蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

安倍首相続投は、益々墓穴を掘るだけだ!

2007-07-30 23:05:12 | 時事所感
 7月30日(月)終日雨、小台風通過並みの一日。気温22、3度。

  昨夜21時から、今朝の1時まで、選挙速報に見入った。21時の時点で民主が自民に大差をつけているのに正直驚いた。

  私も、午前中に家人と投票所に行った。もっと混んでいるかと思ったら、並ぶことも無くあっという間に済んでしまった。何か物足りない感じがした。

  その私は、先日の拙ブログ(7月2日付け、「…支持政党が無い虚しさ」)で記したとおり、どこにも積極的に入れたい党が無いのである。

  だが、棄権するのも何故か勿体無い。仕方が無いので小選挙区では、民主党の候補者を、比例には共産党と、どれもこれも代わり映えのしない不味そうだとは承知の上で、ご亭主の手前仕方なく箸をつける気分で、投票用紙に記して退散してきた。
  日頃、碌に新聞も読まない家人は、「私はどっちも共産党!よ」と勢いよく告げた。
  瞬間、これを聞けば、いつも赤旗日曜版の集金に来る知人が大満足するだろうなと、その喜ぶ顔が目に浮かんだ。

  ところがどっこい、蓋を開けてみれば共産党は改選前の議席を3つも減らす敗北である。あれだけ地道にこつこつ真面目にやっていて、まことに気の毒なことだと思わざるを得ない。

  これは何故か?やはり、もう、流れは大きく二大政党制に期待する、国民が大半を占めてきた、ということではないだろうか。やはり、誰だってミスミス自分の1票を死票にはしたくないのだ。

  それにしても,この大敗北を前にして、安倍お坊ちゃま閣下は、潔く首相の座を降りるのかと思いきや、「今回の結果は、国民の皆様の叱咤激励と受け止めて、さらなる改革に邁進いたしたい…」と、抜けぬけとおしゃる傲慢不遜ぶりだ。
  これに対して、先ほどのNHK各党代表者による討論番組への視聴者の声には、それを不可とする厳しい声が多かった。当たり前だろう。

  しかし、これは、自民党がいよいよ人材不足に陥った、末期症状を示すものではないだろうか。そして、さらに言えば、いかに国民世論に鈍感か、かということではないか。

  反対に民主党にとっては、口を開けば「総理は責任をとってお辞めになり、解散総選挙とするべきではないか…」とのたまうが、心なかでは「してやったり」ではないのか。

  今後の安倍内閣は、死に体で、何をやってもモタモタ迷走。内閣改造挙党体制となれば、ますます首相のリーダーシップは発揮できずの“船頭多くして船陸に上がる”の体たらくになるのでは…。
  外交の面でも、自国の利害得失に敏い米、中大国はもとより、韓国、北朝鮮だってますます舐めて掛かって、鼻であしらわれて、何一つまともには相手にしてもらえないのは必定ではないか。

  このような無様さをさらに見せ付けられれば、ここにおいて、ますます民心は離れ、次回、衆院選は、今回以上の大敗北。それこそ雪だるまが融けてしまうように大自民党は影も形も無くなるのも夢ではなくなるのではなかろうか。
 
  この間、民主党はと見れば、ネチネチ、ちくちく与党をつつき、時間稼ぎの合間にどれだけ、今回広げた大風呂敷の中身を少しは整理して、なるほどと国民が納得できるようなものにできるかどうかに、かかっているのではないだろうか。

  だが、こちらも思ってもみなかった漁夫の利の俄か代議士先生達。早々にぽろぽろ、ぼろぼろ落ちこぼれがでなければの話である。

と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。

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柏崎刈羽原発、管理体制への疑問―平日と祝・休日勤務体制の落差、これで良いのか?―

2007-07-28 00:32:10 | 時事所感
7月26日(木)曇り後、薄日射すも、夜、雨。日中暑し。

  今、連日のように東電柏崎刈羽原発の地震被害の状況が明らかになりつつある。私は、地震直後、変圧施設火災に駆けつけた作業員が、あれだけの施設規模でたったの4人との報道に驚いた。
 
  早速、18日付け拙ブログ、「中越沖地震と安倍内閣」で、原発施設の管理体制について、私なりの推測を記してみた。

  しかし、こうした大きな問題を推測で書いてしまったのでは、どうも後味が悪い。
  そこで、先日、勇を鼓して東電本社広報部へ確認の問い合わせの電話をした。
  こんな事件の後であり、おおわらわであろう先方様にとって山家の隠居の愚問になどまともに答えてくれるだろうかとの危惧をもちつつであった。

  ところが意外や意外こちらの質問に、折り返し調べて返事するということで、時間は過ぎた。私は当然無視されたのだろうと諦めていたところ、夕方になって「遅くなって申し訳ありませんと。」と丁寧な挨拶で、こちらの微妙な問題を含む質問に誠実に答えてくれた。

  それによれば、正規職員1082人、関係会社600社からの5500人で管理運営されている。通常は、この人員を3交代に分けて運転管理しているとのこと。ただし、休日祝日は、別体制で、この日勤務していたのは、320人体制ということであった。つまり、平日の約7分の1ということである。
 
  私は、ここに二つの問題点を感じた。

  一つは、やはり私が予測したとおり、正規職員は当該原発で働いている従事者の6人に1人すぎないのである。しかも外注会社が600社とは、何という多さだろうか。
 このような人員構成で果たして連携ある仕事ができるだろうか。

 しかも、6人の内の1人となれば、正規社員は現場での立場は雲のうえのような地位にいる錯覚に囚われはしないだろうか。
 放射能汚染の危険性の高い、汚く、危険な仕事は、全部下請け任せになりはしないだろうか。
 本当はそこにこそ万一見落としたときの重大な事故の芽がひそんでいるのではないだろうか。

 というのも、こうした大規模施設で、下請けにからむ不幸な事例を知っているからである。

  私が、かって勤務していたことのある大規模浄水場のろ過地にたまった汚泥除去作業も、二重になった真っ暗な地下施設での作業であり、正規職員は、当の昔に合理化反対運動の妥結条件の対価としてか、そうした不快な場所での構内作業は下請けに出されていた。

  ある時、不幸にもそこで不慣れな下請け作業員が、施設の構造を熟知していなかったことにより、水のたまった深間に転落死する事故が起こった。
 もし、これが、長年当該施設に勤務して構造に熟知している職員が監督なり直接作業していれば、このような事故は、結果論かも知れないが、起こった確率は遥かに小さかったのではないか。

  第二の問題点は、原発施設がいくら安全に造られているとは言いつつ、現に直下にある活断層が見落とされていたりするなかで、いつ旧ソ連でのチェルノブイル原発事故のような事故が起きないとはいえない、他には比べようの無い危険を孕んだ施設なのである。

 その運転管理に当たって、昔の水力発電所や火力発電所の感覚で平日と休祝日を分けた体制で良いのだろうかということである。

 今や、週休二日制の導入等でほぼ、三日に一日は、施設内の点検が7分の1の体制で行われていることになりはしないか。
 これに対して、東電は主張するだろう。「施設内の全部の箇所が危険なのではないと、危険な箇所は、休日といえども平日に変わらず、ぬかり無く点検しているから大丈夫」と。果たしてそうだろうか。

 まさか事故の方で、平日を選んで起きてはくれはしまい。
 果たして、東電は、チェルノブイル原発事故をどの程度徹底検証して、何かをそこから学んだことがあるのだろうか。

  前回のブログでの繰り返しになるが、大企業は、今、人件費削減に鎬を削り利潤アップに懸命のあまり、正規職員は極力削減し派遣・請負に依存しようとしている。
  だが、そのような組織神経回路をズタズタにしたようなものでは、一朝事ある時、どうなることか考えてみたことがあるのだろうか。

  大手メディアの報道を見ていても、今の所、地下断層の有無ばかりは、繰り返し報道されるが、肝心の東電の原発施設の管理体制が、このような実態のもとにあることに触れたものは皆無のようである。

  私には、度重なる、東電の過去の事故報告の訂正お詫び記者会見の陰にも、このような複雑な管理体制が根本要因としてあるような気がしてならない。

  このような原発施設の管理体制は、東電に限ったことではなく、何でも右へならへの日本では、全国に散在する全原発施設でも、同様な実態にあるのではないだろうか。

  真に手前味噌ながら、今や、山家の隠居の電話一本でさえ、このような、小さなものかもしれないが、一つの死角が明らかになるというのに、大手メディアは、蜜にたかる蟻のような取材クルーを編成しながら、一体何を取材しているのだろうか。

  と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。

◆ 追 記
  7月28日、日経BPで下記の記事をみました。参考までに転載させて頂きました。

  田中秀征:中越沖地震で明らかになった、原発管理体制の3つの課題
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/shusei/070719_39th/
 中越沖地震によって、原子力発電所の貧弱な防災体制が明るみに出た。

 被災地の住民の中には、家が倒壊しかかっているにもかかわらず、まず頭をよ
ぎっ
たのは「原発は大丈夫か」という不安だったと振り返る人もいる。住民は、原発
の安
全性について、それほどに信用していなかったのだ。

 もし現状で、放射能漏れなどによって犠牲者が出たとしたら、それは不可抗力
とい
うより“人災”である。それほど、政治、行政、電力会社の認識や対応は甘かっ
た。

  
  
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村上ファンド代表への実刑判決に思うよしなし。

2007-07-20 01:47:51 | 時事所感
7月19日(木)曇り後、薄日射す。

 村上ファンド元代表に懲役2年罰金11億円の判決下る。私は、正直なところ、ああ、可愛そうにと思った。
 得意げにはしゃぎまわっていたやんちゃ坊主が、もっと強くて悪賢いガキ大将連合に、「おい、おわけーのあまり世の中甘く見て、跳ねまわんじゃーねえよ」とばかり、ガーンと一発くらわされて「ごめんなさい、もう生意気なことはしません」とばかりに泣きっ面でコブシで涙をしごいている戯画が眼に浮かぶのだ。

 これって、結局、2000億とも言われる村上ファンドの儲けを、しかるべき筋に熨斗つきでお配りしておかなかったからではないだろうか。

 ホリエモン氏といい、これで二人仲良く、金に飽かせて腕っこきの辞め険弁護士を雇い、二審、三審と無駄な抵抗重ねた挙句、数年後には、安部譲二氏の言う、比較的軽くて程度の良いのが入れるという府中刑務所へ収監されて、懲役労働に従事されることとなるのであろうか。
 と思うと、何故か、秋風の立つ思いがするのは私一人だろうか。

  わが子に熱湯をかけて殺したり、酔っ払い運転で幸福な家族全員を海に叩きおとしたのでもないのである。後者は、せいぜいが懲役5年ぐらいが限度とか。

  それに比べて、金持ち同士のマネーゲームの行き過ぎぐらいで、懲役実刑2年とは、裁判官にも金持ちへの嫉妬心があるのかとさえ思えてくるのだが。

  この国での、罪と罰の重さ、この頃何だか変だなと感じさせられることが多いように思うのだが。

今、開闢以来の行政の不始末の観のある、国民年金5千万件余の不明問題。肝心の原簿を処分せよとのたまった元社会保険庁長官閣下などどうだろうか。
 録に厳しく喚問されたようにも聞こえてこず、反対に優雅な渡り鳥退職金3億円とかの真綿に包まれたぬくぬくの余生をお楽しみのようだ。
 これがお隣中国だったら、即刻、弁明もする暇も無く、問答無用で銃殺刑に処せられているところではないだろうか。

  ところが、そんな諸悪の根源を何故か守って「責任は行政の長の最高責任者の私にあります」と、無責任におっしゃるのが安倍お坊ちゃま閣下だ。
  総理がいくら大声で選挙カーの壇上からそう絶叫してみたところで、国民の誰一人が納得するだろうか。
  自分には責任が無いことが、誰の目にも明白だから、白々しくもそんなことがいえるのではないか。

  それが何より証拠には、肝心要の張本人は、柳の風と吹流しかえるの面に何とかではないか。本当に自分に責任があると思えば、今頃は、首を吊るか知らぬ存ぜぬでひらひら踊りを死ぬまで続けるほかはないのではないだろうか。

   と思うこの頃、さて、皆様はいかがお思いでしょうか。
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中越沖地震と安倍内閣

2007-07-18 00:58:28 | 時事所感
7月17日(火)曇り時々小雨。涼。

  梅雨の真っ只中に大型台風の襲来。それが、あわやのところで太平洋岸を北上して東の太平洋上へ走り去ったと思ったら、今度は、突然の中越沖地震である。

  こうした場合のTVの画像で視る悲惨な情景には、亡くなられた方や罹災者を思うと言葉もない。
  折角営々として築いてきた生活の基盤を一瞬にして失ってしまうのである。
  これが、戦禍ならば、敵を恨み、そのような戦争へ導いた時の為政者を糾弾することもできる。が、天災とあってはどこへもそのやりばの無い怒りをぶつける相手がない。
  
  そして、この地震列島上で暮らす以上、いつ、自分がこのような地震に見舞われないとも限らないと覚悟していなければならない。
  だが、そうと頭では分かっていても、何人が本気で、そのような事態に備えて何かをしているだろうか。

  行政にしたってそうだ。聞けば、柏崎市では4ヶ月も前に、いざというとき助けを要する高齢者の名簿を作っておきながら、プライバシー云々をおもんはかって、担当課の机の奥深く死蔵されていたとか。
 
  ここにも、本末転倒、事の当否の大小が判別できない石頭、無責任役人が鎮座ましましているのではないか。
  この名簿を公表したことで、何かいちゃもんつける輩いたら堂々と訴訟でも何でも受けてたてばいいではないか。裁判所だって、下から上までそれほど頓珍漢ばかりが鎮座ましましているわけではなかろう。常識的な判断が必ず出るはずではないだろうか。
  それよりも、地震なんてものは、只今、起きるかもしれないのだ。それにいち早く備えることが先ではないか。
  今、大抵の行政庁の管理職は、そのような訴訟に備えて損害賠償保険に加入しているはずである。
  
  ところで、能天気は役所ばかりではない。東電。原発、火災が起きても何にもできず、自衛消防組織がありながら、かけつけた作業員がたったの4人。構内消火栓を捻れば水はちょろちょろ。なんてことだろう。不断から触ってもみていないということではないか。

  そして思った。ここの職員構成がいかなるものであったのだろうかということである。恐らくは、経費削減で最低限度の人員配置。しかも東電の正規社員よりも、危険職場ということで下請けの派遣労働、請負労働者が多数を占めていたのでないかという疑念である。
  だからこそ、いざと言う時の指揮命令系統、情報伝達経路が簡明直裁を欠いていたのではないのだろうか。また、そんな組織体制だからこそ、自衛消防組織による初期消火訓練すらも満足に行えていなかったということではないだろうか。

  大企業は、今、人件費削減に鎬を削り利潤アップに懸命のあまり、正規職員は極力削減し派遣・請負に依存しようとしている。
  だが、そのような組織神経回路をズタズタにしたようなものでは、一朝事ある時、どうなることか考えてみたことがあるのだろうか。

  そして、いつものことながら、こうした災害現場で逸早く救助活動にあたる自衛隊員の頼もしいことはどうだろうか。
  彼らは、ただただ黙々とシャベルを振るうのみである。

  それにしても、安倍内閣とは、何と付きの無い不運な内閣だろうか。
  慰安婦問題では、ごそごそもたもた。アメリカの諸国懲罰のお手伝いを、もっとしやすくしようといういじましいお坊ちゃま宰相の心も知らず、六か国協議では蚊帳の外。
  自らのお神輿担ぎに功ありし信頼する大臣閣下は、或いは首を括り、原爆はしょうがなかったなどというとんでもない国防大臣閣下の失言辞職。せっかく挿げ替えてみれば、これまた、怪しげな政治資金の使い方で、野党に突付きまわされるわ…。
  そして藪から棒のマグニュチュード無限大ともいうべき社会保険庁の年金記録喪失。
  止めを刺すかの今回の中越沖地震だ。

  天もまさに見放したとは、このことではないだろうか。

  それも、これも目の前の民の竈の煙はかなげなる「堕ちゆく国、日本」の現実を視ずして、はるか昔の陽炎を追うかのごとく「美しい国、日本」を夢想した頓珍漢にあるのではないだろうか。

  と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。
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「公務員の身分保障や行過ぎた社会保障が全ての体制をダメにする!」のでは?

2007-07-13 01:21:10 | 時事所感
7月12日(木)雨。19~23度。

  いよいよ天下分け目(?)の参院選の告示だ。民主党、小沢代表はよほど手応えがあるのではないか。でなければ、まだまだその政治的野心が枯れてはいるまいに、早々と、与野党逆転が叶わなければ、代表どころか、政界から引退するとの覚悟のほどとか…。
  
  そこまで民主党・小沢代表を強気にさせたのは、社会保険庁の体たらくがその最たる要因ではないか。

  公務員は、国民が安心して安全に、憲法のめざす文化的な生活を享受するべく、全力を挙げて奉仕するために、安心して職務に精励できるよう公務員法に守られ、人事院により給与水準が勧告されことになっている。

  だが、現実の公務員は、この理念を不断に心の隅に置いて、職務に精励している者が、国、地方を問わずどれだけ居るだろうか。
 
  もし、この建前どおりに公務員が各々その職務に誠実に精励していれば、1千3百兆円とかの借金財政の破綻の危機も、今大問題の年金問題はおろか、薬害エイズも、不法捜査による冤罪も、耐震偽造も、派遣労働者からの不法天引きも、偽装請負も、田中ミートも、…これほど大問題になる前に、何とかなっていたのではないだろうか。

  こうしてみると、公務員の身分保障は、百害あって一利なしでは、ないだろうか。

  昔を振り返ってみても、江戸幕府・幕藩体制が滅んだのは、武士階級の身分・俸禄が原則世襲制で極端な落ち度が無い限り、一定程度保障されていたため、多くの幕臣や家臣たちから、幕府草創期の気概と忠誠心が薄れ、最後には世の中の邪魔にはなっても、何の役にもたたなくなってしまったからではないだろうか。

 反対に、家禄なんて結構なものの無い商人は、板子一枚下は地獄の危機感のなかで日々働き、お百姓は年貢として強制徴収される米以外の現金収入源を求めて養蚕、その他の換金作物の生産に励んで、いつの間にか家禄に安逸を貪る武士階級を、人材的にも凌駕するようになったのではないか。
 武士階級にあっても、幕末活躍する人材の輩出源はほとんどが、武士とはいうだけの、身分だけの喰うや喰わずの下級武士出身者がほとんどである。

 さらに、近いところで外へ目を向ければ、旧ソ連を始めとする東欧共産主義国家体制が瓦解したのも、こちらは上から下まで、生活保障の缶詰のようなことになってしまい、お互いがもたれ合うことをもっぱらとしたため、社会機能が麻痺しての共倒れということではないだろうか。
 
  それに比べて、北朝鮮や、中国が同じ共産国家体制とはいいながら未だに瓦解しないのは、共産国家の身分・生活保障の恩恵を被っている層が、国家官僚層の一部に限られており、一般国民は、各自必死に知恵を絞って働かないと生きていけないからではないか。
 いわば、共産国家として旧ソ連や東欧諸国に比べて、中国など未だに健康保険制度も無いという社会保障制度の遅れから、皮肉にも、一般国民が必死に生きようとして、活力を維持しているがためではないだろうか。

 こうして、みると我が日本のこれからも、あまり福祉、福祉というのはいかがなものなのではないだろうか。
 人間は、切羽詰らないと必死になれず良い知恵は湧いてこないのではないか。
 よく聞く話に、戦争中や、戦後の物の無かったころの方が、お互いに人情があって良かったねと。

 社会保障は、よくよくその内容を吟味・精査し知恵を絞ったものとしていかないと、反ってその身を患わせるものになってしまうのではなかろうか。
 良薬は、口において苦けれども身において利あり、というのは見当違いだろうか。

 少なくとも、現行のような行過ぎた公務員の身分保障だけは、見直してみる必要があるのではないだろうか。
 例えば、裁判官のように10年任期制の採用である。その間の勤務成績が悪ければ、次回は再任拒否という関門が設けられただけで、公務員社会には大いなる緊張感が漲ることとなるのではないだろうか。
  この点で、今、始まろうとしている学校の先生の免許だけを更新制にするのは、甚だ均衡にかけるというものではないか。
 
  さらに言えば、ここにおいて、まして一回の試験で、退職金が何億単位になるとかの天下り先まで保障されるという現行のキャリア制度は論外である。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。


  
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イチローが、オールスター戦、MVP!― 何と,凄いこと!―

2007-07-12 00:29:09 | 日常雑感
7月11日(水) 小雨後曇り。涼しい一日。

  仲間との絵の展覧会で先週末から東京へ行き、一旦帰ってきた。今回は、10回目の記念展にしようということで、少々張り切って私にしては、大作の100号に取り組んだせいか、前からしくしくしていた、右の犬歯の痛みが酷くて我慢できなくなった。
  急いで、2、3年前に診てもらったことのある歯科医院に電話して、出かけた。

  待合室の壁掛けTVが目に止まった。イチローの笑顔が目に飛び込んできた。オールスター戦、三打数三安打。おまけに最後の一打は、逆転の歴史的なランニング本塁打とか。これで、日本人初のMVPの栄誉に輝いた。

連続7回選ばれて、その上での快挙。凄いものだ。普通ならそろそろ下り坂かというところが、まるきり反対だ。
  この頃は見ていても、バッターボックスでの姿勢に無理がなく、まるで飛んでくるボールにバットが吸い付いていくように見える。その打球の軌跡は、相手守備陣を翻弄するかのように、或いは子どもが鬼ごっこを楽しんでいるような自在さがある。

  報道によれば、今後5年契約で、1億ドル(約123億円)とか。仲の悪い監督は、斬られてお払い箱。イチローはマリナーズの看板として残ることになるらしい。
  あの若さで、このコンスタントな成績の持続向上の陰には、どのような克己心と自制心と精進があるのだろうか。
 
  キリッと引き締まった表情には、一部の無駄もないストイックで精悍な美しさがある。
それは、日ごとTVのニュースでお目にかかる、棚から牡丹餅、下々の痛みなど感じたくても感じられないだろう世間知らずの、人を見る目の節穴お坊ちゃま宰相閣下の、持ち倦ねた重荷を投げ出したげな、誰かさんがおっしゃってた融けかけたローソクのような顔(カンバセ)とは、大違いだ。

思いがけなくも、歯医者の待合室で偶然にも、こんな良い場面を見たお陰か、先生の腕がよかったのか、ぐらぐらの歯を抜歯してもらった今は、朝の痛みが嘘のようだ。
 
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これは驚き、女国防大臣閣下とは!―防衛大臣に小池百合子氏―

2007-07-03 17:45:02 | 時事所感
7月3日(火)晴れ後曇り。日中は、蒸し暑し。

  落ち目の安倍自民党は、参院選を前にここえきて何でもありだ。「原爆もしょうがなかった」発言で、喧々諤々。俺はこんなことで辞めるもんかと息巻いていたのが、その舌の根も乾かないうちに、与党の中からも辞めろコールの高まりに、衆寡敵せずとみたか、臭いものには蓋で、今日の午後には辞意表明。
待ってましたとばかりに電光石火、辞表は、お坊ちゃま、いや今や泣きっ面宰相閣下に受理された。

と、今度は、一瞬たりとも空席にできない防衛大臣の要職には誰かと思いきや、何と、小池百合子女史とのことだ。

『<久間防衛相辞任>後任に小池百合子首相補佐官
7月3日16時14分配信 毎日新聞

 安倍晋三首相は3日午後、原爆投下に関する発言で引責辞任した久間章生防衛相の後任に、自民党の小池百合子首相補佐官(54)を充てる人事を決めた。4日午後、認証式を行う。
 小池氏は小泉政権で環境相、沖縄北方担当相を務め、安倍政権では首相補佐官として安全保障を担当していた。衆院東京10区選出、当選5回。自民党町村派。


この記事を見て、私は、瞬間的にアルゼンチンに電撃的な一撃を与えた鉄の女・サッチャー元英国首相を、そして古い事ながら三韓征伐の神功皇后を思い浮かべた。

そのサッチャー元英国首相は、アルゼンチンとのフォークランド戦争において、『「人命に換えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」(領土とは国家そのものであり、その国家なくしては国民の生命・財産の存在する根拠が失われるという意)」と発言』(ウイキペディア引用)したという。

今、日本も韓国とは、竹島をめぐって、中国とは尖閣諸島をめぐって、北朝鮮とは拉致をめぐって、いつ何かが始まってもおかしくない状況にある。
まして小池氏は安全保障問題に明るいとか。

さすれば、いざというとき三韓征伐の神功皇后にならって、なまじの男のへなちょこ失言大臣よりも、軍船の舳先に果敢に立たれることも躊躇なさるまいところを、見込んでの起用ということだろうか。

国防大臣は、男の専売特許の石頭をカチ割って、満天下の有権者をあっと言わせようとの、ここへきて一際、支持率低下が著しいとの女性票向けの、これもまた形振(ナリフ)り構わぬパフォーマンスと見たは僻目だろうか。
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参院選カンパに思う由なしー支持政党が無い虚しさー

2007-07-02 02:10:31 | 時事所感
 7月1日(日)晴れ後曇り、夜、雨になる。22、3度。

  昨日、夕方、庭先の金魚鉢、睡蓮鉢の水替えをしたついでに、包丁研ぎをしようとしていたら、玄関の方で我が名を呼ぶ聞きなれた声がする。

  外流しの蛇口を止めて、玄関の方へ回ってみると、赤旗日曜版の集金に来た月一の彼であった。
  いつもは、話し相手の欲しい私ではあるが、今日は、作業場の出入り口で待ち構えている彼をみて、もう日暮れが近いというのに、やりかけた仕事の手を止められた間の悪さの他に内心、やれやれ来るものが来たかという思いが湧いた。
  
  椅子を勧め、母家からもってきた麦茶をプラスチックのコップにつぎながら、彼の今日の意図には気づかぬ振りをして、さりげなく8割がた描きあがっている絵をさして、「どう?」と感想を求めた。
 
  ところが、彼のほうでも今日は心ここにあらずか、「ああ、仕上がったの?」と、通り一遍の素っ気無さである。

  こちらは、内心、頼みごとで来るなら、もう少し相槌のうちようがあるだろうにと思う。
  同時に、そんな彼の反応を見て、この作品が、他人の目にはたいしたものでないのだなと察知した。これまで一生懸命取り組んできただけに、少々がっかりした。

  彼はそんなこちらの心の波立ちには頓着なく、「ああ、遊び小屋が、やっとできたよ。今週末にでも呑みに来てよ」と言いつつ、
  「今、今度の参院選の候補者に公開質問状を出してその回答の一覧をつくり、地方紙に掲載の申し込みをするんだ」と、その回答書の束をみせてくれた。

  そんなやりとりが一段落し、日曜版の集金をすませたところで、とうとう切り出した。
  「参院選のカンパ頼むよ」と。ほうらきたである。「凄いよ。出してくれる人は、5千円もくれたよ。3人もだよ」とけしかけてくる。
 「へー、それは党員?」と聞くと「違うよ。党とは関係ない人だよ」と答えた。

 私は、観念して心ならずも、しぶしぶ千円札一枚を渡した。
 その札を手持ちの紙袋にしまいながら、領収書をくれる様子がないので、「カンパといっても領収書は?」と嫌味を言った。
 彼は、もってき推薦候補者のビラの端に領収した旨、党支部と走り書きしてよこした。 そして、ありがとうと言って暮れなずんだ闇に消えた。

 私は、千円が惜しいのではない。心ならずも払わされることが悔しいのである。嫌だなと思いつつも相手の真摯な態度に押し切られる自分がいまいましいのである。

 私は、共産党が嫌いである。どこの党よりも一生懸命なのは認める。赤旗の日曜版を読むと、よく調べてあっていい加減なことは書いてない。大新聞に出ないことが書いてある。やがてそれを追っかけて大新聞が記事にするという事例をここのところズーと見せられてきた。

 しかし、その反面で、人間のルーズさというかあいまいさを、一切認めようとせず、許さず、自党の見解のみが唯一正しいとするような独善性がたまらなく嫌なのである。
 恐らく、共産党が、政党助成金を受け取らず党費と、新聞の売り上げと、カンパだけであれだけの活動をしているというのに、支持率がいぜんとして2~3%を超えられないのは、私同様に感じて居られる方が多いからではないだろうか。
 
  だが、さればといって自民党はもとより、今やその揚げ足取りにのみ汲々たるかにみえる民主党にも肩入れする気になれない。
  まさに無党派の一人となってしまったのだ。

  国会議員衆参合わせて、800人近くもいらっしゃりながら、どうして、自分たちは、この国の将来はもとより、世界人類全体や地球環境・資源との関係をこう考える。そのためには、国際関係、財政、教育、福祉、司法、国・地方の行政執行体制等を、どうしていくのかの理念と実現可能なトータルな方策を提示する、真に国民本位の政党が何故出現しないのだろうかというもどかしさである。

  そのような真に信頼できそうな党が出現したならば、相応のカンパだって喜んでこちらからしたくなると思うのだが…。

  冒頭の彼氏は、70歳になるというのに、何やかやで毎月党に差し出すお金は1万円になるとか。それでなおかつ、カンパをつのって暑いさなかをものともせずに、日々忙しく歩きまわっているのである。
  彼は、決して盲目的に党について歩いているのではないと言っている。そんなロボットになるのは嫌だといっている。党の集まりでも言いたいことは言うそうだ。
 
  それにしても、現在の政党助成金制度は、なんでもかんでも一定の数がまとまり、そこそこの集票ができれば、国会議員閣下として、なんとかのらりくらりと生き延びていける、最低生活か最高生活水準かはしらねども、一定の保障を与えてしまっているところに、大きな制度的弊害があるのではないだろうか。

  こんなぬるま湯制度の中では、真に国民の暮らしに根ざした声を汲み上げようとする真摯な党など出てくる筈もないのではなかろうか。

  人間は、悲しき性(サガ)か、生活が保障されたところから、怠惰と堕落の道を転がり落ちるようである。それは、芸術家も政治家も、公務員も会社員も、…皆同じようではないか。
  恥ずかしながら、山家の隠居も、いまいましくも国策捜査のとばっちりかのライブドアショックで、なけなしの財布が空同然になって初めて、初心に還って、絵描きに専念できるようになった。

  ところで、7月29日の参議院選挙。一体誰に、どこの党に投票すればいいのだろうか。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。

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廃止が決まった社会保険庁、よくもここまで堕ちたものだ! だが、しかし…。

2007-07-01 00:16:56 | 時事所感
  6月30日(土)曇り、時々薄日射す。暑からず。

  強行採決に次ぐ採決で、私たちの目には何が何やら、結果的に良くなるのか、悪くなるのか、それとも単なる臭い物には蓋の譬えのめくらましなのか?
  とは言え、喧々諤々の社会保険庁が、全面解体出直しとなった。
  そこで働く15463人の職員は、新組織への再雇用を巡って、かっての国鉄民営化の際のような厳しい選別にかけられこととなるのであろう。
  
 こんな目に遭うこととなった、当の社会保険庁職員の思いは、いかにと気になるところ、次の記事が目に止まった。

『「手抜き当たり前の職場、解体仕方ない」社保庁職員が告白
6月30日11時8分配信 読売新聞

 30日未明に国会で成立した社会保険庁改革関連法案。社会保険庁を解体し、職員を非公務員化する公法人を新設して出直しを図ることが正式に決まった。そんな中、東日本の社会保険事務所で働く職員が、読売新聞の取材に「手を抜くのが当たり前の職場。解体されても仕方がない」などと内情を証言した。

 職員の告白は、信頼回復への道のりがいかに険しいかを物語る。

 「決められたことをしないから、こんな組織になってしまった」。取材に応じた社保事務所の中堅職員の男性は、解体の運命をたどる自らの職場についてあきらめ混じりの口調で語った。

 男性が社保事務所で働き始めたのは1980年代。一通り業務を覚えると、職場の異常さに気づいた。指導してくれた先輩職員が、自分に教えた通りに仕事をしていない。例えば、年金番号をきちんと確認しない、窓口を訪れた人に給付額を丁寧に説明しない、昼休みになると窓口に人が来ても無視する……。』

  これを一読、よくここまで堕ちたものだと思った。そして、この職員氏、何故、そこで「おかしいよ!」と周りの誰かに声をかけられなかったのだろうか。

  私もかって、地方公営企業体に身をおいたが、そこでも、安保反対闘争が終わったと思ったら、民間企業が高度経済成長のなか、ひたすら技術革新・合理化に邁進するのを、こちらは斜めに見て来る日も来る日も、何か当局側が世間の趨勢に合わせて、機械化・合理化の提案をしてくると、「合理化反対、合理化反対」の大合唱だった。

  だが、私の居た組織は、管理者側が知恵を絞り根気よく、労組の不合理な要請を拒絶した。その度に何度も時限ストが打たれた。
  しかし紆余曲折を経て、最近では、民間企業にそう遜色ないくらいまでの常識的な職場になったようであある。
 
  これに比べて、問題の社保庁という組織は、上から下までノンブレーキの組織だったようだ。
  組合員を守るための労組が、非常識なゴリ押しで、ついには自分の棲家までなくしてしまうとは、まさにシロアリのようなものだったのだ。
  
  それにしても、職員になるにはそれなりの競争試験で選ばれた同世代の中ではそこそこに物事の考えられる人間だったであろうに、1万5千人あまりもいて、これではいけないと、労組の指導に異議を唱え、疑問を呈する人間は居なかったのだろうか。
  公僕意識なんて、かけらもなかったのだろうか。

  長いものにはまかれろ。私たちの国民性のもっとも悪い所が、集約的に長い間の組織体質となってしまったのだろうか。まさに死に至る病であったのだ。

  だが、この図式、ひとり社保庁のみのこととして、見過ごしにできるだろうか。

  我国の国家と国民、与党と選挙民の関係においても、結構同様なことがあるのではなかろうか。
  あれが、欲しい。これが欲しい。しかし、出すものは1円でも嫌だ。そんな選挙民に、高度経済成長の税収がうなぎのぼりに増える中で、はいわかりましたとばかり、ほいほい迎合して、その陰では、自分たちも寄ってたかってのつまみ食い。

  その挙句の果てが、今や累積赤字国債残高、国・地方合わせての1千3百兆円とか。

  思い余って現政府・与党ののやることは、今度は片っ端からの朝令暮改の引っ剥がしだ。
  昨年は、国保料。今年は住民税。目を剥くような一気倍増。老後は施設で社会の力で、皆で見ましょうと言っていた舌の根も乾かないうちに、今度は、ヤッパリ住み慣れたおうちがいいでしょうと言いながら、訪問看護料は切り下げだ。

  易きについて、何も考えず、ほいほい誰かのあとについて歩いていると、気が付いたら自分の家がなくなっていた。国家破産、自治体破産も悪夢でなくなる日がくるのではなかろうか。
 今を時めく夕張市の財政破錠が、いつ日本国家のこととならない保障がどこにあるだろうか。
 
  と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。



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