カンザスの戦いから2年、ここは1993年初夏のニューヨーク。
翌年に就任するルドルフ・ジュリアーニ市長の破れ窓理論*を応用した復興キャンペーンはまだ始まっておらず、経済は沈滞、治安は最悪で、文化も衰退していた。80年代中盤の株式ブームによって回復した経済も87年のブラックマンデーによってブームは終わりを告げ、その後の不況と比例するかのようにニューヨークでは凶悪犯罪、売春が増加し、人々の気持ちもすさみつつあった。
マンハッタンで最も治安の悪いロウアーイーストサイドにいたってはスラム街と大差ない環境で、住民の40%が失業者で、アルコール中毒者、麻薬常習者、精神疾患者であふれかえっていた。異人種間のもめごともしょっちゅうであり建造物の四分の一は空き家同然であった。
The Big Appleはまさに「強大な腐ったリンゴ」になりつつあった。
アメリカはさまざまな顔を持っているがニューヨークこそ「人種のるつぼ」「モザイク社会」の縮図であった。19世紀後半から20世紀半ばまで移民のニューヨークへの玄関口となったのはエリス島であった。
第二次大戦以前はイタリアを中心とするヨーロッパ系が多かった移民も、戦後はラテン系、アジア系、アラブ系と多様性を増していった。20世紀末時点のニューヨークは、約三分の一が白人、約四分の一がヒスパニック系、約四分の一弱が黒人、約一割がアジア系で、残りが雑多な人種という構成であった。
チャイナタウンやリトルイタリー、スパニッシュハーレムといった有名どころに加えて、タイ系、メキシコ系、インド系、韓国系とほぼ人種の数と同じだけエスニックタウンがあった。ひとつには彼らが自文化や生活様式の保持を望んだこともあるが、ストリートギャングのような若い犯罪者集団にとって同胞が助け合うことは自衛の手段であった。同時に、同胞こそが最初で最後のよりどころとしての共同体の意味も持っていた。
不死身の中国人ジミー、命知らずのイタリア人ロッコ、コリアン悪魔のカンなど腕自慢たちの逸話が都市伝説として残っていた。そんなニューヨークに新たな都市伝説が加わった。
夜毎、魔犬に飛び乗ったゾッとするほど美しい魔女が水もしたたる美男子の堕天使を従えて幹線道路を疾駆する。出来の悪いホラー、それもとびきり出来の悪いホラー小説でもちょっと設定しないような話だった。
ある晩は、ブルックリン橋からイーストリバー沿いにマンハッタンへ。別の晩は、ミッドタウンからルーズベルト島に。またある時は、ハドソンリバーを越えてニュージャージーへ向かって。
コンビはミュージカル「オペラ座の怪人」から抜け出したような装束で深夜のニューヨークを走り抜けた。単なる夏の怪談で終わるような話にNYPD(ニューヨーク市警)が関わらざるおえなくなったのは市民からの通報があいついだからだった。
「あの逆走するアホウどもを、なんとかしろ!」
*1982年、政治学者ジェームズ・ウィルソンと犯罪学者ジョージ・ケリングが提唱した犯罪抑止理論。建物の窓を割れたままにしておくと、管理者がいないと思われ、ほかの窓も次々と割られて全体が荒廃する。同様に、小犯罪を見逃すと地域全体の治安が悪化していくので、軽犯罪の徹底取り締まりが、より重大な犯罪を抑止し地域の安全を守ることにつながるとする考え。
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