蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

北朝鮮の今後―軍部の執権・独裁?―

2011-12-20 14:06:33 | 時事所感
12月20日(火)晴れ。穏やかな暖かい一日。

 メディアは金正日の急逝にともなう、北朝鮮の今後の動向を占うのに喧々諤々である。このような局面に対して、今後の動向を見るには、人間集団の行動パターンを常識的に捉えて類推してみるのが、当らずとも遠からずとなるのではなかろうか。
 こうしてみれば、後継者金正恩は若干27歳。昨年急遽後継者に擬せられて表にでてきたばかり。その彼に、後ろ盾の独裁者が突如居なくなったら、誰が「ハイ、ハイ若様ごもっとも」とばかりついていくだろうか…。

それは身近な日本史における、豊臣政権において、父秀吉が亡くなった後の秀頼のようなものではないだろうか…。

 父親の金正日は、国内で大学を出てその後も、その父金日成が北朝鮮の見かけは最盛期の中で独裁を振るう下、20年近くもの長きにわたり、党の役職を種々閲歴し、それぞれのポジションを通して、周囲に同窓生や人脈を作り次第に支持基盤を確保し、金日成が死に至ったときには、名実ともに後継者の肩書きを確立していたと聞く。

 これに反して、金正恩は、党軍事委員会副委員長の肩書きしかないという。今後、最高指導者として形を整えるには、党内、軍部内で選出の手続きが必要になろう。
 その場合に、それぞれの組織内で長年、独裁者金正日の鼻息を息を詰めて窺い剃刀の刃の上を歩くような気持ちで日々過ごしてようやくトップ近くに上り詰めてきた古参幹部が、おいそれとただの御曹司だということが唯一の売りである金正恩を推戴する気分になれるだろうか…。そんな気分には人間の常としてとても素直になれるものではないと思える。
 まして軍部内で出世していくためには、人並み以上の上昇志向の権力欲の強い人間集団のかたまりではないか…。

 あるとすれば、党、軍それぞれの幹部間の力関係が拮抗している場合に限り、当面の妥協策として、表看板だけ金正恩を祭り上げ、実権は振るえぬよう強力な監視体制を固め、幹部の集団指導体制で国政を運んでいこうとするのだはなかろうか…。

 または、これまで先軍政治の国是のもと、大事にされてきた軍部幹部が、金正恩を囲い込み自分達の隠れ蓑として、一機に権力を掌握するのではなかろうか…。
 
 この場合、戦前の日本軍部と同じような行動パターンをとりかねないのではないか…。早く国民の目に自分達の力を誇示するため、一機に38度線を越えて南に侵攻しようとするのではないか…。
 少なくとも、南にそのような恫喝をかまして、戦禍を避けたい南から多額の援助を引き出そうと出るのではなかろうか…。

 そこには、戦前の日本軍部と同様、論理的で冷静に彼我の国際情勢を客観的に分析の上合理的に行動するなどとはありえないのではないか…。一か八かの大博打を打とうとするのではないか…。追い詰められた集団に理性的な行動は期待できないのではないか…
 
 北朝鮮の民衆は、戦前の日本が日中戦争の泥沼の中で米英欄のABCDラインに締め上げられて、いつ戦争になるか息詰まる緊張に耐え難くなり、多くの国民が1941年12月8日の開戦の詔勅に歓喜したのと同じ状況に今あるのではなかろうか…。
 
 果たして、北朝鮮は、独裁者金正日の喪のあける来春、1月末以後どのような動きをみせるのだろうか…。
 そして我が日本は、そのとばっちりをどのようにこうむるのだろうか…。


北朝鮮 総書記・独裁者金正日の死―そして後継者・金正恩の今後はいかに…―

2011-12-19 18:07:14 | 時事所感
12月19日(月)晴れ。

 北朝鮮メディアによれば、12月17日、午前8時30分、北朝鮮人民共和国、金正日総書記が現地指導に向かう専用列車の中で重症急性心筋梗塞と心臓ショックのため死亡したという。

 このニュースを聞いた瞬間、ギリシャの財政破綻に起因するEUの混乱、世界的な経済恐慌の広がりが云々される現在の鬱陶しいニュースばかりの暗雲に覆われているような中で、天空の一箇所に僅かではあるが、穴が開いて、青空がのぞき明るい日の光が射しこむように感じたのは私だけだろうか…。

 別に北朝鮮人民でもない私でさえもがこのように思うのだから、その独裁の圧政下の北朝鮮人民共和国の一般庶民は、どのように感じているのだろうか…。

 もっとも、独裁国家の党官僚、軍部高級軍人等の特権階級にとっては、強大な守護神を突如失ったことで明日からの、鬱積する国民の不満がどう噴出し自分達に怒涛のごとく襲い掛かってこないかと不安におののく輩も多数居はしないのだろうか…。

 こうした中で、早くも、総書記の後継者、正恩(ジョンウン)氏に住民が忠誠を誓う様子を報道し始めたとも伝えられている。
 だが、いくら北朝鮮民衆が物分りがよく、物言わぬ民とは言え、今回ばかりはこれまでのようにそうすんなりと静かにおさまるだろうか…。
 
 おりしも今、私は自宅近くの新府城の主、武田勝頼の最後に興味を持ち、武田一族興亡の跡を追っている。

 そこで思うことは、偉大な父親信玄の遺産・業績を突如、27歳の若さで傍流の血筋から跡目を継がされた若き勝頼のあせりと苦悩の無慚さである。

 信玄時代の股肱の臣に囲まれた中で、父信玄の偉大さに負けまいとして、周囲の反対を押し切り、長篠の戦いの乾坤一擲大博打に打って出てはみたものの、織田信長と徳川家康の連合軍の前に大敗北を喫し、からくも命からがら逃げ帰った。

 その後は為すことすべてが、後手後手となり、信望を失い身内親族の櫛の歯を抜くような裏切りに逢い孤立し、父信玄死して10年経つか経たないうちに、まだ男盛りの37歳の若さで、山梨盆地の東の口、天目山の谷合で、最後に付き従うもの僅かに40人足らず、19歳の愛妻北条夫人を、若干16歳の嗣子信勝もともども自刃させ、飢えと疲れの中で、鎧櫃に暫時腰掛け茫然自失のところを、哀れおりからの山桜の花吹雪の中、己が首をやすやすと打ち落とされて果てたという。

 北朝鮮独裁国家、暴悪無情の大怪物、父金正日の後継者、金正恩もまた、この勝頼の轍を踏まないと誰が云えるだろうか…。
 万一、その暁には、どれほどの無駄な血と時間が流されなければよいがと願うばかりだが…。果たしてこれは、山家の隠居の杞憂だろうか…。