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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第7章−8 ブッシュ大統領の開戦演説

2020-01-31 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九一年一月、皮肉にも「弱虫」のあだ名の持つジョージ・ブッシュ大統領の開戦演説によって湾岸戦争の幕が切って落とされた。

 西洋には「正義の戦争ドクトリン(just war doctrine)」と呼ばれる宗教上の教義に近い理論があり、大統領の開戦演説などにはこうしたレトリックが用いられてきた。

 ブッシュの開戦演説も例外ではなかった。

 軍事評論家ウィリアム・オブライアンによれば、「正義の戦争」は四つの条件を満たすことを求められる。第一に、「大義」が存在すること。開戦理由は権力者の私怨や私欲によるものであってはならず、皆が納得する理由が提示されていなければならない。

 第二に、「戦争が最後の手段」でなければならない。いきなり武力に訴えるのではなく外交など平和的な手段を尽くした上で、戦争以外の選択枝がなくなって初めて武力行使が正当化される。

 第三に、「紛争という手段に見合った目的」が見込まれること。戦争には常に多大な人的コストと金銭的コストがかかるが、見合った見返りが期待できないのであれば始めるべきではない。

 最後の条件は、「正しい意図の行使」である。権力者は、武力行使が倫理にかなったものであり、人々が納得する目的を有していると説明しなければならない。

 一月十六日、食い入るようにナオミがテレビを見ているとブッシュの演説が流れてきた。「この紛争が、八月二日にイラクの独裁者(サダム・フセイン)が、小さな、そして無力な隣国に侵攻した時から始まっています。アラブ連盟および国連の加盟国であるクウェートは破壊され、クウェート国民は非人道的な扱いを受けているのです」と述べた後、五ヶ月前にフセインが始めたこの戦争に対する多国籍軍による軍事行動が国連決議と連邦議会の承認を得ていると続いた。開戦の理由が独裁者に蹂躙された小国クウェートの人民を救うためであると明言されたのである。

 さらにブッシュはアラブの指導者たちが「アラブによる解決」を求めたが、フセインがクウェートから撤退することもなく、また五ヶ月にわたる経済制裁も効果を上げなかったと説明。ここでブッシュは「世界が待ち続けている間にも」という表現を7回も繰り返し、フセインが計画的に小国クウェートを略奪していると強調。しかも保有する化学兵器に加えて核開発を企てていることを説明し、まさに「戦争が最後の手段」であると訴えた。

 クライマックスでブッシュは、「今はまさに歴史的な瞬間なのです」と始めて、「新しい世代のために、新たな世界秩序を、ジャングルの弱肉強食のおきてではなく、法が諸国の行動を支配する世界を構築する時が訪れたのです。今回の戦争を成功裡に終結させた後にこそ、真に新しい世界秩序を作り上げることが出来るのです。国連が、その創始者たちの誓いと理想を実現するため、平和維持機関としての役割を果たすことが出来るように世界秩序を」と宣言して、今回の決断が大きな意味を持つことを強調した。

 最後に、「我々の目標は、イラクを征服することではありません。目指しているのは、クウェートの解放です。イラクの人々が自分たちの指導者に、武器を放棄し、クウェートから撤退するように説得して、平和を愛する我々の仲間に再び加わってくれることを祈っています」と述べて、独立戦争に関してトーマス・ペインが書いた「アメリカの危機」から「今、我々の魂が試されているときである」という文が引用された。「たとえ多国籍軍がイラクを空爆していても、私は今なお戦いではなく、平和を望んでいます。わたしは多国籍軍の圧勝を信じると同時に、戦闘の恐怖の中で、いかなる国も団結した世界に立ち向かうことは出来ない、隣国を侵略することなど許されないのだということが認識されるだろうと信じています」と、この戦争によって「正しい意志が行使されること」を強調した。

 湾岸戦争に勝利したブッシュは九割というアメリカ史に残る高支持率を獲得するが、この演説が史上空前の数字に貢献したことは間違いがない。自分たちが神によって選ばれた「自由の新天地」の民と信じるアメリカ人にとっては、戦争によって達成される「クウェートの解放」という価値観には無限大の重要性があった。

 二月には、圧倒的な武力を持つ多国籍軍によるクェートの解放がなされて戦争はイラク敗北で終わりを告げた。

 だが、ケネスからの連絡はなく「便りのないのはよい便り」という言葉を信じて、ナオミはひたすら彼の無事を祈ることになった。

 

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第一部 第7章−7 湾岸戦争

2020-01-27 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九〇年十二月。

 ナオミは、もう何ヶ月も気が気ではなかった。

 八月のイラク大統領サダム・フセインによるクェート侵攻に端を発した国際情勢は、きなくささを増しつつあった。国連安保理事会の大量殺戮兵器の査察団の受け入れを拒否したイラクに対する多国籍軍による軍事介入は、時間の問題と見られていた。

 いったん戦闘が始まれば、ケネスが従軍する可能性があった。

 すでにシールズ教官として世界を飛び回っていたケネスをつかまえるのは不可能だったし、戦闘が始まってしまえば機密事項に関する「途中経過」を聞くことも出来なかった。

 いらいらしながら待っていたナオミの学生寮の電話が、ある夜鳴った。

 受話器を取る前から、ケネスからの電話だと確信があった。

「ケネス!?」

「ナオミ、元気か?」

「元気かじゃないでしょ。なぜずっと電話もくれなかったの」

「そう怒るな。お前だって身内が特殊工作部隊にいれば、便りのないのはよい便り(No news is good news.)だと知ってるだろう? 何かあれば家族にはまっさきに連絡が行く。あいにくな結果になっても何としてでも遺体が届けられる。遺体が届けられなくても遺族年金は必ずもらえる。つまり、俺たちは消耗品さ」

「何バカなこと言ってるの。便りのないのは頼りないだよ!(Undependable is unreliable.) まさか従軍が決まったの」

「何も言えることはないし正直なところ、まだ何もわからない。ただ、しばらく連絡が出来なくなるからな。一度とりあえず連絡をしておこうと思ってな」

「死ぬのはコワクないの?」

「国のために死ぬのはコワクない。俺たちがコワイのは政治家のバカな思惑で無駄死にすることだけだ」

「無駄死にって・・・・・・死んだら同じじゃない」

「俺たち特殊工作部隊員はいつでも死ぬ覚悟は出来ているし、苦しい訓練にも耐えてきた。お国のために役に立って死ぬのは本望さ。だけど、政治家の人気取りに使われるのはまっぴらさ」

「それなら、生きて返ってきて。約束して」

「心配するな。シールズの地獄週間(ヘル・ウィーク)はジャングルでの不眠不休のサバイバル・コンバットだ。俺はそれをトップでクリアしたエリートだ。ダイーバーズ・ハイを覚えているだろ。シールズ隊員(フロッグマン)は長時間の素潜りによる戦闘を要求される。海にずっと潜っていると体中が窒素でいっぱいになって脳が酸欠状態になる。そんな状態に陥ることで恍惚感を味わう現象がダイバーズ・ハイだ。何度もそうなるたびにお前の父親のマーライオンに会ってる。あれは幻視には思えない。いつもお前を頼むと言いやがる。何があっても必ず戻ってくる。これまでずっと生き残ってきたんだ。今度だって大丈夫さ。だけどな・・・・・・」

「だけど何?」

「鬼軍曹の役を演じるのも楽じゃないぜ。若い兵たちは大義のためならよろこんで命を捧げようとしやがる。自分が死ぬのはまだしも奴らを見送るのは正直ツライ」

「そんなにつらいんなら、やめちゃったら」

「どんなツライ仕事だとしても誰かに必要とされるのはわるいもんじゃない。それにこの役を降りたら誰かが引き継ぐことになる。どんなツライ仕事でも誰かが引き受けなきゃならないんだ。俺たちが降りたら独裁者やテロリストから誰が年寄りや女子供を守るんだ。理屈やへちまじゃないんだ。それに・・・・・・」

「何?」

「まだお前が俺の生きる理由だってわかってないのか」

 それでもナオミには納得がいかなかった。

 同時に、彼女は自分に人類を救うための闘いが近づいていることも知らなかった。

 

 

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第一部 第7章−6 転機

2020-01-24 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 六年前に魔道がニューヨーク州オルバニーの邸宅で、ヌーヴェルヴァーグ・シニアに面談してから儂の人生が始まった。

 彼は魔道に生命のすべての謎を解き明かす神導書アポロノミカンを見せようと言った。ヌーヴェルヴァーグが神導書を開いた瞬間、頭の中のプロテクターが吹っ飛んで脳髄が百パーセントの割合で機能しだした。しかし、それは一人の人間が受けとめられる限度をはるかに超えていた。

 その瞬間、誰かが叫んでいた。

 だが、その叫びは魔道自身のものじゃった。

 知ってしまった知識の重みに耐えかねて魔道は倫理や道徳心といったくだらない感傷を越えた存在、第二の人格であるこの儂ドクトール・マッドを生みだした。儂は魔道が寝静まっては起き出して脳死状態の死体を使っては、さまざまな実験を続けた。儂は一度活動停止した脳を再起動させて、ねらった命令を細胞に与えるさまざまな薬品や手術を試した。

 もう少しで研究の糸口がつかめそうになった時じゃった。

 学内から情報が漏れて儂は身を隠さねばならなくなって、こうして今、お主の目の前にいるというわけじゃ。

 マクミラ、これがここまでの経歴に関する話よ。

 研究の目的?

 儂が研究したいのはゾンビーソルジャー計画じゃ。

 人体をさまざまに変化させたゾンビ戦闘員を作ってみたいのじゃ。

 思考しないから恐れも知らず、傷ついても戦闘能力を失わず、最初から死んでいるから殲滅されるまで闘い続ける。

 彼らは、理想的なコンバッタントだとは思わないかね。

 すでに気づいているのだろうが、人類の最大の脅威は人口問題だ。資源、難民、環境、国境を巡る問題さえそうだが、現代社会がかかえる重要な問題は突き詰めれば、すべて人口が原因になっている。

 必死になって寿命を延ばそうとしている先進国をよそに、途上国では内戦、貧困、飢餓、伝染病によって毎日数千、数万の人間たちが死んでいる。ゾンビーソルジャーは期待通りに世界に混乱を招いてくれるだろう。人間が死ねば死ぬほど彼らの潜在的なメンバーが増えるとなれば、一石二鳥だとは思わないかね。

 これ以上お主に協力するにはひとつ条件がある。

 何、実験結果の公表は無理だと?

  バカを言っては困る。

 世俗的な名誉に対する興味など、とうに失っておるわ。儂が興味を持っているのは、自分の理論が正しいのか否かを検証することだけだ。

 研究には完璧を期したい。

 ついては、中西部の極右団体を使ってパイロット・スタディを行いたい。アポロノミカンにはこんな一節があった。

 

 ・・・・・・こころざしをおなじゅうする者

 南風の地につどいて戦いの宴に身をささげよ

 十字架の戦士たちと競う瞬間

 炎がすべてを包み

 死への旅路が終わりをつげ

 始まりの旅が幕を切って落とされる・・・・・・

 

 どうじゃ、カンザス州のどこぞの大学のキャンパスで試してみては?

 

       

 

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第一部 第7章−5 ゾンビー・ソルジャー計画

2020-01-20 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 人間の身体は六十兆個の細胞からなっているが、細胞の種類はたったの二百種類しかない。それが連絡を取り合って秩序の取れた状態を生みだしている。

 不要になったり身体に害を与えるため「死ね」という指令を受けた細胞は、あらかじめ増殖や分化と同じようにすでに遺伝子に書き込まれている「自殺」のプログラムを起動させる。

 身体自体がひとつの組織で組織のトップにいて指令を出すのが脳だとしたら、まだ我々の知らない指令系統が存在するのではないか。なぜなら人間の脳で使われているのは十から三十パーセントにすぎないと言われているからじゃ。

 もし残りのプログラムを活用できるようにかかっているプロテクターを外せれば・・・・・・人間を従来の科学では想像も出来ない存在に作り替えられるのではないか。

 まさに神の業の領域だ。

 若かった儂はこのアイディアに夢中になった。

 儂は何日も大学病院に泊まり込んでは寝食を忘れて、アポトーシスのコントロールに取り組んだ。研究は遅々として進まなかった。仲間たちからも、もしもそんなものが見つかればノーベル医学・生理学賞ものだよと冷やかされた。

 あっという間に五年が過ぎていた。

 嘲笑った学者の中には三十億あるDNAの遺伝子情報を読み込む「ヒトゲノム計画」を提唱する愚か者もいたが、あんなものは砂漠にまぎれ込んだ一粒のダイヤを捜すのにも等しい。だいたい、ヒトゲノムの内、九十五パーセントはがらくたで遺伝子を司るのは五パーセントほどしかないし、あいつらには読み込んだDNAをどのように操作するかの指針さえもない。

 だいたい六十兆もの細胞のどこをどの程度まで差し替えることが出来ると思っているのか。早い時期の病気の診断や予防が可能になるというが、あんなものは保険業界や医療業界が得をするだけの代物に巨額の税金をつぎ込むという暴挙を国家レベルで競っておるだけではないか。

 そんな時だった。ヌーヴェルヴァーグ財団から、資金を提供するという申し出を受けたのは。儂は天にも昇る心地だった。すでに日本の徒弟制度的な人間関係の中で独創的な研究資金を得るために血道を上げるのには疲れ果てていた。

 開闢以来の秀才だった儂に大学院時代こそ周りも期待したが、いつまでたっても出口どころか入り口さえ見えてこない研究に没頭する儂を、彼らは陰でマッド・サイエンティストと呼んでいたのじゃ。

 

     

 

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第一部 第7章−4 フランケンシュタイン計画

2020-01-17 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 儂が目指していたのは死人を別の存在として生き返らせることだったのじゃ。雷の晩につなぎ合わせた死体に電流を流すといった非科学的方法ではない。

 儂が目をつけたのは、アポトーシスと呼ばれるいらなくなった細胞が消えて新しい細胞に取って変わられる過程じゃった。たとえば、オタマジャクシのしっぽが無くなってカエルの足が生えたり醜い芋虫が美しい毒蛾に変態するのがそうじゃ。

 人間も例外ではない。

 胎児も子宮の中で数千万年の人類の進化の歴史を繰り返す。受精した卵は、まず海洋生物に近い姿から、魚、両生類、爬虫類の姿を経て、だんだんとカバのような哺乳類の姿を経て、やっと人間らしい形になっていく。

 生物の細胞はアポトーシスと呼ばれる死を繰り返している。ネクローシスという病気によって細胞群の集団内で起こる受動的な崩壊過程と違って、アポトーシスは細胞群の中で散発的に起こる古い細胞が新しい細胞に取って代わられる「積極的な細胞死」の自壊過程と考えられる。なぜなら身体は細胞が別の形態に変化するのでなく、新たな細胞に取って代わられることでしか変態出来ないのじゃ。ほとんどの学者はそのため不要になった細胞が自発的に死んで、きちんと除去されることが必要だと考えた。

 しかし、儂はこれを本末転倒ではないかと疑った。

 細胞死を発生させるのは、内部まして外部からの誘因ではなく変態パターンの必然性があるのではないかと考えた。ネクローシスがエネルギーを長い時間をかけて漸次進行するのに対して、アポトーシスは短期間に段階的に進行するしエネルギーを必要とする。必要な新細胞が生まれるために古いじゃまな細胞を除去する一つの連続したプロセスこそアポトーシスなのではないか。それは単なる細胞死でなく、新旧細胞交代の一つのつながったプロセスではないのか。たとえば、カエルに足が生えるにはオタマジャクシのしっぽがなくならなければいけない理由があるのではないか。

 この新旧細胞の交代メカニズムを解明すれば人間を人間以前だった形態に戻したり、さらに人間を次の段階に変態させることが可能ではないかと考えたのじゃ。

 

 

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第一部 第7章−3 ネクローシスとアポトーシス

2020-01-13 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

「儂の力を試してみるかね?」

「不思議な波動ね。やさしさや憐れみを持たないくせに悪意や傲慢さもない。そのくせ、とてつもない凶暴さを秘めている。上陸寸前の台風、爆発寸前の活火山、あるいはメルトダウンが始まりかけた原子力発電所とでも言えばよいかしら」

「マクミラよ、気をつけて口を利くがよい。今の儂は脳髄のパワーが全開になっておる。かつて冥界の神官だったかどうか知らぬが最高の英知を獲得した儂に対して気安い物言いではないか」

「気をつけるのはどちらの方? 人間の英知などたかが知れているのではないかしら」

 そう言いながら、マクミラが背中から真っ赤な二条の鞭を取り出した。

 彼女とマッドは一触即発だった。

 ジュニベロスの三首の口からもゆっくりと、だが着実に瘴気(しょうき)がはきだされて周りに漂い始める。

「ドクトール無礼ではないか、初対面のレディに対して。これ以上の失礼があるならわたしとケルベロスの息子たちが相手をするぞ」

「久しぶりに表に出たところにケンカ腰でカッとなっただけじゃ。お転婆娘が鉾を収めるなら、儂にも大人げない態度をとる理由はない」

 マッドが言う。

「いいでしょう。わたしは本性を隠して様子を見ようとする態度が気に入らなかっただけ。納得出来るプランを提示するなら、ヌーヴェルヴァーグ財団は望むとおりの支援をしましょう。お互い駆け引き無しといこうじゃないの」

 ジェフはやれやれという心境だった。大切なマクミラにこんなところでケガでもされては冥主プルートゥに会わせる顔がない。

「よかろう。話してやろうではないか。フランケンシュタイン計画。ふざけた名前がつけられたものだが。あれは今から十一年前のことだった」

 

              

 

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第一部 第7章−2 魔道とマッド

2020-01-10 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 うっかりすると殺し屋と間違われかねないアウトフィットだったが、知的な顔立ちを見れば大学教授のように見えないこともなかった。

「こちらこそ辺鄙な山奥にまでご足労願って恐縮です。日本語がお上手ですね。一度、早い時期に貴方に会っておきたかったもので」

 魔道を一目見た3匹が唸り始めた。

「ヌーヴェルヴァーグ嬢はどこにいらっしゃるにも三匹の盲導犬(英語でseeing eye dog)をお連れと聞いていましたが、どうやらどう猛犬(seemingly excited dog)の間違いでしたか」

「盲導犬は常に『親愛なる犬』ですわ。どうぞマクミラとお呼びください」

「わかりました。マクミラ、ここからは英語でお話ください。以前ボルチモアで5年研究生活を送ったのでわたしもいちおうのコミュニケーションには困りません」

「いちおうのコミュニケーションですか・・・・・・」

 一瞬、マクミラは冥界での神官時代を思い出した。

 静かにするよう指示されておとなしくしているが、三匹は唸るのを止めただけでいつでも飛びかかれる姿勢を取っている。

「さっそく聞きにくいことを伺いますが、学問の世界を追われることになったいきさつをお聞かせいただければと思います」

「ご遠慮なく。長い話で退屈しなければよろしいのですが」

「フランケンシュタイン計画。これ以上興味深い話はないはずですわ。だけどその前に本当の人格に出てきてもらいましょうか」

 マクミラの口調が急に変わった。

「本当の人格とは?」

「わたしの心眼はごまかせないわ。他人の節穴はごまかせてもね。それにキル、カル、ルルもわかっているようだわ」

 再び唸り始めた三匹の盲導犬がだんだんと興奮していく。

「何をおっしゃっているのか、私にはわかりかね・・・・・・ウッ、頭が痛い」

 突然苦しみだした魔道の顔がゆがむ。

フッフッフッ! 

最初からわかっていたな、とさっきとは別人の声が答えた。

整えられていた髪が逆立ち両眼が鬼火のように燃え上がったかと錯覚するほど力に満ちあふれていた。

「儂が魔道の影の人格ドクトール・マッドじゃ」

「こうこなくては。ミシガン山中くんだりまで来たかいがない。さあ、革フェチさん。いったい魔道とマッドとどちらがフェッチ(註、fetchは死の直前に現れるといわれる生き霊)か、教えてもらおうかしら」

 青白い顔のまま、みるみるマクミラの唇に赤みが射してくる。

 その時だった。

 キル、ルル、カルの周りに小さい爆弾でも破裂したような音がして三匹が一匹の強大な魔犬ジュニベロスに変化した。

 

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第一部 第7章−1 マッド・イン・ゾンビーランド

2020-01-06 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九〇年十月。

 真紅のドレスをまとったマクミラの姿は、いつビックアップルの社交界にデビューしてもおかしくないほどだった。最高級サングラスの奥の閉ざされた両眼さえ彼女の美しさを引き立てはしても減じてはいなかった。

 現実には、勝手気ままな生活と引き替えにマクミラは社交界の注目を集めるどころか、親しい友人の一人さえいなかった。

 誰にも心を開かない理由は、周りの波動にシンクロしてしまう特異体質だったからだ。澄んだ波動の相手と一緒なら心の澱がなくなりエネルギーが満ちてくる。逆に、いやな波動を発する相手と一緒だと心に大きな穴が空いて体調が悪くなる。

 そのせいでマクミラは人付き合いをひどく限定してしまった。

 特にやっかいだったのは女性の受けが悪かったことだ。

 男性に対して彼女は魅力的過ぎた。たまに外出しても、病弱そうに見えると殿方に親切にされてよいわね、何も知らないお嬢様の振りをして、といった悪意の波動にさらされた。そうした誹謗中傷の波動に疲れたマクミラは、ジェフとおしゃべりをして過ごすのが常になった。

 その日、マクミラはミシガン州に出かけた。

 まだ三十歳代半ばの若さでゾンビーランド責任者に就任した魔道斉人(まどうさいと)と話し合いを持つためだった。かつては日本の名門大学で将来を嘱望される天才医学者だったが、禁断のプロジェクトを業を行って大学を追われたのだった。

 学内の倫理委員会の許可なしに、彼は「フランケンシュタイン計画」として知られる脳死患者の人体実験を繰り返した。もっとも脳死は人間の死であると主張して、「人体実験」にはあたらないと自己弁護したらしいが・・・・・・

 魔道は、中央棟最上階奥の理事長室で待っていた。

 ジェフとマクミラは三匹の盲導犬キルベロス、カルベロス、ルルベロスを従えてエレベータを出るとドアをノックした。

「プリーズ、カムイン!」

 男が完璧な英語で応じる。

「遅くなってごめんなさい。こちらから時間を指定しておいて」

 マクミラが日本語で答えた。

 黒革のハーフコートにレザージーンズを着た男が振り返った。

 

 

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第一部 序章〜第6章のバックナンバー

2020-01-03 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

  
 財部剣人です! 新年明けましておめでとうございます! 第三部の完結に向けてがんばっていきますので、どうか乞うご期待。

「マーメイド クロニクルズ」第一部神々がダイスを振る刻篇あらすじ

 深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人 間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミ は、一人の人間として成長していく内、使命を果たすための仲間たちと出会う。一方、盲目の美少女マクミラは、天才科学者の魔道斎人と手を組みゾンビー・ソルジャー計画を進める。ナオミが通うカンザス州聖ローレンス大学の深夜のキャンパスで、ついに双方が雌雄を決する闘いが始まる。

海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
ユーカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一次神界大戦で死んだシンガパウムの妻
アフロンディーヌ ・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
アレギザンダー ・・・・・・・・・・ 同次女でユピテルの玄孫ムーの妻のマーメイド
ジュリア ・・・・・・・・ 同三女でネプチュヌスの玄孫レムリアの妻のマーメイド
サラ ・・・・・・・・・・ 同四女でプルートゥの玄孫アトランチスの妻のマーメイド
ノーマ ・・・・・・ 同五女で人間界に行ったが、不幸な一生を送ったマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
ナンシー ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聖ローレンス大学コミュニケーション学部教授

天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アスクレピオス ・・・・・・・ 太陽神アポロンの兄。アポロノミカンを書き下ろす
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
シリウス ・・・・・・・・・・・・・・ アポロニアの長男で光の軍団長。「光り輝くもの」
               で天界では美しい銀狼。人間界ではチャック
アンタレス ・・・・・・・ 同次男で雷の軍団長。「対抗するもの」で天界では雷獣。
                            人間界ではビル
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。
                         人間界ではクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。
   人間界では孔明

冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」で
  キルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で
       人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。
「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。
                            「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の
神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー・ヌーヴェルヴァーグ・シニア ・・・パラケルススの世を忍ぶ仮の姿
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア … マクミラの育ての父

「第一部序章 わたしの名はナオミ」

「第一部第1章−1 神々のディベート」
「第一部第1章−2 ゲームの始まり」
「第一部第1章−3 シンガパウムの娘たち」
「第一部第1章−4 末娘ナオミ」
「第一部第1章−5 父と娘」
「第一部第1章−6 シンガパウムの別れの言葉」
「第一部第1章−7 老マーメイド、トーミ」
「第一部第1章−8 ナオミが旅立つ時」

「第一部第2章−1 天界の召集令状」
「第一部第2章−2 神導書アポロノミカン」
「第一部第2章−3 アポロン最後の神託」
「第一部第2章−4 歴史の正体」
「第一部第2章−5 冥界の審判」
「第一部第2章−6 "ドラクール"とサラマンダーの女王」
「第一部第2章−7 神官マクミラ」
「第一部第2章−8 人生の目的」

第一部 第3章−1 ドラクールの目覚め

第一部 第3章−2 仮面の男

第一部 第3章−3 マクミラ降臨

第一部 第3章−4 マクミラの旅立ち

第一部 第3章−5 海主現る

第一部 第3章−6 ネプチュヌス

第一部 第3章−7 マーメイドの赤ん坊

第一部 第3章−8 ナオミの名はナオミ

第一部 第3章−9 父と娘

第一部 第3章−10 透明人間


第一部 第4章−1 冥主、摩天楼に現る

第一部 第4章−2 選ばれた男

第一部 第4章−3 冥主との約束

第一部 第4章−4 赤子と三匹の子犬たち

第一部 第4章−5 一難去って・・・

第一部 第4章−6 シュリンプとウィンプ

第一部 第4章−7 ビッグ・パイル・オブ・ブルシュガー

第一部 第4章−8 なぜ、なぜ、なぜ

第一部 第4章−9 チョイス・イズ・トラジック

第一部 第4章−10 夏海の置き手紙 

 

第一部 第5章−1 残されし者たち

第一部 第5章−2 神海魚ナオミ

第一部 第5章−3 マウスピークス

第一部 第5章−4 マウスピークスかく語りき






 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


  

「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ

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第一部 第6章−10 おかしな組み手

2020-01-01 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 なぜ、攻撃してこないのかしら? 

 ナオミは思った。もしかして女だと思ってバカにしてる?

 その時、トーミの声が聞こえてきた。

 ナオミ、違うぞえ。この龍、どうしてよいか迷っておる。心を読んでごらん。神界から来たもの同士、今のお前さんならできるはずだよ。

 おばあ様・・・・・・

 ナオミのマーメイドの能力が、瞬間的に解放されて龍の心の中が見えた。

 真っ赤に目を充血させた龍が暴れていた。だが、暴れながらも龍は自分自身に戒めを課すかのように身をよじっていた。

 ライフ・エナジーを打ち込むんじゃ。再び、トーミの声が聞こえてきた。

 わかったわ。

 ナオミは弓を引き絞るポーズを取ると、龍をつかまえて離さない憤怒をはじき飛ばすための生体のエナジーをため込んだ。次に、身体を一回転半させて得意の後ろ回し蹴りでミドルキックを打ち込む。

 その刹那、孔明に不思議な表情が浮かんで信じられないようなスキができた。

 いける!

 蹴りを放った。

 マーメイドの蹴りが決まると孔明の身体が数メートルも先のコンクリートの壁に打ち付けられた。

 ナオミが近寄ると、すでに彼の顔色は平常に戻っていた。

「スキありね」

 そう言われても、なぜか孔明はうれしそうだった。

「見えたよ。君の回し蹴りが、マーメイドのスプラッシュに・・・・・・」

 ナオミが黙ってはだけた胴衣を引っ張って孔明をひきおこすと背中から胸にかけての真紅の龍のタトゥーが見えた。

「おしろい彫りでね。ふだんは見えない」

「ということは?」

「今日は熱くなったということさ」

 気がつくと連中が拍手をしてくれていた。

「すごいじゃないか」チャックが言う。

「今度はオレと勝負してくれよ」クリストフが、両手を広げながら言う。

「初めて見た。孔明がダウンするところ」ビルは本当におどろいたようだった。

 ナオミは、LUCGの練習に参加するようになった。孔明の名誉のためつけ加えておくと、それ以降ナオミが彼から一本を取ることは一度もなかった。

 ナオミとケイティの話を聞いて興味を持ったLUCGのメンバーも、逆にディベート部の活動に参加するようになった。秀才揃いだった彼らは、瞬く間に貴重な戦力になった。

 こうしてナオミは、新しい仲間たちを得た。同時に、マクミラの準備するトラブルに巻きこまれる時も着実に近づいていた。

 

 

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