環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

「経済」 「社会」(福祉) 「環境」、不安の根っこは同じだ!

「将来不安」の解消こそ、政治の最大のターゲットだ

4月から9月のブログ掲載記事

2008-09-30 08:33:16 | 月別記事一覧
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アーカイブ(公開論文集)
 

 


9月のブログ掲載記事

1.4月から9月のブログ掲載記事(2008-09-30) 

2.日本の社会を構成する主なプレーヤーの問題点(2) 2000年以降の首相の「環境問題に対する認識」(2008-09-29)

3.日本の社会を構成する主なプレーヤーの問題点(1) 科学者や研究者のような専門家(2008-09-28)

4.日本の「温暖化懐疑論」という現象(2)(2008-09-25)

5.日本の「温暖化懐疑論」という現象(1)(2008-09-24)

6.新たな気持ちで、再び(2008-09-21


8月のブログ掲載記事

なし


7月のブログ掲載記事

なし


6月のブログ掲載記事
 
1.5月11日のシンポジウム「持続可能な国家のビジョン」から(2008-06-08)


5月のブログ掲載記事

なし



4月のブログ掲載記事

1.2008年5月11日(日)のシンポジウムのご案内「持続可能な国家のビジョン」(2008-04-01)

2.2007年度の発受電実績 1兆KWhを初めて突破!(2008-04-16)

3.気候変動への対応: 「米国のブッシュ大統領の演説」と「スウェーデンのラインフェルト首相の演説」(2008-04-18)

4.2008年5月11日(日)のシンポジウムのご案内「持続可能な国家のビジョン」②(2008-04-19)


日本の社会を構成する「主なプレーヤー」の問題点(2)2000年以降の首相の「環境問題に対する認識」

2008-09-29 11:44:10 | 社会/合意形成/アクター
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昨日のブログで、「環境破壊・環境危機といわれる環境の現況をいかにとらえ、それにいかに対応するか、その課題は人類と国家の理想を掲げ、その未来を創り出すことを職業としている政治家の能力にかかっています。そしてそのような政治家を生み出すことができるかどうかは、それぞれの国の国民の責任といえるでしょう」と書きました。

今日はこのことを検証するまたとない日です。日本の将来を決定し、未来を創り出す政治家、しかもその頂点に立つ、麻生太郎・新首相が昨日、国会で初めての「所信表明演説」を行いました。


麻生太郎・新首相の所信表明演説

私たちの将来を方向づける大変重要なはずの演説ですから、後々のために全文を掲載しておきます。



次にこの所信表明演説に示された麻生・新首相の「環境の現況」に対する認識を見ておきましょう。


★麻生・新首相の「環境問題に対する認識」
 
上の所信表明演説の緑の網をかけた部分が麻生・新首相の「環境問題に対する認識」で、その部分を拡大したのが次の図です。



ここに示された麻生・新首相の認識と福田康夫・前首相、安倍晋三・元首相、小泉純一郎・元首相の所信表明演説および施政方針演説における「環境問題への認識」を比較してみますと、日本の首相の「環境問題に対する認識の程度」と、「環境問題」と他の「様々な困った社会・経済問題」との社会的な位置づけの相違と重要性の相違が見えてきます。


関連記事

「所信表明演説」と「施政方針演説」(2007-10-03)

今日9月17日は「敬老の日」:さらに2つの過去最高を更新、そして、自民党総裁選:福田vs麻生(2007-09-16)


せっかくの機会ですから、2000年以降の「各首相の環境問題への認識」をおさらいしておきましょう


★福田康夫・前首相の「環境問題に対する認識」

(2007年9月26日~2008年9月25日 通算在職日数:365日)

次の図は2008年1月18日の施政方針演説で示された福田・前首相の「環境問題に対する認識」です。
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私は、この福田・前首相の認識に「淡い期待」「大きな懸念」を抱きました。次の関連記事の「混迷する日本⑥ 福田首相の変心?」を参照ください。


関連記事

混迷する日本⑥ 福田首相の変心?(2008-01-20) 

2007年10月1日の福田新首相の所信表明演説 なんと「持続可能社会が4回も登場(2007-10-02)



★安倍晋三・元首相の「環境問題に対する認識」

(2006年9月26日~2007年9月26日 通算在職日数:366日)


関連記事

2007年9月10日の安倍首相の所信表明演説 ハイリゲンダム・サミット 美しい星50(2007-09-11) 

2007年1月26日の安倍首相の施政方針演説(2007-01-27)

2006年9月29日の所信表明演説が示す安倍首相の「環境認識」(2007-07-07) 



★小泉純一郎・元首相の「環境問題に対する認識」

(2001年4月26日~2006年9月26日 通算在職日数:1860日)


関連記事

2002年2月4日の小泉首相の施政方針演説(2007-09-12)

2001年5月7日の小泉首相の所信表明演説 米100俵の精神、2001年9月27日に2回目の所信表明演説(2007-09-13) 



今日は日本の新首相、2000年以降この8年間の前首相、元首相の「環境に対する認識」の変遷を検証してみました。明日から国会論戦が始まります。国会議員722人(衆議院議員480人、参議院議員242人)の「環境問題に対する認識」も問われています。

日本の社会を構成する「主なプレーヤー」の問題点(1) 科学者や研究者などの専門家

2008-09-28 21:02:40 | 社会/合意形成/アクター
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私の環境論では、20世紀後半に顕在化した「環境問題」の大半は、私たちが豊かになるという目的を達成するために行ってきた経済活動の拡大(言い換えれば、資源とエネルギーの利用拡大)の「目的外の結果の蓄積」です。



その意味で環境問題は、20世紀の「公害」とは異なって特定企業だけの問題ではなく、「すべての企業の問題」であり、GDPのおよそ60%を占める「国民(市民)の消費生活の問題」でもあるのです。


関連記事

私の環境論9 環境への人為的負荷(2007-01-19)


ですから、環境破壊・環境危機といわれる環境の現況をいかにとらえ、それにいかに対応するかの「情報の創造と伝播」は極めて重要で、情報の一般的提供者であるジャーナリズムやマスメディアの役割に環境危機が克服されるか否かがかかっているといっても過言ではありません。

その課題は人類と国家の理想を掲げ、その未来を創り出すことを職業としている政治家の能力にかかっています。そして、そのような政治家を生み出すことができるかどうかは、それぞれの国の国民の責任といえるでしょう。


●学者・研究者などを含むいわゆる「専門家」

それでは、ジャーナリズムやマスメディアへの情報提供者として責任ある立場の学者・研究者などを含むいわゆる「専門家」はどうでしょうか。

ほとんどの専門家は一般に、自分のかかわっている部分が社会全体の中でどのような位置づけにあるのか十分に意識しないままに、自分の専門分野で常に最大限に頑張る傾向があります。

また、かなりの専門家は、自分の専門分野についてはそれなりの見識と批判力を有していますが、専門領域を超えるとそれらの能力が著しく低下します。その結果、しばしば、社会に共通する大切な問題に対して「専門外の識者や素人の判断基準を逸脱する発言」をするか、あるいは自らの意見を表明しない傾向があります。

以上は「学者・研究者などを含むいわゆる専門家」に対する私自身の大雑把な観察であり、印象ですが、岩波書店の雑誌『科学』(2002年6月号812ページ)で、環境ジャーナリストの今泉みね子さんがドイツのヘルマン・シェーア博士とのインタビューで、「なぜ科学者が環境問題について無責任な発言をするのか」たずねています。その理由が分かりやすく、私の観察結果を補強するとともに、日本の現状にも当てはまりそうな気がしますので紹介します。

日本の場合にもドイツの場合にも、これまでの伝統的な考え方である「ものごとを細かく分けて分析する方法」では、環境問題やエネルギー問題、あるいは福祉のような国民すべてにかかわる「現実的な問題」に対応できません。ここに、専門家と「非専門家」あるいは「素人」の協力の場が存在するのです。 


●経営者、政治家、官僚

作家で評論家の堺屋太一さんが93年9月19日の日本経済新聞の連載記事「満足化社会の方程式」で「(日本の?)経営者は5年、政治家は10年、官僚は15年、実際の世の中の変化から遅れるものだ」と書いておられます。

堺屋さんは経済官僚として78年に通産省を退官、98年(小渕内閣)、2000年(森内閣)に民間から入閣し経済企画庁長官を務めた方ですから、日本の経営者、政治家、官僚に関する観察は妥当なものと考えてよいでしょう。

日本の「温暖化懐疑論」という現象(2)

2008-09-25 15:56:14 | 温暖化/オゾン層
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昨日は、2007年2月2日に公表された「IPCC第1作業部会の第4次報告書」が「温暖化は人為起源の可能性がかなり高い」と主張しているのに対し、日本では「温暖化懐疑論」が今年の7月から8月にかけて「環境図書売り上げベスト10」(「環境新聞 2008-09-03」)に華々しく登場している現状を紹介しました。そして、この状況は私には「少々奇異に感じられる」と書きました。

さて、今日は「温暖化懐疑論」に対する、この分野ではまったくの素人の、私の考え を書きます。温暖化という現象にはたくさんの論点が含まれており、 「温暖化懐疑論」の論者の議論もさまざまな分野にまたがっていますので、ここでは、最も基本的なテーマである「温暖化の原因」に関する懐疑論に限定して 、私の考えを述べます。「温暖化の原因」の議論は、さまざまな懐疑論を含めたすべての温暖化議論の出発点だからです。 


●地球温暖化の原因に関する「温暖化懐疑論」

「環境図書売り上げベスト10」に登場した7人(武田邦彦、丸山茂徳、伊藤公紀、渡辺正、池田清彦、養老孟司および赤祖父俊一の諸氏)のうち、 「温暖化の原因」について、科学者としてしっかりとした議論を展開しておられるようにお見受けするのは「地球温暖化論に騙されるな!」の著者、丸山茂徳・東京工業大学大学院教授(地質学者、専攻は地球惑星科学)と、「正しく知る地球温暖化」の著者、赤祖父俊一・アラスカ大学フェアバンクス校名誉教授(地球物理学者)のお二人でしょう。他の方々の議論は「温暖化の原因」以外の議論が中心のようなので、ここでは議論しません。

昨日のブログに登場した丸山さんは、「地球温暖化論に騙されるな!」のエピロークで、気候変動の5つの要素あげ、それらの要素の影響度を次のように整理しておられます。





そして、結論として、「過去100年ほど地球の平均気温が上がっているのは事実、温暖化ガスの温室効果は微小ですが、気温を上げる要因です。『温暖化=二酸化炭素犯人説』はまったくの誤りだと断言しますが、私は
現在の『二酸化炭素排出削減運動』を全否定はしません」と述べ、丸山さんの総合的な予測は「温暖化」ではなく、「寒冷化」であると主張しておられます。

一方、米国・フェアバンクスのアラスカ大地球物理研究所と国際北極圏研究センター(IARC)の前所長であられた赤祖父さんはインターネット上の「OhmyNews」の2008年1月16日号「誤報だらけの地球温暖化情報 (上) 映画『不都合な真実』は、科学とは無関係なエンターテインメント?」で、伊須田史子さんのメールによるインタビューに次のように答えています。

X X X X X 
地球温暖化は実際に起きています。問題はその原因です。気候変動には自然変動と、人間の活動による変動とがあります。私は手元にある実データをもとに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)が示すことをしていない、この2つの比率を独自に算出しました。結果ですか? 観測されている温度上昇の6分の5ほどは自然変動によるもの、残りの6分の1ほどが人間の活動によるものだということが分かりました。
X X X X X 
  
赤祖父さんは、丸山さんとは逆で、「地球温暖化は実際に起きている」、しかし、その原因は「人間の活動」によるよりも「自然変動」によるほうが大きいと主張されています。そして「要は、エネルギーのムダを省き、石油資源をできるだけ子孫に残しましょう、で十分な大義名分があるのです」と語っておられます。

お二人の科学者の主張は「寒冷化」と「温暖化」で正反対ではありますが、気候変動の主な原因は「人為的要因」ではなく、「自然要因」であるという点で一致しており、「エネルギー消費の削減」にはお二人とも肯定的です。

お二人の議論は、赤祖父さんの主張に象徴されますように、考えうる温暖化の様々な原因(要因)の総和のうち、それぞれの原因がどの程度を占めるのかのという議論であり、その意味では「温暖化の原因」をめぐる科学的な議論ではありますが、この種の科学的議論は温暖化の原因を極めるために組織された専門委員会でその道の専門家同士が議論することではないのでしょうか。私は「IPCC第1作業部会」はそのような目的で作られた部会だと思っておりましたが、懐疑派の科学者から見るとそうではないのかもしれませんね。

しかし、「現実の人間社会への温暖化の好ましくない影響の可能性」を考えるときには、たとえ「自然変動主因説」が科学的には正解であったとしても、その主因を人為的にコントロールするのがほとんど不可能であることを考えれば、温室効果ガスを削減しようとする対応政策は社会的常識論として論理的に正しいのではないでしょうか。

このことは、赤祖父さんの主張を比喩的にいえば、コップの容量100%(温度上昇の要因を6/6とすると)の83%以上(温度上昇の5/6)が人間がコントロールできない「自然要因」という名の液体で占められていて、その上に、人間がコントロールできる「温室効果ガス」という名の液体が残りの17%(温度上昇の1/6)を占めており、しかも将来的に「温室効果ガス」が間違いなく増加すると仮定した場合、コップの中の液体がこぼれない(温暖化による困った状況が起こらない)ようにするためには、「残りの人為的な17%の温室効果ガス」を少しでも削減する方向の努力を続けていくことが現実的で望ましいことになるのではないでしょうか。ここでいう温室効果ガスには水蒸気は含まれていません。自然界の水蒸気を人間が地球的規模でコントロールすることは不可能だからです。

世界の現状を、 「コップの中身がほぼ満杯で、まもなくコップの中の液体がこぼれだす(科学者が想定する気候変動への限界を超える)状況にある」と仮定しますと、「自然要因」が増えても、あるいは、「人為的要因」が増えても、どちらの場合にもコップの液体はこぼれだすことになります。繰り返しますが、「自然要因」は現実問題として人間がコントロールすることは難しく、「人為的要因」は私たちの意思でコントロールできる可能性があります。つまり、私たちの将来が「寒冷化」であろうと、「温暖化」であろうと、この問題を好ましい方向に転換させるために私たちにできることは「人為的要因」をコントロールするしかなく、あとは「自然の法則」に身をゆだねざるを得ないのです。


●温暖化問題に対する私の考え方

そうであれば、たとえIPCCの主張と懐疑派の主張が対立したままであっても、私の環境論で「温暖化問題」に十分対応できそうです。次の図を御覧ください。

この図は私の環境論の「環境負荷」を示す重要な図です。以前にこのブログで紹介しましたので、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

丸山さんと赤祖父さんの主張は、この図の「人間の意思」ではコントロールできない事象の①および②の一部に相当します。ですから、私たちにできることはIPCCが主張し、懐疑派の科学者も肯定する「人間の意思」でコントロールできる事象、つまり「経済活動に伴う環境への負荷」(環境への人為的負荷)をできるだけ少なくするということになるのです。そして、このことは「温暖化対策」だけでなく、「酸性雨」などの大気汚染や他の環境問題解決にとっても望ましいはずです。


●「科学者の9割は『地球温暖化』CO2犯人説はウソだと知っている」を評価する参考になりそうな「関連ブログ」

環境図書月刊売上ベスト10の2位にランクされている丸山さんの「科学者の9割は『地球温暖化』CO2犯人説はウソだと知っている」(宝島社 2008年8月23日第1刷発行)は、このブログで取り上げた「『地球温暖化』論に騙されるな!」(講談社 20008年5月29日 第1刷発行)のおよそ3カ月後に発売されたもので、私は後者に比べると、前者は内容的に非常に見劣りがすると思います。素人の私は後者はしっかりとした論調だと思っていたのですが、前者を読んだ後偶然にも、後述する吉村さんのブログに出会い、丸山さんの“科学者としての行動”に疑問を感じ、失望しました。前者(宝島社)を先に購入していたら、私は後者(講談社)を購入しなかったでしょう。

シンポジウムで行われたアンケートによれば、「『21世紀が一方的温暖化である』と主張する科学者は10人に1人しかいないのである。一般的にはたった1割の科学者が主張することを政治家のような科学の素人が信用するのは異常である・・・・」と書いておられるのですが、アンケートの対象となったのは何人の科学者なのかというような基本的なことが書いてありません。どのようなアンケートだったかもこの本からは分かりません。

詳しいことは、シンポジウムの参加者にしかわからないのですが、幸い、ネット上には、このシンポジウムに参加した温暖化論を支持する科学者の吉村じゅんさん(専門は気象学)という方のまじめなブログがありますので、このブログが丸山さんのこの本を評価する手がかりを与えてくれるように思います。

吉村じゅんさんのブログ 

2008年9月2日  「科学者の9割は『地球温暖化』CO2はウソだと知っている」(1) 

2008年9月14日  科学者の9割は『地球温暖化』CO2はウソだと知っている」(2)   



私もこれまで「地球温暖化を含む環境問題に対する日本政府の対応」や一部の「環境・エネルギー分野の活動」に私の環境論から異論を唱えてきました。その一端は再開前のこのブログでも書いてきました。日本の最近の「温暖化懐疑論」という現象には少なからず違和感があります。皆さんは、最近のこの現象をはじめとする「環境問題懐疑論」現象をどのように考えますか。

常に国際社会の動きに振り回されて来た感がある日本で、このやや特異な現象が日本の環境政策や市民の環境運動に今後どのような影響を及ぼすか注視する必要があると思います。

日本の「温暖化懐疑論」という現象(1)

2008-09-24 11:07:23 | 温暖化/オゾン層
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今日と明日の2回に分けて、この「温暖化懐疑論」について、私の考えまとめておきます。まず、お断りですが、私は複数の大学で「環境論」を講じ、その一環として「気候変動問題への対応政策」(国際的には気候変動という言葉が主流、日本ではなぜか地球温暖化あるいは単に温暖化が定着、今日の議論は素人の議論なので、2つの言葉を混用する)に興味を持ち、スウェーデンと日本の温暖化への対応政策の相違などを講義しています。

私は温暖化の専門家でもなければ、研究者でもありませんので、「温暖化問題」へ特化して議論しているわけではありません。その意味で、私は「温暖化問題」の素人です。ですから、ここでの議論は、温暖化問題の素人が最近、雨後のタケノコやキノコのように唐突に登場した日本の科学者の「温暖化懐疑論」という少々奇妙な現象(私にはそのように感じられます)に対する一市民の考えを率直に示したものとご理解いただければ幸いです。


●「私の環境論」における「温暖化」の理解

「化石燃料の使用により大気中のCO2濃度が増えると、地球が温暖化する」という仮説を最初に唱えたのはスウェーデンの科学者スバンテ・アレニウスで、1896年のことでした。

この112年間に「世界の経済状況」と「私たちの生存基盤である地球の環境状況」は大きく変わりました。112年前にスウェーデンの科学者が唱えた仮説がいま、現実の問題となって、私たちに「経済活動の転換」の必要を強く迫っています。

厳密にいえば、「温室効果」は「環境問題」ではありません。オゾン層の存在とともに、地球上の生命が生存できるかどうかにかかわる本質的な要因です。地球の大気中に水蒸気とCO2がなかったら、地球の平均気温は現在の平均気温(15℃)よりおよそ33℃低いマイナス18℃で、地球は氷結していたことでしょう。

経済活動の拡大、つまり化石燃料の大量消費にともなって排出されたCO2が増えたことによって温室効果ガスの排出が増加し、温室効果が高まったことが、「環境問題」なのです。過去150年にわたる経済活動が、大気中のCO2濃度をおよそ30%上昇させ、地球の平均気温は20世紀の100年間に、およそ0.5℃上昇しました。気温の上昇はとくに、20世紀最後の25年間に加速されています。

温暖化の原因には、人間の意思ではコントロールできない太陽の活動などの「自然的要因」と人間の意志でコントロールできる温室効果ガスの排出などの「人為的要因」があると言われています。温室効果ガスには、水蒸気、CO2、フロン、メタン、亜酸化窒素などがあり、とりわけ水蒸気がいちばん大きな効果を持っています。しかし、人間の意思でほとんどコントロールできない水蒸気を除けば、残りの温室効果の大部分がCO2によるとされています。CO2の大気中濃度は、産業革命以前には270ppmだったのに、1987年には350ppmを超えるほどに増えています。亜酸化窒素、メタン、フロン、地表レベルのオゾンなども強力な温室効果ガスですが、大気中濃度は高くありません。 

ですから、温暖化をくいとめるために大気中のCO2の濃度を増やさない対策がとられるのです。CO2は炭素が燃えてできるものですから、なるべく炭素を燃やさないようにすること、すなわち化石燃料の消費を抑えることが必要なのです

すでに1990年の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第1次評価報告では、「温室効果ガス濃度を現状に安定化するには、寿命の長いCO2、亜酸化窒素、フロンなどの人為的排出量を60%以上、メタンを15~20%、ただちに削減する必要がある」とされています。


●最新のIPCCの報告書は 

すでに皆さんもご存じのように、地球温暖化の「科学的根拠を審議するIPCCの第1作業部会」は2007年2月1日に「IPCC第1作業部会報告案」を承認し、翌2日に「IPCC第1作業部会報告」を公表しました

この報告書では「温暖化が確実に進み、人間活動による温室効果ガス排出が要因の可能性がかなり高いこと」を確認し、最終的には90%を超す確率であることを示す「人為起源の可能性がかなり高い」と表現しています。

次の図をご覧ください。これは、前述の報告書の公表のおよそ2週間前に「「IPCCの第4次報告書案の概要」を報じた1月19日の毎日新聞に掲載された解説記事です。




●環境図書売り上げベスト10は「温暖化懐疑論」が花盛り

そこで、次の図をご覧ください。


こちらは、私が購読している「環境新聞」(2008年9月3日)の12面の環境図書館の欄に掲載された最新の「環境図書売り上げベスト10」です。なぜか日本では、 「IPCC第1作業部会報告」で終止符が打たれたはずの 「温暖化懐疑論」が花盛りのようです。

私は、このベストテンに登場する「偽善エコロジー」(武田邦彦)、「科学者の9割は『地球温暖化』CO2犯人説はウソだと知っている」(丸山茂徳)、「『地球温暖化』論に騙されるな!」(丸山茂徳)を発売直後に購入し、読んでおりました。また、このベストテンには載っておりませんが、同じく地球温暖化懐疑論である「『暴走する地球温暖化』論 洗脳・煽動・歪曲の数々」(武田邦彦、池田清彦、渡辺正、薬師院仁志、山形浩生、伊藤公紀、岩瀬正則 著 文芸春秋 2007年12月15日 第1刷)も購入し、読みました。

このベスト10の著者のうち、武田邦彦、丸山茂徳、伊藤公紀、渡辺正、池田清彦、養老孟司および赤祖父俊一の諸氏は、その著書などに紹介されている略歴によれば、大学の理学部あるいは工学部(武田さんは教養学部)出身で、現在は大学の理学系あるいは工学系の教授(池田さんは国際教養学部)、名誉教授、あるいは大学の医学系の名誉教授です。ですから、私のような一般市民の感覚ではまさに “科学者”、“専門家”であることは間違いありません。著者の中には、著書で自ら科学者であることを強く主張している方もおられます。 

一昨日の毎日新聞が丸山茂徳さんを紹介しています。




なお、この環境図書月間売上ベスト10にはありませんが、日本の環境問題に対する対応に疑義を唱えた一般向けの著書2点をこのブログでも取り上げましたので、次の関連記事をご覧ください。

関連記事

同じ情報を与えられても解釈は異なることがある(2007-10-11) 

武田さんの「環境はなぜウソがまかり通るのか」と槌田敦さんの「環境保護運動はどこが間違っているのか」(2007-10-14)


槌田敦さんが理解するスウェーデンの原発事情(2007-10-20) 


-次回へ続く-



新たな気持ちで、再び

2008-09-21 17:36:49 | Weblog
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皆さん、こんにちわ!

今年3月31日のブログで、私は次のように書きました。

X X X X X
2007年1月1日から1年3か月にわたって書き続けてきたこのブログも、今日で547本目となりました。この機会にこのブログをいったん閉じようと思います。私が考える環境問題のかなりの部分を読者の皆さんにお伝えすることができたと思うからです。日本とスウェーデンの考え方を通して、日本の問題点をご理解いただけたら幸いです。

このブログに書いてきたことは内容的には、10年後に読み返してみても おそらく新鮮味を保っていると思います。私は環境問題の現象面を追うことなく、その本質を「私の環境論」に沿って、私のできる範囲で書いてきたという自負があるからです。読者の皆さんが、日本の社会の環境問題に疑問が生じたときに、このブログに関連記事があったな、と思い出してクリックしてくださることをお願いして、このブログをひとまず閉じたいと思います。わずかな時間ではありましたが、ご支援いただきありがとうございました。

今後は、カレンダーに追われることなく、その時々で思い出したり、思いついたときに、不定期で、気ままに、私の考えや主張をこのブログの延長で書いて行こうと思っています。
X X X X X


あれから、ほぼ半年が経ちました。今日からお約束したブログを再開します。再開に当たって、まったく想定外のうれしい発見がありました。半年ものブランクがあったにも関わらず、当ブログへのアクセス数が、私の予想に反して、なぜか激減していなかったのです。私にはその理由がさっぱりわかりませんが、半年前のアクセス数がほぼ同じレベルに保たれておりました。



この事実に大変勇気づけられましたので、予定どおり、カレンダーに追いかけられることなく、気ままに私の考えや主張を書き続けて行こうと思います。

今日は再開初日ですので、 このブログの第1回(2007年1月1日)に登場していただいた塩見直紀さんを再びご紹介することから始めましょう。私は塩見さんにお目にかかったことはないのですが、偶然、2週間前の朝日新聞朝刊の「異見新言」の欄で塩見さんのお考えの一端に接することができたからです。



塩見さんの新たな試みに期待をしつつ、私のブログを続けて行きたいと思います。