ルールを変えるそもそもの発端となった四人の魔女たち。話は、マクミラが人間界に送り込まれて妹ミスティラが後をついだときにさかのぼる。
経験不足から来る自信不足の彼女は、実力不足を露呈した。その結果、冥界の結界がゆるみ、魔女たちが氷結地獄コミュートスの牢獄を抜け出した。その魔女たちが、魔犬ケルベロスと対峙していた。
危険きわまりない彼女たちに脱獄を許せば、冥界史に残る汚点となろう。
ケルベロスの眼前で不敵に笑う四人は、「爆破するもの」で悪魔姫ドルガ、「いたぶるもの」両性具有だが見た目は女性の氷天使メギリヌ、「酔わすもの」で蛇姫ライム、「悩ますもの」で唄姫リギス。
(四対一じゃ。なんとかなるのではないか?)リーダー格のドルガが、思念を発する。
参謀役のメギリヌは、切っ先の尖った黄金のステッキを攻撃にそなえている。
(ドルガ様、ここで我らの伝説を作るのもいいかもしれませぬ)おばのメデューサそっくりに変身することで、すべてを石にかえるライムが応じる。ただし、変身前の彼女は美しい顔をしている。
(いいえ、少し待つがよろしいでありんす・・・・・・番犬め、だいぶ機嫌が悪いでありんす)冥界の道化師の異名を持つ、精神攻撃を得意とするリギスが伝える。
ケルベロスが無駄に時を過ごしていたわけではない。
三首の口からゆっくりと、だが着実に瘴気(しょうき)がただよっていく。これこそケルベロスが恐れられる秘密。瘴気を吸い込むと、神々でさえ意識が失われて、牛よりも巨大な体躯の魔犬の、狼よりも鋭い牙に噛みつかれ振り回され、冥界親衛隊の前に引き出されることになる。
(うかうかしておると、アストロラーベとスカルラーベがザコどもを片付けてやってきます。「冥界の貴公子」の方はともかく、弟の方は願い下げでございます)ライムが思念を送る。
彼女たちは、親衛隊を攪乱するために、コキュートスに閉じこめられた悪魔たちの牢獄を壊してきていた。誤算は大魔王サタンが、長き時を生き過ぎた神々同様、倦怠にとらわれておりこの機に乗じなかったことである。それは、冥界と人間界にとってこの上ない幸運であったが・・・・・・
(とはいっても、すんなりは通してはくれないでありんしょう)リギスが思念を返す。
(お忘れですか? 我がオルフェウスの遠縁なことを)ライムが不敵に笑うと、ゆっくりプルートゥの宝物殿から盗み出した竪琴を取り出した。
オルフェウスの竪琴は、セイレーンに惑わされそうになった時、アルゴー探検隊をその音色で救った。妻エウリュディケを求めて冥界を訪れた時には、奏でる竪琴の切ない調べは冥界中を満たし、タンタロス中で死せる魂をさいなむ刑罰が初めて中断したと言われる。
だが、地上に戻る直前にプルートゥとの約束を破り振り向いたオルフェウスは、妻を救うことができなかった。すべてに絶望した彼は、二度と竪琴を奏でることがなかった。その後、ディオニッソスの祭りに興奮した人間たちは、「唄を忘れたカナリア」オルフェウスをなぶりごろしにしてしまった。
血塗られた竪琴は、長い間、行方知れずになっていたが、実はプルートゥの宝物殿に納められていたのであった。
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