数日前に買った「大学野球」春季リーグ戦展望号に、"神宮観客動員数の推移"というページがありました。
昨年、2009年秋季リーグ戦の一試合平均観客動員数は8,246人。
ちなみに、私が大学四年生であった1978年春季リーグ戦では平均22,625人だったとのこと。
魅力的な選手たちが各校に集まった良き時代に、学生生活を過ごすことのできた幸せを、ただただ感謝するばかりです。
この原体験を抱きながら、社会人となってからも、いたってシンプルな毎日を過ごしてきて、良くも悪くも学生時代と何ら変わらない心持ちで私はいるわけですが、一方では今年で満55歳になろうとする現実もあります。
ある金融専門誌を読んでいたところ、ニッセイ基礎研究所・研究員の前田展弘さんが、加齢、すなわち年齢を重ねることに伴う心身の変化について、コンパクトに説明されていました。
銀行が、高齢者の金融取引において、どのような配慮をすべきなのかを考える際の参考資料です。
(1)感覚機能 (東京都老人総合研究所の資料)
①視覚: 老人性白内障は50代で60%、70代で90%、90代でほぼ100%に生じて、視力が低下し、色の判別ができなくなる。採取光量も60代では20代の3分の1程度まで減少する。
②聴覚: 聴覚の低下は20代から始まり、女性よりも男性が低下の程度が大きく、特に高音が聞こえにくくなる。
③臭覚: 60代まで臭覚の減退は顕著ではないが、70代から急速に低下しやすい。
④味覚: 個人差が大きく、一様ではない
⑤体性感覚: 触覚は45歳ごろから鈍感になっていき、下半身のバランス感覚も低下していく。
(2)社会的側面
①子供の独立
②定年退職に伴う役職・肩書きの喪失
③家族や友人との死別
④新たな夫婦の時間
⑤祖父母としての新しい役割
⑥開放された多くの時間
(3)経済的側面
① 勤労収入から年金収入を中心とする生活へ移行することによる収入の減少
②資産の取崩し
③医療費の負担増(生涯医療費の約半分は70代以降に支出される)
(4)心理的変化 (精神科医ジーン・コーエン氏の臨床体験から)
①40代前半以降: 自分の存在を確認したいという葛藤に駆られる (再評価段階)
②50代後半: 『今やるしかない』という意識が強くなり、行動も活発化する (開放段階)
③60代後半: 人生の総括を行ないながら、自らの人生の意味を再確認する行動に及ぶ (まとめ段階)
④70代後半: 人生最後に、もう一度これをしたいという思いに駆られる (アンコール段階)
私自身を上記に当てはめてみますと・・・
>感覚機能: 『そういうものなんだろうな』という感想ですが、できるだけ自分には生じて欲しくない、生じたとしても認めたくないというのが本音。
>社会的側面: 一人娘が大学を卒業し、社会人として働き始めるというイベントが昨年起こりました。
>経済的側面: 幸いにして今のところ変化無し。外国銀行ですから一寸先は闇ですけれど。
>心理的変化: 『今やるしかない』という開放段階に、今まさに突入しようとしているところ。
特に、心理的変化の分類が面白いですね。
私自身だけでなく、クラス会で会う仲間たちの様子とも合致します。
もっとも、女性は何歳か年上の男性と結婚していることが多いので、同い年のクラスメートであっても、社会的側面や経済的側面においては、男性よりも数年先のステージを歩んでいるような気がします。
このような自己分析を慎重に行なった結果、『早稲田スポーツを応援するぞ。それも今やるしかない』という私の思いが実にもっともなことであると、学術的にも立証されたわけです。(本当かいな・・・)
これで、迷うことなく、そして、これまで以上の熱意を持って、早稲田スポーツを応援することにいたします。
(^^)v
写真は、今回の話題と何の関連もないのですが、東京の下町・森下で一杯やった帰りに偶然通りかかったメガネ屋さんのショーウィンドウ。
メガネ・フレームの棚に、何故かウルトラ怪獣のフィギュアが並んでいたので、思わず一枚撮りました。
左から、レッドキング、ペギラ、ゴメス、そしてバルタン星人です。
飲み歩いて時刻も遅かったので、もう店内に人影はありませんでした。
でも、どんな方がご店主なのか、無性に知りたくなりました。
(*^_^*)
昨年、2009年秋季リーグ戦の一試合平均観客動員数は8,246人。
ちなみに、私が大学四年生であった1978年春季リーグ戦では平均22,625人だったとのこと。
魅力的な選手たちが各校に集まった良き時代に、学生生活を過ごすことのできた幸せを、ただただ感謝するばかりです。
この原体験を抱きながら、社会人となってからも、いたってシンプルな毎日を過ごしてきて、良くも悪くも学生時代と何ら変わらない心持ちで私はいるわけですが、一方では今年で満55歳になろうとする現実もあります。
ある金融専門誌を読んでいたところ、ニッセイ基礎研究所・研究員の前田展弘さんが、加齢、すなわち年齢を重ねることに伴う心身の変化について、コンパクトに説明されていました。
銀行が、高齢者の金融取引において、どのような配慮をすべきなのかを考える際の参考資料です。
(1)感覚機能 (東京都老人総合研究所の資料)
①視覚: 老人性白内障は50代で60%、70代で90%、90代でほぼ100%に生じて、視力が低下し、色の判別ができなくなる。採取光量も60代では20代の3分の1程度まで減少する。
②聴覚: 聴覚の低下は20代から始まり、女性よりも男性が低下の程度が大きく、特に高音が聞こえにくくなる。
③臭覚: 60代まで臭覚の減退は顕著ではないが、70代から急速に低下しやすい。
④味覚: 個人差が大きく、一様ではない
⑤体性感覚: 触覚は45歳ごろから鈍感になっていき、下半身のバランス感覚も低下していく。
(2)社会的側面
①子供の独立
②定年退職に伴う役職・肩書きの喪失
③家族や友人との死別
④新たな夫婦の時間
⑤祖父母としての新しい役割
⑥開放された多くの時間
(3)経済的側面
① 勤労収入から年金収入を中心とする生活へ移行することによる収入の減少
②資産の取崩し
③医療費の負担増(生涯医療費の約半分は70代以降に支出される)
(4)心理的変化 (精神科医ジーン・コーエン氏の臨床体験から)
①40代前半以降: 自分の存在を確認したいという葛藤に駆られる (再評価段階)
②50代後半: 『今やるしかない』という意識が強くなり、行動も活発化する (開放段階)
③60代後半: 人生の総括を行ないながら、自らの人生の意味を再確認する行動に及ぶ (まとめ段階)
④70代後半: 人生最後に、もう一度これをしたいという思いに駆られる (アンコール段階)
私自身を上記に当てはめてみますと・・・
>感覚機能: 『そういうものなんだろうな』という感想ですが、できるだけ自分には生じて欲しくない、生じたとしても認めたくないというのが本音。
>社会的側面: 一人娘が大学を卒業し、社会人として働き始めるというイベントが昨年起こりました。
>経済的側面: 幸いにして今のところ変化無し。外国銀行ですから一寸先は闇ですけれど。
>心理的変化: 『今やるしかない』という開放段階に、今まさに突入しようとしているところ。
特に、心理的変化の分類が面白いですね。
私自身だけでなく、クラス会で会う仲間たちの様子とも合致します。
もっとも、女性は何歳か年上の男性と結婚していることが多いので、同い年のクラスメートであっても、社会的側面や経済的側面においては、男性よりも数年先のステージを歩んでいるような気がします。
このような自己分析を慎重に行なった結果、『早稲田スポーツを応援するぞ。それも今やるしかない』という私の思いが実にもっともなことであると、学術的にも立証されたわけです。(本当かいな・・・)
これで、迷うことなく、そして、これまで以上の熱意を持って、早稲田スポーツを応援することにいたします。
(^^)v
写真は、今回の話題と何の関連もないのですが、東京の下町・森下で一杯やった帰りに偶然通りかかったメガネ屋さんのショーウィンドウ。
メガネ・フレームの棚に、何故かウルトラ怪獣のフィギュアが並んでいたので、思わず一枚撮りました。
左から、レッドキング、ペギラ、ゴメス、そしてバルタン星人です。
飲み歩いて時刻も遅かったので、もう店内に人影はありませんでした。
でも、どんな方がご店主なのか、無性に知りたくなりました。
(*^_^*)
我ながら、なんか突っ込むところがおかしいですね(笑
改築前の古い店舗の方が趣がありましたけれど、煮込み、焼きトン、鶏レバーのテリーヌなどは現在も超美味です。
会社の自慢話や海外で活躍したとかいう話ばかりでなんともつまらない
場でしたが最近は様相が変わりました。自分も他人をうらやむ気持ちが
やっとなくなってきた、これだけでも落ち着いた気分になりました。
私は競争社会から開放されたようです。
確か以前ブログに書かれていた江尻投手が横浜に移籍しましたね。
松本、細山田、江尻・・・。岡田さんが辞めてイマイチ応援に熱が入らない阪神より、がぜん横浜が気になってきました。
その頃になると、同期会も支店長級になっている者だけが集まるようになり、とりあえず昇進して良かったなあと安堵する一方で、参加しなくなった同期生たちの顔を思い浮かべながら、サラリーマン社会の厳しい一面を実感しました。
今になって考えると、銀行内の競争に、随分つまらないエネルギーと神経を使っていたように思います。
外資に飛び出してからは、同期という概念が存在しませんから、変な社内競争はなくなりました。
ところで、森下のメガネ屋さん、面白いですよね。
ひょっとしたら、ご店主はカネゴンのような人かも知れません。
(;^_^A