財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第一部」幻冬舎より出版中!「第二部」朝日出版社より刊行!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第5章−3 マウスピークス

2019-10-28 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九一年一月の最終金曜日。

 ハイスクール最終学年になってもナオミはアイデンティティギャップに悩み続けていた。身長一六六センチ体重四十九キロと体格こそすくすくと育っていたが、人とマーメイドとしての精神の発達はいまだアンバランスだった。

 頭の中にあったのは考えても答えのでない疑問の数々。

 人間であるとはいったいどういうこと? 生きるって何のため? わたしのマーメイドの心は何のため? こうした疑問は成長するにつれて膨らむばかりだった。

 さらに、率直な物言いをするアメリカ人の中で暮らしいてさえ「言語」というシステムには苦労させられた。人が言うことと思うことの間には違いがあると知るまで物議をかもし出したのは一度や二度ではなかった。

 テレパスの存在を確認してみたいならば自殺者リストを調べてみるとよい。

 悪意に満ちた内面とお愛想の差違にさらされ続けたら、一日で発狂してしまうか自ら命を絶とうとするはずだ。ナオミは心に思ったことを言葉にする難しさと、うまくいかなかった時に生じるトラブルにうんざりさせられていた。

「コミュニケーション学」という聞き慣れない学問に出会ったのは、そんな時だった。

 ナオミが通うクムクム・ハイスクールの大講堂は、「コミュニケーション学とは何か?」という講演会に集まった学生たちでにぎわっていた。

 演者ナンシー・マウスピークスは、カンザス州にある聖ローレンス大学教授だったが、肥満体を見慣れたハワイ人から見ても彼女は太っていた。

 枠太フレームの眼鏡は怖そうだったが、奥のよく動く目はやさしそうだった。

 

「今日はコミュニケーション学が何かを説明する前に、哲学の話をさせてもらうわね。古代ギリシャでは哲学がすべての学問を統括していたの。そのなごりで博士号は今でもPh.D.となっているわ」

 ナオミは、そうなのかとうなずいた。

「政治学博士号ならDoctor of Philosophy in Political Science、経済学博士号ならDoctor of Philosophy in Economicsとなるわ。西洋文明の曙の時代に、倫理学から法律、政治、歴史、文学、言語学、数学、天文学、医学、説得の技法レトリック、もろもろの学問をおさめた賢者たちが哲学者だったの。でも、学問が発展するにつれてひとつまたひとつと哲学から離れていってしまう。医学は医学者、法律は法学者、数学は数学者の専売特許になってしまう。最後まで残ったのは思索という行為だけ。現在の哲学はよりよく考えるための学問と言えるわ」

 演者は一息ついた後、不愉快そうに言った。

「後ろの方で逃げ出そうとしてる学生、あと少しで本題に入るから我慢しなさい。え〜と、どこまで話したかしら。そう、哲学に思索だけが残ったというところだったわ。逆の発展をしたのがコミュニケーション学よ」

 ナオミは、思わず話につり込まれた。

 


ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!
    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へにほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第5章−2 神海魚ナオミ

2019-10-25 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

「おやおや、深海魚ならめずらしくないが。神界魚(ルビ)のご訪問とはね」

「おばあ様・・・・・・」

「こんな近くにまで来られるほど大きくなったんだね。でもマーメイドはやたらに涙を流すもんじゃないよ。別れはつらいかもしれないけれど新しい出会いのためさ。それに夏海とお前たちの運命はちゃんとつながってる。しばらくしたら、どこかでちゃんと絡み合うことになってる。さあ、ケネスが心配するよ。ゆっくりお上がり」

 そうか、また夏海とはどこかで会えるのか。

 安心したナオミはゆっくり上を目指して行った。

 その時、トーミは夏海をこの先待ち受けているのがやっかいごとであり、ナオミがそのトラブルに引き寄せられていくために再会出来るとは伝えなかった。

 その代わり独り言の思念を発した。

 ナオミや、お前は困っているみんなを助けてやるんだろ。儂には何もできないが、がんばるんだよ。

 あくる日、学校でぼうっとしていたナオミは誰かが近寄ってきたのに気づかなかった。「ナオミ・アプリオールね?」

 どこかで見た気がするごつい体つきの女性が続けた。

「ダイアナ・ガンプ。オーエンの母よ。今度、わたしたちは本土に移ることになったの。その前に、ご挨拶にうかがわなくてはと思って・・・・・・ごめんなさいね」子どものケンカに親が出てきたのかと身構えるナオミに、彼女は言った。

「はあっ?」

 ナオミは間の抜けた声を出した。

「先週、学校から帰ってきてからあの子部屋に引きこもってしまって。やっとマークとジムからあなたをいじめていたと聞いて。あなたの指を悪魔の印だとわたしが言ったとかウソまでついて。差別やいじめは絶対いけないって教えてきたつもりなんだけど」

「そうだったんですか」

 ケネスと夏海を「悪魔の親」とからかわれたことが怒りの一因だったことを思い出した。

 次の一言はナオミの意表をついた。

「あの子、部屋にあなたの写真をかざっていたのよ。ゆるしてやってね」

 それだけ言うとダイアナは行ってしまった。

 え・・・・・・

 好意の裏返しからオーエンが自分をいじめていたと知って、ナオミはとまどいを感じた。だが、同時にウンチ野郎だと思っていた相手にちゃんと血がかよっていたとわかってなんだか晴れ晴れした気分になった。

 


ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!
    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へにほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第5章−1 残されし者たち

2019-10-21 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 強がりながらも夏海を失って、ケネスはすべてにどうでもよくなってしまった。

 何をするわけでもなく飲んだくれているケネスにナオミが言った。

「ねえ、海に連れてって」

「うるせえ。そんなに行きたきゃ一人で勝手に行け。どうせクソ野郎に拾われたことを後悔してるんだろ。とっとと海の底に戻っちまえ!」

 下を向いているナオミにケネスが言った。

「おい、自分でも口が悪いのはわかってるんだが、今のは言い過ぎた」

「違う・・・・・・」

「違うって何だ?」

「ナオミはね、ケネスを、元気づけられなくて悲しいんだよ」

 今度はケネスがうつむく番だった。

「ねえ」

「何だ?」

「ナオミを拾って後悔してる?」不安を隠せない風に言った。

「バカ言ってんじゃねえ。こんないい子が他のどこにいるってんだ」

 ケネスは照れ隠しにナオミの髪をクシャクシャにした。

「ウッキッキー! 海に行こうよ」猿まねをしながらナオミが言った。

「オッシャー、シーモンキー!」

 ナオミを肩車するとケネスは海岸に走り出した。

 

 実は、ナオミもケネス同様にショックを受けていた。

 いつも水深数十メートルの素潜りをしていたナオミが、この日は水深百メートルを超えて海の底を目指してどこまでも潜っていった。

 かつて限界四十メートルと言われた人間の閉塞潜水(素潜り)は、天才ダイバーのジャック・マイヨールによって一九七六年十一月十一日に百メートルの記録が作られていた。しかし、彼でさえ水深六十メートルを六六年に達成してから、水深七十メートルを達成するのに二年、百メートルまでには十年の歳月を要した。

 禅やヨーガを学んだマイヨールは、「自然と寄り添い調和することで、初めて無限の可能性が生まれる」と語った。彼も海神界の血筋を引く人間の一人だったのかも知れない。

 しかし、わずか十才にも満たない少女が百メートルの素潜りを達成したのは世に知られたなら世界的なニュースだったろう。

 生命維持に必要な器官に血液を集中させて酸素を確保する「ブラッド・シフト」と呼ばれるイルカやアザラシのような水棲ほ乳類動物の特性が、元々マーメイドだったナオミには不要だった。

 音もなく光さえほとんど届かない百メートルの深海が今日のナオミには心地よかった。

 アッ、涙がでちゃう。

 冷たい海中でもあたたかい涙が出るのがわかるのが意外だった。

 その時、祖母トーミの声が聞こえた。

 


ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!
    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へにほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 序章と第1〜4章のバックナンバー

2019-10-18 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 
 財部剣人です! 第三部の完結に向けてがんばっていきますので、どうか乞うご期待!

「マーメイド クロニクルズ」第一部神々がダイスを振る刻篇あらすじ

 深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人 間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミ は、一人の人間として成長していく内、使命を果たすための仲間たちと出会う。一方、盲目の美少女マクミラは、天才科学者の魔道斎人と手を組みゾンビー・ソルジャー計画を進める。ナオミが通うカンザス州聖ローレンス大学の深夜のキャンパスで、ついに双方が雌雄を決する闘いが始まる。

海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
ユーカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一次神界大戦で死んだシンガパウムの妻
アフロンディーヌ ・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
アレギザンダー ・・・・・・・・・・ 同次女でユピテルの玄孫ムーの妻のマーメイド
ジュリア ・・・・・・・・ 同三女でネプチュヌスの玄孫レムリアの妻のマーメイド
サラ ・・・・・・・・・・ 同四女でプルートゥの玄孫アトランチスの妻のマーメイド
ノーマ ・・・・・・ 同五女で人間界に行ったが、不幸な一生を送ったマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
ナンシー ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聖ローレンス大学コミュニケーション学部教授

天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アスクレピオス ・・・・・・・ 太陽神アポロンの兄。アポロノミカンを書き下ろす
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
シリウス ・・・・・・・・・・・・・・ アポロニアの長男で光の軍団長。「光り輝くもの」
               で天界では美しい銀狼。人間界ではチャック
アンタレス ・・・・・・・ 同次男で雷の軍団長。「対抗するもの」で天界では雷獣。
                            人間界ではビル
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。
                         人間界ではクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。
   人間界では孔明

冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」で
  キルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で
       人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。
「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。
                            「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の
神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー・ヌーヴェルヴァーグ・シニア ・・・パラケルススの世を忍ぶ仮の姿
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア … マクミラの育ての父

「第一部序章 わたしの名はナオミ」

「第一部第1章−1 神々のディベート」
「第一部第1章−2 ゲームの始まり」
「第一部第1章−3 シンガパウムの娘たち」
「第一部第1章−4 末娘ナオミ」
「第一部第1章−5 父と娘」
「第一部第1章−6 シンガパウムの別れの言葉」
「第一部第1章−7 老マーメイド、トーミ」
「第一部第1章−8 ナオミが旅立つ時」

「第一部第2章−1 天界の召集令状」
「第一部第2章−2 神導書アポロノミカン」
「第一部第2章−3 アポロン最後の神託」
「第一部第2章−4 歴史の正体」
「第一部第2章−5 冥界の審判」
「第一部第2章−6 "ドラクール"とサラマンダーの女王」
「第一部第2章−7 神官マクミラ」
「第一部第2章−8 人生の目的」

第一部 第3章−1 ドラクールの目覚め

第一部 第3章−2 仮面の男

第一部 第3章−3 マクミラ降臨

第一部 第3章−4 マクミラの旅立ち

第一部 第3章−5 海主現る

第一部 第3章−6 ネプチュヌス

第一部 第3章−7 マーメイドの赤ん坊

第一部 第3章−8 ナオミの名はナオミ

第一部 第3章−9 父と娘

第一部 第3章−10 透明人間

第一部 第4章−1 冥主、摩天楼に現る

第一部 第4章−2 選ばれた男

第一部 第4章−3 冥主との約束

第一部 第4章−4 赤子と三匹の子犬たち

第一部 第4章−5 一難去って・・・

第一部 第4章−6 シュリンプとウィンプ

第一部 第4章−7 ビッグ・パイル・オブ・ブルシュガー

第一部 第4章−8 なぜ、なぜ、なぜ

第一部 第4章−9 チョイス・イズ・トラジック

第一部 第4章−10 夏海の置き手紙 


  

「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ

ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!
    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へにほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第4章−10 夏海の置き手紙

2019-10-14 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 次の日、喪服のような服を着て夏海は出て行った。

 以前出演したホノルルの舞台が評判になり自分目当ての客が増えたのを夏海はよろこんでいた。だが、数ヶ月前から、君には才能がある、チャンスをあげるからニューヨークに来ないかとある劇団に誘われて気持ちが揺れていた。

 仕事から帰ったケネスは、置き手紙を見つけた。

 

ケネスへ 

 いままでありがとう。大きなあなたの愛に包まれてこのまま自分のしたいことが出来なくなってしまうことが怖いの。ゴメンナサイ。

 劇団に誘われてチャンスだと思いました。どうしても自分の可能性を試したい。心が動いたのは、昔の恋人がニューヨークにいると聞いたこともあります。さびしい時に出会ってやさしくしてもらったくせになんて女と思います。でも自分を偽りながら暮らせない。あなたは何も悪くない。私がわがままなだけ。

 ナオミを置いていきます。わたしにも彼女にもつらいけど、あなたとナオミは一緒にいることが必要だと思います。理由はうまく言えないけど。

 いつまでも今のままのあなたでいてください。                夏海

 

 ところどころ字がにじんで読めなくなっている手紙をケネスは握りしめた。

「美人は悪筆」が常だが、夏海の欠点は字がヘタなことだった。

 しかし、この手紙が読めないのは彼女が落とした涙のせいだった。

 俺みたいなろくでなしと一緒にいたのが不思議だったんで、これでまともに戻るだけさ。だけど偶然は百パーセントの確率で起こったという意味では「必然」なんだ。俺たちが出会って過ごした期間にも何か意味があったはずだ。

 チャンスの神の後頭部はつるっぱげ、前からつかまえる奴だけが前髪を掴める。新しいものを得るには今あるものを捨てる覚悟が必要だ。

 感謝してるぜ

 ケネスは去っていった夏海に向かってつぶやいた。

 

 ナオミが理解出来ないのは、意識的にせよ無意識にせよ、人はなぜウソをつくのかだ。始末が悪いことに思いやりから言ったこともしばしばウソになる。

 だが、なぜ人がウソをつくのか夏海が去った後で少し理解した。

 彼らは真実に直面することが時に耐え難いのだ。己の信じるところに全力をつくして、結果をあるがままに受け入れる神々とは異なった存在なのだ。

 だから、正直にうち明けた夏海と悪役を演じるケネスを偉いと思った。ウソをつかれたショックを考えれば、真実をそのまま受け入れることが大切なのだ。

「真実が真実以上に傷つけることはない」のだから。

 なぜ泣かないの、ケネス、と自分も泣いていないナオミは思った。

 そもそも人は別れの場面でなぜ悲しむのか。 

 泣くことであまりに悲しい思い出を身体的な行動に昇華させたいのか。それとも、泣くことでそれを強い思い出にしたいのか。

 だが、学んだのはあまりに悲し過ぎても泣けないということだった。

 

 

ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!

    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第4章−9 チョイス・イズ・トラジック

2019-10-11 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

   ナオミは、何ごとか考えている様子で言った。

「おもしろい?」

「はぁ?」夏海は間の抜けた声を出した。

「何をしたらいいか決めるのって、おもしろいかって聞いてるの」

「チョイス・イズ・トラジックってわかる?」

 夏海は思わず微笑んだ。

「チョイス・イズ・チョラジック?」

「選択はいつも悲劇的と言うことよ」

「難し過ぎる。わかんない」

「ひとつのことを選べば別のことは選べなくなるという意味よ。ケーキをお昼のデザートに食べてしまえば三時のおやつにそのケーキは食べられないでしょう」

「トラジディーだ」

「トラジディーね。人は生きる限り決定を迫られる。そんな時、はっきりした答えを出すのは難しいわ。せいぜい出来るのは、やってみるメリットと失われるデメリットを比べてみること。天秤の使い方はもう習ったでしょう。ディベートを知っているのは心の天秤があるようなものよ」

  夏海は淋しそうに笑った。

  あの時、悩みに対する答えを夏海は決めたのだろうと振り返って思う。ホノルルを訪れた時に、夏海が出演したパフォーマンスを見たニューヨークのある劇団からずっと誘いを受けていたのだった。

「どうしたの?」

 気がつくと、夏海は涙を流していた。

「ごめんなさい。ナオミ、あなたにはまだわからないかも知れないけど何も決断をしなければ無難で葛藤のない人生を送れるわ。でも、波風を立てたり他人を傷つけたりしてもわたしは夢にチャレンジしたい」

  夏海はナオミを抱きしめた。

「あなたはいつまでもわたしの娘よ」

 ナオミは、なぜ夏海が当たり前のことを言うのかと思った。

   だが、同時に何かしら不安を感じた。

 

 

ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!

    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第4章−8 なぜ、なぜ、なぜ

2019-10-07 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 プライマリースクール時代に、ナオミはどんな科目でも言われた通りに勉強する優等生たちの気持ちが理解出来なかった。

 なぜそうなるのか? なぜ別の考えをしてはいけないの? なぜ答えが複数あってはいけないの? 

 なぜ、なぜ、なぜ?

 教師がいやがる質問ばかりをしては皆のからかいの対象になった。

 マクベスに登場する魔女たちなら「いいは悪いで、悪いはいい」と言うところだ。

 だが、「好きは好きで、嫌いは嫌い」を信条とするナオミは思ったことをそのまま口にしては周りを唖然とさせた。「正しいことは正しい」はずだが、世の常はそうでなかった。

「天使の無垢さ」、「悪魔の狡猾さ」という言葉はあっても「マーメイドの正直さ」という表現は人の語彙にないようだった。まるで、よい部分や悪い部分は想像上の存在に任せるくせに、普通に行動するのは自分に任せろと勘違いしているようだった。

 クラスメートと親の仕事が話題になりだすとナオミも、ケネスと夏海の仕事を知りたがった。

 海軍を除隊後、ケネスは大学院主席卒業で第二言語習得の修士号を取ってから日本で英語を教えていた時期があった。その時、大学生だった夏海と恋に落ちた。

 卒業後、彼女は地元ハイスクールで教えるかたわらパフォーマーとして月に何度かホノルルで舞台にも立っていた。夏海はペルシャ猫が立って歩いたならかくあらんと思わせる優雅さを持っていた。

 よく気がついて責任感が強く、人に厳しく自分にはもっと厳しい。夢中になっている間は情熱的なのに冷めるともう執着しない。ユーモアのセンスを持ち芸術家肌の彼女に振り回されながら、それまではレディキラーだったケネスは夏海しか目に入らないようになった。

 ただし、ナオミから見るとケネスはやさしくて強くて頭がよくて尊敬出来る父。唯一、口の悪いのが玉にキズだった。

「夏海を知ってからは他の女が同じ人類には見えないぜ」と言うのが彼の口癖だった。

 ケネスがダイバーなのは知っていたので、ターゲットになったのは夏海だった。

「ねえ、夏海は何をしてるの?」

「わたしのお仕事? 先生よ」

「夏海は先生だったの! 何を教えているの?」

「ディベートよ」

 ハイスクールの非常勤として担当していたクラスを教えた。

 本当は、シェークスピアからダンスまで手広く担当していたが、正確を期そうとすると子どもはかえって混乱すると知っていたからだった。

「ディベートって何?」

 来た!

子供は一度くらいついた獲物は離さない。しゃぶりつくすか飽きて放り出すまで。

 ナオミが後日ハイスクールでディベート部に入ったのは、この時の答えに影響されたのかも知れない。

 困ったぞ。大人には「政策決定の技法」とか、ごたいそうなことを言うんだけど。かといって、子どもにはごまかしがきかないから。ナオミのつぶらな瞳を見ているとしっかり答えてあげたいと思った。

「人生には、常に分かれ道があるわ。何を食べるか。どこに遊びに行くか。ディベートは何かをするメリットとデメリットを比べるのよ」

 

 

 

ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!

    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ


第一部 第4章−7 ビッグ・パイル・オブ・ブルシュガー

2019-10-04 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

「おい、六本指のシュリンプ!」

 月曜日にナオミが学校に行くと、いつものようにオーエンがちよっかいを出してきた。ナオミは振り返った。

「なにか用? 女にしか威張れないウィンプ(注、口語でwimpは弱虫の意味)」

 そう言ってナオミは足払いをかけた。

 転んだオーエンには何が起こったかわからなかった。次に、尾てい骨に激痛を感じて大声で泣き出した。マークとジムは親分がやられてどうしていいかわからないようだった。しばらくすると、なさけない顔をしているオーエンを置き去りにして一目散に逃げ出してしまった。

 いままではやり返したらどれだけ気持ちがいいかと思っていたけど・・・・・・くだらない相手をやっつけるのって山盛りのウンチになった気分だわ。

 帰宅するとケネスが待っていた。

「その顔色だと性根の腐ったクズ野郎には勝ったらしいな。どうだ気分は?」

  ナオミは抱きつくと大声で泣きじゃくった。

 ケネスは常にナオミを理解していた。彼はよく言ったものだ。

「トルストイの『アンナ・カレーニナ』が文学として完璧だなんてたわごとを信じるな。幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を衣にしているものだなんて大ウソさ。不幸な奴らの姿こそ皆同じだ。自分を不幸にする堂々巡りのネットワークを作って落ち込んでるだけさ。だけど、不幸な状況から上を目指す姿こそ百万通りも種類がある」

 人生はくよくよしてもしかたない。問題があっても答えは目の前にある。ただし、もし答えが存在するならばだが。

 どうしても答えが見つからない時は? 

 しかたない、そんな時はしばらくほっておくんだ。助け船は、いつもすでに向かっているもんだ。ナオミが悩んだ時でもそう言うだけで意見を押しつけなかった。

 ケネスは戦う術だけを教えたのではなかった。彼はある戒めを守らせた。

「自分からはけっして戦いを挑まない。戦うのはあくまで生き残るための最後の手段だ」

 ナオミは今回の事件からこのことを肝に銘じさせられた。

 

 

ランキング参加中です。はげみになりますので、以下のバナーのクリックよろしくお願いします!

    にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ