(父や叔父から聞いた昭和初期の頃のお話です)
ある日、ばあさんが長峰の家に行くという。
長峰の家はじいさんの妹が嫁いだ家だった。
長峰の家は間沢川を越えて、まっすぐ急な松林をハアハア言いながら上り、
急な斜面を耕して作られた畑を越えると、ひょっこり現れてくるかやぶきの屋根の家で、
叔父さんはブリキ職人で柄杓ややかんを作っていて、
いつも鏝(こて)を熱し、はんだを溶かす臭いがしていた。
長峰のばあさんはややかすれ声で世間話が好きだった。
時々、お歯黒の真っ黒な歯を見せて大声で笑う。
長峰の家には「正」という兄と「松、竹、梅」という三姉妹の妹がいた。
ばあさんの用がすんで「さあ、帰るに!」と言うまでは、
シャボン玉を草の生えたかやぶきの屋根まで飛ばしたり、
鬼ごっこをしたりしてばあさんの用の終わるのを待ったものだが、
「さあ、帰るに。」って言ってからも、話好きのばあさん達の話は終わらず、
いつも待ちくたびれていた。