元競輪選手の梶山祐司氏のお話を紹介します。
二年前、
私は通算三十四年に及ぶ競輪選手生活にピリオドを打ちました。
もともと運動神経がよいほうではなく、
走るのも速くはなかった私にとり、
競輪人生は試練の連続でした。
努力が結果に結びつかない
現実にも幾度となく直面しました。
しかし、日々の練習や勝負の中で、
私は人生の宝物ともいえる掛け替えのない学びを得ることができたのです。
家が貧しかったため、
兄は中学を出てすぐ働きに出ていました。
私も将来を考える時期に差し掛かった頃、
たまたま兄に連れていかれた競輪場で、
人間が自らの力で生み出すスピードの凄さにたちまち魅了されました。
こんな素晴らしい世界で日本一になってみたい
強い思いに突き動かされ、
私は競輪選手を目指すことにしたのです。
プロになるためには、
まず競輪学校へ入学しなければなりませんが、
定員の十倍もの志望者が殺到します。
資質に劣る私は、
とにかく人の何倍も練習しようと決意し、
多い日は夜中の一時半からその日の二十一時まで二十時間近く、
限界を超える鍛錬を積んで合格を果たし、
入学後も人一倍練習を重ねてプロになったのです。
当時、競輪選手は四千人以上いました。
レースは実力別に七つのクラスに分けて行われ、
これも当時の頂点であったA級一班の百二十人に入ることを
目指してしのぎを削るのです。
もちろん私の目標もA級一班でしたが、
とても口には出せませんでした。
周りはインターハイの優勝者など、
桁外れの脚力の持ち主ばかり。
一方私は、競輪学校のコンピュータによる体力分析で、
プロでは勝てないと指摘されていたのです。
しかし私の視野には、
苦労してプロの切符を手にした競輪の世界しかありませんでした。
三年やって駄目なら死ねばいい。
その代わり命懸けで三年やろうと決意しました。
早朝に静岡市内の自宅から御前崎まで往復八十キロ、
朝八時に再びサドルにまたがり河口湖まで往復二百キロ、
戻ってくると競輪場で十九時までスピード練習を行い、
さらに二十時から大井川方面まで走って二十二時に帰宅。
少ない日でも一日二百キロ、
月六千キロ、
年間七万二千キロ、
死にもの狂いでペダルを漕ぎ続けました。
私以上に練習した人はおそらくいなかったと思います。
最初はなかなか勝てませんでしたが、
三年経つ頃には努力が確実に成績に結びつくようになり、
八年で念願のA級一班入りを果たすことができたのです。
コンピュータで筋力は分析できても、
人間の気力までは分析できません。
気力さえあればデータなど吹き飛ばしてやり遂げることができるのです。
しかし、そこからの道のりも決して平坦ではありませんでした。
度重なる練習やレース中の事故で
延べ五十本にも及ぶ骨折に見舞われましたが、
そこから再起しました。
一番大きな怪我は頸椎の骨折でした。
「もう駄目だ」、何回も何回も思いました。
やめるべきか、再起すべきか。
もし再度落車すれば半身不随の可能性もある。
悩みに悩みましたが、再起の道を選びました。
心の支えになったのが須永博士さんの詩でした。
「“もうだめだ”そこから人生がはじまるのです
そこから本当の自分をだしきってゆくのです
そこから人間這いあがってゆくのです
“もう駄目だ”
そこからもっともっと
すごい強い自分をつくってゆくのです」
苦しい時、本当の自分が姿を現します。
そこで駄目になるのも自分、
もっと凄い自分をつくっていくのも自分。
そこから本当の人生が始まるのです。
二年前、
私は通算三十四年に及ぶ競輪選手生活にピリオドを打ちました。
もともと運動神経がよいほうではなく、
走るのも速くはなかった私にとり、
競輪人生は試練の連続でした。
努力が結果に結びつかない
現実にも幾度となく直面しました。
しかし、日々の練習や勝負の中で、
私は人生の宝物ともいえる掛け替えのない学びを得ることができたのです。
家が貧しかったため、
兄は中学を出てすぐ働きに出ていました。
私も将来を考える時期に差し掛かった頃、
たまたま兄に連れていかれた競輪場で、
人間が自らの力で生み出すスピードの凄さにたちまち魅了されました。
こんな素晴らしい世界で日本一になってみたい
強い思いに突き動かされ、
私は競輪選手を目指すことにしたのです。
プロになるためには、
まず競輪学校へ入学しなければなりませんが、
定員の十倍もの志望者が殺到します。
資質に劣る私は、
とにかく人の何倍も練習しようと決意し、
多い日は夜中の一時半からその日の二十一時まで二十時間近く、
限界を超える鍛錬を積んで合格を果たし、
入学後も人一倍練習を重ねてプロになったのです。
当時、競輪選手は四千人以上いました。
レースは実力別に七つのクラスに分けて行われ、
これも当時の頂点であったA級一班の百二十人に入ることを
目指してしのぎを削るのです。
もちろん私の目標もA級一班でしたが、
とても口には出せませんでした。
周りはインターハイの優勝者など、
桁外れの脚力の持ち主ばかり。
一方私は、競輪学校のコンピュータによる体力分析で、
プロでは勝てないと指摘されていたのです。
しかし私の視野には、
苦労してプロの切符を手にした競輪の世界しかありませんでした。
三年やって駄目なら死ねばいい。
その代わり命懸けで三年やろうと決意しました。
早朝に静岡市内の自宅から御前崎まで往復八十キロ、
朝八時に再びサドルにまたがり河口湖まで往復二百キロ、
戻ってくると競輪場で十九時までスピード練習を行い、
さらに二十時から大井川方面まで走って二十二時に帰宅。
少ない日でも一日二百キロ、
月六千キロ、
年間七万二千キロ、
死にもの狂いでペダルを漕ぎ続けました。
私以上に練習した人はおそらくいなかったと思います。
最初はなかなか勝てませんでしたが、
三年経つ頃には努力が確実に成績に結びつくようになり、
八年で念願のA級一班入りを果たすことができたのです。
コンピュータで筋力は分析できても、
人間の気力までは分析できません。
気力さえあればデータなど吹き飛ばしてやり遂げることができるのです。
しかし、そこからの道のりも決して平坦ではありませんでした。
度重なる練習やレース中の事故で
延べ五十本にも及ぶ骨折に見舞われましたが、
そこから再起しました。
一番大きな怪我は頸椎の骨折でした。
「もう駄目だ」、何回も何回も思いました。
やめるべきか、再起すべきか。
もし再度落車すれば半身不随の可能性もある。
悩みに悩みましたが、再起の道を選びました。
心の支えになったのが須永博士さんの詩でした。
「“もうだめだ”そこから人生がはじまるのです
そこから本当の自分をだしきってゆくのです
そこから人間這いあがってゆくのです
“もう駄目だ”
そこからもっともっと
すごい強い自分をつくってゆくのです」
苦しい時、本当の自分が姿を現します。
そこで駄目になるのも自分、
もっと凄い自分をつくっていくのも自分。
そこから本当の人生が始まるのです。
モチベーションを高めたいのであれば
「やる気」ではなくて、
「やる気になる理由」が必要です。
やる気のない人を見つけ、
「もっとがんばれ!」と言う上司は多い。
本心からがんばってほしいと思っているのだから
「かんばれ!」と言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、
残念ながら、
そう合われてすぐにやる気が沸いてくるほど人間は単純じゃない。
人をやる気にさせたいなら、
「どうしたらやる気になるのか」を考え、
「自らがんばる仕組み」を?くらなければならない。
では、
どうしたら自分からがんばるようになるのか?
さて「モチベーション」というと、
「やる気」と同じ意味で使っていることが多いが、
実際は違います。
辞書を引いてみると、
「やる気」とは物事をやりとげようとする積極的な気持ちのことで、
「モチベーション」は「動機づけ」のことです。
言い換えれば、「行動を起こす理由」です。
つまり、
モチベーションは「やる気」そのものではなく
「やき気になる理由」のことです。
人をやる気にさせたいなら、
まず、その理由を明確にして
その理由がはっきりすればするほど
自動的にやる気がわきます。
「やる気」ではなくて、
「やる気になる理由」が必要です。
やる気のない人を見つけ、
「もっとがんばれ!」と言う上司は多い。
本心からがんばってほしいと思っているのだから
「かんばれ!」と言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、
残念ながら、
そう合われてすぐにやる気が沸いてくるほど人間は単純じゃない。
人をやる気にさせたいなら、
「どうしたらやる気になるのか」を考え、
「自らがんばる仕組み」を?くらなければならない。
では、
どうしたら自分からがんばるようになるのか?
さて「モチベーション」というと、
「やる気」と同じ意味で使っていることが多いが、
実際は違います。
辞書を引いてみると、
「やる気」とは物事をやりとげようとする積極的な気持ちのことで、
「モチベーション」は「動機づけ」のことです。
言い換えれば、「行動を起こす理由」です。
つまり、
モチベーションは「やる気」そのものではなく
「やき気になる理由」のことです。
人をやる気にさせたいなら、
まず、その理由を明確にして
その理由がはっきりすればするほど
自動的にやる気がわきます。
モチベーションを高めたいのであれば
「やる気」ではなくて、
「やる気になる理由」が必要です。
やる気のない人を見つけ、
「もっとがんばれ!」と言う上司は多い。
本心からがんばってほしいと思っているのだから
「かんばれ!」と言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、
残念ながら、
そう合われてすぐにやる気が沸いてくるほど人間は単純じゃない。
人をやる気にさせたいなら、
「どうしたらやる気になるのか」を考え、
「自らがんばる仕組み」を?くらなければならない。
では、
どうしたら自分からがんばるようになるのか?
さて「モチベーション」というと、
「やる気」と同じ意味で使っていることが多いが、
実際は違います。
辞書を引いてみると、
「やる気」とは物事をやりとげようとする積極的な気持ちのことで、
「モチベーション」は「動機づけ」のことです。
言い換えれば、「行動を起こす理由」です。
つまり、
モチベーションは「やる気」そのものではなく
「やき気になる理由」のことです。
人をやる気にさせたいなら、
まず、その理由を明確にして
その理由がはっきりすればするほど
自動的にやる気がわきます。
「やる気」ではなくて、
「やる気になる理由」が必要です。
やる気のない人を見つけ、
「もっとがんばれ!」と言う上司は多い。
本心からがんばってほしいと思っているのだから
「かんばれ!」と言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、
残念ながら、
そう合われてすぐにやる気が沸いてくるほど人間は単純じゃない。
人をやる気にさせたいなら、
「どうしたらやる気になるのか」を考え、
「自らがんばる仕組み」を?くらなければならない。
では、
どうしたら自分からがんばるようになるのか?
さて「モチベーション」というと、
「やる気」と同じ意味で使っていることが多いが、
実際は違います。
辞書を引いてみると、
「やる気」とは物事をやりとげようとする積極的な気持ちのことで、
「モチベーション」は「動機づけ」のことです。
言い換えれば、「行動を起こす理由」です。
つまり、
モチベーションは「やる気」そのものではなく
「やき気になる理由」のことです。
人をやる気にさせたいなら、
まず、その理由を明確にして
その理由がはっきりすればするほど
自動的にやる気がわきます。
春になると多くの企業が人事異動を行います。
居酒屋では、
こんな会話が行き交います。
「なんで、あいつが課長なんだよ。人事も見る目がないよねえ」
「鈴木さん、余裕を気取ってたけど引きつってたよね。
後輩に抜かれるとは思ってもみなかったんじゃない?」
人の出世を気にするなといってもなかなか難しいものです。
とくにライバルと目されている人物には負けたくないと、
誰もが気をもむようです。
しかし、
高いステージで仕車をしている人は
他の人の活躍も心から祝福できますし、
そもそも、
人と自分を比べる必要がないことを知っています。
有名なウサギとカメの寓話で、
ウサギがライバルのカメに焦点を当てていましたが、
カメはウサギではなくゴールだけに焦点を当てていましたね。
アメリカの大リーグで、
多くの日本人選手が活躍していますが、
彼らは自分の使命をわかっていて、
それをかなえるべく闘っているからこそ、
いい成績が残せます。
ある日本人の研究者が、砂漠の緑地化に取り組んでいました。
もう高齢ではありましたが、私財を投じて研究を続けていました。
それまで、
いろいろな研究機関が砂漠の緑地化に挑んできたのに、
ことごとく失敗しています。
世界の大企業や、
トップクラスの研究機関が科学の力の粋を尽くして
やってきたのにダメだった。
それを一人の高齢者になにができるのかと、
誰も最初は期待していなかったようです。
しかし、その研究者は注目されるために
やっているのではありません。
名誉が欲しくてやっているのではありません。
ただ、使命感のみでやっているのです。
彼の考えた方法はじつにシンプルです。
いままで、多くの研先機関が、
Aのタネ、Bのタネ、Cのタネ・・・・といくつものタネを蒔いてきても、
どれも芽を出すことはありませんで「た。
その土地にもっとも合ったものを蒔けば、
芽を出すはずだけれど、
どのタネが合っているかなんて誰にもわかりません。
こう考えたその研究者は、
何十種類ものタネを混ぜた「タネ団子」をつくります。
そしてそれを、
ゴムの力で砂漠のあちこちに、
ぴゅーんと飛ばします。
そうしたら、見事に芽が出て砂漠に木が生え始めました。
科学の力でなぎ倒すのではなく、
「大地さん、あなたがもっともお好きなタネを選んでください」
こういう謙虚な気持ちがあったから成功したのでしょう。
そして、やがて応援する企業が出てきました。
そうした企業によって開発された紙おむつに応用されている
保湿パッドでくるんだ「タネ団子」を飛ばすようにしたら、
さらに効果が上がりました。
こうなると、お金も人もどんどんいい方向に動き始め、
いまでは一大プロジェクトとなっています。
最初に緑地化を試みては失敗していた企業や研究機関には、
「あそこには負けたくない。こっちが成功させるんだ」
というねたみや焦りがなかったとはいえないでしょうね。
居酒屋では、
こんな会話が行き交います。
「なんで、あいつが課長なんだよ。人事も見る目がないよねえ」
「鈴木さん、余裕を気取ってたけど引きつってたよね。
後輩に抜かれるとは思ってもみなかったんじゃない?」
人の出世を気にするなといってもなかなか難しいものです。
とくにライバルと目されている人物には負けたくないと、
誰もが気をもむようです。
しかし、
高いステージで仕車をしている人は
他の人の活躍も心から祝福できますし、
そもそも、
人と自分を比べる必要がないことを知っています。
有名なウサギとカメの寓話で、
ウサギがライバルのカメに焦点を当てていましたが、
カメはウサギではなくゴールだけに焦点を当てていましたね。
アメリカの大リーグで、
多くの日本人選手が活躍していますが、
彼らは自分の使命をわかっていて、
それをかなえるべく闘っているからこそ、
いい成績が残せます。
ある日本人の研究者が、砂漠の緑地化に取り組んでいました。
もう高齢ではありましたが、私財を投じて研究を続けていました。
それまで、
いろいろな研究機関が砂漠の緑地化に挑んできたのに、
ことごとく失敗しています。
世界の大企業や、
トップクラスの研究機関が科学の力の粋を尽くして
やってきたのにダメだった。
それを一人の高齢者になにができるのかと、
誰も最初は期待していなかったようです。
しかし、その研究者は注目されるために
やっているのではありません。
名誉が欲しくてやっているのではありません。
ただ、使命感のみでやっているのです。
彼の考えた方法はじつにシンプルです。
いままで、多くの研先機関が、
Aのタネ、Bのタネ、Cのタネ・・・・といくつものタネを蒔いてきても、
どれも芽を出すことはありませんで「た。
その土地にもっとも合ったものを蒔けば、
芽を出すはずだけれど、
どのタネが合っているかなんて誰にもわかりません。
こう考えたその研究者は、
何十種類ものタネを混ぜた「タネ団子」をつくります。
そしてそれを、
ゴムの力で砂漠のあちこちに、
ぴゅーんと飛ばします。
そうしたら、見事に芽が出て砂漠に木が生え始めました。
科学の力でなぎ倒すのではなく、
「大地さん、あなたがもっともお好きなタネを選んでください」
こういう謙虚な気持ちがあったから成功したのでしょう。
そして、やがて応援する企業が出てきました。
そうした企業によって開発された紙おむつに応用されている
保湿パッドでくるんだ「タネ団子」を飛ばすようにしたら、
さらに効果が上がりました。
こうなると、お金も人もどんどんいい方向に動き始め、
いまでは一大プロジェクトとなっています。
最初に緑地化を試みては失敗していた企業や研究機関には、
「あそこには負けたくない。こっちが成功させるんだ」
というねたみや焦りがなかったとはいえないでしょうね。
1932年のワールドシリーズで、
ニューヨーク・ヤンキースは世界一の座を賭けて
シカゴ・カブスと対戦していました。
「事件」は第三戦の五回表に起こります。
突然、べーブ・ルースが打席をはずし、
胸を張って右手の人差し指を外野席の方向に向けたのだ。
そして打席に戻ると、
次の球を強打した。
打球は一直線に伸びて、
彼が先ほど指差した外野席に飛び込んだ。
有名な予告ホームランのシーンです。
この話から学ぶべき教訓があります。
彼は打球が外野席に飛んでいく様子を
心の中でイメージしていたのでしょう。
もちろん、
そうすることによって100%成功するという保証はありませんが、
成功の確率が高まったことは確かです。
イメージトレーニングの効果は、
ブロのスポーツ選手たちのあいだで昔から知られていました。
彼らは十分な時間もかけて自分の動作を心の中でイメージし、
その動作をよりスムーズに実行できるようにしていたのです。
チャンピオンはジムの中でつくられるのではありません。
チャンピオンは心の奥底
ニューヨーク・ヤンキースは世界一の座を賭けて
シカゴ・カブスと対戦していました。
「事件」は第三戦の五回表に起こります。
突然、べーブ・ルースが打席をはずし、
胸を張って右手の人差し指を外野席の方向に向けたのだ。
そして打席に戻ると、
次の球を強打した。
打球は一直線に伸びて、
彼が先ほど指差した外野席に飛び込んだ。
有名な予告ホームランのシーンです。
この話から学ぶべき教訓があります。
彼は打球が外野席に飛んでいく様子を
心の中でイメージしていたのでしょう。
もちろん、
そうすることによって100%成功するという保証はありませんが、
成功の確率が高まったことは確かです。
イメージトレーニングの効果は、
ブロのスポーツ選手たちのあいだで昔から知られていました。
彼らは十分な時間もかけて自分の動作を心の中でイメージし、
その動作をよりスムーズに実行できるようにしていたのです。
チャンピオンはジムの中でつくられるのではありません。
チャンピオンは心の奥底
昨日(2015.10.18)の夕方16時31分、
米原駅~醒ヶ井付近で
JR新快速、豊橋行き電車で帰る途中
緊急停車。
人が電車に飛び込みました。
最初は沿線の電車で事故と思っていましたが
車内アナウンスで
この電車だとわかると
ぞっとしました。
私は4号車に乗っていましたが
止まった時には
5号車の下にあったみたいです。
警察の現場検証の終盤
電車を30m動かした後
線路の間に遺体がありましたが
悲しいものです。
電車に飛び込む勇気があるのなら
もっと別のところに
その勇気が使ってほしい。
米原駅~醒ヶ井付近で
JR新快速、豊橋行き電車で帰る途中
緊急停車。
人が電車に飛び込みました。
最初は沿線の電車で事故と思っていましたが
車内アナウンスで
この電車だとわかると
ぞっとしました。
私は4号車に乗っていましたが
止まった時には
5号車の下にあったみたいです。
警察の現場検証の終盤
電車を30m動かした後
線路の間に遺体がありましたが
悲しいものです。
電車に飛び込む勇気があるのなら
もっと別のところに
その勇気が使ってほしい。