夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

服部忠志歌集『雪空の鸛』(その1)

2014-11-17 21:20:41 | 短歌
服部忠志歌集『雪空の鸛(こうのとり)』は昭和51年3月刊。
この歌集は二部に分かれており、昭和7年から11年にかけての歌を収めた第一部が「青果抄」、昭和12年から15年の歌が第二部「雪空の鸛」と名づけられている。

今回は、「青果抄」を読んだ。作者24歳から28歳の作で、第一歌集『童貞抄』に比べ、歌境に一層の進展が見られる。
自然詠で印象に残ったのは、
  雪空のゆふべとなりて降りそめぬなまめきにじむ紅きともしび
  海の面(も)のはたての曇り押しひろがり降りすすみくる雨の幅見ゆ
など。二首目の「海の面の」は鷲羽山(倉敷市児島)での詠だが、私も現地で似たような光景を見たことがあるのでよく分かる。
海の向こうから雨雲が押し広がり、ざあっと降る雨が幕のように見えてこちらに進んでくる。
私が見たのは夜の景色だったが、うまく歌にはできなかった。

老いた両親を詠んだ、
  ふるさとにやうやく老いむ父母をさびしがらせてなにをかはせむ
は、わがことのように胸が痛む。

「青果抄」で、もっとも生き生きと歌われているのは、昭和10年6月の「長男誕生」という連作。

  ま夜ふかく生れ出でし子のうぶごゑのたしかなりけり泣きあぐるこゑ
  わが妻のちからかなしく産み出でしちひさきものを見にゆきにけり
  あたらしきいのち泣きあぐるうぶごゑをのぞきみる眸(め)に涌きにじむもの
  汗にじむ蒼き額にたなごころひしと押しつついとしきものを
  つばくろのとびかひしげき朝明けてわれのおもひもひとつにはあらず
  いのち享けて生れしものは朝明りしろきがなかにほのかにねむる
  かぜさやけし夏至に近づく朝明けてわがみごり児は乳のみそめつ
  若やかに息づく胸にかい抱かれ乳たらふとき子は睡るなり
  乳たりて白き胸乳(むなぢ)を離れたる子のほのぼのとあるがかなしき

生まれたばかりのわが子と、その子を産んでくれた妻への愛情が伝わるよい歌々だ。二首目と最後の歌の「かなし」は、「愛しい」の意味だろう。
この連作は読んでいて胸が高鳴り、またきゅっと締めつけられるような感動を味わった。

一方で、この「青果抄」からは、
  刈り終へて田はひろらなり朝靄のきらへるなかに伏せの散兵
  裾いまだしぐれつつある虹へ向き三機雁行の飛行機へだたる
など、次第に戦争に近づいていく時代の状況も伝わってくる。

第二部の「雪空の鸛」については、また後日紹介する。