私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―高雅様の御母上

2012-05-01 18:26:01 | Weblog

 「喜智さまから、京より小雪という人がこの宮内に来ているということをお聞きして、もしやお前ではないかと思い、たってお頼みして、ここへ呼んでもらったのだ。それに、失礼にも、なんと、お前はこの喜智さまと、いつか小路で突きあったとか」
 小雪は「あの時の事を奥様はまだ覚えていてくださていたのかしら。でもどうしてわたしを」と、顔を赤らめながら林様をじっと見つめました。
 
 それからお話になる林様の次々の言葉に、小雪は、大奥様のお座りになさた両の膝に見えるなんともいえない品のよさに見入りながら、どこぞ遠い見知らぬ国の出来事であって欲しいような思いに駆られながら、消え入りそうに林様のお話しを聞いておりました。
 文月二十五日、そこまでお送りしてと、林様からいわれて、暖簾をぐぐって、ほんの半町でも歩んだでしょうか、その途端、大きく枝を垂下げていた川端柳の影に身を潜めていた暴漢に「天誅」とか何か言われながらむざむざと殺されておしまいになったあの高雅様の母上様が、この喜智様であろうとは。
 「あの時の高雅さまの最期を見届けた私ですから、もっと早くご報告と思いながら、わたしの都合で、あれから江戸と大阪を行き来していたものですから、遅くなってしまいました」
 そこで、林様は猪口にあるお酒を、ほんの少し口におつけられて、再び話されるのでした。
 「紀一郎様には、手紙ではあらましはご報告させていただきましたが」
 そんな林様のお話をお喜智様は、じっと、口を真一文字にきりりと結んだまま本当に無表情でお聞きになっていらっしゃいました。
 この宮内という狭い狭い世間では、お喜智様のことを「母親としてのわが子への情をお忘れになった非情なお人だ。冷たい、人でなしの母親だ」と揶揄しています。
 無残に暗殺された高雅様の亡骸を、実の母親で、ありながら、頑としてかたくなに京に置きっぱなしにして、この宮内に引き取ろうとしない冷たい女だとしてみんなから非難されているのです。
 そんな非難を知ってか知らでか、林様はあの時のことを静かにお話しになられるのでした。
 そんなお喜智様のお心を慮って、小雪は、これが遠い国でのお伽噺であって欲しいと思ったのです。

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