環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

「経済」 「社会」(福祉) 「環境」、不安の根っこは同じだ!

「将来不安」の解消こそ、政治の最大のターゲットだ

懸念される、今年6月に開催予定の国連の「持続可能な開発会議」(リオ+20)

2012-01-01 10:46:27 | 持続可能な開発・社会/バックキャスト
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新年あけましておめでとうございます。

2007年1月1日に開設した私のこのブログは今年で6年目を迎えました。

 国際的には昨年から引き続く経済的、社会的な混乱と今年予定されている政治的なリーダーの交代、日本ではそれらの国際状況の混乱に加えて、東京電力福島第一原発事故の混乱で、国内外ともに、上の図で示した混乱の予想が現実化して、誰の目にもわかるようになってきました。

 この機会に、ともすれば忘れがちな国際社会の環境・エネルギー分野の大きな潮流を思い起こしておきましょう。 私の環境論では環境/エネルギー問題は、目の前の国内外の経済的・社会的問題よりもさらに大きな 「市場経済を揺るがす21世紀前半の最大の問題であるはず」だからです。

 私は、1972年にスウェーデンの首都ストックホルムで開催された「第1回国連人間環境会議」(ストックホルム会議)の翌年の1973年からおよそ40年にわたり日本とスウェーデンの環境・エネルギー政策を同時進行でウオッチしてきました。

 この過程で、およそ30年前の1983年に、初めて「持続可能な開発」という言葉に出会い、それ以来、私は「持続可能性(Sustainability)」という概念に強い関心を持ち続けてきました。

この言葉を初めて目にする方もおられるかもしれません。英語では「Sustainable Development(SD)」というのですが、1980年に国際自然保護連合(IUCN)、国連環境計画(UNEP)などがとりまとめた報告書「世界保全戦略」に初めて使われ、以来広く使われています。

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 おおよその意味は、 「現在ある環境を保全するだけではなく、人間が安心して住めるような環境を創造する方向で技術開発し、投資する能動的な開発」、「人間社会と、これまで人間の経済活動によって破壊されつづけてきた自然循環の断続を修復する方向の開発」ということです。

 1987年4月に、国連の「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」が「持続可能な開発(Sustainable Development)」の概念を国際的に広める先駆けとなった報告書「われら共有の未来」(通称ブルントラント報告)を公表してから、今年で25年が経ちました。

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「持続可能な社会」をめざす国際社会と独自の「循環型社会」をめざす日本(2007-09-30)



 21世紀にめざす「持続可能な社会」が大量生産・大量消費・大量廃棄に象徴される現在の社会を延長・拡大した方向にはあり得ないという、このブログでこれまで述べてきた議論は、1992年6月の「地球サミット」での議論と、その結果まとめられた数々の合意文書でも明らかです。

 地球サミット=国連環境開発会議(UNCED)=は、20年前の1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された、国連主催の環境と開発に関する国際会議です。「気候変動枠組み条約」「生物多様性条約」「森林原則声明」「環境と開発に関するリオ宣言」(ここで、「持続可能な開発/社会」という考え方が提案されました)や、「アジェンダ21」などが採択されました。翌年には、地球サミットの合意の実施状況を監視し、報告するために、国連経済社会理事会によって「持続可能な開発委員会」が設立されました。

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 そして、20年を経た今年2012年、国連は、1992年の「地球サミット」の20周年を記念して、6月20~22日に再びブラジルのリオデジャネイロで 「持続可能な開発会議」(リオ+20)を開催する予定です。私の懸念は、日本のマスメディアが昨年から引き続くグローバル社会における国際的、国内的な政治、経済、社会の混乱や東日本大震災とそれによって引き起こされた福島第一原発過酷事故のフォローに忙しく、さらに大きな、そして、もっと基本的な「人間社会の持続可能性」という重要性に、今なお思いを馳せる想像力が欠けてきているのではないかということです。

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