「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

心子、 10年目の祥月命日 (1)

2011年01月17日 21時19分04秒 | 心子、もろもろ
 
 本日1月17日は、 心子の ちょうど10回目の祥月命日です。

 10年 …… 本当に早いものです。

 当時の様々な出来事が、 きのうのことのように 思い出されます。

 BPDに関する情報が 非常に乏しかった 10年前に比べると、

 TVでも取り上げられるようになり、

 BPDを取り巻く環境は 随分進んできたと思います。

 BPDを知る人も増え、

 誰の身近にも BPDの人がいても おかしくない時代になってきました。

 とはいえ、 まだまだ一般には 知らない人も多いし、

 誤解や偏見はおびただしく、 当事者の人たちの 苦悩は深刻です。

 周りの理解があることによって、 当事者の人たちは生きやすくなります。

 多くの人が知るということは、 社会的に非常に 大きな力になるものです。

 早く正しい理解が 浸透してほしいと願い、

 その一端を 担うことができたらと切望します。

                   *

 さて、 今日は勤務日だったこともあり、 きのうの16日に、

 お墓参りと、 心子が 最期の晩を過ごした ホテルなどへ行ってきました。

 心子がホテルへ赴いたのは 16日なので、

 その日、 彼女が辿ったのではないかと思われる 足取りを追ってみました。

 まず、 心子が住んでいた マンションへ行き、 当時のことを回想しました。

 そして 心子の身になって、

 部屋からマンションの出口、 駅へ向かう道のりを 歩いてみたのです。

 これから 死に向かおうという 彼女は、 一体 どんな心持ちだったのでしょう? 

 その胸中は計り知れず、 のしかかるような重圧で 胸が痛みます。

 それから、 クリスチャンだった心子が 最後に立ち寄ったかもしれない、

 すぐ近くの教会へも 足を運びました。

 彼女が 父母と慕った牧師夫妻に、 教会の外から 別れを告げたかもしれません。

(牧師夫妻は昨年、 大阪に移り住み、 今はこの教会にはいません。)

 十字架に手を組む 心子の姿が思い浮かばれます。

(次の記事に続く)