合気道ひとりごと

合気道に関するあれこれを勝手に書き連ねています。
ご覧になってのご意見をお待ちしています。

64≫ 動きの意味

2008-04-27 14:31:13 | インポート

 今回は形骸化しない動きについて述べてみようと思います。

 言い換えると、生きた動きということですが、それはひとつの動作には複数の意味があるという理解のもとに実現されるものです。ひとつの動作がひとつの意味しか持たないとしたら、二千とも三千ともいわれる合気道の技と同じ数の動作がないといけないことになります。そんなことは常識的にありえません。そこまでいかないとしても、一教はこう、二教はこう、四方投げはこう、小手返しはこうと、一つひとつの技に個別の動作があると思っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。しかしそれらは少数の共通の体遣いからできているのです。

  例えば手についていえば、掴みにいく手は、そのまま打てる手です。片手取りの間合いなら直突き(ストレート)、肩取りの間合いなら鉤突き(フック)、もっと踏み込めば肘打ちなどが打てる間合いになります。ですから、片手取りといっても、なにも相手の片手を掴みにいくことだけが期待されているわけではありません。むしろ掴み方の違いによって作り出される間合いの違いを学ぶためのものではないかとさえ思います。そこから当身も含めて幾通りもの攻撃が展開できますから、掴まれる側も、掴まれることにだけ気を取られてはいけないのです。相手は気が変わって打ってくるかもしれませんよ(稽古ではあり得ませんが)。

 反対に、掴まれる手は掴める手です。通常の稽古において、片手取りなどでは受けが取りの手を掴むところから始まりますが、取りのほうから積極的に掴みにいくというのが実際的ではないでしょうか。取られて施す動きと同じ動きで取っていくことができないと、以前言った≪虚≫の稽古が真実だと思ってしまいます(バックナンバー15参照)。掴んでもらって技をかけることのメリットもありますからそれはそれでよいのですが、あくまでも稽古の上での約束事だと理解しておく必要があります。そうでないと、どなたかのように『気が流れているから手が離れない』などと寝ぼけたことを言ってしまいます。

 このように、手を取る、取られるというだけのことにも、いろいろな状況が想定され、ひとつの動作に複数の意味がこめられているということがおわかりいただけると思います。

 それと、当身についての考えを述べておきます。

 技のはじめに当身をいれる動作を取り入れる方は多いと思いますが、合気道において、当身はそのような限られた場面でのみなされるのではありません。例えば正面打ち一教表において、まず手刀を合わせ、あいた手であばらなどを打ってから腕抑えにいくかたちをとる場合がありますが、これは手刀を相手の打ち込みの防御、またはせいぜいフェイントとしての当身と考えているからです。しかし、最初に繰り出す手刀こそが第一撃の当身にならなければいけないのです。当然もう一方の手は第二撃としての当身ですから、いうなればワン・ツーの当てになります(普段の稽古でそうすべきだと言っているのではありません。考え方です)。

 片手取り四方投げにしても、漫然と片手を取られるのではなく、受けの出端を牽制するように手を突き出すのです。いきすぎて当たってしまったらそれもよしという感じです。そのようにすると受けは少しのけ反りながら腕を取りにくるようなあんばいになります。さらに、取りは受けの手を掴みかえしますが、このときの手も、さらに相手の腕に添わせる手も全て当て身に変化できます。この場合はワン・ツー・スリーになります。

 合気道は打撃を主とする武道ではありませんが、当身七割といわれたりもします。その意味は、一連の動作のほとんど全ての局面で当身に変化できる動作を含んでいるということです。また、通常ほとんど意識されていませんが、足底蹴りや膝蹴りなどに移行できる動作もいろいろあります。

 通常の稽古でだれでもそのような動きをしているのですが、教えてもらっていないからわからないだけです。抑え技であれ投げ技であれ、また関節技であれ、乱暴な言い方をすれば、当たってしまえば当身になるのです。当てるつもりが関節技になったなんてことはめったにないでしょうがね。

 生きた動きとは、その時々の状況に応じて適切な対処ができることです。その時、求められる動きの種類は少ないほどよろしい。剣道なら面、胴、小手、突きだけ、ボクシングはフック、アッパー、ストレート、おまけでジャブだけ。相撲や柔道は技数がたくさんありますが、得意技とされるのはだれでも一つか二つでしょ。その程度の持ち駒であらゆる難局を切り抜けていくのです。大事なのは応用力なのですね。

 いつもの慣れた動作にいろんな意味があります。それこそが技法としての真理なのです。なにも特別なことではありません。


63≫ 縁覚

2008-04-20 19:00:11 | インポート

 仏教では、煩悩に苦しむ衆生の世界を、下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の六道とし、その上に、迷いを離れ輪廻から解脱した境地を声聞、縁覚、菩薩、仏の四つに分け、合わせて十界という世界観を構築しています。声聞(しょうもん)というのはお釈迦様のお説教を聞き悟りを開いた人のことです。その上の縁覚(えんがく)というのが今回のタイトルですが、これは直接お釈迦様の教えを受けずに、独力で悟りを開いた者のことをいいます。仏、菩薩は大概の方が知っておいででしょうが、その次に位する高い地位を仏教では縁覚に与えているのです。

 お釈迦様は、対機説法といって、ひとつの教えを相手の能力に応じていろいろな切り口、表現をもって懇切に説きました。でもその機会に恵まれなかった人もたくさんいたわけで、そういう人たちの中から縁覚が現れたのです。直接お釈迦様に触れた者より、そのような機会はなかったが、なんらかの縁によって悟りにたどり着いた者を、仏教では高く評価しているということなのです。

 これを合気道に当てはめるのは相当強引であるとは思いますが、既に伝説的存在となられた開祖亡き後に合気道の門をくぐったすべての人たちにとって、縁覚という存在は大きな励みになるのではないでしょうか。直に謦咳に接することはかなわないけれども、その分自助努力をもって合気道の真理に近づこうとする姿勢を保つならば、その人たちは直弟子の方々同様、あるいはその困難さゆえにそれ以上に称えられてしかるべきであろうと思います。

 もっとも、直弟子の方々の稽古環境が無条件に現在より恵まれていたというわけでもなかったのです。大先生(開祖)はもともと合気道技法の公開はしたくなかったようですし、公開後の指導方法も模範演武を一回やってみせて終わりという感じだったそうですから(バックナンバー12参照)、直弟子方といえども、お釈迦様から懇切に教えを受けた仏弟子たちとは大分事情が違うのです。

 そうだとすると、直に大先生に接することができた人であっても、合気道技法の核心に触れるところまで教えを受けられたかどうか、はなはだ疑問であります。仏教において縁という言葉は後天的環境といったような意味合いがあります。それには外的環境とともに自己の能力も含まれます。つまり、身体能力やセンスといったようなものの違いによって、理解度に優劣が生ずることも縁なのです。

 そういうことですから、直弟子であれ孫弟子、曾孫弟子であれ、合気道理解についてはその人の能力の枠を越えることはできないのです。みんなが真理を理解し伝えているわけではないということです。

 時間を競うスポーツにおいて、絶対に破られない記録というものはありません。記録は破られるべきものとして存在しています。時間というきわめて客観性のある規準に、人間の情緒などの入り込む余地はありませんから、一位は一位で誰の評価も同じになります。その対極にあるのが合気道のような試合のない武道です。ここには客観的な評価基準というものがありません。ですから、極論すればインチキをしようと思えばいくらでもできるのです。そのようにして権威面することも不可能ではありません。そのような人物が実際にいたかどうかはこの際措いておきますが、かほどに合気道の真理というものはとらえ難いものであるということは言えます。

 百人いれば百通りの合気道があると述べたことがありますが、これは百通りの真理があるということではありません。ひとつの真理を百通りに表現しているという意味ですが、事実としては、真理を把握できているかどうかの判断基準は従来極めてあいまいなものでした。縁覚を生むべき時代になりつつある今、合気道の真理とは何かもう一度確認しておく必要がありはしないでしょうか。

 もちろん、道主が中心となって一層の普及に努めておられる現在の状況は、それはそれでわたしはまったく異論がありません。合気道本部の合気道はあのようでなくてはならないのです。代々の道主の個性によって異なるものを提示されても困ってしまいますからね。

 事実わたしがいう真理もあの中に隠されているのです。それに気づくか気づかないか、それがセンスの分かれ目です。前回予告した、形骸化しない動きの意味とは、この真理のことです。それを書こうと思っていましたが、前置きが長くなってしまいました。次回に続けます。


62≫ やっぱり腰高

2008-04-13 13:56:52 | インポート

 わたしどもの会ではいま、近隣の町の武道館もお借りし、都合3箇所で今月いっぱいの予定で初心者講習会を開いています。参加者は下は小学生から上は還暦を過ぎた方まで様々です。これを機に愛好者が増えて、大先生の唱えられた万有愛護、和合の精神が広く行き渡れば喜ばしいことです。

 講習会では一通り能書きをたれてから、四方投げの裏を指導します。これは転換と後ろ受け身ができるとどうにか技らしくなるので一番初めに体験してもらいます。ところで、初心者の方はこちらの思うようには動いてくれません。取りが手を少しでも高く上げて回ると、相手もほぼ間違いなくいっしょにくるりと回ってしまいます。だれも倒されるまでじっと待ってくれはしません。待ってくれて上手く倒れてくれるのは経験者だけ。

 こんなとき、『ここで回ってはだめなんですよ。そういうきまりですから』というふうなことを言いたくなります。本当は≪回ってはだめ≫ではなく≪回られてはだめ≫なのです。

 しかも、そう言いながら、指導する側がきまった通りに動いているのかというと、案外自分の都合のいいようにしか動いていないこともあるのです。四方投げの裏では、相手の手を取って背中合わせで回るためには手を高く上げるか、自分が腰を落とすしかないのですが、腰を落とすのはシンドイから、楽な方法として手を上げてしまっているのです。その結果、二人で回って顔を見合わせて『なんだこりゃ』となります。初心者はなんの先入観もないので、相手の動きに素直に反応しているだけであって、それが普通なのです。技が成立しない責任はひとえにこちら側にあります。回らないように躾けられてしまった合気道経験者には通用するけれど初心者には通用しない技なんて、ナンセンスの極みです。

 それでも、ある程度の経験を積むと、受けが予想外の動きをしても、なんとかごまかして収めることはできます。しかしそういうやり方は根本的な解決法ではありません。例えば詰め将棋です。あれは最良の手筋を積み上げていくしか正解にたどり着けません。途中でちょっと違うけどまぁいいか、なんてわけにはいきません。なすべきことをなさざれば決して成果を生み出さないのです。

 それでは合気道において≪なすべきこと≫とはなんでしょうか。事と理にわけて考えましょう。

 まず≪事≫、つまり外に表れてくることとして大事なのは、さっきちょっと触れましたが、腰を低くすることです。なにしろ、大先生はじめ、塩田剛三先生も、また大先生が一時師事した大東流の武田惣角氏も、名人達人とされる方々はみんな背が低かったのです。そんな方々が発展させてきた合気道ですから、自ずと技は低いところから攻めあげるようにできているのは道理ではないでしょうか。

 それはまぁ屁理屈としても、なんの技によらず膝が伸びて腰高になっていてはそもそも動けません。腰を低くなんて、なにを今更と思われるかもしれませんが、もし道場に鏡があったら自分の構えを映してみてください。思っていた以上に腰高になっているのではないでしょうか。腰を低く保つことは大切です。単純ですが簡単ではありません。

 次に≪理≫として大事なことは、合気道は本来必殺武術であるという認識です。合気道のカタには、すべてそのように動かなければならない合理的理由があります。それは、相手の攻撃を避けつつ瞬時に制圧してしまうための必然的動作ですが、動きの意味を知らないと形骸化してしまいます。そしてその意味たるものはいまや忘れられつつありますが、このことは次回にでも改めて述べてみようと思います。

 いずれにしろ、そのような心構えで稽古をすれば、自ずと腰は低くなり、事と理は不可分なものであることがわかるでしょう。

 多くの方にとって合気道は健康法や楽しみのためであって、べつに武術性を求めているわけではないのかもしれませんが、正しい体遣いや呼吸法は優れた健康法でもありますので、どうせやるならそのほうが良いですよ。

 とにかく、腰は体の重心であり中心ですから、これをどこに置いてどう動かすかなのです、稽古の要は。 

 


61≫ 先生

2008-04-06 21:02:18 | インポート

 また技法をはなれて、茶飲み話でも申し上げます。

 わたしは30年以上前の某私立大学の出身者です。大学では普通3・4年のときにゼミといって、興味のある専門科目の先生に就いて一段深い勉強と研究をします。その成果が卒業論文にまとめられるとともに、その時のゼミ仲間とは生涯の付き合いとなることも多いようです。

 そのころのわたしは合気道が好きになりかけでしたので、不埒なことに、授業で選択すべき教科も、その内容ではなく稽古に差しさわりのないような曜日、時間の科目を選んでいました。

 しかしゼミは通常の授業とちがって、一定の曜日、時間以外に、必要とあらば何曜日でも何時間でも研究に取り組まねばなりません。それで、ゼミをとるのがなんとも不自由な気がしたのです。

 たまたまわたしの学部では、通常の授業を2科目分多く履修するとゼミを選択しなくてもよかったので、結果的にわたしはゼミをとらずに過ごしました。ですから卒論も提出していません。ただ大学というところは高度で専門的な学問をしに行くところですから、その象徴たるゼミをとらないというのは学生であることの価値を半減してしまうことのように思ったのも事実です。

  そんなわけで、ほとんどの学生にとり、師事したという意味での先生として思い浮かぶのはゼミでの指導教授のことが多いようですが、わたしにとってはそのような存在がありませんでした。

 そういう時に出会ったのが西尾昭二先生や黒岩洋志雄先生でした。わたしなどは多くの弟子の中の一人(それも押しかけ弟子)でしかなかったのですが、出会いの当初から惹きつけられるものがあり、この方こそわたしにとっての先生だと勝手に自分の内で決めたのでした。

 西尾先生は日々技が進化していく天才的な武道家でいらっしゃいましたし、黒岩先生は合気道の秘訣に触れる最高度の技法論を確立されていました。そのような指導者の、謦咳に接するどころか実際に手ずからの指導を受けることができたのは、誠に幸運なことでした。

 ≪事と理≫ということがあります。事はかたちに表れるもの、理はその裏付けとなる考え方です。理屈ばっかり言ってもできなければなんにもならない、反対に、なんでそんなことをやっているのかわからなければやっても意味がない。武道というのはそういうものだと思います。両先生はその事理の両輪が、並外れて優れていらっしゃるのです。

 さて、一ヶ月ほど前にこのブログに頂戴したコメントを特別寄稿というかたちでご紹介いたしました、敬愛する道友Takeさんとは、かつて、ともに両先生のもとで稽古に励み、ある頃から、Takeさんは西尾先生に、わたしは黒岩先生にと、図らずもそれぞれの道を辿ることとなりました。そして長い時を経た後に、またお互いの修行の成果を伝えあえる日が到来したことに、大きく深い縁を感じずにはおられません。

 ところで、Takeさんとわたしが、それぞれどちらかの先生に就くについては、その時点での合理的判断があったはずです。が、それぞれの先生とわたしたちの間には、どうもそういう理屈だけでは割りきれない、心に直接働きかけてくる何物かがあったようにも感じます。気分といってもいいですし、好みといってもいいのですが、それだけでもないように思うのです。わたしは決して神秘主義者ではありませんが(むしろ現実的合理主義者です)、合気道という武道には、強い弱い、上手下手のまえに、なにか人間存在の根源を揺り動かす不可思議な力が秘められているのではないかと思うことがあります。大先生が≪愛と和合≫とおっしゃったのはそのことなのかもしれません。その力が大先生から直弟子の先生方、そして現在のわたしたちまで、綿々と続いているのだとしたら、次にそれをつないでいく義務は、当然わたしたちにあるのでしょう。

 情けなくもわたしは事と理のいずれにおいても自分の先生を越えることはできそうにもありませんし、不可思議な力が何であるのかも実際のところわかっていませんが、自分が得たものは能力の限りにおいてできるだけ忠実に次なる人に伝えようと思います。さらに、いささかの自分なりの考えも、そうであるとことわった上でオマケで付けてあげようかとも思っています。ダメなオマケなら捨て去られるでしょうし、意味あるものであれば生き延びるかもしれません。

 それにしても、出会ったときの両先生、いまのわたしよりずっと若かったんだよね、しかし。