1975年(昭和50年)、私が早大法学部を受験した際の受験番号は、222番。
すなわち、2のゾロ目でした。
(^^;)))
同じ時期に郵送した政経学部の受験番号が1万6千番台だっただけに、「同じ募集人員(当時はどちらも1500名ほど)で同じような競争倍率なのに、こんなに番号が違うのはどうしてだろう」と不思議に思いました。
それと同時に、いちいち受験票を見なくても間違えようのない222番という受験番号に、何となく親しみと縁を感じたのでした。
合格発表の当日。
合格発表の掲示板を見上げたとき、一列目の上から10番目に222を見つけ、その時から私の早稲田ライフが始まりました。
そして、神宮球場やテレビで野球を観戦していると、2アウト2ストライク2ボールと表示されます。
そのたびに、「あっ、僕の受験番号だ」と、現在に至るまで、何度も何度も、繰り返し思い出すわけです。
======
今回の大学院受験で、わたしの受験番号は10071でした。
この番号も、一度見たら忘れない番号だったのです。
下4桁が我が家の郵便番号と同じという、他愛もない理由なんですが・・・
(^_^;)
合格発表の当日、大学のWebにアップされた合格者リストを息をのみがら開きました。
すると、一般受験組の最後に10071が表示されていました。
学部と大学院、ともに縁を感じる受験番号に巡り合い、とても良い思い出となりました。
=======
ところで数日前、「この年齢になって学割が使えるなんて、お得だねえ」などと自宅で娘と盛り上がっていました。
たまたま、そのやり取りを聞いていた母が、サラリと言いました。
「学割が適用になるのは、『しっかり勉強して、社会に恩返してください』という十字架を背負うということね。」
全く正論で、グーのねも出ませんでした。
息子の私が言うのも何ですが、大した母親だと思います。
すなわち、2のゾロ目でした。
(^^;)))
同じ時期に郵送した政経学部の受験番号が1万6千番台だっただけに、「同じ募集人員(当時はどちらも1500名ほど)で同じような競争倍率なのに、こんなに番号が違うのはどうしてだろう」と不思議に思いました。
それと同時に、いちいち受験票を見なくても間違えようのない222番という受験番号に、何となく親しみと縁を感じたのでした。
合格発表の当日。
合格発表の掲示板を見上げたとき、一列目の上から10番目に222を見つけ、その時から私の早稲田ライフが始まりました。
そして、神宮球場やテレビで野球を観戦していると、2アウト2ストライク2ボールと表示されます。
そのたびに、「あっ、僕の受験番号だ」と、現在に至るまで、何度も何度も、繰り返し思い出すわけです。
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今回の大学院受験で、わたしの受験番号は10071でした。
この番号も、一度見たら忘れない番号だったのです。
下4桁が我が家の郵便番号と同じという、他愛もない理由なんですが・・・
(^_^;)
合格発表の当日、大学のWebにアップされた合格者リストを息をのみがら開きました。
すると、一般受験組の最後に10071が表示されていました。
学部と大学院、ともに縁を感じる受験番号に巡り合い、とても良い思い出となりました。
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ところで数日前、「この年齢になって学割が使えるなんて、お得だねえ」などと自宅で娘と盛り上がっていました。
たまたま、そのやり取りを聞いていた母が、サラリと言いました。
「学割が適用になるのは、『しっかり勉強して、社会に恩返してください』という十字架を背負うということね。」
全く正論で、グーのねも出ませんでした。
息子の私が言うのも何ですが、大した母親だと思います。