こうしてマリアの長かった話は終わった。
やっと夏海が口を開いた。
「ごめんなさい。いろいろ、あやまらなくてはいけないことがありすぎて・・・・・・ケネスと出会ってからはずっと幸せだった。それまでずっとつっぱっていたのが、初めて一緒にいてのびのびできる人に出会えた気がしていた。ナオミをあなたが海でひろってきて、この赤ちゃん、六本指だと思ったときも軽く考えていた。ナオミの六本目の指を切った方がよいと言ったのも、夢の記憶のような子供の時の蛇との約束にとらわれていたわけじゃなくて、本当に五本指の方がナオミのためにはいいと思ったからなの。でも・・・・・・」
ケネスは、それまで一度もなかった夏海の提案に逆らった彼の記憶をたぐり寄せて、言った。「でも、どうしたんだ?」
「夢を見るようになったの」
「夢?」
「毎晩、夢の中にあの巨大な蛇が現れて、早くナオミの第六の指を切り落とせと語りかけるの。でも私にはどうしても、ナオミの指を切り落とすことはできない。そう思っていたのに、時々ナオミの指を切り落とさなければ自分が魔界に落ちるとおびえている自分がどこかにいると気づいたの。だからケネスに嘘の手紙を書いて、ニューヨークに行くことにしたの」
ケネスは、夏海の置き手紙を思い出した。思いだしたと言うより、ずっと忘れられなかった文面だった。
ケネスへ
いままでありがとう。大きなあなたの愛につつまれて、このまま自分のしたいことができなくなってしまうことがこわいの。ゴメンナサイ。劇団に誘われてチャンスだと思いました。わたしはどうしても自分の可能性を試したい。心が動いたのは、昔の恋人がニューヨークにいると聞いたこともあります。さびしい時に出会って、やさしくしてもらったくせになんて女と思います。でも自分を偽りながら暮らせない。あなたは何も悪くない。私がわがままなだけ。ナオミを置いていきます。わたしにも彼女にもつらいけど、あなたとナオミは一緒にいることが必要と思います。理由はうまく言えないけど・・・・・・いつまでも今のままのあなたでいてください。
夏海
「嘘か・・・・・・」ケネスがため息をついた。
「ごめんなさい。劇団に誘われてたのは本当だけど、昔の恋人がニューヨークにいると書いたのは嘘。あなたは、そうしたことでも言わなければ、ずっと私のことを引きずると思ったから」
「夏海、バカだ。お前は本物のバカだ」
「そうよね。蛇の誘いにのった上に、あんなにお世話になったあなたを裏切って、ナオミを置き去りにするなんて・・・・・・」
「ちがう! バカと言ったのは、そんな理由じゃない。なんであの時、正直に話さなかった。もし今の話を聞いてれば、たとえ何があってもお前を守るために闘ったのに」
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