財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第一部」幻冬舎より出版中!「第二部」朝日出版社より刊行!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第三部闘龍孔明篇 第3章-3 パラケルススの名

2018-03-29 00:00:55 | 私が作家・芸術家・芸人

 エグリゴズの城には、最近、幽霊が出るとのうわさがあった。
 その夜のこと。緑色の霧が城内をつつみ兵士たちがバタバタ倒れていく中を、ゆうゆうと歩いていく一人の怪人。靴音をさせて石段を降りて地下牢の前で立ち止まると、ヴラドの顔を見つめた。
 眠ることもなく待っていたヴラドが声をかける。「その仮面は、いったい何だ。カタツムリの殻ででもできているのか?」
 ここ数ヶ月、怪人は2〜3日続けて訊ねてくるかと思えば10日以上も姿を見せないこともあった。だが、一つ決まっているのは必ず不思議な紋様の仮面をつけていることだった。
「ヴラドよ。今回の仮面は、ドイツのファスナハト(謝肉祭)のシュネッケヒュスラーじゃ。仮面をつけるのには理由がある。ひとつは、時空を超える異界の力を借りる業(わざ)をおこなうために、神との儀式を取り結ぶのじゃ」
「パラケルススよ」そんなことを言ったのは、昼間の看守とのいさかいが頭にあったからかもしれない。「相変わらずおもしろいことを言う。お前は、名からして奇矯だからな」
 パラケルススと呼ばれた男が、16世紀ヨーロッパ史上最大の錬金術師とするなら、それはありえない。彼は1493年に生まれ、1541年に死んだことになっている。それでは50年以上も前の世界に、生まれてもいない男が存在していることになる。
「何を言うか。我が名は、古代ローマの名医であった『ケルススを凌駕するもの』という意味じゃ。ケルススはローマ世界の医学を知る書『医学論』で知られるが、それは失われた宝典のごく一部に過ぎぬ。宝典の失われた巻には、農業、法律、レトリック、さらに軍法までが含まれていたのじゃ」
「お前が、偉大なるケルススを凌駕する何かを持っているというのか?」
「もちろん持っておる。『医学論』などとは、比較にならぬ禁断の書を。もしも世にでることがあれば、人類の歴史そのものさえ変えかねないものを。それが、儂がお前にこうして知識を与えている理由だが、まだ禁断の書に関してお前に伝える時ではない」
「まあ当てにせず、その時とやらを待つとするか。そもそもお前たち錬金術師とは魔術師のようなものか?」
「魔術師だと! しかけにたよる手品師たちと一緒にされたくはないわ」
「巷では、錬金術師を黄金の製造をもくろむ山師と言っているではないか?」
「錬金術師(アルケミスト)とは、まったくの見当違いの呼び名。我らの前提では天界も人間界も同じ仕組みでできている。我らは、神々が世界を創造した行為を実験室で再現する試みをしているのが、それが『火を用いる哲学者』と呼ばれる由縁じゃ」
「神々が世界を創造した試みだと!」


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第三部闘龍孔明篇 第3章-2 ヴラド・“ツェペシュ”・ドラクールの名

2018-03-25 00:00:21 | 私が作家・芸術家・芸人

 暴虐の限りを尽くし「悪魔公」と呼ばれたヴラド二世は、1431年東ローマ帝国から爵位を受けトランシルヴァニア、ワラキア地方の正式な支配者になった。同年、彼の長男として生まれたヴラド・ツェペシュは13才から17才までを後に「美男公」と呼ばれるようになる弟ラドウ三世と共に、トルコ軍に人質として幽閉されて過ごした。
 その4年間に、その後の人生を決定する出会いを経験した。

 人質となって2年目の1445年2月。
 ドラクールは、毎晩アポロノミカンを持ったパラケルススの訪問を毎晩受けていた。だが、眠った振りをした弟のラドウ三世が、同じようにパラケルススのレクチャーを聞いていたことを知らなかった。
 彼らが閉じこめられた城は、オスマン・トルコ領内のさびれたアジアの都市エグリゴズにあった。ワラキア公国の将来の皇位継承者を人質としているだけあって、厳重な警備体制が常に引かれている。
 昼の武芸の稽古とイスラム化教育には、業腹は立っても退屈はしなかった。後に「美男公」と呼ばれる共に人質になった弟ラドウ三世とは、彼が男色家の兵士たちに媚を売るようになってから、あまり口をきかなくなっていた。そのため、看守以外に話し相手がいない夜は退屈でしかたなかった。
 ある日ヴラドは、憎まれ口をたたいていても気が休まる相手、ふとっちょの看守バサラでなく、たまたま当番になったギスギスとやせて陰険な看守ツルゴといさかいを起こした。
 たまため目が合った看守が難癖をつけて来た。
「なんだ、その目つきは? たかだか人質の分際で! お前の母国は賠償金を払ってトルコに服従を誓ったのだ。ツェペシュ(串刺し公)とか、ドラクール(悪魔あるいはドラゴン)などと、名まで人聞き悪い。いや、そんな不吉な名が人質にはふさわしいか?」
「もう一度、言ってみろ!」ラドウがおびえるほどの勢いでヴラドが鉄格子にぶつかった。「さまさまにして、口から尻の穴まで串刺しにしてくれる!」
「おお、さすがツェペシュと名乗るだけのことはある。だが、牢獄で人質に甘んじていてはドラクールの名がすたるのではないか?」
「無知なお前に教えてやろう。ドラクールとは、父ヴラド二世が神聖ローマ帝国から1431年に竜騎士団員に叙任されたことに由来しておる。竜公という名前は、竜騎士団の竜に由緒しており、けっして不吉などではないのだ」
「ドラゴンならドラゴンらしく手格子など、破ってみせるがよいわ」
「人質になったからには、民のためにここにいてやる。だが、いつか俺が真のドラゴンになったときに後悔しても遅いぞ」
「貴様が、はたして将来ドラゴンか、悪魔のどちらになるかを楽しみにするとしよう。あるいは、その両方になるかを・・・・・・」

          


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第三部闘龍孔明篇 第3章-1 絶対悪

2018-03-22 10:35:19 | 私が作家・芸術家・芸人

 人間界の出自として比類なき出世を遂げたかつての冥界の大将軍ドラクール。
 歩を進める度に足下から吹き出すオーラで百匹の魔物をたじろがせ、爛々と光る双眼の一睨みで千匹の魔物を打ち震えさせたと言われる彼は、あざやかなビロードのマントを着こなしていた。
 すっぽりかぶった頭巾のせいで表情は読めない。
 老いて一線こそ退いたものの、その切れはみじんも錆び付いていなかった。
(「我らが人である限り、我らのなすことは悪しきかよきことにならざるをえず。我らがなすこと、悪しきかよきことである限り、我らは人なり(So far as we are human, what we do must be either evil or good: so far as we do evil or good, we are human.)」。たしかT.S.エリオットとか申す詩人のセリフかと。絶対悪など絶対善が定義できはしないのと同様、私ごときにはできませぬ)かつての大将軍が思念を返した。(ですが、もしもそんな存在があるとしたら、神々が自らを正しいと信じているように絶対悪も自らを正しいと信じていることでしょう。絶対的な存在であれば悩む必要さえございません。自らを規定しなくても、対極の存在が自分を規定してくれるからでございます。対極にある存在がまちがっている限り、それに敵対するが故に自らが正しいと言えます)
(神が絶対的な地位にあるが故に、人間に畏れられ敬われるように、絶対的な地位にある悪もまた、人間に畏れられ敬われるのではないか?)
(おおせの通りです。人とは弱き存在。さきほどの詩人は、「矛盾するようだが、悪しきことをするは何もせぬよりよきこと。少なくとも、それで我らは存在する」(and it is better, in a paradoxical way, to do evil than to do nothing: at least we exist.)と続けております。
 そもそも、自らに無きものを欲することこそ、人間の行動原理。究極の存在、もしもそんなものがあれば、人間たちの心を惹き付け離さぬことでしょう。)
(かつて「串刺し公」と畏れられたお主は、そうした存在ではなかったのか?)
(おたわむれを・・・・・・)
(究極の存在が自らの正当化に対極を必要するというのは、おもしろい。だが、「絶対善」・・・・・・はたして、そんなものが神々の世界にもあったであろうか)

 プルートゥとのやりとりは、まだドラクールが人であった頃に「虚無の王」と呼ばれ、かつて自分の「影」でもあった存在を思い出させた。

     

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第三部闘龍孔明篇 序章と第1〜2章のバックナンバー

2018-03-18 02:56:04 | 私が作家・芸術家・芸人

 財部剣人です! おかげ様で、前回で第三部第2章が終わりました。もうすぐブログ開設2930日で、8周年となります。

 なんとか週に2回アップのページは守っていきたいと思っているので、今後とも応援よろしくお願いします! ランキングサイトのバナーもクリックしていただけると幸いです。

 今週から始まる第3章では、ヴラド・ドラクールこと"ドラキュラ"の少年時代のエピソードが始まってかなりホラー・怪奇小説テイストが高まります。どうか請うご期待!

「第三部闘龍孔明篇 序章」

「第1章−1 茨城のパワースポット・トライアングル」
「第1章−2 チャイニーズフリーメーソン 洪門」
「第1章−3 「海底」の秘密」
「第1章−4 アポロノミカンの予言
「第1章ー5 太古の龍」 
「第1章-6 神獣たちの闘い」
「第1章-7 龍神対孔明」
「第1章-8  龍が再び眠る時」
「第1章-9 精神世界へ紛れ込む魔性たち」

「第2章−1 四次元空間エリュシオンのゆがみ」
「第2章−2 3つの鏡」
「第2章−3 ヤヌスの鏡と3人の魔王」
「第2章−4 ゲームは変わる」
「第2章−5 パンドラの筺は二度開く」
「第2章−6 魔界の気まぐれ」
「第2章−7 ヤヌスの鏡を閉じる」
「第2章−8 冥界の会議」


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 第一部と第二部がお読みになりたい方は、以下のリンクをクリックしてください。

  

「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ

「第二部 序章」

「第二部 第1章−1 ビックアップルの都市伝説」
「第二部 第1章−2 深夜のドライブ」
「第二部 第1章−3 子ども扱い」
「第二部 第1章−4 堕天使ダニエル」
「第二部 第1章−5 マクミラの仲間たち」
「第二部 第1章−6 ケネスからの電話」
「第二部 第1章−7 襲撃の目的」
「第二部 第1章−8 MIA」
「第二部 第1章−9 オン・ザ・ジョブ・トレーニング」

「第二部 第2章−1 神々の議論、再び!」
「第二部 第2章−2 四人の魔女たち」
「第二部 第2章−3 プル−トゥの提案」
「第二部 第2章−4 タンタロス・リデンプション」
「第二部 第2章−5 さらばタンタロス」
「第二部 第2章−6 アストロラーベの回想」
「第二部 第2章−7 裁かれるミスティラ」
「第二部 第2章−8 愛とは何か?」

「第二部 第3章−1 スカルラーベの回想」
「第二部 第3章−2 ローラの告白」
「第二部 第3章−3 閻魔帳」
「第二部 第3章−4 異母兄弟姉妹」
「第二部 第3章−5 ルールは変わる」
「第二部 第3章−6 トラブル・シューター」
「第二部 第3章−7 天界の議論」
「第二部 第3章−8 魔神スネール」
「第二部 第3章−9 金色の鷲」

「第二部 第4章−1 ミシガン山中」
「第二部 第4章−2 ポシー・コミタータス」
「第二部 第4章−3 不条理という条理」
「第二部 第4章−4 引き抜き」
「第二部 第4章−5 血の契りの儀式」
「第二部 第4章−6 神導書アポロノミカン」
「第二部 第4章−7 走れマクミラ」
「第二部 第4章−8 堕天使ダニエル生誕」
「第二部 第4章−9 四人の魔女、人間界へ」

「第二部 第5章−1 ナオミの憂鬱」
「第二部 第5章−2 全米ディベート選手権」
「第二部 第5章−3 トーミ」
「第二部 第5章−4 アイ・ディド・ナッシング」
「第二部 第5章−5 保守派とリベラル派の前提条件」
「第二部 第5章−6 保守派の言い分」
「第二部 第5章−7 データのマジック」
「第二部 第5章−8 何が善と悪を決めるのか」
「第二部 第5章−9 ユートピアとエデンの園」

「第二部 第6章−1 魔女軍団、ゾンビ−ランド襲来!」
「第二部 第6章−2 ミリタリー・アーティフィシャル・インテリジェンス(MAI)」
「第二部 第6章−3 リギスの唄」
「第二部 第6章−4 トリックスターのさかさまジョージ」
「第二部 第6章−5 マクミラ不眠不休で学習する」
「第二部 第6章−6 ジェフの語るパフォーマンス研究」
「第二部 第6章−7 支配する側とされる側」
「第二部 第6章−8 プルートゥ、再降臨」
「第二部 第6章−9 アストロラーベ、スカルラーベ、ミスティラ」
「第二部 第6章ー10 さかさまジョージからのファックス」

「第二部 第7章ー1 イヤー・オブ・ブリザード」
「第二部 第7章ー2 3年目のシーズン」
「第二部 第7章ー3 決勝ラウンド」
「第二部 第7章ー4 再会」
「第二部 第7章ー5 もうひとつの再会」
「第二部 第7章ー6 夏海と魔神スネール」
「第二部 第7章ー7 夏海の願い」
「第二部 第7章ー8 夏海とケネス」
「第二部 第7章ー9 男と女の勘違い」

「第二部 第8章ー1 魔女たちの二十四時」
「第二部 第8章ー2 レッスン会場の魔女たち」
「第二部 第8章ー3 ベリーダンスの歴史」
「第二部 第8章ー4 トミー、託児所を抜け出す」
「第二部 第8章ー5 ドルガとトミー」
「第二部 第8章ー6 キャストたち」
「第二部 第8章ー7 絡み合う運命」
「第二部 第8章ー8 格差社会−−上位1%とその他99%」
「第二部 第8章ー9 政治とは何か?」
「第二部 第8章ー10 民主主義という悲劇」

「第二部 第9章ー1 パフォーマンス開演迫る」
「第二部 第9章ー2 パフォーマンス・フェスティバル開幕!」
「第二部 第9章ー3 太陽神と月の女神登場!」
「第二部 第9章ー4 奇妙な剣舞」
「第二部 第9章ー5 何かが変だ?」
「第二部 第9章ー6 回り舞台」
「第二部 第9章ー7 魔女たちの正体」
「第二部 第9章ー8 マクミラたちの作戦」
「第二部 第9章ー9 健忘症の堕天使」

「第二部 第10章ー1 魔女たちの目的」
「第二部 第10章ー2 人類は善か、悪か?」
「第二部 第10章ー3 軍師アストロラーベの策略」
「第二部 第10章ー4 メギリヌ対ナオミと・・・・・・」
「第二部 第10章ー5 最初の部屋」
「第二部 第10章ー6 ペンタグラム」
「第二部 第10章ー7 ナオミの復活」
「第二部 第10章ー8 返り討ち」
「第二部 第10章ー9 最悪の組み合わせ?」

「第二部 第11章ー1 鬼神シンガパウム」
「第二部 第11章ー2 氷天使メギリヌの告白」
「第二部 第11章ー3 最後の闘いの決着」
「第二部 第11章ー4 氷と水」
「第二部 第11章ー5 第二の部屋」
「第二部 第11章ー6 不死身の蛇姫ライム」
「第二部 第11章ー7 蛇姫ライムの告白」
「第二部 第11章ー8 さあ、奴らの罪を数えろ!」
「第二部 第11章ー9 ライムの受けた呪い」

「第二部 第12章ー1 ライムとスカルラーベの闘いの果て」
「第二部 第12章ー2 責任の神の娘」
「第二部 第12章ー3 リギスの戯れ唄」
「第二部 第12章ー4 唄にのせた真実」
「第二部 第12章ー5 アストロラーベの回想」
「第二部 第12章ー6 勝負開始」
「第二部 第12章ー7 逆襲、アストロラーベ!」
「第二部 第12章ー8 スーパー・バックドラフト」
「第二部 第12章ー9 さかさまジョージの魔術」

「第二部 最終章ー1 魔神スネール再臨」
「第二部 最終章ー2 ドルガのチョイスはトラジック?」
「第二部 最終章ー3 ナインライヴス」
「第二部 最終章ー4 ドルガの告白」
「第二部 最終章ー5 分離するダニエル」
「第二部 最終章ー6 ドルガの回想」
「第二部 最終章ー7 ドルガの提案」
「第二部 最終章ー8 ドルガの約束」
「第二部 最終章ー9 ドルガの最後?」

「第二部 エピローグ 神官マクミラの告白」

第三部闘龍孔明篇 第2章-8 冥界の会議

2018-03-15 00:05:11 | 私が作家・芸術家・芸人

 肉を持つ存在の訪れを拒み、精神体の訪れのみが許される場所。
 マグマ層とつながる地中深くに存在する4次元空間タンタロス。
 そこに冥主プルートゥが支配する王宮があった。
 大広間には大魔王サタン率いる魔界の6軍団、その下の66大隊、そのまた下の各々6666の悪魔を擁する666小隊が、冥界の親衛隊長ドラクールとサラマンダーの女王ローラ率いる冥界親衛隊と争う場面が描かれている。
 半透明の槍を操り輝く青い羽を拡げた軍師アルトロラーベと、一振りで千匹の魔物の首をはねる鎌を持つ黒い羽を拡げた大将軍スカルラーベ兄弟の姿も描かれている。
 冥界中に、プルートゥの思念が響き渡った。
(我が足下にひざまずくがよい。これより魔性との討議の報告の儀を執り行う)
最高神と魔王たちの相談ごとが終わって、つかの間の休息を取ることもなくプルートゥと冥界の指導者たちの話し合いが始まっていた。
 今宵、呼びつけられて右側に居並ぶのは「吸い取るもの」“ドラクール”こと、かつての大将軍ヴラド・ツェペシュ、妻で「燃やし尽くすもの」サラマンダーの女王ローラ。いつも通りヴラド・ツェペシュと並ぶときは、美しい人間の女性の姿を取る。
 左に居並ぶは、彼らの長男で親衛隊の軍師「あやつるもの」アストロラーベ、次男で「荒ぶるもの」大将軍スカルラーベ。冥界の貴公子の呼び名があるアストロラーベは、あざやかな漆黒のマントと軍服に身を包む。ドクロで作られた鎧に身を包んだスカルラーベは、かつては不気味な髑髏の顔であったが四人の魔女たちとの闘いを経て、りりしい美丈夫に生まれ変わっている。
 中央にいるのが、マクミラの後を継ぎ冥界最高位の神官となった双子の妹、白銀のマントに身をつつむ「鍵を守るもの」ミスティラであった。心やさしい性格が好かれて、吸血コウモリや黒猫、ジャッカル、八咫烏(やたがらす)などの使い魔(ファミリア)たちに囲まれている。

(アストロラーベ、本来なら今宵はお主の裁きが行われていた。あるいは、お主とタナトスの二人の裁きが行われていたと言うべきか?)
(なにも申し上げることは、ございませぬ)いつも通りのクールさだが、固い決意が伝わって来る。(いかなる処罰もあまんじて受ける所存にございます)
(よいのだ)
(は?)
(すべてはアポロノミカンに予言されていた通り。「新たなる終わりが始まりを告げて、すべての神々のゲームのルールが変わる」。最終的ゲームが始まる)
 けっして興奮しないはずのプルートゥが、なぜか熱くなっていた。
(魔性たちとの闘いは、この宇宙の理を変える。だが、これは絶対悪との闘いでもある。真に恐ろしきは、絶対悪。ドラクール、お主はかつて「人間界で通じるのは『力』のみということ。善とは自分にとって都合がよいもの、悪とは自分にはむかうものに与えるべき名」と伝えた。絶対悪の存在を信じるか? もしも信じるなら、絶対悪とは何じゃ)プルートゥの矛先がドラクールに向いた。

          


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第三部闘龍孔明篇 第2章-7 ヤヌスの鏡を閉じる

2018-03-12 00:02:01 | 私が作家・芸術家・芸人

(絶対悪!?)
 議論をまかせ切りにしていたユピテルとネプチュヌスの顔が青ざめた。
 光あるところ、闇がある。
 この宇宙は、光と闇のバランスによって成り立っている。
 光があるゆえに、闇も自らの陣地を保つことができる。もしも光だけしかなかったならば、誰しも疲れ果ててしまう。陰影こそが、深みとつかの間の休息を実体に与えてくれる。
 逆に、もしも闇だけしかなかったならば、誰しも不安の中でじっとしているだけとなる。闇の中でも導く灯りがあれば、夢や希望を示してくれる。
 だが、宇宙における絶対悪の存在だけは例外。
 すべてが惹き付けられてしまう魅力を持ち、悪を肯定し善を否定することで、この世を闇に向かって突き動かす禁断の存在であった。

(絶対悪の誕生は、魔界にも望ましくないはず。もしも新たな暗黒星団を呼び寄せられたらどうなる? 古き星団の生き残りのお主たちと主導権争いが生まれるぞ)
(その時は、その時のこと。さあ、魔性とトリックスターの連合軍に絶対悪が絡んだゲームをお主たちがどう闘うか、とっくりと楽しませてもらおう)
(魔界がそうした覚悟ならば、それもよかろう。それでは、これで神界と魔界の交渉成立とする)ユピテルが、会議の閉会を宣言した。
(皆の者、これより魔界とのつながりを閉ざす)激しい思念と同時に、再び激しい雷鳴が天界中に響き渡る。(ヤヌスよ、鏡を閉じよ!)

          

 ヤヌスが、うなずくと天界と魔界をつなぐ扉を閉じる呪文を唱え始める。

 太古からの約束事
 禁断の天界と魔界の扉
 再びの呼びかけがなされるまで呼びかけを静かに待つがよい
 再びの呼びかけがなされるべき刻まで眠りにつくがよい
 天主ユピテル、海主ネプチュヌス、冥主プルートゥの求めにより
 今、扉の閉じられんことを我願う
 魔界の支配者たちよ
 我が願いに応じて
 再びヤヌスの鏡の中に姿を隠したまえ
 再び神界と魔界の復活と破滅の争いを忘れるために

 キィーン!
 何か巨大な龍が叫んだような、あるいは超音速の怪鳥が通り過ぎたような音がして、ヤヌスの鏡の表面が最初の輝きを戻して行った。
 魔王たちの姿が、あっという間に見えなくなった。


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第三部闘龍孔明篇 第2章-6 魔界の気まぐれ

2018-03-09 00:02:20 | 私が作家・芸術家・芸人

 姿なき魔王が思念を伝えた。
(魔界はすでにパンドラの筺の秘密を探り当てている。一度開いた筺は、災厄ではなくありとあらゆる人間界の善を集めていた。次に開いた時、筺はありとあらゆる善を人間界にまき散らす)
(だが、・・・・・・)
(筺が再び開けば善意を振りまいた後で、最後にその善を踏みにじる「絶望」を与えるであろう。我らには人間たちの苦しむ姿が目に見えるようだ。災厄に苦しんだ末に「希望」を得るのと、ぬか喜びした後に「絶望」に苦しむのと、どちらもどっちかも知れぬが)

     

(そこまで知っていて、なぜの筺をゲームに賭けるのだ? 魔界にとっては、パンドラの筺こそ神界に一泡吹かせる切り札ではないか)
(あきたのだ、いや、あきれはてたというべきか。人間共の愚かさに。かつて、人間共の中にもファウストのような悪魔と取引をしようとするような知恵者がおった。しかし、今では魔界の住人さえ眉をひそめるような鬼畜ばかりが跳梁跋扈している。悪魔との契約に悩むどころか、先を争って自らを魔界におとしめる輩ばかり。苦しませるべき人間を見つけようとしても、すでに善人どもはすべて虫の息。筺などよりは、波乱要因アポロノミカンを人間界で踊らせた方が今後の楽しみが増えるというもの。大魔王サタンの名にかけて、魔性討伐に成功したあかつきにはパンドラの筺を返すと約束しよう)
 プルートゥが、ユピテルとネプチュヌスと目配せする。
(よいであろう。交渉成立じゃ)
 だが、交渉は終わっていなかった。
(ゲームを、もっとおもしろくしよう)姿なき魔王が思念を伝えた。(お主たちだけでは魔性たちに勝てそうもない。やつらは魔神スネール、いや、かつての魔神と言うべきかを仲間に引き入れようとしている。スネールは精神世界で、さかさまジョージというアポロノミカンを見た狂人と合体しトリックスターと化しつつある)
(トリックスター!?)

 アポロノミカンが生み出されて以来、いつかトリックスターが誕生することは宿命づけられていたのかもしれない。
 世界が作られ、線引きをされ、範疇が定義され、階層が建造されるやいなや、原始的パフォーマーであるトリックスターは、規範を破るため入り込み、タブーを犯し、すべてをひっくり返す。
 彼は、天と地という対立した世界を自由に行き来し既存の秩序を平気で破壊する「聖なる道化師」である。
(天界の住人なら知っておろう。トリックスターがどれだけ危険な存在か。今、この時も変態を続けるスネールは魔性たちと組んで人間界をめちゃくちゃにするであろう)
(アポロノミカン・・・・・・アスクレピオスも、とんでもないものを残してくれたもの。だが、スネールだけなら変態したとしても、天界、海神界、冥界たちの精鋭をさしむければなんとかなるはず)
(この秘密を教えても、お主たちの勝機が増すとは思えぬから警告しておいてやろう。「絶対悪」の誕生が近づいている)


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第三部闘龍孔明篇 第2章-5 パンドラの筺は二度開く

2018-03-05 00:00:16 | 私が作家・芸術家・芸人

(マーメイドの小娘と冥界の神官を競わせたゲーム、聞いておるぞ。なかなかおもしろい展開になっているではないか。どうじゃ、新たなゲームを始めぬか? 人類絶滅は魔界にとっても望ましくはない。
 だが、いたぶる相手がいなくなっても魔界が滅びるわけではない。人類が滅びて真に困るのは神界の方ではないか? 人類が絶滅したなら奴らをいたぶる代わり神界との争いを再び始めてもおもしろい)
(ほう、ゲームと言うからには双方が何かをかけるのか?)
 プルートゥがまんざらでもない顔になった。
 いつの間にかユピテルとネプチュヌスまで身を乗り出している。
(神界が魔性討伐に失敗したならばアポロノミカンを魔界にいただく。つまり、魔界のものが人間界でアポロノミカンを手に入れる手助けをしてもらう)
(・・・・・・)
(この条件を飲むなら、神界が魔性討伐に成功したあかつきにはシュリリスが持ち出したパンドラの筺を返してもよい)
 パンドラの筺! 
 思念を受けた瞬間、最高神たちの目が見開かれた。

 アポロノミカンが天界最高の機密なら、パンドラの筺こそ冥界最高の機密。
 神話では、寒さに震え野生動物たちにおびえる人間たちのためプロメテウスは神界の火を盗んで与えてしまう。怒ったユピテルは彼らに災厄をもたらすためヘーパイストスに人類最初の女パンドラを粘土で作らせた。
 彼女は、「ありとあらゆる」を意味するパン、「贈り物」を意味するドラの名に恥じぬように神々からすべてを与えられた。知恵と闘いの神アテナから機織の能力、美の神アフロディーヌから男を苦悩させる魅力を、泥棒の神ヘルメスから狡猾さを与えられた。そして、「なにがあっても開けてはならぬ」と言われた筺を持って、プロメテウスの弟エピメテウスの元に送り込まれた。
 兄の「ユピテルからの贈り物は絶対受け取るな」という言葉にもかかわらず、エピメテウスはパンドラの美しさに負けて結婚してしまう。彼女の持って来た筺には、人間界のありとあらゆる災厄、悲嘆、悪意が詰まっていた。筺を開かない限り、災いは筺に閉じ込められて人間たちは幸福な人生を送ることができたはずであった。
 だが、彼女が好奇心から筺を開いた時、ありとあらゆる災いが世界中にばらまかれた。その結果、人間たちは、常に戦争、飢餓、疫病、嫉妬、悪意に悩まされることになった。
 パンドラがあわてて筺のふたを閉じた時、「わたしも外に出してください」という声が聞こえた。それが希望であった。そのために、人間たちは、絶望の縁に瀕しても希望を持つことができるはずであった。
 本当は、パンドラの筺とは、宝物殿に隠されたプルートゥの秘宝であった。
 その筺を収めたヴラド一族の紋章コウモリの形をした宝物殿の鍵は、かつては冥界最高位の神官マクミラが、現在では継いだ妹ミスティラが持っていた。
 宝物殿は人間たちの執着がうずまき、並の魔力では押さえられない。
 過去に扉があやまって開いてしまった時、一緒に「パンドラの筺」も開いてしまった。それが、人間界に神話として知られるようになったのである。

         

 四人の魔女の一人、闘いの神カンフの娘ライムがオルフェウスの竪琴を宝物殿から盗んだ時に、いきがけの駄賃とばかりに「パンドラの筺」も盗み出した。
 行方がわからなくなっていた筺がどこでどうしたものか魔界にあったと言う。それが本当ならば、冥界は「パンドラの筺」を絶対取り戻さねばならなかった。
 一度開いた「パンドラの筺」は、今度は別のものを集め始めていたからであった。


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第三部闘龍孔明篇 第2章-4 ゲームは変わる

2018-03-01 01:54:31 | 私が作家・芸術家・芸人

 死神タナトスが悪魔姫ドルガの首をはねようとして、一瞬の間躊躇した時、コンマ6秒の空白が生じた。その空白に乗じて反乱軍を率いた魔性たちが精神世界に逃げ出してしまった。
 それ以来、どうしたわけか神界と魔界のバランスにゆがみが生じていた。
(姿なき魔王よ)プルートゥが思念を返す。(責任とは、いったい誰の責任を問うている? 魔性どもに反乱させたのは、そもそもお主たちの罪。魔性どもを取り押さえられなかったのも、またお主たちの罪。そして、精神世界に逃げ出した魔性どもを追いかけられぬのも、お主たちの罪ではないか)
 ユピテルとネプチュヌスが、プルートゥに一目置く理由が彼の交渉力であった。子供っぽさの抜けない彼らは相談ごとが苦手であった。同時に、魔界からの干渉を受けやすい精神世界を管理するプルートゥはありとあらゆる手段を尽くしての情報収拾に余念が無かった。

          

(相談事は責任を押し付け合うためではなかろう)プルートゥが続ける。(精神世界に逃げ出した魔性どもの対応を協議するためではないか?)
(魔界は厄介払いをした立場。神界こそ対応を誤れば一大事になるのではないか? 協力を求めるなら見返りは?)名なき魔王が思念を伝える。
(見返り? あやつらの行いいかんでは、神界の理のすべてが流れさり魔界の闇のすべてが切り裂かれるかも知れぬぞ)
(まずは、情報共有が最優先か・・・・・・)
(その通り。さあ、逃げ出した魔性どもの名を教えてもらおう)
(「殲滅しつくすもの」ジェノサイダス、「誘いをかけるもの」“ジル”・シュリリス、「虚無をかかえるもの」ビザード)
(・・・・・・なんとも剣呑な魔性たちがそろったもの)プルートゥが苦々し気に思念をもらす。(魔性たちの望みは?)
(魔界と神界の約束事を破って、人間共の夢の完全支配。あやつらの夢をすべて悪夢に塗り替え、戦乱と混沌、狂気と憎悪、嫉妬と愛欲の世界にすること)
(人間の夢すべてが悪夢になれば、中立地帯の精神世界がどうなるかはわかっているだろうな?)
(魔界と天界はつながり、精神世界は戦闘地帯となり人間たちは破滅への道を歩む。かつて人間たちを絶滅の危機に陥らせた「ファシストと呼ばれたもの」の原動力も猜疑心と凶暴な破壊衝動じゃった。本来、そうなれば魔界の住人には居心地のよい世界のはずだが、それも程度問題か。人類絶滅にいたっては、いたぶる相手がいなくなってしまう)
(わかっておるなら、魔界が魔性討伐のじゃまをしないことを要求する)
(大魔王サタンの名にかけて、魔性討伐のじゃまはせぬと約束しよう。だが、じゃまをしないことの見返りをいただこう)
(見返り?)


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