季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

捨て犬記(続)

2008年09月28日 | 
当時僕たちは、昔風の○○荘といったアパートの2階に住んでいた。もう住人はおらず、だから犬を計3匹も飼えたのだ。

子犬が成長して夜中に起きる必要が減ると、大分楽になった。といっても、この子犬たちを自分たちで飼うことは不可能だったから、いろいろ里親探しを続けたのである。

近所の雑木林にたまとアリスとテレスを連れて行くと、実の親子のようにたまの後を追い可愛かった。それでも手放さないわけにはいかない。

あちこち、といっても僕は今でも交友範囲や人付き合いが極端にせまいのだ、当時はたかが知れていたが、貰い手を探しているうちに、生徒の家庭が雌を一匹もらっても良いと申し出てくれた。

ある日、その一家が全員お揃いでアリスを引き取りに来た。ほっとする気持ちと、寂しい気持ちが一度にやって来た。僕がアリスを抱き上げ、奥さんの手に「はい、どうぞ」と渡した。

なぜそんなことをくだくだしく書くかというと次のような次第である。

この一家では奥さんだけが幼いころの経験から、犬が怖くて仕方がなかったという。それでも家族中が飼いたがるから承知して、我が家まで一緒にきたわけだ。

それが、予想もしない展開になり、怖くてたまらない犬をいきなり手渡されてしまった。後日談だが、腰が抜けるほどびっくりしたそうである。僕たちは僕たちで、まさか犬が怖い人が貰ってくれるとは想像だにしていなかったから、花束を家庭の主婦に渡すでしょう、そのような感じで、ひょいと手渡したのだ。

奥さんは数日悪夢にうなされたそうだ。こんな話も聞いた。アリスは(名前はアリスのままになった)最初は玄関に繋がれていたそうだ。ある日奥さんが外出から帰ったところ、どうしたことか、綱からはずれて、ウロウロしていた。それを見た奥さんは本当に腰が抜けてしまって、大変だったという。

触るにも、軍手をはめて、といった調子だったらしい。それにもかかわらず引き取ってくれたことに僕は深く感謝している。しかも、いつの間にかアリス一筋になり「アリスが死んだら私も死ぬわ」とまで変わったそうだ。本当に良いところに貰われたものだ。

結局アリスは16歳を超えるまで生き、家族中に看取られて天寿を全うした。幸せな子だったと思う。奥さんはもちろんご健在である。

さてアリスが貰われて車を見送り、部屋に戻った僕たちはテレスが寂しい思いをしているだろうと、気を遣った。

心配は無用だった。

犬の社会を冷静に考えれば当然のことだ。テレスはアリスと仲は良かったが、アリスがいなくなったとたん、よりのびのびと振舞い始めた。通常は飼われる犬の数は限られるわけで、テレスにしてみれば争いに勝ったわけなのだ。

動物の社会は厳しいなあ。人間の感傷なぞ吹き飛ばされる。

写真のような按配で、充分に甘えていた。

市が主催する里親探しの会に足を運んで、とうとうテレスも貰われる日がやってきた。何度も、拾ってこなければ良かった、と思いながらも、お別れは辛い。市の里親探しでは、トラブルを避けるために、貰い手と連絡を取ることを禁じている。年配の夫婦に引き取られたテレスについては、アリスと同じように可愛がられてそだったことを祈る。

それにしても、自分が味わうべき苦労や辛さを人に丸抱えさせた奴に呪いあれ。僕たちがどんな気持ちでテレスを手渡したか。
たまを飼ったいきさつで書いたドイツ人同様に振舞うかどうか分からないが、とにもかくにも大きな差だと言わざるを得ない。

我が家はその後、捨て猫にも悩まされることになる。それはいつか書く。