前回、手足の軌跡を丁寧にたどる稽古が大切だというようなことを述べながら、自分の文章力ではそれをうまく表現できないということでその内容に触れずじまいでした。しかし、柔道で言うところのかけ逃げみたいでみっともないので、あえて無理を承知でその一部でも述べてみようと思います。
以下は、いまわたしが、このようにすると良いのではないかと思っている方法なので、これが絶対だとか、他は間違っているなんてことではありません。興味があればお試しくださいという程度のものです。
右半身からの正面打ち一教表を例にとります。
まず手です。正面で受けと手刀を合わせますが、気構えとしては剣術でいうところの先の先です。でも、稽古ではゆっくり、あわてずに合わせていきます。この際、右肘をしぼり、外に張り出さないようにします。また、すぐに受けの手首を掴んでしまうと、やはり右脇が空いてしまうのでよくありません。
これにわずかに遅れて左手で受けの肘を掴むと同時にほんの一瞬上に押し上げます。これがタテ(上段)の崩しになります。多くの方はこれを前に押してしまいますが、そうすると受けは左回りに向きを変え、右足を前に送り出してしまうので、崩しになりません。稽古では受けが足を送り出すと注意されたりしますから、足を居着かせたまま体の向きだけ変えるのが習い性になってしまっているのですが、受けが足を出すのがいけないのではなく、出させるように押してしまうのがいけないのです。タテの崩しの重要性もそれではわかりません。
ここで一旦足運びについて考えます。最初、右足はやや大きく右斜め前に踏み出します。右斜め前ではあいまいなので、それを分解すると、横方向については、仮に受けが真っすぐ進んできてもぶつからずに半身でかわせる程度の移動量です。前方向については、受けの前足よりも若干入り込んだくらいのところまで踏み込みます。この際、踏み込みが足りないとその分自分の上体を前に倒してしまい、受けの腕を前に押し出すことになりますから注意です。
また、最初に踏み出した右足で踏ん張ってさらに前に出るようなかたちは良くありません。すぐ左足が追いかけて自分の右足と受けの左足の間に運ぶようにします。ですからこの時点で自分の両足の間隔は、せいぜい一足長分程度しかありませんが、これでよいのです。この時、股関節と膝を柔らかく遣い、重心を低くとります。
また手にもどります。左手による一瞬の上段の崩し(軽く差し上げる程度)の後、右手はなるべく受けの右手首を掴まずに(小指を引っ掛ける感じ)、受けの右手指先が受けの左足めがけて落ちていくような軌跡をたどるようにします。この際、受けの手刀は頭上を真っすぐ返るのではなく、自分の方から見ると最初は中心中段にあり、そこから右上段に移り、右中下段から最後は受けの左足元につながる曲線上(鉛直方向から一定の角度を保った面上の軌跡)を移動するのです。なお、この際、受けの腕が受けの左足よりも前にいかないようにします。前に倒すのではなく下に落とすためです。
そのような軌跡をたどるように技を施すと、受けは自分の両足の間にペタンと尻もちをつくような感じで崩れます。あとは受けの右腕を整えて押さえてやるだけです。
以上は正面打ちの場合ですので、他の取り方では当然手足の軌跡が変わります。でも基本的な考え方はいっしょですので、工夫してみてください。
どうでしょうか、やはり文章では言い及ばないことがたくさん出てきますが、とにかく、相手にとって無理がなく窮屈にならない動きが、もっとも有効な動きです。
機械式時計は全ての歯車やゼンマイが協調して働くことで正確な時刻を示すことができます。わたしの合気道もそれと同じように、自分の中の協調、相手との協調を目指しています。
もっとも、精密機械のような動きは、身に付けるのに時間がかかりますし、その割には粗雑な力の前には往々にしてあえかなものです。ですから、稽古にあたっては、取り、受け双方がその動きの意味と目的をよくわかっている必要があります。
でもこれ、達人へ続く道ですよ。