映画「ノルウェイの森」を観てきました。
原作村上春樹
監督 トラン・アン・ユン (「夏至」の映画が印象的でした)
キャスト 松山ケンイチ(ワタナベ)
菊地凛子(直子)
水原希子(ミドリ)
原作を最近読んでしまったということで、頭の中に台詞一つ一つが残っている状態で映画を観るというのはあまり良いことではないのかもしれません。
この映画は、原作を忠実に表現したところと、原作にはない映画独自の世界を出したことといろんな要素があったように思います。
作品全体の広がりからすると、上下巻で構成されている原作に軍配は上がってしまうのは仕方のないことだと思います。
原作をできるだけ意識せずに(それは絶対無理なんだけど)この映画を観ると実によくできた良質の映画だと思います。
映像美が実にすばらしいのです。それに加えて、原作で輝いている台詞をそのまま引用しているシーンなど出色の出来だと思います。
しかし、なにより主演の松山ケンイチの演技が光っていたために映画全体のトーンを決めていたように思います。
この俳優はどんな演技をやらせてもこなしてしまう不思議な俳優だと思います。
テレビのインタビューを聞いていると青森のなまりがあるのですが、映画の中ではみじんも感じません。
直子役の菊地凛子も自分から監督に売り込んでいっただけあって、いい演技をしていたと思います。
死への歩みを進める直子にワタナベは何とか生の方向へ導こうとするけど、死への歩みを始めた直子は止められない。
そんな二人のやりとりが画面の中にあふれています。
もう一人、ミドリ役の水原希子の存在も際だっていました。
ミドリの台詞は時においてショッキングな台詞なんだけど、「あの顔でさらりと言っちゃうんだ」という感じなのです。
実に見事な存在感なのです。初めての映画とは思えません。
気のなるのは、映画がきわめて断片的な映像になっているような気がします。
原作を読んでいる人間だったらつなげて理解することはできるのだけれど、本当のところはどうなんだでしょう?
例えば、自殺してしまう親友キズキと直子とワタナベの3人のシーンが冒頭に出てくるけど、これは理解に苦しむと思います。
原作では、何回かダブルデートはするけど、やっぱり3人の方が一番気楽だった。
キズキが有能なホストで、直子がアシスタントであるTVのトーク番組みたいだと書いています。
ワタナベは場を和ますゲストの才能もあることになっています。
そのことは、後に出てくる永沢とその恋人のハツミとの3人の食事にもつながっていきます。
他にもいくつかわかりにくいシーンもあるけど、文庫本上下巻で590ページの原作を2時間13分で映画化するわけだからいろいろ苦労があったんだろうと推察します。
原作と映画が異なるシーンではどちらがいいのか少しためらいがあります。
ワタナベと直子が再開するシーンは原作では中央線の車内で偶然会うことになっていますが、映画では美術館の池の見える静かなテラスで再会することになっています。
こういう場所にわざわざ直子が行くかな?ちょっと無理があるような気がします。
ミドリの家に行って食事を作ってもらうシーンでは、
原作では二人が食事を終えてゆっくりしていると近所で火事があり、
物干し場で二人で火事を見物しながらキスをするという不思議なシーンは全て削除され、外の雨を見つめながら窓辺でいろんな話をするシーンになっています。
これは少しもの足りません。
直子が療養する阿美寮に初めて行くシーンも変更が加えられています。
原作ではれいこと直子とワタナベが食堂で夕食を取っている時に、
いろんな不可思議な会話があるシーンがなかなか興味深いのに、
映画ではキャンプファイヤーになっていたりと
なかなか納得のいかない場面も多々あります。
ワタナベが寮を出て新しく住む部屋も大幅な変更をされています。
原作では一軒家で日当たりのいい家で、野良猫がたくさんいるということになっているのに、非常にクールやアパートになっていました。
ここもちょっと不自然な気がします。
また、映画の中で2度目に阿美寮に行った時に、ワタナベが無理に体をつなごうとするシーンは原作にはありません。
ミドリの水着シーンも原作にはなかったし、レイコのシャワーシーンも原作には当然なかったのにあえて付け加えているところに観客を意識しているサービスが見られます。
もう一つ、ラブストーリー風味も充分感じさせています。
映画を観ながら今さらながら思ったのは、ワタナベを取り巻く人々は、それぞれ痛みを伴って生きています。
ナオコは姉の自殺を最初に発見し、幼なじみの恋人を自殺で亡くしています。
同室のレイコはピアニストへのプレッシャーから精神を病んでしまいます。
ミドリは、母親を脳腫瘍で亡くし、看病の末、父親も同じ病で亡くします。
ワタナベだけが痛みがない。
だから、アルバイト先のレコード店で手を切るという場面が必要だったのかもしれません。
映画では取るに足らないけがのシーンを誇張して描いています。
そして、自分で傷口を広げて出血するシーンまで付け加えています。
なかなか見応えのある映画でした。
おそらくもう一度観に行くことになるでしょう。
今年度観た映画の中では、かなり上位にランキングする映画だったように思います。
観た後でいろいろ引きずる映画です。
それを楽しめるならぜひ観に行ってはいかがでしょうか。