蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

「介護保険被保険者証」をいただく!ー嗚呼、何と有難きかな、この国ー

2006-09-27 01:14:41 | 時事所感
 9月26日(火)雨。終日、肌寒し、暖房入れる。
 
 昨日、出先から戻ってきて、ポストを覗いたら、市役所からの小ぶりな封書が届いていた。一瞬ドキリとする。また、税金の倍増通知?先日の国民健康保険税の寝耳に水の急騰通知を貰って以来、すっかり行政不信アレルギーが身についた。

 恐る恐る開封してみると、あにはからんや、「介護保険被保険者証」なるものが出てきた。
添付の「介護保険被保険者証の交付について」、長寿福祉課長様差出の文書には、…の規定により、65歳になった方等に対し、-を交付します、とある。

 嗚呼、とうとうこの身も、正真正、掛け値なしの天下公認の隠居になった感慨ひとしおである。

 これには、どんなご利益があるのかと思いつつ、同封の手帳大のパンフレットを開くと、老後の安心をみんなで支えますー40歳以上の全員が加入しますー介護保険は、40歳以上の方全員が保険料を納めて、高齢者の暮らしをみんなで支えるという社会保険制度です、とある。

 そして、65歳以上の方は、「第1号被保険者」とのこと。
介護や支援が必要であると「認定」を受けた方は、サービスを利用できます。
40~64歳の方は「第2号被保険者」
介護保険で対象になる病気(特定疾病)が原因で介護が必要であると「認定」を受けた方は、サービスを利用できますと、あった。
  
 同じ被保険者に、1号、2号の区別があるなんて初めて知った。何でも細かく区分したがるお役人のお仕事である。結局、私のような正真正銘の隠居は、ガタがきたら即、何らかのサービスが受けられるが、まだ隠居に至らない方は、万一、運悪く何かの拍子で早めにガタがきても、それがお上の定める特定疾病とかに該当しないと、お世話できませんよ、ということらしい。

 それにしても、この制度、まことに有難いことである。私事で恐縮ながら今から6、7年前ご多分に漏れず、高齢で一人暮らしの母が認知症になり、その介護に男兄弟二人、共働きの上嫁姑の関係悪く、如何にしたものかと途方に暮れた。
丁度その頃、運良くこの介護保険が始まり、なんとかいろいろのサービスを利用させていただいて、早期退職もせずに、安らかな顔の母をみ送ることができた。
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 日頃は、お上のなさることを、これまでならば赤提灯か床屋談義でバカだ、何だと、憂さ晴らししていたものを、このブログなるもののお陰で、いっぱしの政治評論家気分で、何だかんだとあげつらいはするものの、たまには感謝の一言も言わずばなるまいというものだ。

 世界人口60億とか。その中でこのような手厚い国家の施策の恩恵に浴せる国民がどれだけいることだろうか?

 後進国ということで、ODAだの何だの援助を受けながら、それが肝心要の必要な人々の手に渡らず、支配層の懐に吸い込まれていくような国。

 或いは、今や世界一のマンモス軍事帝国家の観ある、アメリカにおいてさえ、健康保険ですらも民間まかせで、おまけに世界一の高医療費国家とか。貧しい庶民は禄に医者になど滅多のことでかかれないという。世界一豊かであるべきはずの国家財政は、軍産複合体企業と石油利権確保の思惑で、白昼堂々、主権国家に押し付け民主主義の大ダンビラをかざしての殴りこみに、湯水のごとく垂れ流し、世界恐慌の悪夢すら予感させるような火の車。

 お隣、経済成長著しい、中国だって、健康保険はないらしい。この前、帰国残留孤児の方が、自身も生活保護で暮らす身の遣り繰り算段の結果、やっとの想いで病気の義母を見舞っても、腎臓透析一回一万円だかが払えなくて、どうしようもない辛さを涙ながらに訴えていた。地方の農民は、お上が何かで必要があって、土地を収用するにも1円の補償もないとか。その一方で、役人は、利権、汚職三昧とか。犯罪おこせば、何でも銃殺。世界に冠たる共産主義国家というに、この頃、何かと揶揄される人権派弁護士さんなんて、草の根分けて探してもいないのだ。

 そんなお国と比べたら、なんとこの国、よい国と、思えてくるとはこれいかにである。

 とは、言うものの、何だかこの頃、風向き怪しくて、昨日までは無料だった、介護器具が、今日からは有料になってどうしようと、言う嘆きの声も漏れ聞こえてくる。
我ら民草、庶民といえども高崎山のお猿さんではないのだ。朝三暮四は願い下げたいもの。

 さても、今日始まった安倍お坊ちゃま政権、お坊ちゃまなるが故の心もとなさか、要所要所にコケの生えた(?)「介護保険1号被保険者」閣下を、綺羅星のごとく鎮座おさせになって、「この美しい国」の手弱女(タオヤメ)のごとき物言わぬ民草を、一体どこへ連れいこうとなさるのか?

 それにしても「介護保険被保険者証」いただいてみると、この身はお蔭様で、山の熊とだって、足柄山の坂田の金時に負けず劣らず、組討する気概でいるほど元気であれば、何だかこそばゆいようで、「お前はもう、用なしだから、いつ横になってもいんだよ」と囁かれているような気もするというのは、山家の隠居の僻みだろうか?いや、そんなことを言っては、撥があたるといものか?

 と思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?