レストランの席に着くと、マリアが口を開いた。
「乾杯前に、言いにくいことを言っておかなくちゃねえ。去年ニューヨークで、ケネスもよく知ってるドワイトの新作を見せてもらったのさ。その時、キャストの中になんとなく見たことがある子がいたんだよ。向こうも、あたしに気づいたようだった。目が一瞬合った。この年まで生きていると、誰かとどっかであった気がするなんてしょっちゅうだけど、誰だか思い出せないことがほとんどだから、すぐにあたしは忘れてた。だけど、ショーが終わってホテルに帰ろうとした時、あたしの席に係員があわてて飛んで来た。ちょっとお待ちください、ドワイトがあなたに紹介したい人がいるんですってわけさ。ドワイトもお偉いさんになっちまったから、ブロードウェイに行ってもこの頃はなかなか会えないんだ。楽屋でドワイトの隣にいたのは、さっき見たことがあるって思ったパフォーマーじゃないか。近くで見たら、見間違うわけないさ。夏海だったんだよ。ケネス、いい年をした男がそんな鳩が豆鉄砲食ったような顔をするもんじゃないよ。夏海は、何年か前にドワイトと結婚していたのさ。まったく世界は狭いって言うけれど、お前と別れたあの子がよりによってドワイトと結婚してたなんてね。驚いたけど、まあ、めでたいことだと思ったよ。でも、どうしてもお前たちに、その時、夏海から聞いた話をしなきゃならない。その前に、今日はここに彼女を呼んでるんだ。後ろを見てごらん」
ナオミは、息が止まるかと思うほど驚いた。
そこにいたのは、依然より洗練してさらに美しくなった夏海だった。意志の強そうな瞳と日本人にしては大柄な肢体、海で取れたての海草のように見事な黒髪は変わっていなかったが、にじみでるスターのオーラは彼女が別れてからの日々が充実していたことを物語っていた。
9才の時に別れて以来、丸十年間も会っていなかった母であり姉のような存在についに再会したのだから、なつかしくて、うれしくて、本当にあいたかったよ、元気だったのと言いたいはずだった。
それなのに、口をついて出たのは、逆のことだった。
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