蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

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安倍内閣は大臣病患者の寄り集まりか?

2007-08-27 23:13:17 | 時事所感
8月27日(月)晴れ。

 安倍改造内閣の顔ぶれが決まった。驚いたのは枡添氏である。
 
 つい先日まで、メディアに出るたびにあれほど、「人心一新を言うなら、首相自身が身を引くべきだ…」と声高く吠えていられたのは、一体どこの誰だったというのだろうか。

 要は、天下国家の行く末を案じる振りして、一番の関心は、自分ほど優秀な人間を活用しないでろくでも無い奴ばかりを重用するとんでもない節穴総理の存在が許されないということではなかったのか。

 そして、目出度く遠吠えの甲斐あって、入閣の知らせが入るや否や緊張の面持ちで首相官邸へとお急ぎになる姿には、ただ唖然たる思いがするのみである。

 他の実力者といわれる方々も大なり小なり皆同じというところではなかろうか。
大臣の名札の前には、皆、尻尾をたらして勢ぞろいといったところか。
 
 こんな節操も志のない方々に、果たして何が期待できるというのだろうか。

 これを見れば、小池百合子氏など、今回の参院選に一生懸命、悪口も言わず、ひたすら安倍襤褸船内閣の旗を振って、暑いさなかを日本全国駆けずり回り、見事、防衛大臣の座を占めたと思いきや、電光石火、ご婦人の身で、防衛省の天皇とかの首をすっぱり掻き切って、大掃除して、ハイさようならとは、近頃見上げた大臣ではなかろうか。

 大体、どんな組織でも天皇なんて呼ばれる存在が、跋扈して、さらに栄えた組織など聞いたことがないではないか。

 天皇と呼ばれるような御仁が跳梁跋扈した組織は、その時点で倒産か崩壊かという事例を、何と多く見せられてきただろうか。

 国家の死活を制する組織の責任者をそこまで、のさばらせた事自体、小泉、安倍の両内閣には、危機管理能力が麻痺していたということではないだろうか。

  そして今朝、週刊誌の大広告を見れば、件の何とか天皇氏の酒と女、防衛産業関係者からの接待ゴルフ疑惑等々、のスキャンダル記事が、いやでも目に飛び込んでくるではないか。

  安倍お坊ちゃま宰相閣下は、この報道の嵐次第では、後で小池氏にどんな感謝状を捧呈するはめになるのだろうか、これからがせめてものお楽しみではないだろうか。
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ハンディポンプ(空気入れ)398円也の不思議さの向側に見えるもの

2007-08-25 06:22:21 | 日常雑感
8月25日(土)晴れ。
  
  昨日、自宅の「貯水槽の増圧ポンプが急に止まって、断水になった。市役所の水道課の人が飛んで来てくれたが、原因が分からないと言っている」と、家人から出先の私の携帯に連絡があった。

 聞いた瞬間、私は、ああ、やっぱりその時が来たかと急いで、手元の仕事を片付け、家に急いだ。
 我が家の増圧ポンプは、半年に一回程度の割合で、空気を入れてやらないと圧力不足でポンプが停止してしまう仕組みになっている。

 昨年、10月に同様の事態が生じ、その時、業者から教えられたとおりに処置して、次回は今年の4月頃かと思っていたら、案外よくもっていて一向に止まる気配がない。
 空気を補給するには、ポンプ小屋の屋根を外してと、結構、心積りのいる億劫な作業になるのだ。嫌なことはなるべく後回しということで、そのうちそのうちにと引き伸ばしているうちに今日の事態となったわけである。

  しかも、今日は、家人の知人が遊びに来るとか聞いていたので、こちらは、出掛けに、偶然、心中、こうゆう時にポンプが止まらなければ、好いのだがと一抹の危惧を抱きながらのことであったのだ。
  改めて、<何事も内心の危惧は天の声、直ちに然るべき処置を講ずるべし>との真理を再確認したというのは、大げさだろうか。

  ともかく取って返して、水道ポンプ小屋の小屋根を取り除けて、小豆粒ほどのポンプの臍のようなキャップを外した。
  そこに、手持ちの自転車の空気入れの注入口を噛ませようとしたが、どうしてもうまくいかない。この前のときはうまくいったのにと思いつつ、何度もためしてみるが駄目である。

  仕方が無い。慌てて軽トラに飛び乗って、近くイエローハットに走った。行って見ると、自動車用のエアーコンプレッサー一台、一万円余りのものしかない。しかも、これは電源が、自動車のシガーライターから取るのだという。
  これでは蟷螂の斧である。あきらめて、今度は少し離れたコメリに走った。

  求めるものはここにあった。自転車、バイク用の手押し空気入れである。注入口を見ると、これなら、我が家の貯水槽の増圧弁に合いそうである。
  レジへ持っていくと、何とこれが、398円だという。驚いた。みれば、金属製のサブタンクまでついた確りしたし品物である。

  一体、これは誰がどこで作っているのだろうか。何故、こんな品物がこんな値段でつくることができるのだろうか。
  恐らくは、これも、百円ショップの商品と同じく中国か、東南アジアのどこかで作られているのだろう。

  そして先日、目にした、新聞記事を思い出した。タイだったか、ミャンマーだったか。低賃金に抗議して労働争議に及ぶと、リーダーは黒い魔手によって闇に葬られると。それに対して政府機関は何も手を打とうとはせず、資本家側のなすがままにまかせていると…。
 今、我が手にしている商品も、その虐げられてどこかの国の労働者の手になるものであるに違いないのだ。

 先日、我国、今年度の初任給の伸びが、発表されたが、製造業は最低であった。そして最低賃金のアップを巡っても、雇用者側からは、これ以上の賃金アップには、海外の低賃金に対抗してとても競争力に耐えられないという。
  
 今や、我国の格差是正の取り組みは、労働賃金の面では、もはや一国の国内問題としては、いかんともしがたい状況にあるのではないだろうか。
 中・後進国での無政府状態の低賃金問題に何らかの歯止めが懸からない限りである。
そのためには、これらの政府へ実行力のある強力な圧力となる、国際機構の樹立が不可欠な時代となっているのではないだろうか。
 
 だが、こんなことを言ってみても、多くの方々は、そんなことは不可能だ、夢物語だと言われるのだろうか。
 ならば、もはや、格差是正なんておためごかしは、何の意味があるのだろうかと、考えこまざるをえなくなるのである。

 迫りくる、危機的な地球環境問題。鉱物資源から、水、農水産物資源の枯渇。世界各地での戦争暴力。どの問題も、すでに一国政府の力では、いかんともし難い難題ばかりではないだろうか。 

 我国政府が、格差是正に、平和問題に、環境問題に本気で取り組む気があるならば、今や、国連外交への力点を内政問題の解決策として置くべきではあるまいか。
 
 そのためには、米国追従主義の外交政策の見直しが不可欠なのではないだろうか。
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終戦記念日、特集報道の虚しさ!

2007-08-16 02:32:43 | 時事所感
8月15日(水)晴れ。日中、猛暑。
 
 8月15日、新聞やTV、メディアは先の大戦の悲惨さについて、様々な特集を組む。画面には必ず、戦没者慰霊祭で祭壇に額づかれる天皇皇后両陛下の姿が映し出される。その画面変れば、今度は靖国神社に今年は誰が参ったかである。そしてヒロシマ、長崎の原爆の悲惨さ等々。

  だが、私は正直なところ、それらの画像や、報道特集を見ても、心のどこかでは「ああ、またか、早いなー、もう一年経ってしまったのか…」と思うのみである。
  こんな風に鉛のような感情を持った人間は、私一人だけだろうか?

  私の父は4歳の時にあの戦争で南海の藻屑と消えたと聞く。たった一人の弟は、父の顔も知らずに生まれてきた。母は26歳で寡婦となり、以来、二人の子を抱えて辛酸を舐め、85歳の人生を終えた。あの当時、そんな人生は掃いて捨てるほどあったうちの一つでしかすぎないのだろう。

 とは言え、あの戦争が私たち家族の上にもたらしたものは、人並みにあるのだ。
 だが、60年の歳月は、それが戦争の惨禍であったという特別であるべき怒りや嘆きを、私たちの心から風化させてしまったようである。
 それは、あたかも、重病に罹ったことや、災害、事故に遭ったのと同様に運命として甘受するほかないものではなかったのではなかろうかと、思えてしまうのである。

 世に護憲派と呼ばれる方々は、この時期、一際、音声高らかに反戦のラッパを吹き鳴らされる。
 だが、それが一体どれだけの人々の心の底に届くというのだろうか。

 戦争の悲惨さ、愚かさなんて、今に始まったことではないではないか。平家琵琶にのせての源平合戦、四条河原の落書き、ゴヤの名画、ジャック・カロの戦争の惨禍の版画、トルストイの戦争と平和、ピカソの名画、ゲルニカ、挙げればきりがないほど様々な形で語り継がれてきたのである。

 だが、今日も、この地上では、倦むことなく戦争の惨禍が繰り広げられている。
 人々は、これに対して、主権国家という城壁の中に閉じこもって、自分のところさえ、今のところ火の粉が飛んでこなければ、由とするのである。
 
 人が、本当に戦争を憎み、止めるべきだと考えるならば、武力行使についてのみは、国家の主権行使を制限し、国際機関(当面は国連)に委譲する方向へ、世界各国が合意するよう、行動を開始しない限り、永遠に戦争の惨禍は尽きることがないのではなかろうか。
 だが、そうした方向へ向けての説得力ある提言や企画報道はほとんど目にする事が無い。
 ただ、ただ、これでもかこれでもかというほどの嘆き節しか、私の耳には聞こえてこない。

 国家主権を制御する、そんなことができるわけがない。現実の世界を見たまえと、多くの人は言う。であるならば、戦争の惨禍など、二度と口にするなと私は言いたい。

 戦争の悲惨さを思い出し、それを念仏か祝詞のように繰返すだけで果たして、未来の戦争が防止できるというのであろうか。
 そんなものは、虚しい木霊ににしか、私には聞こえない。

 今日の終戦記念日特集の報道に、私が虚しさを感じるのは、こういうことである。

 
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“山家の隠居”廃業宣言!

2007-08-11 01:20:49 | 田舎暮らし賛歌
8月10日(金)晴れ。暑い一日。

  このところ、ブログの更新がままならない。
  理由は、念願のホーム・ギャラリーの看板を揚げたからである。
  私が、今住む、茅ヶ岳山麓の越してきたのは、風景画を存分に描きたいためであった。
だが、その意に反して、気の多い私は、暇にあかせて株にうつつを抜かしたりして、うっかり初心を忘れそうになった。
  ところが、昨年のライブドア、ショックのお陰でほとんど文無し同然の憂き目にあって、漸く初心に還ることができたようである。何が幸いするか分からない。

  文無しの定年退職者にできるお金の得られる仕事は、この山家の里では、シルバー人材センターへでかけて草むしり仕事の順番を待つぐらいしかない。

  そんな私にできることは、これまで描き溜めてきた自作や、新く描いた絵を何とか換金するほか手立てはない。
  そこで、このたび、大工さんがこちらの思いもかけなく造ってくれた天井高のある基礎兼用の半地下をギャラリーに模様替えして、展示販売することにした。

  だが、無名の日曜画家あがりの自称画家の絵を一体、何方様が大枚をはたいてお求めになっていただけるか、計算はほとんど無い。

  この地は、八ヶ岳、清里を控えたほどほどの観光地である。その夏休み客を目当てに先月21日急ぎ足でささやかな看板を揚げた。
  
  松林の中の一見では、どこにギャラリーがあるのか分からないところを尋ねて来られる奇特な有り難いお客様は今のところ、日に一人か二人といったところである。

  だが、看板を揚げてよかった。様々な未知の方がおいでになる。新鮮な出会いがある。その方々との暫し語らう中で、困った事には、ブログに何か書きたい気持ちが大幅に減退してしまったことである。
  そして、三文画家にもみたないかもしれないが、絵を描いて生きていくのだとの思いを改めて強くしたことである。

  大抵の方々が、看板を下ろす、60有余にして、こちらは看板を揚げるのである。果たして、これからどんな展開があるか。楽しみなことである。

  こんな訳で、これまで自称してきた山家の隠居を、暫し、廃業する次第であります。

  これからは、僭越にも“森のおん爺絵描”と、自称させていただくことといたします。
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