河童の歌声

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ありがとう、と言って死にたい

2023-03-07 14:48:43 | 日記
30代の頃、中国語を習っていた教室で、
私が「死に際には、あ~面白かった」と言って死にたいものだと言ったら、
その頃60代だった女性から、
「貴方は若いわね~、私だったら、皆さんありがとうと言って死にたい」
そう言われて、「そうか俺はまだ若いんだな~・・ありがとうか~」
と目からウロコが落ちる思いをした事があります。
その女性はもう亡くなってしまったのでしょうが、
一度、彼女の家(宮ヶ瀬湖方面)に遊びに行った事があります。

自分が70歳を超えた現在になると、その女性が言った言葉がその通りだと感じるのです。
本当にまさにその通りだ、人生ってそういうものだと思うのです。
面白しろ可笑しいなどと言っているのは、まだ人生修行が足りないんですね。

40代後半、私は中国でのビジネスにつまづいてしまいました。
ある日、妻から金銭の事で我が家が大変な事になっていると知らされ、
目の前が真っ暗になるショックを受けました。
昨日まで見ていた窓からの風景が、まるで違った風景となっていました。
昨日と同じ風景を眺めていたのですが、もう風景など何も見えなくなっていたのです。
私はただ茫然として立ち尽くすばかりでした。
そこには時間の感覚すら失われ、いつまでも言葉もなく立ち尽くしていたのです。

あれほどのショックは現在に至るも経験のないショックでした。
誰かが死んだ時、母が死んだ時でも、あれほどのショックはありません。
それからの私の人生は、地獄の50代へと一変してしまい、
挙句の果ては離婚、愛娘との別れと、人生の落とし穴に翻弄される羽目になったのです。


実は今日、それ以来のショックを受ける羽目になるかの瀬戸際がありました。
しかし例えそうなろうとも、40代に経験したあのショックに及ばない事は分かっていました。
あの大ショックには及ばないと分かっている事が救いでもありました。

でも、良かった~。
それがまるで杞憂に終わってしまったのです。
でもたった一瞬の恐ろしさではありましたが、やはり人生の落とし穴はあるものなんですね。
そういった経験などした事もないし、そんな事があるのか?と、
信じられない安泰極まりない人生しかおくった事のない人というのは、本当にいいですね。

それで思ったのは、
やはり妻に「ありがとう」と言って死にたい私がいたのです。
「面白かった~」ではなく、私と一緒の人生を選択してくれた妻には感謝しかありません。
それで心から「ありがとう」と言いたい私があるのです。

そしたら妻いわく「じゃ私は誰にありがとうと言うの?」だってさ。



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客船ヴェスツリス号の悲劇

2023-03-07 07:06:30 | 船舶


イギリスの貨客船ヴェスツリス号は1912年完成。
10500トン、旅客定員610名、乗組員250名、合計860名。
貨物積載量7000トン。

この船の沈没は特異な事件として、イギリスの海員養成に際し、
船舶運航当事者の責任のあり方の格好の教材として、
商船士官の教育の中に生かされているのです。
何故ならこの沈没は、最高責任者である船長の義務責任怠慢で起きたからです。

ヴェツリヌス号は1928年11月10日。
ニューヨークからブエノスアイレスに向けて出港しました。
船長は海上生活40年というベテランのキャレー船長で、
長い船長生活の間に一度も海難や事故の経験がありませんでした。
この事が彼を自信過剰で慢心にさせていたのです。
彼は自分は絶対であり、自分が指揮している以上、船は安全、完全であるという、
観念にすり替わり、様々な訓練、部下の教育という事をなおざりにしていたのです。

ニューヨーク港の埠頭を離れる時、それを見送る人々は何か違和感を感じていました。
船体がわずかに右に傾いていたのです。
何故、傾いていたか?
それは船倉に約6千トンの貨物を積み込んだ際に、何かの不手際が発生し、
わずかにバランスが崩れたのです。
キャレー船長は船の傾きを知っていたらしいのですが、
それを修正するには、一旦全部の貨物を降ろし、再び積み直すしかありません。
それを行うには2日間以上、出港が遅れる事になります。
それは船舶会社にとって莫大な負担となります。
そこで船長は、傾きは船のバラストタンク(船体にある海水を飲み込む構造物)に、
注水してバランスを立て直せば良いと考えたのです。
しかし、これは本来は絶対にやってはいけない行為でした。
船長は勿論、それを知っていながらやってしまったのです。

最初の傾斜は5度程度だったのですが、
それでも船客達はつまづきや、よろめきを感じ何とも言い難い違和感を感じていました。
出港してから4時間後には、海は荒れ模様になり船体の傾きは増すばかり。





そこで船長は、船の3か所にあるバラストタンクに満たしていた海水を、
全て排出させる事を命じます。
これがヴェツリヌスの運命を決めてしまいました。
船体は右に傾いているのですから、左舷のタンクに水を注入し、
右舷のタンクの水を排出させるべきだったのに。
そんな事は子供にでも分かる事です。
ベテランであるキャレー船長が、何故そんな事をしてしまったのかは、永遠の謎です。
バラストタンクを空にした船の重心は当然、上に上がりました。
もはや、船を救う手立ては無くなってしまったのです。



これは沈没寸前の船の姿です。
転覆の危険が迫っていると判断した船長は「SOS」を発信しました。
そして、乗組員達に非常ボートからの退船作業を命じました。
しかし、その瞬間からヴェツリヌス号は大混乱となってしまったのです。

全ての乗組員が一度も訓練をした事もなく、何をどうすればいいのかを全く知らなかったのです。
乗組員達は右往左往するばかりで、そこにパニックになった船客が加わり、
船は収拾の尽かない事態になってしまいました。



SOSを聞きつけた船は6隻で、全部が現場に駆け付けたのですが、
8時間以上かかったのでした。
事故の犠牲者は112名でした。

キャレー船長は、沈没寸前に航海士からの退船要請を聞き入れず、
一人で船橋に戻って行き、船と運命を共にしました。
出港時の船体の傾きを知りながら出港するという取り返しのつかない大失態。
退船に際しての大混乱。
その全てが自分の責任だった事に耐えられなかったのでしょう。
日本ではなく、欧米で商船の船長が自ら死を選ぶという行為は、
タイタニック号のスミス船長と共に、珍しい例なのです。


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