またまた教えたがりの、今回は腰投げです。近頃は、いずこでもあまり腰投げをやらなくなったように思いますが、気のせいでしょうか。たしかに、投げるほうは腰を痛めそうだし、受け身を取るのも大変ということもあるでしょうが、取り、受けともうまく運べばそれほどしんどいものではありません。
わが師黒岩洋志雄先生については、ボクシング出身だということや、独特の理論をもって技法を解釈するというようなことは知られていますが、もう一つ忘れてならないのは≪腰投げの黒岩≫と呼ばれていたということです。
先生の講習の様子を採りあげた市販ビデオ映像でも、腰投げの説明をしておられるシーンがありますのでご覧になった方もいらっしゃるでしょう。どのような状態からでも腰投げを打っていけるというのが、先生のご自慢でもあります。一教の途中からでも四方投げの途中からでも、その他およそ考えつく形から腰投げに入れるというわけです(背後からでも打っていきます)。しかも、その入り方が普通のやり方とは若干違っています。先生が、若い頃に出身高校のレスリング部の練習に参加させてもらったことがあるということは以前にご紹介していますが、そのときのタックルからの気づきの産物であると聞きました。
わたしも、不肖ながら腰投げの黒岩の(押し掛け)弟子ですから、多少はできていると思っています。とはいっても、入門間もない頃、わたしにとって腰投げはとてもやっかいな技のひとつでした。しかたなく、体力にまかせて担いで投げるといったようなもので、逆にそれを今やろうと思ってもできないしろものです。
それが、後に黒岩先生と出会い、指導を受けて大幅にモデルチェンジしたところ、それまでのことが嘘のように上手に(自分で言うのもナンですが)できるようになりました。しかも、そうなるとそれまでの一般的な方法でもスムーズに腰投げを打てるようになったのです。技法の勘所がわかったということなのでしょう。
腰投げには、頭を相手の懐に落としこんで腰にのせる方法と、腰だけを入れて投げる方法のふたつがあります。
前者は、たとえば正面打ちの合わせの状態から相手の手首を握り、その下に頭を潜らせ、上体を折って腰に受けを載せて投げるやり方です。これは一般的には上体をひねるように折って、自分の背と相手の腹が直交するようなかたちになります。稽古ではこのとき、受けがうまく腰に載ってやる必要があります。載る場所が肩に近くなるほど起き上がるとき腰への負担が大きくなって傷める原因になります。また、あまり頭を下げないままでひねりが大きすぎると相手に背を向けてしまい、柔道の背負い投げのようになってしまいます。そのあたりの按配が難しいのです。
これを黒岩先生の方法では、(左正面打ちとして)左手で受けの左手首を捕り、ほぼ正面から右足を相手の両足の間に割り込むように踏み入れ、そこから受けのまたぐらに向かって前回り受け身のように上体を前にかがめていきます。そして、右肩が右膝にのるくらいまで頭を下げます。そのようにすると受けの目の前にはこちらの腰だけがありますので否が応でも腰に載ってこざるを得ないわけです。そこから上体を起しつつ左足を前に一歩踏み出すようにすると、受けはこちらの真後ろに落ちていきます。
この方法は、上体をひねっていないので、腰への負担が小さく、受けにとっても取りの背中をずるずる滑り落ちるように受け身をとれるので衝撃を小さくできます。もっとも黒岩先生は、『本当はここから円く落とすのではなく、脳天から垂直に落とすんですよ』と必殺技法を教えてくださいましたが、決してなさらないように。
これの注意点は、相手の足元に向かって上体を落とし込むとき、直線的に入っていくと受けと取りの間に空間ができてのしかかられることがありますので、右手の扱いが大事です。この手は当て身のできる手でもあり、裏拳での顔面当てや掌底でアッパーを打つかたちから指先を下に向けて手刀部および尺骨部を受けの胸から腹にかけて接触させたまま滑らせ、さらに前回り受け身のときの手のように落としていけばよいわけです。
もうひとつの注意点は、受けを担いで投げる感覚ではなく、受けが鉄棒で前回りをしているかのようにこちらの腰を中心にしてその場に落ちるようにすることです。上体を起すとき、こちらの足が固定していると前から後ろに担ぎ投げる感じになりますから、上の例でいえば左足を踏み出してその場からいなくなり、受けが落ちるスペースを作ってやるのです。
この感覚は、頭を下げずに腰だけを差し入れて投げる方法にも当てはまります。これは、ややもすると柔道の腰車のように、受けを自分の腰を超えて後ろから前に向かって投げるようなかたちになりがちです。そうではなく、合気道の腰投げは、(たとえば左相半身片手取りから)左手で相手の左手首を掴み、四方投げの入りのように受けを少しだけ前に引き出し、両膝を曲げつつ体を《くの字》にして腰だけを受けの前に低く差し入れます。この場合、こちらの腰が高いと腕で相手を抱えて引き上げるかたちになり好ましくありません。腰は相手の腰よりも低い位置に当てます。そして受けの尻のあたり(ウエストではなくヒップ、ここが重心です)に右手を回し双方の体を密着させ、そこから膝を伸ばします。そのようにすると受けの足が床から離れ宙に浮いた状態になりますから、こちらは体を立てつつ受けの右手を離して横に移動します(右足を左に逃がすようにします)。受けはその場にすとんと落ちます。このとき、受けは右手で取りの道着を掴むようにすれば安全に受け身がとれます。
おおよそ以上のようなものですが、いずれの方法でも、要は腰に載せるという感覚をつかむことが大事だと思います。そして、こちらからあちらに投げるというのではなく、その場に浮かせてそのまま落とすようにすることが、技として有効であるとともに体への負担が少ない方法です。
そうは言っても、他の技に比べれば取り、受けともに負担が大きいのは事実ですから、多少の無理がきく若いうちに技法を身に付けることをお勧めします。
参考
http://www.youtube.com/watch?v=Vyxbvg4fJ-M&eurl=http://aiki-daisyugo.seesaa.net/article/113835282.ht