合気道ひとりごと

合気道に関するあれこれを勝手に書き連ねています。
ご覧になってのご意見をお待ちしています。

48≫ 宗教的な

2007-12-29 15:49:36 | インポート

 今年最後の文章になりますが、前回に引き続き≪合気道とは≫を考えてみます。今回は合気道の宗教的側面です。

 合気道の創始にあたっては、開祖 植芝盛平先生(大先生)と出口王仁三郎師(教派神道のひとつ大本の実質上の教祖)との邂逅が大きく関係しています。

 青年期から柔術、剣術、槍術等の武芸を修めた大先生は、大正8年の出口師との出会い以降、神道的教養を深めていかれました。さらに大正14年、不可思議なる霊的体験により、それまでの魄(肉体を司る気)の武道から魂(精神を司る気)の武道へと昇華する体験をされ、ここに合気道が生まれたのです。

 このように合気道は誕生のいきさつからして宗教的です。大先生の残された言葉からすると、合気道は≪地上天国を建設するための羅針盤≫であるということです。大先生が修行の末にたどりついた境地は、わたしたち凡人には推し量りかねるところ大ですが、合気道は神道でいうところの禊(みそぎ)であり祓(はらえ)であって、清浄な世の中を築く道そのものであるという理解で大きく誤ってはいないと思います。

 しかしながら、そのころ合気道に求められたのは高邁な宗教的精神ではなく、闘争技法、闘争本能を高めるための武術的側面でした。時代の要請で仕方がないとはいえ、大先生の志が公に披瀝されるのは終戦まで待たなければなりませんでした。

 いまわたしたちが合気道の稽古を楽しみ、その輪が世界中に広がっていることは、≪美しき此の天地の御姿は主のつくりし一家なりけり≫と詠まれた大先生の望みそのものであると言ってよいでしょう。

 ところで、多くの武道はなんらかのかたちで宗教とつながりを持っています。それは戦いの場において精神を安定させるための修養法としてであったり、宗教的背景を持たせることによって権威付けするためであったりといろいろです。いずれにしろ、武道があって、その添え物的に宗教があります。しかし、大先生にとっては武道と宗教とを分けて考えるのではなく、合気道そのものが、人が正しく強く優しく生きるための道の全てなのです。より良い未来のために今この時点、この場所から力強く前に進んでいくという≪武≫本来の意義に忠実であるように思われます。

 わたしがこのように思い至るについては一つの教えがありました。敬愛する(財)合気会宮城県支部長の白川勝敏先生は神道家でもありますが、先生によれば『神道は宗教ではありません。それは人間の生き方そのもの、歩むべき道そのものです。ですから神教とは言わず神道というのです』とおっしゃっています。日本に生まれて神道の空気に触れずに生きている方は一人もいないと思います。合気道が地上天国建設のための羅針盤であると同時に、神道的素養が大先生の合気道を理解(相当むずかしい)するための羅針盤でもあるわけです。

 さて、合気道の宗教的側面に対するわたしなりの理解をごく大雑把に述べました。それは武道の姿を借りた高邁な人の道でした。それでもなおかつ、わたしは、合気道は武術であると言っておきます。大先生の目指された生きる道としての合気道をわたしは最大限に尊重しますが、天才的武術家の大先生にして幾多の変遷を経てたどり着いた境地です。まね事ながらその軌跡を辿りたい、大先生がとっくの昔に捨ててしまったものを五感をもって追体験してみたい、そうしないと本当には理解できないのではないかと、そう思っているからです。

 そんなわたしを哀れと思し召して、これからもこのブログをご笑覧いただければ幸甚に存じます。

 天国はあの世ではなく地上にこそ築かれます。

 皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

 

 


47≫ 健康法

2007-12-19 16:33:34 | インポート

 先日、わたしたちの稽古の様子を地元のケーブルテレビが取材しにみえました。そのとき『合気道ってどういうものですか』と訊かれました。このての問いを投げかけられたのは初めてではありませんが、きちんと答えられなくていつも困ってしまいます。見てもらえばわかりそうなものですが、言葉での説明をしてあげないとよく理解できないのは、実は合気道愛好家でも同じことです。

 いずれにしろ、膨大な合気道体系を要領よく、かつ簡潔に答えるのはなかなか至難の技です。それで、今後のことも考え、このページを借りていっぺんきちんと整理してみようかと思います。既にご存知の方にはつまらないかもしれませんがお付き合いください。

 わたしは、このブログにおいて、合気道は武術であるとの立場からいろいろな発言をしていますが、もちろんそれは合気道の一面でしかなく、その他にも多くの顔を持っています。優れた健康法であり、修養法であり、また稽古場は交流の場でもあります。

 そこで、まず初回として、合気道における健康法的側面を取り上げたいと思います。

 わたしは、一般の合気道愛好家にとって最も大事なのは、稽古でケガをしないことだと思っています。もちろん、軽い打撲やスリ傷程度はいくらでもあります。でも、日常生活に支障のでるようなケガは、してもいけないし、稽古相手にさせてもいけないと指導しています。また、ケガをすると治るまで長いこと稽古を休むことになりますから、もったいないですよね。

 合気道は護身術でもあります。文字通り≪身を護る≫術です。そうであれば稽古でケガをするというのは本末転倒なのです。そんな稽古なんかしないほうがよほど身を護れて、健康な生活を送れるわけですから。ついでに言うと、手負いでは敵が攻めかかって来たとき満足に対応できません(いまどきそんなやつはいないか)。

 わたし自身、それほど大きなケガはしたことがありませんが、手首、肘、足関節などあちこち傷めた経験はあります。今でもほんのわずかその後遺症的なものがあります。若さにまかせて多少ハードな稽古をした結果ですが、そのために上手くなったとか強くなったという感じはありません。しなくて済むはずのつまらないケガです。ですから『ケガは武道家の勲章だ』なんて思い違いをしないように、どうぞ気をつけてください。

 さて、合気道は呼吸法を大切にしています。通常、呼吸は自律神経(交感神経と副交感神経)によってコントロールされていますが、健康法としての呼吸法は、逆に呼吸のほうから自律神経(この場合、副交感神経)に働きかけようとするものです。その方法は、ゆっくりと、特に呼気を長くして呼吸するのです。このことによって、血管が開き、心臓の拍動が抑制され、心身ともにリラックスできます。ですから、みなさんが稽古の終わりにやっている座技呼吸法は、そのことに意識を置いて呼気一吐きで動作の最後まで行けるようにやると良いのです。決して息をつめて力比べなどになってはいけません。

 他の一般的な健康法としての呼吸法は、静かな環境であまり激しく体を動かすことなく行われますが、合気道では当然のことながら呼吸法を伴いながら活発に動きます。合気道においては呼吸法が単なる健康法にとどまらず、武道として肝心な心の在りようと身体操作に関係してきます。真剣勝負の場において、最後に死命を決するのは平常心であると言われます。その平常心を養う方法の一つが呼吸法です。武士が座禅(実体は呼吸法です)を嗜んだのはそのためです。呼吸法と体の関係としては、手足を伸ばすときは呼気、引き寄せるときは吸気が基本です(ヨガではその逆もあるようです)。これがうまくシンクロしていれば、武術本来の戦闘法にも生かすことができますが今回は関係ないですね。

 また、関節技は普段の生活での可動範囲からほんの少し大きく動かしてやることによって、適度な刺激を与え、体全体を活性化させる働きがあるようです。ちなみに大先生は関節を捻ったり返したりするのを『関節のゴミを取る』とおっしゃっていたそうですから、健康法としても認識しておられたのでしょう。

 稽古前にする準備体操や呼吸法などはとても体に良いと思いますが、すべてが合気道独自のものというわけではないようです。すでに世間に広まり、有効性が知られていた健康法から取り入れたものもあるでしょう。良いものは積極的に取り入れればよいのです。そういう点からも合気道は現代生活に資する総合武道であると言えるのです。


46≫ 可能性

2007-12-06 16:06:19 | インポート

 先日、極真会館主催の空手道世界選手権大会をテレビ観戦しました。直接打撃方式のルールですが、手での顔面攻撃は禁止されています。顔を打たれる心配がない(蹴りはOK)ので、近接戦闘では顔をガードしないで互いに胸や腹を打ち合っていました。これはルールが試合スタイルを生み出す好例です。しかるべき理由(選手の安全に配慮)があってのルール設定であることはわかりますが、顔は急所のかたまりみたいなものですから、それをノーガードというのは、武術の立場からはやはり違和感があります。ですから、そこから分派した団体では、フェイスガードなどを装着して顔面攻撃を可能にしたルールを採用しているところもあるのです。それ以上は門外漢が踏み込むべきところではないと思いますので差し控えますが、各者いろいろ工夫しながらより良いものを作り上げようとするダイナミズムは感じます。

 極真会館創始者 大山倍達氏は、空手道界に変革をもたらしたに止まらず、武道全般の可能性について多くの武道家に再考を迫ったという意味で、現代武道界に大きな足跡を残した偉大な空手家であることは言を俟ちません。

 その大山氏の名を一躍有名にしたのは梶原一騎氏原作の≪空手バカ一代≫によるところが大ですが、黒岩先生が、かつて大山氏の弟子であった中村忠氏(世界誠道空手道連盟会長:本部アメリカ・ニューヨーク)から伺ったところでは、このストーリーの中で大山氏のアメリカ修行として知られている話に関しては梶原氏の創作によるところがきわめて多いのだそうです。大山氏は柔道家の遠藤幸吉氏(後プロレスラー)らと組んでアメリカを巡業したのですが、氏はプロレスではなくアトラクションとしてアメリカのレスラーと異種試合をしたのです。最初の2,3試合は、相手がつかみにくるところを、鳩尾(みぞおち)に一発突きを打ち込むことであっけなくケリがつきました。そのうち、対戦相手が警戒して近寄ってこなくなり、ショーが成り立たなくなったというのが真相だそうです。もっとも、強いことには間違いないし、対日感情の良くない時期にアメリカで興行したのも立派だと思います。

 戦後の闇市が賑わっていたころ、大山氏が池袋でショバ代稼ぎをしていたことは、現地ではよく知られていました。黒岩先生が大山氏の存在を知り、訪ねて行った時は、馬小屋みたいな粗末な道場はあったのだけれど、稽古生もおらず、氏本人も不在で、ここが本当に大山道場だろうかと疑ったくらいの様子だったそうです。それにしても黒岩先生は、気になる人がいるとどこにでも、誰にでも会いに行かれるのです。ある意味これも才能なのかもしれませんが、実力と情熱の裏打ちがないとおいそれとできることではありません。

 そんなわけで、黒岩先生が以前訪米した際に、気になるお一人であった中村氏ともお会いになったのでしょうが、氏は遠くからの客人に実に丁寧、誠実に対応してくださったそうです。他日もう一人、別の空手家(中村氏とかつての同系・こちらもアメリカ在住)にもお会いになったそうですが、こちらはどうも『よろしくない』ということなので、名前は差し控えておきましょう。

 話はもどりますが、大山氏は空手の強さ、あるいは空手家の強さをアピールするために直接打撃制を取り入れました。当時は『そんな危険極まりないことを』というのが一般的な受け止め方であったろうと思います。それは半分当たり、半分は違っていました。どういうことかというと、空手の強さと空手家の強さというのは、矛と盾の説話のように、相反するものがあるからです。

 瓦や板に止まらず、氷や壜やバットなどをへし折ることで突きや蹴りの破壊力そのものは知らしめることができました。と同時に、その攻撃に人間が耐え得ることも証明してしまったのです。それまで空手は一撃必殺を謳ってその存在感を示していましたが、鍛え上げた空手家どうしが直接打撃制の一定のルールをもって戦う場合、必ずしも一撃必殺ではないということがわかったのです。『あれ?当たっても倒れないぞ』というわけです。空手最強論にとってはいささか微妙な状況がもたらされたのです。しかし、そのようなリスクを負っても、それでもなお大山氏は空手の強さを示すために新たな仕組みを創出したのです。

 先に、大山氏は武道の可能性について再考を迫ったと述べました。ではわたしたち合気道家は、その問いかけについてどのように答えるべきなのでしょうか。極真空手をまねて単純に実戦的試合を取り入れればよいということではないと思います。まず、合気道が考える≪実戦≫とはどういうものか、というところから考えていく必要がありそうです。

 合気道は古武術の要素を残している貴重な現代武道です。古武術は言うまでもなく命のやりとりを前提にした戦闘法です。合気道はそれと同等の技法をカタの中に包含しています。多くの方はそれを知らされていないだけなのです。その具体的技法をここでつまびらかにすることは遠慮しますが、それこそが合気道の≪実戦≫であり、常の稽古でやっていることが、そのまま必殺技法に変化し得るものであるということは認識されていたほうがよいと思われます。

 つまり、合気道における可能性とは、新たな方法論を持ち込むことではなく、合気道が本来持っている能力に気付き、それをうまくコントロールできる体と精神を作り上げることではないかと愚考しているわけです。合気道に対する批評は数多くありますが、その中で比較的好意的に見てくださっている方でさえ、『試合がなく、無理せず楽しく稽古できるので、老若男女に人気がある』というようなとらえ方なのです。それはそれでありがたく頂戴しておきますが、開祖をはじめ多くの先人が必死の思いで築き上げてきた合気道がその程度のものであるはずがない、というのがわたしの思いです。

 おまけです。空手バカ一代のストーリーが創作だといっても、主人公が空手家だからといって素手で戦うばかりでなく、状況の不利なときには手近にあるものを盾にも矛にも使って立ち向かうなど、原作者も戦いの実相を知っているのだなと思わせるところはさすがです。こういうところに実戦を考えるときの貴重なヒントが隠されているのです。