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河童の歌声

歌声喫茶&キャンプ&ハイキング&写真&艦船

昨日のともしびは、大盛り上がり

2023-03-31 06:25:35 | 歌声喫茶


昨日は、新宿ともしびへ行きました。(写真は昨日のではありませんが)

エッ? 新宿~???
違うだろ、高田馬場だろ、新宿じゃないだろ!
あ、アタシが悪ゥございました、新宿じゃなかった高田馬場でした。
お前な~、いつになったら頭の切り替えが出来るんだよ、バカタレが・・・

私達は、ともしびに行く時は昼夜通しでいつも行っています。
昨日の昼歌は、参加者が意外と少なかった。
昼歌のそんな感じだと、平日でもあるし、夜は少ないだろうと思っていました。
それがそうはならなかったのでした。

所沢方面からは14人だかの団体予約があったし、
久留里から、世田谷から、続々と行き場の無いおヒマな連中が大集合の体たらく。
いったい、世の中にはヒマな年寄りがどんだけ居るんだといった風情。

実は私達は昨日、大切な歌仲間から(ともしびに行かない?)のお誘いを受けたのですが、
「悪い、俺達は明日行く予約してあるで今日はチョッと行かれない」お断りをしたんです。
ともしびスタッフの方から「昨日は〇〇さんが、河童さん達から振られちゃった」と、
嘆きのため息だったと聞かされ、彼等に同情した私達でした。
「〇〇さん、ごめんね~、5日の飲み会は楽しくやろうね~」

逢いたかった〇〇女史が来店したのはとても嬉しく、一緒のテーブルを囲みましたし、
何と、最も意外で嬉しかったのは仙台から、あの素敵な女性が来店したのです。
あんまり嬉しかったんで、オレは彼女とハグしちゃった。
彼女の豊かな胸の感触が、今でも余韻となって残っているんですね~(ばか)
時々、何の用件も無いのに電話する、素敵な彼女も来店したんで、
オレはつい、どさくさ紛れに彼女の身体にタッチする変態オヤジになってました。(ばか)



ベイビーブーの(しのぶさん)写真左端が一人で来店しました。
カホンを叩く彼を見ていたら、左手をメインに使っている気がしたので、
尋ねたら右手が利き手だそうでした。
彼の話し声は低音なので、現在バスを担当しているユウさん以前は、
しのぶさんがバス担当だったというのは合点がいきました。
でも、何と彼は現在はファルセットで高音担当なんですから、信じられませんね。



ピアノ伴奏のメグちゃんが、風変わりな楽器のお披露目をしました。
「アンデス」という楽器らしいです。
彼女は色んな楽器にとても興味があるらしく、
「私は結婚しても浮気する」と公言していました。(ばか)
「岬めぐり」の時に、その楽器アンデスを吹いたのですが、
これが実に雰囲気を高めるムードメーカーになっていました。

司会の石垣さんは、相変わらずの天然ぶりが可愛いし、
あ、そう言えば「憧れのハワイ航路」しなかった、本道さんガッカリだったね。
清水さん、小川さん、修平さん、桜田さん、石原さん、
今枝さんのトランペットが冴え渡っていたし、
オールスタ揃い踏みの様相が嬉しいね~。

でね、結論。

ともしびは、サイコー!
やっぱり、ともしびこそ歌声喫茶の原点。
みんな~、遊びに来いよな。
来ない奴ァ~もう遊んでやんない。



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さようなら・あなた達の事は忘れない

2023-03-09 15:51:34 | 歌声喫茶
17.2.28.さよなら・歌声喫茶・国立さんたま屋Ⅱ


「さようなら」と言いながら楽しい思いのする別れの歌。



歌声喫茶のレジェンドだった、越膳さん。



同じ日に悲しい死を迎えた、鈴木ケンちゃん親子。



西新宿の歌声喫茶トミのオーナー夫人である、とみさん。



読売ランドの歌声を立ち上げた戸田さん夫妻、
御主人が逝った後、ほどなく奥様も夫の後を追っていきました。



西新宿トミの常連だった男性(名前が思いだせない)



劇団カチューシャのプリマドンナだった、町田在住の海老沼さん。



仙台バラライカの常連客、佐藤さん。偲ぶ会をしましたね。



船橋ゴリや久留里の歌声でお馴染みのゴンベさん、素晴らしい低音でした。



歌声喫茶ではなくてはならない存在だった臼井さん、コロナを知らずに逝ってしまいました。



久留里の歌声スタッフもしていた岩宮節子さん、あっという間の別れでした。



日野の歌声スタッフだった渡辺夫妻。相思相愛だったのが58歳の若さで明美さんが逝き、
それから4年後に夫(ナベチさん)も妻の後を追いました。



「ともしび」前社長、大野さん。アメリカの歌が好きでしたね。



仙台ロシア合唱団の事務局長、渡辺さんの奥様。
顔で唄っていると言われるくらい表情豊かな女性でした。



船橋に歌声喫茶「ゴリ」を立ち上げたゴリさん。彼も伝説の歌声人ですね。



「ともしび」でよくご一緒だった菊池さん、埼玉県の坂戸市から。一緒に盛岡にも行きました。



山岳写真家であった高橋良行さん。あっという間の別れでしたね。



そして、飯塚美智子さん。

私達は、貴方たちの事を忘れません。
貴方たちは歌声喫茶のボク達に、忘れられない大切な思い出を残してくれました。
貴方たちと共に歌った楽しい日々は、いつまでも忘れませんよ。
ありがとう、みんな、本当にありがとう。
さようなら、さようなら・・・


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飯塚さん、さようなら

2023-03-06 20:40:08 | 歌声喫茶
コロナ禍のさなか、大切な歌仲間が逝ってしまいました。
とても悲しい。飯塚美智子さん。



彼女とはコロナになる少し前、2019年12月28日~30日。
6人で、仙台バラライカ~新潟市へ旅行に行きました。
船橋で歌声喫茶「ゴリ」を運営する新潟出身の山中秀子さん夫妻の車で行きました。
前列、左端が飯塚さんです。
彼女は、ともしび合唱団に所属していました。
この頃の飯塚さんが、皆さんに最も知られている、ややポッチャリした姿です。
しかし、昨年末にお会いした時は激やせしていて、
彼女だと気づかない人もいたくらいでした。

でもそれは彼女が重い糖尿病を抱えていて、その為のダイエットだとばかり思っていました。
しかし、実はそうではなく、既にガンが進行していたみたいです。
何でも20キロ痩せてしまったとか。
それじゃ、彼女だとは分からない人も居ますよね。



私の知り合いの歌仲間女性も「あそこに居る女性、ひょっとして飯塚さん?」と言って、
信じられないといった顔をしたのを覚えています。
それは、多分昨年12月の三鷹の歌声だったと思います。
その後、彼女は入院したらしいのですが、
最近になって退院され、それから間もなく旅立ってしまったのです。

水族館オタクで、あちこちの水族館巡りをしてた様です。
わざわざ仙台の水族館に出かけた事もありました。
私も水族館で動画を撮ったら面白そうだと、彼女とそんな話をした事もあります。
飯塚さんの御主人はイケメンで、何度かともしびでお見かけしました。
子供はいなかったとか・・・

飯塚さんと最も親しかったという女性は、彼女より年上で、
自分より若い人が、そして大好きだったという飯塚さんが、
逝ってしまったのがショックで、凄く気落ちしています。
彼女はごく最近、他の歌仲間にも死なれてしまったそうで、
その前には、長年連れ添ったご主人を交通事故で失い、
そんなこんなで「どうして私の周りで」と言って嘆いていました。

私が飯塚さんという女性を知ったのは勿論、歌声喫茶を知ってからですが、
ともしびなどに行くと、よく飯塚さんとはお会いするのが普通になっていました。
普通に当たり前に会っているのが日常になってくると、
ある日、その日常が日常でなくなった時は一瞬、理解できるまで時間がかかります。
「昨日まで当たり前に会っていた人が、今日になるともう居ない」
人との別れは本当に悲しい、つらい。

飯塚さんを知っている、話をした事がある。
話した事はないけど、いつもよく見ていた女性だ、そんな思いのある方々。
どうか、彼女がきっと誰からも好かれる女性だったんだな~。
歌が大好きで、心から歌声喫茶を愛していたんだな~と、そんな彼女の事を想ってください。

もう飯塚さんはいません。
彼女の為に私が出来る事・・泣いてあげられます。
飯塚さんを少しでも知っているという方々・・彼女の為に泣いてください。
彼女の為に出来る事は、もうそのくらいしか無いのですから。

彼女を見た事がある、知っているという人達。
彼女、飯塚美智子さんの御冥福をお祈りください。
今夜は彼女の為に一緒に泣きましょう。


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心から恋しい、ともしび春の大うたごえ

2023-03-01 06:50:31 | 歌声喫茶
[おうちでともしび]過去の春の大うたごえ喫茶をダイジェストでご紹介!


歌声喫茶「ともしび」
ともしびでは春になると上野公園の大ステージで、大うたごえが開催されていました。
映像は2009年の大うたの模様ですが、
私が「歌声喫茶」を知ったのは2007年3月10日から。
翌2008年も、歌声喫茶は、私の中ではまだ主流になっておらず、
登山が趣味の主流を占めていました。
2009年になると、登山と歌声喫茶との比率が、いよいよ逆転してきました。
しかし、私の中で「歌声喫茶ともしび」は、まだ存在していなかったと思います。
そういった中で、ともしびファン達はこんな素敵なイベントを楽しんでいたのですね。

[おうちでともしび]過去の春の大うたごえ喫茶をダイジェストでご紹介!


[おうちでともしび]過去の春の大うたごえ喫茶をダイジェストでご紹介!


[おうちでともしび]過去の春の大うたごえ喫茶をダイジェストでご紹介!


こんなにも楽しい歌声仲間達のお祭り騒ぎ。
それが2020年から始まったコロナウィルスによる驚天動地の呪い。
私を始め、日本中の国民が初めて経験する恐怖の毎日。

生きる事に心配する毎日で、歌声喫茶などまるで吹き飛んでしまいました。
ともしび春のうたごえどころではなく、歌声喫茶は一瞬にして壊滅。
現在2023年になるとようやく、あの頃みたいな恐怖は薄らいだとはいえ、
上野公園の大うた再開は、果たして出来るのかどうか?

あの楽しかった毎日は吹き飛び、何処の一日歌声喫茶に行ってもそれほど楽しいとは感じられず、
あの頃みたいに「行く前の胸のときめき」は無く、「ワクワク感」も無く、
行っても何か、以前みたいな楽しさを感じる事も希薄になり、
私は現在、1ヵ月に3回程度にしか「歌声喫茶」に行かなくなってしまいました。
ここ数か月でも、何ヶ所かの一日歌声喫茶と縁切りになってしまいました。

何となく(お義理)で行ってる様な気がして、行かなくなってしまいました。
そんな中で「高田馬場・ともしび」再開は本当に嬉しかった。
あそこに行く時だけは「ときめき、ワクワク感」があるのです。
それもあってこれからは、私達夫婦はともしびに行こうとなってしまいました。

ともしび、春の大うたごえ喫茶。
これだけは何としても復活して欲しいと、心から願っています。
あんなに楽しい、心から楽しいお祭りなどありません。
今年こそは、何としてもと、願い祈りしているのです。

1ヵ月にたった3回程度しか行かない歌声喫茶。
これは死刑宣告みたいなものです。
腹の底から、大きな声で目いっぱい仲間達と唄いたい。
それは、ともしび春の大うたごえ喫茶しかありません。

神様仏様、どうか私を殺さないでください。
どうか、あの大うたを再開してください。
やってくれないと、もう遊んでやんな~いよ、いいね、指切りだよ。




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高校三年生

2023-01-25 14:54:03 | 歌声喫茶
12.8.26.高校三年生・歌声祭典・第六回府中どんちゃか


歌声喫茶で定番となっている「高校三年生」
1963年(昭和38年)のヒット曲ですね。
この年のレコード売り上げ第3位。
ちなみに1位は「こんにちは赤ちゃん」2位は「見上げてごらん夜の星を」
この頃の流行歌は街中にこういった歌が溢れていました。



年末の「紅白歌合戦」でも、
そうだそうだ、この歌が日本中の街から聞こえていたよ、という歌ばかりでしたね。
そんな中でも、この歌は本当に(一世を風靡)しました。



私は1学年下の、高校2年生だったのが、口惜しくて口惜しくて。





その頃、妻は川崎の高校に通っていていたのですが、その高校に、
ある日、「映画・高校三年生」に出演していた倉石功と姿美千子が、どういった訳か来校し、
学校中の女子生徒たちが、蜂の巣を突ついた様な大騒ぎになったそうです。
何しろ倉石功のカッコ良さは群を抜いていましたからね。

いいよな~、俺だって一応(男)やってる訳で(そうは見えないよな・分かってる)、
女子高生たちから蜂の巣を突っつくモテ男やってみたかったよな~(涙)

本当に、「高校三年生」は一世を風靡した忘れられない歌となりました。
思えば、歌声喫茶でそういった名曲が残っているのは、精々1973年が限度。
それ以降は、もう私にはあまり縁のない歌になってしまいました。

セーラー服というのは、男子には、永遠の憧れですが、
それは女子にとっても、憧れだったみたいで、
「私、セーラー服は着てないのよね」とそれを着られる事に感激していた女性もいました。
妻の高校もセーラー服ではなかったとか・・

舞台で、右から2番目で踊っている、渡辺明美さん。
彼女がまさか、これから4年後に58歳で逝ってしまうなんて・・・
あんなに素敵な女性が・・本当に悲しかった。
あんなにいつも笑顔を絶やす事のない、
誰からも「あんなに笑顔が素敵だった女性を見た事がない」と言われた、
あの明美さんが・・今でも彼女を忘れる事はありません。

「高校三年生」私達世代には、永遠の名曲でしたね。



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