『桐生タイムス』連載「永遠の英語学習者の仕事録」第27回(2023年6月24日掲載)
ChatGPTの日英翻訳に挑戦――人間はAIに勝てるか?
「機械的な日英翻訳であれば、今はChatGPTなどAI翻訳で対応できるかもしれない。だが、人間の心からの喜びや悲しみを別言語に移すのは、まだしばらく人間の仕事だ」
「日本語の例文を、ChatGPTなどで訳した英文と、人間的な感情を人間的に翻訳した英文との違いを例示していただけないでしょうか?」というご提案を、本欄担当の蓑崎昭子記者からいただいた。確かに多くの人々が今もっとも関心を持っているテーマだと思うので、今月はこのことを考えてみたい。
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「今日は会社を休み、皮膚科に行ってきました」「明日は仕事の後、スーパーマーケットに寄って野菜と果物を買ってきます」くらいの日本語であれば、ChatGPTは、“Today, I took the day off from work and went to the dermatologist.”, “Tomorrow, after work, I will stop by the supermarket and buy vegetables and fruits.”とほぼ完璧な英語にしてくれる。
ただし、冠詞やcollocation(語の結び付き)や文化的知識はまだ弱いようで、それぞれ、
I took a day off from work today and went to see a dermatologist.
I am going to stop by a grocery store and buy some vegetables and fruits after work tomorrow.
と修正する必要はある。ただ、AIでこれだけできれば十分だ。少なくとも日常会話には困らない。
だが、複雑な日本語となれば、まだまだ人間の翻訳者が必要というか、「人間が英語にしたものをChatGPTにチェックしてもらう」という工程を踏むべきだろう。
以下の「天皇、皇后両陛下の令和初の親善訪問」(『朝日新聞』2023年6月18日[日])の記事の一節を見てみよう。
それから約20年。陛下の支えもあり、活動の幅が広がりつつある皇后さまは、皇后として初めて、外国での国際親善に踏み出す。子どもや高齢者、障害者など、社会的に弱い立場にある人々に心を寄せているほか、働く女性への支援などに関心が深い。
「子どもや高齢者、障害者など、社会的に弱い立場にある人々に心を寄せているほか、働く女性への支援などに関心が深い」をChatGPTに英訳を命じると、
She is not only empathetic towards vulnerable individuals in society such as children, the elderly, and people with disabilities but also deeply interested in supporting working women.
と訳してくれるし、これは文法的に正しい。ただ、「国際親善」「社会的支援」という文脈から、「子どもや高齢者、障害者など、社会的に弱い立場にある人々に影響を及ぼす問題に対処することにいちばん関心をお持ちで……」といった「感情的」ニュアンスも読み取れる英語にするのがいいと個人的に思う。よって、この部分も含めて、
About twenty years have passed, and with the support of the Emperor Naruhito, the Empress Masako is now actively involved in various initiatives. She is currently preparing for her inaugural mission as an international goodwill ambassador abroad. Her primary focus revolves around addressing issues that affect children, the elderly, and individuals with disabilities. Additionally, she holds a deep passion for supporting working women.
と訳してみた。これをChatGPTにチェックしてもらったところ、
Your English is excellent! The revised sentence flows well and effectively conveys the intended meaning. It provides a clear and concise description of the Empress Masako's involvement in various initiatives, her upcoming mission as an international goodwill ambassador, and her focus on addressing issues affecting vulnerable groups and supporting working women. Well done!
との評価を受けた。要するによくできたということだ。
だが、これで満足してはいけない。最後はやっぱり信頼できる人間のネイティブスピーカーに見てもらわなければならない。
この英文を英語のネイティブ添削サービス「英語便」(www.eigobin.com/)に確認してもらったところ、以下のように修正された。
About twenty years have passed, and with the Emperor Naruhito's support of the, the Empress Masako is now actively involved in various initiatives. She is currently preparing for her inaugural mission abroad as an international goodwill ambassador. Her primary focuses revolve around addressing issues that affect children, the elderly, and individuals with disabilities. Additionally, she holds a deep passion for supporting working women.
英語も日本語と同じでコンパクトな言い方がよい。よってwith the support of the Emperor Naruhitoは、with the Emperor Naruhito's supportとすれば、"of the"が削れる。
ここで伝えるべきはthe mission is + abroad(任務+外国)だから、aboardを前に出してmissionにつなぐのがいい。さらに、チェックしてくれたネイティブは個人的な感覚と断ったうえで、an international goodwill ambassadorの肩書にinternationalがあるから、abroadは削除してもよいと思う、とアドバイスしてくれた。確かにそうだ。
皇后さまは「子どもや高齢者、障害者など、社会的に弱い立場にある人々」の少なくとも4つに関心を寄せているのだから、focusは複数形にして、それにあわせた動詞の活用にすることが必要だ。
日英翻訳においては「まず自分で訳す」→「ChatGPTに確認してもらう」→「自分で調整する」→「信頼できる人間のネイティブスピーカーに確認してもらう」→「自分で再調整する」の工程が必要だ。
強調したいことがふたつある。まずは、どんなにAIが発達しようと、「自分で翻訳を作り、自分で最終確認する」ことだ。ChatGPTにはあくまでチェック機能を求めるだけに留めるべきだ。「まずAIに訳させて、それに修正をかける」という人も少なくないようだが、それではAIが最初に作り出した構文や表現に引きずられてしまう。
そのうえで指摘したいが、ChatGPTとAIを使いこなすことで、今までできなかったことがものすごいスピードでできるようになったのだ。今までは「英語で何と言えばいいだろうか?」「この英語の言い方はネイティブに自然だろうか?」という疑問が出てくると、知り合いのネイティブに聞いたり、インターネットでキーワードを検索したりしなければならなかった。だが、今はChatGPTにたずねれば、全面的な解決は望めないもの、問題の多くをごく短時間で解決できる。
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「自分で訳す」+「ChatGPTにチェックしてもらう」+「人間のネイティブスピーカーに確認してもらう」という工程を踏んで、坂口安吾の「日本文化私観」の人間的な感情があふれた一節もなんとか英語にすることができた。
見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。すべては、実質の問題だ。美しさのための美しさは素直でなく、結局、本当の物ではないのである。要するに、空虚なのだ。そうして、空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有っても無くても構わない代物である。
No matter how visually appealing something may appear, true beauty cannot be derived from its exterior. The essence lies in the substance it carries. Pursuing beauty for beauty's sake lacks authenticity; it is hollow and empty. Empty remains empty, and its undeniable truth fails to deeply resonate with people. Ultimately, the existence or absence of such beauty holds little significance.
上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて80冊以上)。