陸奥月旦抄

茶絽主が気の付いた事、世情変化への感想、自省などを述べます。
登場人物の敬称を省略させて頂きます。

米映画「心の旅路(Random Harvest)」(1942)で描かれる心の温もり

2007-06-04 02:36:28 | 読書・映画・音楽
 殺伐とした只今の世相から離れて、昔の懐かしい心温まる名作映画に浸ってみる。今日ご紹介するのは、マーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」(1942、米)。これは古いモノクローム画面だけれど、若い人たちが見ても感動することを受け合う。主演は、ロナルド・コールマン(男優)とグリア・ガースン(女優)。当時かなり人気のあった俳優達だ。

 原作は、「チップス先生さようなら」「失われた地平線」などで有名なジェイムズ・ヒルトン(1900-1954)。以下、映画のあらすじを記す。

     ◇   ◇   ◇

 第一次大戦の終わり頃(1917)、フランス戦線で傷ついた英国陸軍大尉がメルベリー市の陸軍精神病院に入院する。彼は、砲撃を受けたショックで完全な記憶喪失になっていた。名前も家も分からないという状態である。在る時、散歩に出た大尉は、戦争終結で喜ぶ群衆を避けて街角の煙草屋へ入るが、そこで親切な踊り子ポーラ・リッジウェイと知り合う。彼女は大尉の境遇に同情している内に、深い恋に陥る。

 二人は逃げるようにメルベリーを去り、親切な牧師の協力を得て結婚式を挙げ、人里離れたリバプール郊外の一軒家に住む。門扉がきしみ、桜の木が玄関の前にある落ち着いた家だ。すぐ傍に小川が流れている。大尉の仮の名をジョン・スミスとして届け出て、ポーラは彼を「スミシー」と愛称した。

 あっという間に楽しい日々が経過し、3年目に息子が生まれ、スミシーは嬉しさに溢れていた。そこへ、リバプールの新聞社から採用通知が届き、スミシーは浮き浮きとリバプール市内へ出掛けて行く。数日間は、市内に泊まって打ち合わせなどすることになるだろう。

 好事魔多し、ホテルから出たスミシーは街路で車にはねられ、頭を強く打つ。親切な薬局で介抱され、スミシーは自分の名前がチャールズ・レイニアである事を思い出した。だが、今度はポーラのことを始め生活全てが消え去って、何故今自分が今リバプールにいるのか分からない。つまり、彼は記憶が戻ると共に入れ違いにフランス戦線から帰国して以来の3年間の記憶を全て忘れてしまった。ただ、ポケットにある鍵が何故か気になった。

 さて、チャールズの父、レイニア氏は富豪で実業家であり、彼はその次男であった。故郷へ戻ったチャールズは、数日前に父が亡くなったことを知る。父の会社を引き継いで成功させながら、人柄と共に経営感覚の優れたチャールズは著名な実業人としての地位を獲得して行く。

 ポーラは、スミシーがリバプールで行方不明になったことから気落ちして病を得、同時に大切な息子も失う。今更踊り子に戻ることも出来ず、ウェイトレスをしながら生活費を稼ぎ、夜間学校で速記を習う。そしてある会社の秘書をしている時、新聞に若き実業家チャールズ・レイニア氏の写真が掲載されているのを見て驚く。これは「スミシー」ではないか!

 チャールズが秘書を募集しているのを知って、ポーラはマーガレットと名前を変え彼の秘書に採用される。チャールズは、マーガレットを見ても何の感情も示さない。彼女は悲しみに打ちひしがれるけれども、その内チャールズが必ず思い出すであろう事を期待し、気を取り直して熱心に秘書業務に励む。

 気性の激しい姪キティとの結婚話が起きるが、式が押し迫る中、キティはチャールズの心の奥底にあるものを鋭く感じ取り、彼女は潔くこれを破談にする。それが切っ掛けとなって、チャールズは自分の心底に横たわる3年間の記憶喪失を何とか捉えようとして、記憶が戻った街リバプールへ出掛けるが、ホテルが保管していた自分の古トランクを見ても何も思い出すことが出来ない。

 チャールズは、求められて国会議員になるのだが、その役職を果たす上で信頼する秘書マーガレット(つまりポーラ)に形式上の妻になってくれと頼む。マーガレットは悩んだが、彼を愛する気持ちは変わらないので、それを引き受ける。二人は、見かけ上幸せな国会議員夫妻として益々著名になるが、両者共に心には満たされないものが残っている。

 在る時、マーガレットは孤独に耐え切れず、チャールズへ南米旅行に行かせてくれと頼む。彼は、訝りながらもリバプール行きの汽車まで彼女を送る。船は2日後にリバプールから出帆するのだ。丁度メルベリー市の事業所でストライキが発生、オーナーのチャールズが乗り込んで、これを円満に解決する。

 人々が喜ぶ喧騒の中を歩いていたチャールズは、初めて訪れたにもかかわらず街角に煙草屋のあることを知っていて、そこへ入る。続いて、陸軍精神病院にいたことを次第に思い出し、親切なポーラのことがおぼろげながら心に浮かんでくる。矢も盾もたまらず、彼はそのままリバプールへ出掛け、ホテルで牧師のことや郊外の一軒家の位置を問い合わせ、そこへ出掛けていく。

 マーガレットは、ホテルから出て乗船しようとしていた。その時、ホテルのフロント女性が何気なく「少し前、ある紳士が昔のことを色々と問い合わせた」と語る。ええ、引退された牧師さん、それに小さなお家のことですよ。はっとしたマーガレットは、何も言わずに昔の懐かしい住処へ急ぐのであった。

 一方、チャールズは、訝りながらも一軒家の前に立ち、きしむ門扉を開け、懐かしい桜の木の下を通り、玄関のドアの前に立つ。そして、肌身離さず持っていた鍵を取り出して、ドアに差し込む。ぴたりと鍵は合って、昔住んだままの居間が彼を迎えてくれた。

 ドアを開けて佇むチャールズに、マーガレットは門柵から「スミシー!」と優しく呼びかける。今や記憶が完全に甦ったチャールズはその声に振り返り、マーガレットを見るや「ポーラ!」と叫んで駆け寄るのであった。

     ◇   ◇   ◇

 最後のシーンを YouTube で見ると

Random Harvest



 グリア・ガースンが直向(ひたむ)きな、そして毅然として耐える女性ポーラを演じている。彼女は1904年生まれだから、この時既に38歳。熟年にもかかわらず踊り子姿が結構様になっていた。「キューリー夫人」(1943)で演じた理知的な姿とは、別な感じがする。美男で名高いロナルド・コールマン(当時51歳)は、チャールズを演じる中、繊細な雰囲気を見せて、若々しく好演である。

 この映画が、太平洋戦争中に作られたアメリカ映画であることに興味を覚える。耐えながら、相手を信じ、ひたすら待つ存在は、かつての敵国・日本の女性像を思わせるからだ。米国にはこうした女性はまず期待出来ず、ヒロインが英国女性だから違和感が多少は減るのかもしれない。本邦初公開は、戦後の1947年7月。

 ジェイムズ・ヒルトンの叙情的原作を名匠マーヴィン・ルロイが心温まるメロドラマに仕立て上げている。同監督の「哀愁」(1940)も素晴らしいが、こちらはハッピーエンドであるところが救われる。

 “Random Harvest” は、あてど無き収穫=記憶が行ったり来たりする中での哀楽を象徴した言い方なのだろうが、邦題「心の旅路」は作品の内容を良く反映して秀逸。昔の映画の邦題は、言葉が優れているとつくづく思う。この映画が上映された後は、新聞記事などが記憶喪失者に対して用いることが多かったらしい。

 私としては、特に若い女性に見てもらいたい名画と強く感じる次第。

(参考)

 ジェイムズ・ヒルトン(安達昭雄訳)、「心の旅路」(角川文庫、1974)が原作であるが、映画のプロットと小説のそれは大幅に異なる。映画の方は、「鍵」の存在や、思い出の一軒家など、鑑賞者が分かりやすい形を持ち込んで表現されている。小説にはそれらは無い。

 小説は、下院議員チャールズが自分の人生に3年間の空白があることを追求する形で筋立てがなされ、彼の秘書であるケンブリッジ大学出身の若者、ハリソンがそれを語る形で展開して行く。映画は、小説の<第4部>が中心と言える。
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4 コメント

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この映画です! (こうこ)
2008-02-09 23:20:56
はじめまして。過去記事にいきなりコメントを残して失礼いたします。

最近の映画記事を検索しているうちに、昔観たモノクロ映画のことを思い出し、覚えていた「ジョン・スミス」「記憶喪失」「秘書」をキーワードに検索した結果、ここに辿り着きました。

そう、まさしくこの映画「心の旅路」です。

もう20年位前・・・たぶん高校生の頃にNHKの深夜映画で観たんだと思います。
ポーラがラストで(あの軋む門戸から)「スミッシー」と呼びかける場面がとても印象的でした。

1度しか観ていないのに、場面場面を鮮明に覚えているのはこの映画だけです。

きっと、私の1番好きな映画なのかもしれません♪

親切なレビューを残してくださり、ありがとうございました。
DVDがあったら、是非買いたいです。
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DVD買えますよ (茶絽主)
2008-02-11 17:01:55
こうこ様

コメントをどうも。
この映画のDVDは、今なら500円で何処の本屋でもソフト屋さんでも買えますよ。文庫本の入手については、残念ながら良く分かりません。

「哀愁」(Wateloobridge,1940) をご覧になったかどうかは知りませんが、やはり英国を舞台にした名画で、現実性がある。これも500円DVDで入手可能です。
返信する
私もこの映画は大好きです。 (kk)
2008-02-19 00:15:02
原作を何度も読み、何度も泣いた作品です。人は誰もがみな、こうした「空白の3年間」を求めて生きているのではないか。そしてその空白は実は今の生活の中にある。真の幸せとは、遠くにはなく今この場所にすでにあるのだ、という暗示が秘められている「人生の書」です。
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Unknown (北島サブちゃん1958)
2021-04-26 17:11:47
 「ランダム」とはチャールズの実家の事では?
 何度見ても、最後にスミシーが振り返って「ポーラ」と呼ぶシーンが近づくと目頭が熱くなって身体が震えてきます。
 それはひとえに秘書マーガレット(ポーラ)の凛とした態度とその真意と裏腹の瞳の演技が秀逸だからこそだと私的な映画評でして、主役は秘書マーガレットだと思ってます。「目は口ほどに物を言う」をそのまま演技しきれてますよね。

 さて、チャールズの実家(大邸宅)が写るシーンで、道路傍の植込みの様な所に「 R A N D O M」と書かれた表札みたいな立て板を見つけた時に、タイトルは「ランダム家の花壇」って意味なのかなと思いました。

 「時計仕掛けのオレンジ」では、主人公の家への分かれ道に同様な(山道の分かれに立てた行き先表示)立て板に「home」
と記されて有ったのが、主人公の性質とチグハグな表示で印象的だった。
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