活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

指導者

2015年06月18日 | 法理
火を着けてはそれに水をかけて、又 火を消すというような面倒な事をせず、火の消えた状態・火の起こる余地も、その必要性もない状態へと私達衆生を導くのが、指導者の役目だと思います。

本来、指導者の役目は、私達衆生が【得たもの】が正しいか、正しくないかを調べる事にあるのです。


火を着けても、火を消すことの重要性を説かれる指導者は少ないと思います。

火というのは煩悩の事です。


例えば、「道 (道)」を、概念的に知ったという事は、それだけ煩悩を増やしたという事です。

ですから、指導者といわれる方は なるべくその様な「火 (概念的に知った事)」を、私達衆生に植え込ませないようにしてもらいたいものです。


私は、「天上界の“道”」「人間界の“道”」という、人の作ったものの中での「道 (法)」が出来てしまっていると思います。

自分ではもう既に「道 (法)」の事は分かったつもりになっている人が多いと思います。


イエス・キリストは、【「人間界」における平等とか博愛】を説いてこられたのです。

「人間界の人の求める(道)」と、「おシャカ様や歴代の覚者の“道”」とでは比較になりません。

おシャカ様や歴代の覚者の教えが、【 真の “道” 】なのです。