は、ダ・ヴィンチの弟子のサライが1525年に死去したときに工房で見つかった『サルバトール・ムンディ』が自分たちの絵だと言うわけですが、証拠は一切ありません。

年代が同じでもダ・ヴィンチ工房の作品かもしれません。レオナルドの工房は何枚も『サルバトール・ムンディ』を制作していますし、レオナルドが関係していないものも数多くあります。

彼らの『サルバトール』が工房や助手たちの制作ではなく、レオナルドの作品とする重要な証拠が何ひとつ提示されません。

 

失礼な言い方ですが、彼らの本は読むに値しません。

この絵について判断するための有益な証拠は得られないでしょう。

レオナルドが本当に描いたものか、レオナルドの監督で弟子のひとりが描き、レオナルドが最後に手を入れたものか、判断できる十分な証拠がないのです。

 

――本の執筆のほかドキュメンタリー番組の作家として受賞経験もあり、美術批評家として『タイムズ』紙などに寄稿されています。とても精力的に活躍されていますが、進行中のプロジェクトについてお聞かせください。

 

昨年フランク・ツェルナー教授の講義に参加した関係で『サルバトール・ムンディ』に関する論文を仕上げているところです。

美術界、美術市場の罪と謎が題材のポッドキャストや、米NBCの『サルバトール・ムンディ』のドキュメンタリー番組にも関わっています。

本も書きたいです。20世紀前半のシエナの贋作の実態について調べているところでイタリア語を上達させたいと思っています。

 

――美術だけでなくビートルズからグーグルまで、さまざまな題材のドキュメンタリー制作で受賞されていますが、詳しくお聞かせいただけますか?

 

キャリアの多くをドキュメンタリー制作に費やしてきましたが、その多くはこの本と同じで芸術の世界を探究するものです。

 

テレビシリーズ『アート・サファリ』は著名な現代アート作家を描いたもので、村上隆さんも登場します。

「難問をひっさげた純粋な美術オタク」として彼らに会いにいくのです。

とても好評で24か国でDVDを入手できます。

また2008年の美術市場バブルを扱った作品にはダミアン・ハーストの特ダネを盛り込んだのですが、これで美術界での地位を確立しました。

 

 芸術、政治、社会問題が絡み合ったテーマが好きです。

共産主義のジョークについて番組を制作して本も書きました。

2012年の『グーグルと知的財産』ではグーグルの書籍全文検索サービス「Googleブックス」について描きました。

日本人作家も登場します。グーグルは世界中の書物を扱うデジタル図書館を構想しましたが、著作権者の許可を得ていませんでした。

彼らは力を持ちすぎました。インターネットを批判的に描いた初めての番組だったと思いますし、自信作です。

 

――サウジアラビアが『サルバトール・ムンディ』のための美術館を建設するそうですが、どう思いますか?

 

それについてはほとんど情報がありません。

『フィナンシャル・タイムズ』によると数千億円かけて200もの美術館を新設し、偉大な美術王国にしたいようですが、まだ具体化していません。

 

これは欧米での評判をよくするためとの見方もできます。

残念なことに、美術は今日、人権侵害の隠れ蓑となっています。

中東諸国は大変なお金をかけて「健全な美術」を国内に普及させようと美術展やオークションを開催しています。

それによって、国は自由化に向かっているように見えます。

でも裏で人権活動家を逮捕するなど、人権侵害を行っています。

美術を政治的カモフラージュにしている政府を注視する必要があります。

 

――新型コロナウイルス感染拡大で原油の販売が落ち込み、痛手を受けたサウジアラビアは、『サルバトール・ムンディ』を世界で公開するでしょうか?

 

ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子にそのように決断してもらいたいです。

あの絵をまた見たいですし、人びとの反応も知りたいです。

でも可能性は低いでしょう。

皇太子はずっと『サルバトール・ムンディ』を隠していますし、絵は2017年11月からどこにも出てきていません。

皇太子のヨットにあるという噂も流れましたが、それはないと思います。

スイスの倉庫にあるか、皇太子の寝室に掛けてあるのかもしれません。

 

――日本の読者へメッセージを。

 

村上隆氏の取材で日本を訪れたのはいい思い出です。また日本に行きたいです。

日本のみなさんにも『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』を楽しんでいただけると思います。

美術に詳しくなくても、推理小説を読むように楽しんでもらえるはずです。

オールド・マスターとルネサンス美術の世界を堪能していただき、近いうちにみなさんに直接お会いしてこの本についてお話ししたいです。

どうもありがとうございます。

 

――こちらこそ、インタビューにお応えいただき、ありがとうございました。日本の読者にご紹介できて、とてもうれしく思っています。

 

『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』の「日本の読者の皆さんへ『サルバトール・ムンディ』は今どこに?」には、本インタビューに収録しきれなかったことも盛り込みました。ぜひご覧ください。(上杉隼人)

 

制作協力:Peter Serafin, 英語便(www.eigobin.com)、松川えみ、大森智子、関淳子、左右田勇志

 

 ベン・ルイス・インタビュー、英語版はこちら

 

『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』

 ベン・ルイス・著

上杉隼人・訳

 発行 集英社インターナショナル

発売 集英社

好評発売中!

 

 

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