クリスマスを翌週にひかえた12月17日の金曜日の午後7時。
ナオミは、猛吹雪の合間をぬってようやく到着した人々でごった返すエジソン・ホテルのロビーで、父ケネスと祖母マリアの到着を待っていた。
自動ドアが開いて、筋肉質のケネスと小柄なマリアが入ってきた。
「ケネス!」ナオミは、はずむゴムまりのように抱きついた。
「ナオミ、元気だったかい?」
「うん、元気だよ」
マリアが声をかける。
「さあ、おばあちゃんにもハグさせておくれ」
「もちろん。会えてうれしいわ」
「いったい何年振りかね。あたしゃ、もうおなかペコペコだよ。チェックインをさっさとすませて、中華料理に行こうじゃないか。近くのレストランを予約してあるんだ」
マリアが予約してくれたシー・ドラゴンは、ビルの地下1階にあるしゃれたチャイニーズ・レストランだった。ケネスからの仕送りがあったとはいえ、シングルマザーの生活は楽ではなかったはずだが、マリアにはさまざまな人脈があった。
自身のつらい経歴にかかわらず、長い間、児童虐待を受けた子供たちのカウンセラーを続けていた彼女には、大人になってからも感謝を忘れない多くの「ファン」がいた。結婚相手には恵まれなかったマリアだが、実の子ケネスだけでなく、心の子供たちにも恵まれたのだった。大学へ進んで大企業に勤めるようになった者、法科大学院に進んで弁護士になった者、高校を卒業して警察官や消防士になったもの、さまざまな業界にマリアのためなら、一肌も二肌も脱ごうという連中がわんさといた。
そんな一人に、ブロードウェイの大立て者となったドワイト・“パライソ”・コパトーンがいた。将来、ロンドンが産んだ天才演出家アンドリュー・ロイド=ウェバーに並ぶ演出家になるのではと噂されるミュージカル界のヒットメーカーであった。当時のブロードウェイでは、「ミュージカル好きには二種類しかいない。ウェバーが好きな奴と、コパトーンが好きな奴だ」というジョークがしばしばささやかれたくらいであった。
母親にアザだらけなるほどの折檻を受けて、施設に入っても引きこもり同然になっていた時に悩みを聞いて自信をつけさせてくれたマリアに、ドワイトは実の親以上の愛情を持っていた。彼は、毎年クリスマスには、アルバニーに住むマリアにマンハッタンまでの交通手段とブロードウェイ・ミュージカルの最高の席を手配してやるのが常だった。普段は質素な生活をしているが、クリスマスだけはニューヨーク市内でゆっくり数日を過ごすのが、マリアの唯一のぜいたくとなっていた。
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