季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

春は谷からやって来る

2010年04月08日 | 音楽
シューマンの交響曲第1番には「春」という副題が添えられている。冒頭にジャン・パウルの「春は谷からやって来る」という詩句が掲げられているからである。

大抵の人はたぶん詩句自体には疑問を持たないだろう。ああ、きれいな言い回しだと感じるだけかもしれない。僕がかつてそうであったように。

こんなことがあった。ドイツでほんの短い期間語学学校に通った。ある日教師が僕に「春はいつからですか?」と訊ねた。あなただったら何と答えますか?僕はありのままに「分かりません(Ich weiss es nicht.)と答えた。ふつうそうじゃないかな。

ところが案に相違して、クラス中、教師までが笑うではないか。このときほど何のことやら分からない思いがしたことはない。

ここで僕は「○月○日です」と答えるべきだったのである。後々生活に慣れるにしたがってそれを実感するようになった。

最後の住居は大きな五差路に面していた。道はハンブルクからやって来て、ラウエンブルクというエルベ川に面した小さな町行きと(東山魁夷さんが丹念に描いている。お気に入りの町だったようだ)ベルリンまで通じている道にここで分かれる。写真はラウエンブルク。

そういう幹線道路だから道の真ん中は花壇がしつらえてあった。春がいつからか、また忘れてしまったが、いずれにせよ3月20前後のある朝目が覚めると、そこは突然花畑なのである。前日まではそこが花壇だと認識するのは、以前そこに花が咲いていたという記憶のためだと言いたいくらい殺風景だったのに。

朝方、たぶん市役所の公園課みたいなところから派遣された人たちが一斉に植えていったのである。

「くるみ割り人形」ではクララは目を覚ますと王子と共に夢のような世界にいる。ところがドイツでは目を覚ますと、どんなおじさんもおばさんも、夢かと思うくらい花々に囲まれた世界にいる。こいつは逆に夢がないなあ。

春は谷からやって来るどころか、春は作業員が置いていく。もしも現代に生まれていたらシューマンも困っただろう。さいわい当時はそんな役所はなかったからね。それでもドイツの風景はある時に一斉に明るくなる。これは昔からそうだ。「詩人の恋」の1曲目にすべてのつぼみが一斉に開く5月、という歌詞がある、その通りに。違うのは役所がカレンダーにしたがって3月ころ花開かせるところだけだ。

ドイツ人にとってジャン・パウルのような感覚はそう一般的なものではないのである。四季折々の感情はもちろんあるが、それは何というかずっと鮮やかな変化と言っても良いものだ。

日本人にとっての春は、例えば信州の杏の里だ。そこではわざわざ「春は谷からやって来る」と言うまでもない。香りと色はまとわりついてくる。不安定な空気は当たり前のように谷からやって来る。いくら春分の日があっても、僕たちにパッと変る感覚はないだろう。

シューマンの「春」はジャン・パウルの春でもある。それはヨーロッパ人より日本人である僕たちにより一層共感しやすいのではなかろうか。

話を急に発展させて誤解を恐れずに言えば、天才の作品を演奏するという行為は秀才のヨーロッパ人のもっとも苦手とするところだ。

これは僕の実感なのだが、「春」というシンフォニーくらいその感慨を引き立たせる曲はない。このテーマについては改めて書く(かも知れない。えらく難しいテーマだからね)。

冒頭トランペットが彼方に呼びかけるように鳴り響き、それに金管群のやわらかい和音が呼応する。その後のヴァイオリンの上行する音階は、まるで身をよじるかのようだ。そうとも、春は谷からやって来るのだ。こんな不安定な音型はシューマン以外の誰が考え付いただろう。

ヨーロッパの典型でありながら、非ヨーロッパ的な感情。良い演奏が少ないのも当然だろうか。
コメント
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