8月30日(水)曇り。一時小雨、また晴れ間も覗く。涼なるも日中一時蒸し暑し。
午後、アトリエで描きかけの絵に手を入れていると、ガラス戸越しのテラスに人の気配がした。見れば中年の男が見知り顔にニコニコしてこちらを覗いている。
誰だろう?見覚えのあるような、ないような。思い出せない。
男は、控えめにそっとガラス戸を引き開けながら「いかがでしょうか?味噌まだあります?下のお宅に来たので寄ってみました」と言った。
ああ、あのお味噌屋さんかと、そこで思い出した。
もう、二年ぐらい前だったか、突然、ワゴン車でやってきて「諏訪の味噌ですが、いかがでしょうか」と、この辺では珍しい訪問販売だった。
こちらは、味噌なんて今まで樽でのまとめ買いなどしたことがないので返事を躊躇った。
味をみてくれと、樽を開けて一口甞めさせられた。
なるほど、何ともいえない旨みのするいい味である。我が家の直ぐ下の方のお宅でもお得意にしてもらっているという。値段を聞けば一万五千円というのを、少しまけて貰い買ってみた。
それを使い切った頃、味噌屋はまた現れた。たいしたものだと感じいった。我が家の樽の中をまるでリモートモニターTVで覗いているようなタイミングのよさに感心した。
また、一樽買った。
それが、先日ちょうど切れた。しかし、こちらから態々声をかけるのも何か躊躇いがあり、またそのうち来るだろうと、当座しのぎに以前買っていた、銘柄のものをスーパーで買ってきて間に合わせてきた。
しかし、一度、完熟の味噌に馴れた舌は、スーパーの出来合いの味噌では、なんとも味気なくて粉っぽく感じられてしょうがない。あの味噌屋また来ないかなと内心心待ちしていたのである。
だからとは、言え、突然、半年振り以上で現れては、こちらが直ぐにその顔が思い出せないのも当然で、老人性痴呆症のはしりというほどでもあるまいと自ら慰めた。
味噌屋は、入って来て私の描きかけの絵に見入った。「桃畑ですか?春らしくていいですね。」そして脇のパソコン画面の写真の風景とを見比べて言った。
「ああ、そうやって描くんですか?」と興味津々である。
日々、人恋しいこちらとしては満更な気分でもない。私は得意げにパソコン画面を活用しての絵描き談義を開陳した。
商談は早々にまとまった。
しかし、財布を覗くと、生憎、数千円しかない。
お金足りないから、これから郵便局へ行くけどそれでいいかと聞くと、それで良いと答える。
味噌屋は、私の軽トラの後を付いてくる。何だか可笑しくなった。笑いがこみあげてきた。5分ぐらいで、小さな行きつけの局に着いた。
今、引き出した中の一枚に財布の中の千円札を足して、渡しながら、「これではまるで付け馬だね。付け馬で味噌買いとは初めてだ。」と、私は言った。
味噌屋はにっこり笑って代金を受け取り、自分の車にお辞儀しながら乗り込んだ。助手席に奥さんらしい女性がちらっと見え、こちらを見て軽く会釈した。
これから二人して、伊豆まで帰るのだ。精進湖の傍を通り抜け長い道のりである。残りの樽は皆売り切れるのだろうか?
この味噌屋さん、どう言う訳か、工場は諏訪で販売元の住所は伊豆なのである。その理由を初対面の時、聞いてみたようなのだが、何となく呑み込めなかった。
何で態々伊豆くんだりから、4時間近くもかけて、こんな山里に売り歩きに来るのか。今も不思議に思う。
それにしても、良い品は良い。同じ訪問販売でもピンキリである。
家に戻って、大事な味噌を地下の棚に仕舞って、また描きかけの絵の前に座った。
(注:付け馬=不足または未払いの遊興費を取るため、客の家までついていく人)
午後、アトリエで描きかけの絵に手を入れていると、ガラス戸越しのテラスに人の気配がした。見れば中年の男が見知り顔にニコニコしてこちらを覗いている。
誰だろう?見覚えのあるような、ないような。思い出せない。
男は、控えめにそっとガラス戸を引き開けながら「いかがでしょうか?味噌まだあります?下のお宅に来たので寄ってみました」と言った。
ああ、あのお味噌屋さんかと、そこで思い出した。
もう、二年ぐらい前だったか、突然、ワゴン車でやってきて「諏訪の味噌ですが、いかがでしょうか」と、この辺では珍しい訪問販売だった。
こちらは、味噌なんて今まで樽でのまとめ買いなどしたことがないので返事を躊躇った。
味をみてくれと、樽を開けて一口甞めさせられた。
なるほど、何ともいえない旨みのするいい味である。我が家の直ぐ下の方のお宅でもお得意にしてもらっているという。値段を聞けば一万五千円というのを、少しまけて貰い買ってみた。
それを使い切った頃、味噌屋はまた現れた。たいしたものだと感じいった。我が家の樽の中をまるでリモートモニターTVで覗いているようなタイミングのよさに感心した。
また、一樽買った。
それが、先日ちょうど切れた。しかし、こちらから態々声をかけるのも何か躊躇いがあり、またそのうち来るだろうと、当座しのぎに以前買っていた、銘柄のものをスーパーで買ってきて間に合わせてきた。
しかし、一度、完熟の味噌に馴れた舌は、スーパーの出来合いの味噌では、なんとも味気なくて粉っぽく感じられてしょうがない。あの味噌屋また来ないかなと内心心待ちしていたのである。
だからとは、言え、突然、半年振り以上で現れては、こちらが直ぐにその顔が思い出せないのも当然で、老人性痴呆症のはしりというほどでもあるまいと自ら慰めた。
味噌屋は、入って来て私の描きかけの絵に見入った。「桃畑ですか?春らしくていいですね。」そして脇のパソコン画面の写真の風景とを見比べて言った。
「ああ、そうやって描くんですか?」と興味津々である。
日々、人恋しいこちらとしては満更な気分でもない。私は得意げにパソコン画面を活用しての絵描き談義を開陳した。
商談は早々にまとまった。
しかし、財布を覗くと、生憎、数千円しかない。
お金足りないから、これから郵便局へ行くけどそれでいいかと聞くと、それで良いと答える。
味噌屋は、私の軽トラの後を付いてくる。何だか可笑しくなった。笑いがこみあげてきた。5分ぐらいで、小さな行きつけの局に着いた。
今、引き出した中の一枚に財布の中の千円札を足して、渡しながら、「これではまるで付け馬だね。付け馬で味噌買いとは初めてだ。」と、私は言った。
味噌屋はにっこり笑って代金を受け取り、自分の車にお辞儀しながら乗り込んだ。助手席に奥さんらしい女性がちらっと見え、こちらを見て軽く会釈した。
これから二人して、伊豆まで帰るのだ。精進湖の傍を通り抜け長い道のりである。残りの樽は皆売り切れるのだろうか?
この味噌屋さん、どう言う訳か、工場は諏訪で販売元の住所は伊豆なのである。その理由を初対面の時、聞いてみたようなのだが、何となく呑み込めなかった。
何で態々伊豆くんだりから、4時間近くもかけて、こんな山里に売り歩きに来るのか。今も不思議に思う。
それにしても、良い品は良い。同じ訪問販売でもピンキリである。
家に戻って、大事な味噌を地下の棚に仕舞って、また描きかけの絵の前に座った。
(注:付け馬=不足または未払いの遊興費を取るため、客の家までついていく人)