父の生まれ育った家は山の中で、
の住民は次第に山から下り、今は草に埋もれた空き家が数件。
たまに行って手入れをしても、勢いのいい草木や野生動物には勝てず、
時と共に廃虚となってしまうのも仕方がないと思ってはみても、
やはり寂しさは残り・・・・そんな事を考えていたからか、
小さな山のの氏神様のお祭りの夢をみた。
数件ののおじいちゃんやおばあちゃんがこんにゃくやシイタケの煮物を重箱に入れて持ち寄って、
氏神様の前でお酒を飲んで、一年に一回お祭りをした。
天気の良い日曜日、
父の実家の氏神様の「高鳥谷様(たかどやさま)」まで行ってみようと90歳の父を誘った。
小さな車がようやく通れるほどの林道を進むと、太い倒木に道を遮られ、
車を降りて歩き始める。
「この山は本家の山だぞ」と父。
この山でいとこやおじいちゃんとキノコを採った事を思い出した。
この山からこんなにきれいに中央アルプスが見える場所があるなんて知らなかったな。
誰も住まない山の中の中、鳥居をくぐって東を見ると、
伊那山地が目の前に見える。
正面の山が障子山、その向こうが大西山、視界の一番右端は鬼面山。
36災害で大西山が崩れ大鹿村の道が通れなかった時、
大鹿村からこの大西山を越えて豊丘村に入った記録があったから、きっとこの辺りを通ったのかもしれない。
小さな神社のこの場所で、
掌を皿代わり煮物を取りながら、10人そこそこで重箱を回し、
酒を酌み交わすと、笑い声が山に響く。
そんな時代を見ていた氏神様に、お饅頭を備え、
帽子を取って手を合わせた父。
氏神様のお祭りを愉しみに、
山の中で遊んでいた少年だったのかもしれない。
高鳥谷様から戻り、西側から伊那山地を見ると
雪を被った南アルプスの小河内岳と悪沢岳の間に大西山があり、
おそらくその手前に障子山。
ほんとにほんとに
家があるとは思えないほどの山の中だった。