私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 喜智さま

2007-03-07 21:52:05 | Weblog
 この狭い宮内にいますと、この事件に関わった人達のことが知らず知らずのうちに分りました。
 高雅様は、このお国の事を随分と憂えて、徳川様の世の中では、この国は、もはや持ちこたえられなく、新しい天子様を中心とした国作りをする必要があると、お考えになり、アメリカなどよその国に対してしっかりとした国に作り変えなくてはとお思いになったとか。また、こんな思いに、高雅様が駆られたのは、多分、あの緒方洪庵とかいう足守のおじさんの影響があったとか。お国を護るためには、まず、紀州と淡路の間に、他所の国の、大砲を積んだ大きな鉄の蒸気船が入ってこないような暗礁をこしらえる必要があるとかお考えになったとか。また、そのために、お江戸の将軍様や鴻池などの大商人に語らい、沢山のお金をお集めになって私腹を肥やしたとか。
 そして、ついに、将軍様を倒して、天子様の世の中に作り変えようと知るお人達、何でも長州や薩摩のお若いお侍様達だと言う事です。その人達にあらぬ噂を立てられ、そして、恨まれて、あのようなむごい殺され方をされたとか。
 そんな噂があちらこちらから飛んできては消え、消えては、また、囁かれたりしています。そんな噂が自然と小雪の耳にも届きます。
 世間は、先生のようだと小雪は思いながらも、いろんなお人からの噂が次から次えと聞こえてまいります。でも、新之助様の噂は、いくら耳を欹てていても、小雪が思うようには届きませんでした。
 こんな噂話に入り混じるようにして、お正月様がやってきました。みんな小忙しく身を粉にするように合いも変わらず働いています。そんな今年は、正月以来例年になく長いこと冷え込みが厳しく、ついつい家に籠りがちだったのですが、小正月が過ぎて、2、3日した頃だったでしょうか、春のような随分と温かい日がありました。
 吉備津のお社の中の、清龍池に、小さな島にかあり、そこに赤い祠があり。それが「さえのまみさん」だと、何時かお客様だか宿の姐さんだかに聞いたことがありました。今日の俄の温かさに、ついふらふらと小雪は、そのお宮さんにお参りすることにしました。
 お参りする人は誰もいない、ぐずれかけたような薄汚れた赤っぽい祠がありました。温かい日差しの中で、久しぶりに随分荒れ果てた両の手をそっと合わせ、恥じ入るように「こんな私でもお守りください」と小さく小さく拝みました。誰もいない太鼓橋を一歩一歩踏みしめながら元来た道を通り、街の路地に入りました。年末に降った大雪が、家々の軒下などに薄汚くなって残て下ります。その残り雪に当って、きらきらと跳ね返ってくる春の日の光が暖かく町全体を覆い尽くしています。崩れそうな花街独特なわびしさが、家々の格子の窓に、屋根の瓦に映って見えます。そんな通りを、小雪は、ただ一人、とぼとぼと歩みます。
 その道を少し行くと、ややあって中山から流れ下る細谷の小さな瀬音を耳にする事が出来ました。雪解け水で、何時もよりは大きく瀬音を小山に響びかせています。
 「まかねふく きびのなかやま おびにせる 
            ほそたにがわの おとのさやけさ」
 この歌も、この宮内に来てから、宿の姉さん達から教わったものです。
 流れ落ちる今日のこの瀬音からは、さやけさでなくて、ざわざわと言う、あの中山颪の松風にも似た騒がしい瀬音になっています。「がまんおし、しんぼうおし、しんぼうしい、がまんしい」とでも言うようだと人事のように笑みを浮かべて、この小さな流れの音に、しばらくの間、聞き入りました。
 でも、久しぶりの笑みだという事は、小雪自身には気が付いてはいません。
 それからしばらく、そこに佇んで、その小生意気な瀬音に耳を傾けていましたが、再び、もと来た道を引き返します。
 今そこで聞いた瀬音が、何時までも耳に残り、その音を確かめでもするようにそぞろ歩きで帰って行きました。あの瀬音が、ひさしぶりの今まで身の内に一杯に溜め込んだ澱んだあくたを吐き出し、流してくれたような気分になりました。
 「ああ、さえのかみさま」
 小さく囁くように、しばらく振りに、口から吐いて出ました。
 その途端です。曲がり角からお出になられたお人と出会い頭に、私の体ごと突き当たりました。「あっ」と思う間もなしの出来事でした。
 そのご婦人も、突然でしたのでしょう2,3歩後ろによろけました。でも、幸いにして倒れ込むという事はありませんでした。
 「ごめんなさい。ぼんやりとあるいておりましたさかい。おけがありません」
 小雪の消えんばかりの言葉。ふと顔を上げて、そのご婦人を見ました。
 「あっ おっかさん」
 思わず本当に小さな、人には聞こえるか聞こえないか分らないような吐息のような言葉が、小雪の口をついて出てしまいました。初老の、如何にも気品に満ち溢れていて、それでいてしゃんと凛々しい物腰の深そうなそのご婦人は、どうしてこうなったのかしばらく考えてでもいるかのように、そこに佇んで小雪を見ています。
 小雪が、一瞬に母かと見間違えたその女の人は、小雪の如何にも野暮ったい田舎びた椿の柄の羽織か何かをしばらく眺めていましたが、優しく声をかけてくださいました。
 「何処を宿にしているの。確かお母さんと言ったように聞こえたんだけど。どうして」
 それからしばらく何かをお考えになっているかのように、無言で私を見つめておいででした。  
 「私はつばきがとても好きなの」
とぽつんと、それもやや大きな声でおっしゃいました。
 私が遊女だということを十分知ってお話して下さっています。遊女になって以来、女の人から、こんなに優しい言葉て話しかけられたことは一度だって経験した事はありません。
 それからしばらく間を置いて、また、そのご婦人は優しく言葉を静かにかけてくださいました。
 「言葉から言って、あなたはもしかして京の女、まだお若いようだけど一杯苦しみを持って生きているのね。おかあさんお元気なの。・・・・どうしてここに」
 小雪は、この不思議な今の出会いが、どこか知らない夢の世界で起った事のように思えてなりませんでした。
 「はい、・・・・京どす」
 ただ。それだけの言葉を出すのにも、唇に何か重い重い重石を下げているようで、胸が一杯になり、息が詰まりそうに覚えました。
 それから、又、その女の人は独り言のようにゆくりと、自分にでも言い聞かせているのではと思えるようないい草で
 「その若さで、あなたも随分と苦労した事でしょう。今あなたが言った『ごめんなさい』と言う言葉には、真心がありました。本当に素直な心の底から、今、初めて生まれたのではないかとさえ思われるような赤子の優しさが見えました。今のこの辺の女にはない美しさを、あなたはお持てですね。みんな女ですから、みんな同じと言うわけにはいきませんね。」
 中山颪の寒風が二人を通り抜けてぴゅうと吹きすさびます。しばらく沈黙が続きます。が、再び、その女の人がお話を続けられました。
 「でも、女はどんな人でも、何処に住もうと、誰であろうと、みんなそれぞれの悩み苦しみを、大きい小さいの違いはあっても、持って生きていかなくてはならないのです。それが女の生の悲しさでしょうか。じっと我慢をしなくては生き通せないのでしょうか。それにしても悲しい女の生ですこと。我慢だけが女の道ではないのでしょうが。でも、・・・・女にも意地もあります。人がどんな言おうとしなければならない女の道があります。悲しいけれど、あなたも強く生きるのですよ。私は、堀家のきちといいます。一度訪ねておいでなさい」
 それだけ言われて、路地を曲がられ、崩れかけの土塀にお姿が吸い込まれるように行かれてしまいました。
 「がまんおし」の瀬音が周りの家々の白壁にあたって、小雪の耳に誇らしげに響いてきます。