少し前に、庭の木を切って手入れしていたら、軽ワゴンに乗った泉谷しげるになりたかったけどなり損ねた風のおっさんに、庭について文句をつけられて、なにあいつ!はらたつ!と思って、また作業に戻ったら、しばらくして別のにこやかな神様みたいなおじいさんが通って、「木というものは、切っても切っても伸びるから、しょうがないですね、はははは」と言って行かれて、優しい人もいるものだな、と思ってそこで終わったのでした。
そしたら、先日、自転車で走っていたら、文句をつけたおっさんがごみ出しをしていて、あ、ここのおうちの人だったのか、おっさんめ〜〜とまた怒りがこみ上げてきて、通るたびに思い出して腹が立ったのですが、何回めかの帰り道、いい気分でまた通ったら、あ、おっさんのこと考える時間がばかばかしい、とやっと思えることができました(どんだけ執念深いんだ)
思い出して、いやな気分になるたびに、おっさんに言い返してやろうか〜〜と思うたびに自分の価値や波動を下げてしまうから気をつけよう、と思ってはいたのですが、切り替えるというものは、口で言うほど簡単ではなくて、時間がかかってしまいます。
先日プラネタリウムの映像で、ペンギンとしろくまくんが、ここは北極だけど、ここから1度歩く方向が違うだけで、全然違うところに着いちゃうんだよ〜〜と話していて、それを思い出して、やっといやなできごとから(ちっちゃいけど)1度違う方向に歩き出すことができたなぁと思いました。角度を変えてしまえば、しばらく交わることはないでしょう…
ポジティブな面で考えると、
もし、今やりたいことや、始めてみたいこと、変えてみたいことがあって、もしちょっとでも歩き出してみたら、北極を出てしばらくして振り返るころには、今この時点より、ずいぶん景色が変わったなぁ、と思えるかもしれませんね!
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