小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

杜子春(小説)(上)

2015-06-30 03:12:36 | 小説
杜子春

ある春の日暮です。
唐の都の洛陽の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
若者は杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費つかい尽して、今日、泊まる所もなくて、どうしようかと困って立っていました。
すると、突然、彼の前へ一人の老人が現れました。
「お前は何を考えているのだ」
と、老人は杜子春に声をかけました。
「私は今夜寝る所もないので、どうしようかと考えているのです」
杜子春は正直に答えました。
「そうか。それは可哀そうだな」
老人は往来にさしている夕日の光を指さしました。
「ではおれが好いいことを教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当る所を夜中に掘って見るが好い。そこに車にいっぱいの黄金が埋っているぞ」
そう言って老人は去って行きました。

     △

 杜子春は翌日から、洛陽の都で一番の大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位の黄金が一山出て来たのです。
大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買いました。そして途方もない贅沢な暮らしを始めました。
すると、その噂を聞いて、多くの人達が杜子春の家にやって来ました。杜子春は客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。
しかしいくら大金持でも、金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、だんだん貧乏になり出しました。
そして、ついに杜子春は、一文無しになってしまいました。杜子春の家に遊びに来ていた人達の家に行っても、みな、冷たくて、泊めてくれる人は一人もいません。
そこで、仕方なく、杜子春は、また、あの洛陽の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。すると、前回の謎の老人が、どこからか姿を現して、
「お前は何を考えているのだ」
と、声をかけました。
「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」
と、杜子春は答えました。
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車にいっぱいの黄金が埋まっている筈だから」
老人はこう言って去って行きました。
杜子春はその翌日から、また洛陽の都で一番の大金持ちに返りました。老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位の黄金が一山出て来たからです。
大金持になった杜子春は、また、すぐに立派な家を買い、そして、また、贅沢な暮らしを始めました。しかし金には際限がありますから、杜子春は、また、だんだん貧乏になり、また、ついに一文無しになってしまいました。

     △

杜子春は、また洛陽の門の下に行きました。すると、また、以前と同じ謎の老人が、現れました。
「お前は何を考えているのだ」
老人は、杜子春に聞きました。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです」
杜子春は、そう答えました。
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの・・・」
老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、その言葉を遮りました。
「いや、お金はもういらないのです」
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」
老人は審しそうな眼つきで、じっと杜子春の顔を見つめました。
「いえ、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」
杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪にこう言いました。
「どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になると、無視して相手にしてくれません。そんなことを考えると、たとえもう一度大金持になったところが、何にもならないような気がするのです」
老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。
「そうか。お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか?」
杜子春はちょっとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、
「そういう気にもなれません。あなたは仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることなど出来ない筈です。私は仙人になりたいと思います。先生。どうか私に仙術を教えて下さい」
老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、
「いかにもおれは峨眉山に棲すんでいる、鉄冠子という仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持にしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にしてやろう」
と、快く杜子春の願いを受け入れてくれました。
「ありがとうございます」
杜子春は大喜びして、大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜をしました。
「よし。では、これから仙人になる修行として、峨眉山へ行くぞ。そこでお前は仙人になるための修行をするのだ」
鉄冠子はそこにあった青竹を一本拾い上げると、口の中うちに咒文を唱えながら、杜子春といっしょにその竹へ、馬にでも乗るように跨がりました。すると不思議なことに、二人の乗った竹杖は、勢いよく大空へ舞い上って、春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。

     △

二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞い下がりました。
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でした。
二人がこの岩の上に着陸すると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせました。
「おれはこれから天上へ行って、西王母という女仙人に会って来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っていろ。おれがいなくなると、いろいろな魔物が現れるだろうが、決して声を出すな。もし一言でも口を利いたら、お前は仙人にはなれないぞ」
と言いました。
「わかりました。決して声を出しません。命がなくなっても、黙っています」
「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」
老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、天空へ飛んでいきました。
杜子春は黙って岩の上に坐っていました。するとかれこれ半時ばかり経った頃、凛々と眼を光らせた虎と、四斗樽程の大蛇が現れました。
しかし杜子春は平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。
虎と蛇とは、一つ餌食を狙ねらって、互に隙でも窺うのか、暫くは睨合いの体でしたが、やがて、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛かまれるか、蛇の舌に呑のまれるか、と思った時、虎と蛇とは、パッと霧の如く、消え失うせてしまいました。
「なるほど、今のは幻覚だったのだな」
と杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起るかと、待っていました。
すると今度は。一陣の風が吹き起って、黒雲が一面にあたりをとざすや否や、金の鎧を着た、身の丈三丈もあろうという、厳かな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸もとへ向けました。
「こら、お前は一体、何者だ。この峨眉山は、おれが住居をしている所だぞ。それも憚らず、なぜ、ここにいるんだ。理由を言え。言わぬと殺すぞ」
と怒鳴りつけました。
しかし杜子春は鉄冠子の言葉通り、黙っていました。
神将は彼が答えないのを見ると、怒り狂いました。
「この剛情者め。では約束通り殺してやる」
神将はこう喚わめくが早いか、三叉の戟で一突きに杜子春を突き殺しました。

     △

 杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。
「こら、お前は何の為ために、峨眉山の上へ坐っていた?」
地獄の閻魔王様が杜子春に聞きました。
杜子春は早速その問に答えようとしましたが、「決して口を利くな」という鉄冠子の戒めの言葉を思い出して、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、顔中の鬚を逆立てながら、
「お前はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ、地獄の呵責に遇わせるぞ」
と、威丈高に罵りました。
が、杜子春は相変らず唇一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、
「こやつを徹底的に責めろ。責めて責めて責め抜け」
と怒り狂って叫びました。
 鬼どもは、杜子春を剣の山や血の池に放り込んだり、焦熱地獄や極寒地獄に入れたりなどと、ありとあらゆる方法で責め抜きました。しかし杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。
これにはさすがの鬼どもも、呆れ返ってしまいました。
鬼ともは、杜子春を閻魔大王のもとに連れて行きました。そして、
「この者はどうしても、ものを言う気色がございません」
と、口を揃えて言上しました。
閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、
「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ連れて来い」
と、一匹の鬼に言いつけました。
鬼はすぐに、二匹の痩せた馬を連れて来ました。その馬を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜなら、それは二匹とも、形は見すぼらしい痩せ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母だったからです。
「こら、お前は何のために、峨眉山の上に坐っていたのだ。白状しなければ、今度は、お前の父母に痛い思いをさせてやるぞ」
杜子春はこう嚇されても、やはり返答をせずにいました。
「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いいと思っているのだな」
閻魔大王は凄まじい声で喚きました。
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
閻魔大王は、そう鬼どもに命じました。
鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上ると、四方八方から二匹の馬を、未練未釈なく打ちのめしました。馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身を悶えて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程嘶き立てました。
「どうだ。まだお前は白状しないか」
閻魔大王は、もう一度杜子春の答を促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに倒れ伏していたのです。
杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、緊く眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、殆ど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰ても、言いたくないことは黙っておいで」
それは確かに懐しい、母親の声に違いありませんでした。杜子春は思わず、眼をあけました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、怨む気色さえも見せないのです。

     二(ここより創作)

杜子春は、一瞬、仙人の戒めを忘れて、「おっ母さん」と叫んで、飛び出して母親である半死の馬を抱きしめたくなりました。しかし、やはり考え直して、ぐっと堪えて、目をつぶって手で着物をギュッと握り締めながら、仙人の戒め通り、黙っていました。
「この親不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いいと思っているのだな」
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
という怒り狂った閻魔大王の声。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰ても、言いたくないことは黙っておいで」
という母親の声。
そして、ビシーン。ビシーンという鬼どもの振るう、鉄の鞭の音。
それらが目をつぶっていても、杜子春の耳に聞こえてきます。しかし、杜子春が黙っていると、その鞭の音や、叫び声は、だんだん小さくなっていきました。そして、ついには何も物音が聞こえなくなりました。
「もう、お前を試す試練は終わりだ。もう、喋ってもいいぞ」
仙人の声が聞こえました。杜子春は、恐る恐る、ゆっくり目を開けました。目の前には仙人、鉄冠子がいます。あたりを見ると。気づくと、杜子春は、峨眉山の岩の上に座っていました。
杜子春は、ほっとして、
「はあ。疲れた」
と、溜め息をつきました。
仙人は、訝しそうな目で杜子春をじっと見ています。
杜子春は、すぐに、キッと仙人に鋭い目を向けました。
「さあ。約束です。私は黙り通しました。私を仙人にして下さい」
杜子春は強気の口調で仙人に迫りました。
仙人は不思議なものを見るような顔で杜子春を見つめました。
「お前は、自分の父母が、責め苛まれても何とも、思わないのか?お前は、それでも人間の心というものが、あるのか?」
仙人は、威嚇的な口調で杜子春に聞きました。
杜子春は、ニヤッと笑いました。
「な、なんだ。その不敵な笑いは?」
仙人は、少したじろいで、一歩、後ずさりしました。
「あれは、峨眉山での、私への責めと同様、幻覚だと確信していましたから」
杜子春は、勝ち誇ったように言いました。
「どうして、そう思ったのだ?」
仙人は首を傾げて杜子春に聞きました。
「私の父母が地獄に落ちるはずがありません」
杜子春はキッパリと言いました。
「どうしてそう思ったのだ?」
仙人は聞きました。
杜子春は、自信に満ちた口調で仙人に諭すように言いました。
「いいですか。鬼どもに鉄の鞭で打たれながら『心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰おっしゃっても、言いたくないことは黙って御出おいで』などと言うような神にも近い心の優しい人間が地獄に落ちるはずが、ないではありませんか」
杜子春は自信に満ちた口調で言いました。
仙人は、苦し紛れの表情で黙っていました。
杜子春は、さらに続けて言いました。
「私は仏教の輪廻転生のことは、よくわかりません。しかしですよ。かりに、生きている時に、悪い事をして、地獄に落ちたとしてでもですよ。ああまで反省して、心を入れ替えた人間を永遠に責めつづけるというのは・・・物の道理から考えて・・・いくらなんでも酷すぎるのではありませんか」
杜子春は、自信に満ちた口調で言いました。
仙人は、眉間に皺を寄せて、困惑した顔つきになりましたが、すぐに何かを思い立ったらしく、刺すような鋭い眼光で、杜子春をにらみつけ、懐から短剣を取り出して、杜子春の頭上に振り上げました。その時。
「待って下さい」
そう杜子春は、落ち着きはらった顔で仙人を制しました。
「あなたは、私を殺すつもりでしょう」
杜子春は、仙人をじっと見つめて言いました。
「そうだ。自分の父母が苦しんでいても、自分さえ都合が好ければ、好いと思っているような、そんな薄情で冷血でエゴイストな人間は、生きている資格などないわ」
そう言って、仙人は、再び、短剣を杜子春の頭上に振り上げました。
「待って下さい」
と、再び杜子春は、また仙人を制しました。
「確かに、父母が苦しんでいても、自分さえ都合が好ければ、好いと思っているような、そんな薄情で冷血でエゴイストな人間は、あなたが言うように生きている資格などないかもしれません。しかしですよ。私は、そんな薄情な人間では、ありませんよ」
杜子春は、キッパリと言い切りました。
「ふん。口先でなら、どんなウソでも言えるわ」
仙人は、不快そうに顔を歪めて、言いました。
そして、また短剣を杜子春の頭上に振り上げました。
「待って下さい」
杜子春は、またしても仙人を制しました。
「あなたは頭が悪い。私はそんな薄情な人間ではありません。確かに、本当に、私の母が、鬼どもに責められているのを見たら、私は、涙を流して、おっ母さん、と叫んだでしょう。しかしですよ。私は、あれは、絶対、幻覚だと、確信していたから、黙っていたのです。私がそう確信した理由は、今、言ったばかりではありませんか」
仙人は黙ってしまいました。
杜子春は、仙人に詰め寄りました。
「それにですよ。あなたは仙人であって、神ではない。仙人というのは、修行によって妖術を使えるようになった超能力者です。しかし超能力者である仙人は、人間の善行悪行から、人間を裁く権限まで持っている者なのですか。人間の善悪から、人間を裁く権限まで持っているのは、神、つまり、お釈迦様、だけにしか、ないのではないですか。あなたのしようとしている行為は、まさに越権行為です」
仙人は、言い返せず、黙ってしまいました。
「さあ。約束です。私を、仙人にして下さい」
杜子春は、強気に仙人に詰め寄りました。
「わかった。私の負けだ。この杖をやろう。この杖は仙人の杖だ。これがあれば、何でも出来る」
そう言って仙人は、杜子春に、杖を差し出しました。
「では、お言葉にあまえて、頂戴させていただきます」
そう言って杜子春は嬉しそうに、仙人から杖を受けとりました。
「それで、お前は、これからどう生きていくつもりだ」
仙人は目を細めて訝しそうに聞きました。
「そうですね。さてと、どう生きて行こうかな」
杜子春は目を虚空に向けて、独り言のように呟きました。
「おお、幸い、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住んでみてはどうか。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」
仙人は、パンと手を打って嬉しそうに、そんな提案をしました。
「では、その泰山の南の麓の一軒の家を、頂きましょう」
杜子春は、嬉しそうに言いました。
「おお。お前は、そこで、貧しくても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりなのだな」
仙人は嬉しそうに言いました。
「いえ。家ももらいますが、仙術も使わせてもらいますよ」
杜子春は、当然の権利と言わんばかりに、堂々と言いました。
「おまえは一体、仙術を使って、何をするつもりなのだ?」
仙人は拍子抜けした顔になって、訝しそうな目つきで杜子春を見つめました。
「それは、もちろん。そうですね。まず、透明人間になって、女の裸を見ます。それと、もちろん、また贅沢な生活もさせていただきますよ」
杜子春は、何憚ることなく堂々と言いました。
「あまり悪い事はやらないでくれよ」
仙人は寂しそうに言いました。
そうして青竹に跨って、空へと浮上し、峨眉山から去っていきました。

   △

仙人になった杜子春は、さあて、まずは何をしようかな、と、しばし考えを巡らしました。これから杜子春は、妖術を使って何でも出来るのです。
「よし。まず手始めに、京子と愛子の家に行ってみよう」
そう杜子春は決めました。京子と愛子は、杜子春が大金持ちだった時、毎日、杜子春の家に遊びに来ていた双子の姉妹です。京子と愛子は、親が事業に失敗して、多額の借金を残し、家も土地も失って、もはや売春婦になるしかなくなって辛い日々を過ごしている、という身の上を杜子春に泣きながら、縷々と語りました。杜子春は、二人に同情し、二人に多額の金をあげました。それが、杜子春が、大金を早く使い果たしてしまった理由の一つでもあるのです。京子と愛子は、今、どうしているだろう、と杜子春は思って、魔法の杖を跨ぐと、勢いよく大空へ舞い上って、一途、京子と愛子の家に飛んでいきました。

   △

ようやく京子と愛子の家を見つけた杜子春は、ゆっくりと高度を下げていき、二人の家の前に着地しました。杜子春は、驚きました。京子と愛子の家は、乞食の住むような藁葺きのオンボロ家だったのですが、なんと、身分の高い貴族が住むかと思うほど立派な家に改修されていたからです。窓から家の中を覗くと、京子と愛子が、ソファーにもたれて、極上のワインを飲んでいました。二人が愉快そうに、話し合っているので、杜子春は、二人の会話に聞き耳を立てました。

「お姉さま。よかったわね。大金持ちになれて」
妹の愛子が真珠のネックレスを触りながら言いました。
「これも全て杜子春のバカのおかげだわ」
姉の京子が、指にはめている18カラットのダイヤの指輪をしげしげと見つめながら言いました。
「ふふ。これで、もう私達、一生、遊んで暮らせるわね」
妹の愛子がワイングラスにブランデーを注ぎながら言いました。
「私達、本当は、多額の借金なんてないし、売春婦でもなく、貧しい花屋で、貧乏だけど、何とか生活は出来ていたのにね。ホロリと涙を流して杜子春に、ウソの悲惨な身の上話を、語ったら、私たちの話を本当に信じて、大金をくれちゃったんだからね」
妹の愛子がブランデーを飲みながら言いました。
「男なんて、みんなバカなのよ」
姉の京子もブランデーを飲みながら言いました。
「杜子春のバカ。今頃、どうしてるかしら?」
「さあね。もう、とっくに野垂れ死にしてるんじゃないかしら」
二人は、顔を見合わせて、ふふふ、と笑い合いました。
これを聞いた杜子春が怒ったの怒らないのではありません。
(そういうことだったのか。よくも。よくも。これは絶対、許さんぞ)
そう心に中で呟いて、杜子春は、力強く拳をギュッと握り締めました。杜子春は、
「地震よ。起これ」
と呪文を唱えて仙人の杖を一振りしました。
すると、どうでしょう。姉妹の家が、急にガタガタと、揺れ始めました。揺れは、どんどん激しくなって、壁に掛かっていた絵画や、家具が倒れていきました。
「きゃー。お姉さま。地震だわ。怖いわ」
「愛子。落ち着いて。テーブルの下に隠れましょう」
二人は、大理石のテーブルの下に身を潜めました。
「こ、怖いわ」
「早く、おさまって」
二人は、手をギュッと握りあって、地震がおさまるのを待ちました。すると、揺れは、だんだん、小さくなっていきました。そして、ついに、揺れは、なくなりました。二人は、そっとテーブルの下から出て来ました。
「はー。よかったわね」
「久々の地震だったわね」
「でも、まだ安心しちゃダメよ。余震が来るかもしれないから」
「そうね」
そう言いながら、二人は、身を寄せ合って、ソファーに座りました。
しかし二人が安心したのも束の間でした。突然、
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
と不気味な笑い声が、家の中に、轟きました。
「お、お姉さま。怖いわ。一体、何なの。この薄気味悪い声は?」
「わ、わからないわ。家の外に誰かいるのかしら?」
「でも、何だか、家の外から、というより、声は家の中から、起こっているみたいに感じるわ」
その時です。二人は同時に、あっ、と驚愕の声を出しました。なぜなら、二人の目の前に杜子春が立っていたからです。
「あっ。あなたは杜子春じゃない」
「まだ生きていたの?」
「一文無しになって、私たちに、たかりに来たの?お金のない、あなたなんかを泊める気なんて毛頭ないわよ」
「さあ。出てって」
二人は杜子春に向かって突慳貪に言いました。
「お前たち、よくも、ウソをついてオレをだましてくれたな。お前たちが、そういう性悪なヤツラだとは、知らなかったぜ」
そう言って杜子春は悠然と椅子に座って膝組みしました。
「ゴチャゴチャうるさいわよ」
姉が言いました。
「だまされる方がバカなのよ」
妹が言いました。
「住居不法侵入で警察に通報するわよ」
二人は矢継ぎ早に杜子春に罵倒の言葉を浴びせました。
「ふふふ。オレはな。厳しい修行をして、仙人になったのさ。仙人だから、妖術を身につけているから、何でも出来るのさ。今の地震もオレが起こしたのさ」
杜子春は、ふてぶてしい口調で言いました。
「ま、まさか、そんなバカげた非科学的なことが出来るはずはないわ」
姉の京子が言いました。
「何、寝ぼけたこと言っているのよ。とっとと、早く出て行きなさい」
妹の愛子が言いました。
しかし杜子春は、ニヤニヤ笑ったままです。
「ともかく、早く出て行きなさい」
そう言って、姉の京子は、テーブルに乗っていたフォークを、つかむと、杜子春に向かって投げつけました。しかし、杜子春が、えいっ、と魔法の杖を一振りすると、フォークは、パッと消えて無くなってしまいました。
「ま、まさか・・・」
二人は、恐怖に駆られたように手当たり次第に、杜子春に向かって皿や茶碗やコップなどテーブルの上の物を投げつけました。しかし、物は、杜子春の体に当たる前に、パッと消えて無くなってしまいます。
「どうだ。これでオレの言ってることが本当だとわかっただろ」
杜子春は横柄な口調で二人に言いました。
「ウソよ。これは、何かのまやかしよ」
二人は、まだ信じることが出来ない、という様子でした。
「よし。じゃあ、いい物を出してやる」
そう言って杜子春は、
「虎よ。出でよ」
と叫んで魔法の杖を一振りしました。すると、どうでしょう。突然、大きな虎が二匹、部屋の中に現れました。
「きゃー」
「ひいー」
二人は、咄嗟に悲鳴を上げました。二匹の虎は凛々と眼を光らせて、京子と愛子の様子を窺うかのように、部屋の中を、のそりのそりと徘徊していましたが、突然、ガーと大きな猛り声をあげて、大きな口を開けて、一匹は姉の京子に向かって、もう一匹は妹の愛子に向かって飛びかかりました。
「きゃー」
「ひいー」
京子と愛子が大きな悲鳴をあげました。虎の牙に噛かまれるか、と思うほど姉妹の顔の直前に、来た時に、パッと二匹の虎は、霧の如く消え失せてしまいました。
「どうだ。これでオレの仙術が本物であることが、わかっただろう」
杜子春は、勝ち誇ったように言いました。
しかし、まだ二人は信じられない、のか、恐怖のあまり、腰を抜かして口が利けないのか、黙っています。
「仕方がないな。それでは、もう一度」
と言って、杜子春は、魔法の杖を、えいっ、と一振りしました。すると、突然、四斗樽程の大きな蛇が二匹、部屋の中にパッと現れました。
「きゃー」
「ひいー」
二人の姉妹は、またも、大きな悲鳴をあげました。
二匹の蛇は、とぐろを巻いて、気味の悪い赤い舌をシューシュー出しています。
二人は、恐怖に凍った顔を見合わせるや否や、脱兎のごとく咄嗟に部屋から逃げ出そうとしました。
「おっと。そうはいかないぜ」
杜子春は、魔法の杖を姉の姉妹に向けて、
「不動。金縛りの術」
と叫んで、えいっ、と一振りしました。すると、どうでしょう。二人の体は石膏のごとく、ピタリと動かなくなってしまいました。指先から、足先まで、まるで彫刻のように微動だにしません。
「お、お姉さま。か、体が動かないわ」
「私もよ。愛子」
とぐろを巻いていた二匹の蛇は、気味の悪い赤い舌をシューシュー出しながら、二手に分かれて、一匹は姉の京子の方に、もう一匹は妹の愛子の方に向かって、ゆっくりと動き出しました。
「きゃー。いやー。来ないでー」
二人は、絹を裂くような悲鳴をあげました。
杜子春は、ニヤニヤ笑いながら、
「ふふふ。服がちょっと邪魔だな」
とふてぶてしい口調で言って、仙人の杖を、えいっ、と一喝して、一振りしました。すると、どうでしょう。箪笥の上に乗っていた、鋏が、スーと宙に浮きました。そして、空中を飛行して、京子のチャイナ・ドレスをジョキジョキと切り出しました。
「いやー」
京子が叫びましたが、鋏は聞く耳をもたない生き物の如く、京子の薔薇の模様の入った美しいチャイナ・ドレスを切っていきました。
とうとう、京子のチャイナ・ドレスがパサリと床に落ちました。京子は、パンティーとブラジャーだけ、という姿になりました。京子の豊満な胸と尻が、下着には覆われていますが、その輪郭がはっきりと露わになりました。
「ふふふ。素晴らしいプロポーションだな。さすが、オレがやった金で、贅沢三昧に美味い物を食ってきたからな」
杜子春は、そんなことを嘯きました。
鋏は、次に、妹の愛子の方へ飛行していって愛子のチャイナ・ドレスをジョキジョキと切り出しました。
「いやー」
愛子も、悲鳴をあげましたが、鋏は容赦なく、愛子のチャイナ・ドレスをも切り落としてしまいました。愛子のプロポーションも姉の京子に勝るとも劣りませんでした。
こうして、二人の姉妹は、パンティーとブラジャーだけ、という姿で、彫刻のように並びました。
二匹の蛇は、薄気味の悪い赤い舌をシューシュー出しながら、姉妹の方に方へ、どんどん近づいていきます。一匹の蛇は姉の京子の方へ向かって、そして、もう一匹の蛇は妹の愛子の方へと。
「いやー。来ないで―」
京子と愛子は、全身に鳥肌を立てながら叫びましたが、二匹の蛇は、頓着する様子もなく、とうとう、それぞれ二人の足に触れんばかりの間近までやって来ました。
「いやー」
京子と愛子は、天地が裂けんばかりの悲鳴をあげました。しかし蛇は、京子と愛子の恐怖などは余所に、京子と愛子の足に向かって、赤い舌をシューシュー出して、二人の形のいい足を舐め出しました。
「きゃー」
「ひいー」
二人は一際、激しい叫び声をあげました。
杜子春は、椅子に膝組みしながら、面白い見物を見るように、二人の姉妹を見ながら冷笑しました。
「ふふふ。どうだ。これで、オレが仙人で、仙術を使えるということが、わかったかな?」
自分たちの体を動けなくしたり、恐ろしい虎を出してみたり、鋏を動かしてみたり、恐ろしい蛇を出してみたり、と、ここまで、摩訶不思議な現象の連続に、姉妹はとうとう、杜子春が仙人になったことを確信したのでしょう。
「はい。とくとわかりました」
二人は顔を見合わせて、恭しい口調で言いました。
蛇は、相変わらず、京子と愛子の足にシューシューと薄気味の悪い赤い舌を出して京子と愛子の足を舐めています。
「杜子春さまー。お許し下さいー」
「私たちが悪うございましたー。ごめんなさいー」
姉妹は悲鳴を張りあげました。
しかし杜子春は相手にしません。煙草をとりだして、ふー、と一服して、煙の輪をホッと吹き出しました。
蛇は、女の柔肌の温もりが気にいったのか、木に登るように、京子と愛子のスラリとした脚に巻きつきながら、よじ登り出しました。
蛇は、スラリとした形のいい姉妹の足から、尻へ、そして腹へと、どんどん這い上って行きました。そして、ついに気味の悪い赤い舌をチョロチョロ出しながら、二人の姉妹の体を這い回りました。しかし、爬虫類、特に蛇嫌いの京子と愛子にとっては、たまったものではありません。
「ひー。杜子春さまー。お許し下さいー」
「へ、蛇を・・・離して・・・ください」
と京子と愛子はプルプルと体を震わせながら叫び続けました。
「ふふふ。ごめんで済んだら、世の中、警察いらないぜ」
杜子春は、煙草を燻らせながら、突き放すように言いました。
赤い舌を出して、京子と愛子の体に巻きついていた二匹の蛇は、今度は、とうとう京子と愛子の顔にまで巻きつき出しました。
「ひいー。杜子春さまー。お許し下さいー」
二人の姉妹は叫び続けました。二人の姉妹は恐怖のあまり、失禁していました。
「ふふふ。蛇を体から離してやってもいいぜ」
杜子春は思わせぶりな口調で、そう言いました。
「お願いです。離して下さい」
「ただし条件があるぞ」
「何でしょうか。何でも、お聞きします」
「お前ら。二人でレズショーをするんだ。そうするんなら、蛇を体から離してやるぜ」
「は、はい。します。します」
狂せんばかりの、この蛇の、ぬめり這い回りには、他に選択を考える余地など、あろうはずがありません。実際、二人は、発狂寸前でした。
「よし。その言葉を忘れるなよ」
そう念を押すや、杜子春は、魔法の杖を、姉妹に向けて、
「蛇よ。降りろ」
と一喝しました。すると、どうでしょう。京子と愛子の体に巻きついていた二匹の蛇は、飼い主の命令に従う忠実な犬のように、スルスルと、それぞれ京子と愛子の体から、床に降りて行きました。そして、椅子に座っている杜子春の所へ這って行って、一匹は杜子春の右に、そして、もう一匹は杜子春の左に行き、とぐろを巻いておとなしそうな様子になりました。まるで蛇は杜子春の忠実な家来のようです。杜子春は、二匹の蛇の頭を優しそうに撫でました。
おとなしく杜子春の横でとぐろを巻いている二匹の蛇を見て、京子と愛子は、ほっと一息つきました。
「杜子春さま。お慈悲を有難うございました」
姉妹は、恭しい口調で言いました。
しかし、まだ二人の体は、凍りついたように、固まっています。
「よし。体も自由にしてやろう」
杜子春はそう言って、魔法の杖を姉妹に向け、
「金縛り、解けよ」
と一喝しました。
すると、どうでしょう。石膏のように固まっていた二人の体は、急に柔らかくなりました。
二人は、立ち続けていた疲労と、蛇の恐怖から、解放されて、クナクナと床に座り込んでしまいました。しかし二人の姉妹は、すぐに杜子春の方に向いて正座し、頭を床に擦りつけました。
「杜子春さま。お慈悲を有難うございます」
と、頭を床に擦りつけて、恭しい口調で言いました。杜子春は、さも満足げな顔で、大王のように、悠然と足組みして椅子に座っています。実際、二人にとって、杜子春は絶対服従すべき大王の立場です。なぜかといって、二人の生殺与奪の権利は杜子春の胸先三寸にあるのですから。
「さあ。約束は守れよ。二人でレズショーをしろ」
杜子春は、両側にいる二匹の蛇の頭を優しそうに撫でながら、大王のように居丈高に命じました。
京子と愛子の二人は、恥ずかしそうに顔を見合わせました。が二人とも言葉がありませんでした。
「さあ。二人とも。早く、ブラジャーとパンティーを脱いで、一糸まとわぬ丸裸になれ」
杜子春が厳しい口調で二人に命じました。
「ぬ、脱ぎましょう。愛子」
「え、ええ」
二人は、命じられるまま、恐る恐る、震える手で、ブラジャーを外し、パンティーを脱ぎました。姉妹は一糸まとわぬ丸裸になりました。二人は、恥ずかしそうに、胸と股間を手で覆いました。
「ほう。二人とも、抜群のプロポーションじゃないか」
杜子春は、感心したように言いました。
「さあ。二人でレズショーをするんだ」
杜子春は、豹変したように厳しい口調で二人に命じました。
「あ、あの。杜子春さま」
京子が声を震わせて言いました。
「何だ?」
杜子春は、両横に控えている二匹の蛇の頭を撫でながら、突慳貪な口調で聞き返しました。
「あ、あの。その二匹の蛇を、杜子春さまの魔術で消して頂けないでしょうか?」
京子が、おどおどした口調で哀願しました。
「どうしてだ?」
杜子春が乱暴な口調で聞き返しました。
「蛇がいると、襲ってきそうで怖いんです」
京子が言いました。
「駄目だ。お前たちのレズショーが少しでも手を抜いているとわかったら、すぐさま、この蛇を、お前たちに襲いかからせるんだ。そのために、こいつらは消さない」
杜子春は、京子の哀願を無下に断りました。
京子は、ガックリと項垂れました。
「あ、あの。杜子春さま」
京子が、また、か細い声で杜子春に聞きました。
「何だ?」
杜子春が聞き返した。
「あ、あの。何をすれば、いいのでしょうか?」
京子は、声を震わせて聞きました。
「お前はレズショーも知らないのか。そんなこと聞かなくてもわかるだろう。まず、二人とも立ち上がって、向き合って抱きしめ合うんだ」
杜子春は、怒鳴りつけるように荒々しく言いました。
京子と愛子の二人は、そっと立ち上がった。そして向き合いました。
二人の目と目が合うと、弾かれるように、二人は目をそらしましたが、二人とも顔は激しく紅潮していました。
「あ、愛子。こ、これは悪い夢だと思って我慢しましょう」
京子が声を震わせて言いました。
「は、はい。お姉さま」
愛子も声を震わせて言いました。

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