1993年。
「今世紀史上最悪」と言われた雪嵐が、アメリカ全土を襲っていた。
12月初頭から、北東部、中西部、北西部では猛吹雪が吹き荒れて、華氏零度(摂氏マイナス17.78度)に達する日さえもめずらしくなかった。ニューヨーク、シカゴ、シアトルといった大都市では交通機関がマヒしたり、大雪によるスリップ事故や車が立ち往生したりする事態が多発した。悲惨だったのはホームレスで、住む家も生活の糧のない彼らの凍死者が続出した。
どれくらいブリザードがひどかったかと言うと、火事で出動した消防士の帽子や服の裾に鎮火中にツララができた記事がタイム誌に載ったほどであった。さらに、“ウィンディ・シティ”(風の街)と異名を取るシカゴに住む人々は、ウィンド・チル・ファクター(風の冷却効果)に苦しめられた。これは、風速1メートルごとに体感温度が1度ずつ下がるという現象で、風速10メートルの日であれば実際の気温よりも10度体感温度が下がるのである。そんな日は、外を歩いていても、風が冷たすぎて涙が止まらないほどであった。当局は、雪の日には病人、老人や子供は外出しないようにと通達をした。
タクシーは、雪かきが間に合わない道路の状態にうんざりして早仕舞いをする運転手が続出した。イタリア系の運転手は、こんな日に運転をするなんて正気の沙汰じゃない、とヒステリックに叫んだ。ロシア系の運転手は、母国でも見たことのない大雪に立ち往生することになった。さらに風速20メートルを超えるような暴風豪雪の日には、雪の重みで企業の屋根が崩壊したり、道路上で立ち往生する車が続出した。特に、アイスバーンになった高速道路では事故が多発した。氷結路の運転になれない日本からの留学生は、ブレーキをかけると車両がアイススケート状態になってコントロールがきかなくなることを知らず、信号手前でパニックに陥った。さらに間が悪いことには、スリップした車が止まっていた女性警官の車に激突して大目玉をくらった。乗っていた小さい男の子が後ろからぶつけられて火がついたように泣き出し、留学生は自分も泣き出したい気分だった。こんな日には、徐行する以外には手はなく、もっとよい手は運転せずに家にこもっていることだった。
大寒波が氷天使メギリヌの魔力によって引き起こされていることを、誰も知らなかった。マクミラは、メギリヌだけは氷結地獄コキュートスではなく、火の川ピュリプレゲドンに牢獄を作って閉じ込めておくべきだったのである。ドルガ、ライム、リギスの三人は、コキュートスの牢獄で怒りの炎をたぎらせる度に、エネルギーを奪われてだんだん弱っていった。しかし、メギリヌだけはねむったようになって冷気エネルギーを体内にため込んでいたのだった。北米大陸はるか上空、メギリヌの唇から白く不気味な息が吹き出ていた。あたかもその姿は、相手を息で凍え死にさせる日本の怪談に出てくる雪女郎のようであった。成層圏に居座る寒波は呼吸をしており、ふくらんだり縮んだりすることが知られているが、その原因が氷天使たちの文字通りの呼吸であることはまだ人間界では知られていなかった。
「人間共よ。すべてを凍りつくす猛吹雪に、苦しむがよい」自らの力に酔ったメギリヌが、天空からつぶやく。「百年に一度のブリザードの準備は、ととのったぞよ。あとは、我らが敵マクミラの命を奪うのみ」
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