11月15日に、ワシントンで開催予定のG20サミットでは、ブレトン・ウッズ協定の根本的変更を含めて経済協議が行われる。若い人達が、この協定の内容と位置付けの理解を深めるために、その歴史を簡単に振り返って見よう。
第二次大戦中(1944年)、連合国は米国の保養地ブレトン・ウッズ(ニューハンプシャー州)で会合し、戦後の経済復興、基軸通貨、大恐慌への反省などを話し合い、経済的協定を作った。そこでは、英国の経済学者、ジョン・M・ケインズが大活躍した。
戦争で疲弊した各国は、この協定に基いて経済運営を進めたが、時代と共にそれは変化を余儀なくされた。その姿を年表にすると次のようになる。
1945年 ブレトン・ウッズ協定発効(連合国45カ国参加)
国際通貨基金(IMF)の設置(総裁はケインズ)、
国際復興開発銀行(IBRD)の設置
ドルを基軸通貨とする;1オンス=35ドル(金本位制)
固定相場制、1ドル=360円
1960年 世界銀行設置(IBRD+国際開発協会IDA)
1961年 ケネディ政権がベトナム紛争に関与開始。
以後、1973年まで続く→米国経済の疲弊著しい
1971年 ニクソン・ショック ドルの金兌換を停止(8月15日)
スミソニアン協定妥結(12月)
金1オンス=38ドル
固定相場制、1ドル=308円に設定
1972年 対中レート 1ドル=3元(米中・国交回復)
1973年 変動相場制へ移行(日本、EC諸国)
スミソニアン協定の崩壊
1980年 レーガノミックス
1985年 プラザ合意(G5)
米国の対外経済不均衡を解消するため、協調介入実施
1ドル=235円から1ドル=125円
日本は、低金利政策を採る→土地バブル発生
1989年 ベルリンの壁崩壊;米ソ冷戦終了
1991年 ソ連崩壊
1995年 1ドル=79円まで高騰
1997年 対中固定相場の再設定
1ドル=8.27元
1999年 ユーロ導入; 1ユーロ=0.9~1.1ドル
米「グラス・スティーガル法」を緩和(投資銀行解禁)
2001年 9・11同時多発テロ
アフガン侵攻(10月)
2003年 イラク侵攻(3月)
2005年 人民元改革
通貨バスケット制の採用
1ドル=8元以下になる
2007年 サブ・プライム問題惹起(8月)
2008年 米国・投資銀行破綻(9月)
<経済カタストロフィー>が世界へ蔓延
緊急G7(10月中旬)
緊急G20サミット(11月15日予定)
このような変化を遂げてきたから、現在ブレトン・ウッズ協定で残っているのは、「ドルを基軸通貨とする」と言う内容だけだ。
各国は、この数年ドルへの信頼に疑問を持ち、次のように変わりつつある。
○中共―ロシア間で、元とルーブルの直接取引協定(10月下旬)
○ブラジルとアルゼンチンで、ドルを介在させない直接取引
○イランは、石油をユーロと円で取引し、ドルを排除(現在も継続)
○湾岸諸国がドルとは別な独自の通貨体制を模索中
米国は、10月以降、日本、欧州主要国へドルを無制限に供給することとし、カナダ、韓国、豪州、ブラジルなどへは100~300億ドルの通貨スワップ協定を結んで大量にドル札をばら撒いている。予想される大恐慌への対策なのだが、それとは別に各国の輸出は極端に減少し、国情に応じた巨大なリセッションが進行中だ。
この情勢の中で、各国は自国の経済体制を守るべく11月15日のG20に望むわけだが、基軸通貨に関する結論は簡単に出ない。米国及び欧州はまだ完全に自国の経済バブルを潰し切っていないから、G20は繰り返し召集され、協議が行われると予想する。
現在ユーロが高止まりしているのは、G20へ向けての発言力確保のためであって、11月15日以降は再びユーロの価格低下が起きるだろう。年内に、1ユーロ=100円の声を聞いても、私は不思議に思わない。
第二次大戦中(1944年)、連合国は米国の保養地ブレトン・ウッズ(ニューハンプシャー州)で会合し、戦後の経済復興、基軸通貨、大恐慌への反省などを話し合い、経済的協定を作った。そこでは、英国の経済学者、ジョン・M・ケインズが大活躍した。
戦争で疲弊した各国は、この協定に基いて経済運営を進めたが、時代と共にそれは変化を余儀なくされた。その姿を年表にすると次のようになる。
1945年 ブレトン・ウッズ協定発効(連合国45カ国参加)
国際通貨基金(IMF)の設置(総裁はケインズ)、
国際復興開発銀行(IBRD)の設置
ドルを基軸通貨とする;1オンス=35ドル(金本位制)
固定相場制、1ドル=360円
1960年 世界銀行設置(IBRD+国際開発協会IDA)
1961年 ケネディ政権がベトナム紛争に関与開始。
以後、1973年まで続く→米国経済の疲弊著しい
1971年 ニクソン・ショック ドルの金兌換を停止(8月15日)
スミソニアン協定妥結(12月)
金1オンス=38ドル
固定相場制、1ドル=308円に設定
1972年 対中レート 1ドル=3元(米中・国交回復)
1973年 変動相場制へ移行(日本、EC諸国)
スミソニアン協定の崩壊
1980年 レーガノミックス
1985年 プラザ合意(G5)
米国の対外経済不均衡を解消するため、協調介入実施
1ドル=235円から1ドル=125円
日本は、低金利政策を採る→土地バブル発生
1989年 ベルリンの壁崩壊;米ソ冷戦終了
1991年 ソ連崩壊
1995年 1ドル=79円まで高騰
1997年 対中固定相場の再設定
1ドル=8.27元
1999年 ユーロ導入; 1ユーロ=0.9~1.1ドル
米「グラス・スティーガル法」を緩和(投資銀行解禁)
2001年 9・11同時多発テロ
アフガン侵攻(10月)
2003年 イラク侵攻(3月)
2005年 人民元改革
通貨バスケット制の採用
1ドル=8元以下になる
2007年 サブ・プライム問題惹起(8月)
2008年 米国・投資銀行破綻(9月)
<経済カタストロフィー>が世界へ蔓延
緊急G7(10月中旬)
緊急G20サミット(11月15日予定)
このような変化を遂げてきたから、現在ブレトン・ウッズ協定で残っているのは、「ドルを基軸通貨とする」と言う内容だけだ。
各国は、この数年ドルへの信頼に疑問を持ち、次のように変わりつつある。
○中共―ロシア間で、元とルーブルの直接取引協定(10月下旬)
○ブラジルとアルゼンチンで、ドルを介在させない直接取引
○イランは、石油をユーロと円で取引し、ドルを排除(現在も継続)
○湾岸諸国がドルとは別な独自の通貨体制を模索中
米国は、10月以降、日本、欧州主要国へドルを無制限に供給することとし、カナダ、韓国、豪州、ブラジルなどへは100~300億ドルの通貨スワップ協定を結んで大量にドル札をばら撒いている。予想される大恐慌への対策なのだが、それとは別に各国の輸出は極端に減少し、国情に応じた巨大なリセッションが進行中だ。
この情勢の中で、各国は自国の経済体制を守るべく11月15日のG20に望むわけだが、基軸通貨に関する結論は簡単に出ない。米国及び欧州はまだ完全に自国の経済バブルを潰し切っていないから、G20は繰り返し召集され、協議が行われると予想する。
現在ユーロが高止まりしているのは、G20へ向けての発言力確保のためであって、11月15日以降は再びユーロの価格低下が起きるだろう。年内に、1ユーロ=100円の声を聞いても、私は不思議に思わない。
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