パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

少数派として

2011-11-23 00:29:26 | Weblog
 大王製紙の会長、「背任容疑」で逮捕。

 テレビ解説の元検事が、「現実に会社に損失を与えていない段階でも、その可能性があると認められれば背任罪が成立する」と言っていたが、会長は株を売って返すと言っているという。

 報道で知る限り、返済額は残り40億円くらいだが、会長は、「私にとって一億円は、普通の人にとっての一万円くらい」と語っていたそうだから、それくらい、返せるだろう、というか、返すだろう。

 私の知り合いの金持ちを観察すると、まとまった金を使うときは自分の金ではなく、借りて使うのが普通のようだ。

 理由はよくわからないが、「自分の金」は、本当に「いざ」というときのためにとっておくのかもしれない。

 要するに、ギャンブルであれなんであれ、「楽しみ」は人の金で楽しみ、ひとしきり楽しんだ後、負けという結果が出たら、その分は自分で返す。

 それが今回は40億円だったわけだが、本人にしてみればもう少し取り返すつもりだったのかもしれない。

 それはともかく、そもそも無担保で金を貸したのは、貸した側がそれでよいと判断した結果であり、それで損失が出たとしたら、貸した側こそ「背任罪」を問われるべきではないのか。

 別に、会長を擁護しているわけではない。

 「借りやすいところから借りる」という行動は、それ自体、決してほめられたものではないし、醜いと言ってもいいけれど、たぶん、これまでそれほど実害はなかったのだと思う。

 「絶対服従の会社的風土があった」というが、もし多額の損失が出ていたら、絶対的支配者といえども反旗をひるがえすものは現れただろう。

 今までなんとなく、それでやれてきたので、やってきたし、今後もそれでやるつもりなのだろう。

 なんだか、アレみたいだ。

 福島原発。

 もし菅直人首相の政策・指導よろしきを得て、事故がうまく収束できていたとしたら、「なんとなくやってきた」体制が今後も維持されることになっただろう。

 そんなことがあってはならないがためにも、「背任罪」を負うべきものは誰なのか、純粋に、明瞭に、論理的に考えるべきだ。

 そうであってはじめて、今後、大王製紙がなすべきことも明らかになるはずだ。

 しかし、そんな視点はマスコミには皆無。

 「真面目に働いている大王製紙の従業員が可哀想です」(古館)。

 そんな話じゃないだろ、バカ!

 東海大学の菅野が日ハム入団を拒否、叔父さんが監督をつとめる巨人入団を見据えた「浪人」を宣言!

 うまくいって当たり前、うまくいかなかったら、あることないこと書き立てられるにちがいない。

 江川、元木のケースに比べ、菅野の場合は、監督が親戚だから、話がさらに複雑にこんがらからかりかねない(こんがらかってしまった)。

 そんな巨人より、「他人の関係」の日ハムに入った方が利巧だと思うがね~。

 しかし、そんな視点はマスコミには皆無。

 私のような意見が少数派だということはわかっているが、「皆無」というのは、ちょっと解せない。

 私の頭が変になったというなら、話が別だが、そうではない(はず)。

 たった一人でいい。

 私の言っている事をわかってくれる人が、必ずいるにちがいないと思って、私は書いているのだ(なんか、悲壮な話になっちゃったが)。